第028話
それからのやり取りはスムーズに運んだ。
魔石の査定はともかく、『商業ギルド券』については多少時間がかかるだろうと思ってたら、翌日に顔を出した時には既に発行を開始していた。早っ!
本部はこの街から馬車で四日の王都にあるのにどうやって連絡を取ったのかと訊いてみたら、『秘密です』と軽く躱されてしまった。まさか伝書鳩なんてことはないだろうから、通信設備にあたる魔道具でも持っているのだろう。大きな組織だしな。
そんなわけで、昼前に商業ギルドへ来て代金を受け取り、宿へ戻ったんだけど……。
「大金貨二千二百二十四枚に金貨四枚と大銀貨七枚か……とんでもない額だな」
「僕の小袋の分だけでも大金貨三十枚と金貨八枚だよ」
結局、支払いは全て現金でもらえた。商業ギルド券が発行できることになったので大口取引はそれで行う事になり、現金に若干の余裕が出来たからだそうだ。キャッシュで日本円にして二十億をポンと出せるなんて、商業ギルドすげぇ。
こちらとしてもその方がありがたいので文句は無いけど、問題はその重さと安全性だ。俺の小袋の分は問題ない。しかし村長の方は大変だ。
この世界の全ての貨幣は法と商売の神の神殿が製造しており、その規格は高い精度で統一されている。
大金貨は直径一スー弱、つまり約二・五センチといったところで、厚みは約二ミリ程だ。純金では無い様で、重さは二十グラムちょっと。
これが頑丈な革の巾着にぎっしり詰まっているわけだけど、その重さが尋常ではない。単純計算で約四十五キロだ。細身の成人女性一人分。持ち歩くのも一苦労だ。
更には、これだけの大金を持っている事が素性の良くない者にでも知られたら、間違いなく襲われる。保安の面で非常に問題があるのだ。宿屋に置いていても盗まれるかもしれないし、どうしたものやら。
「おっと、そうだ。今のうちにやってしまおう」
村長がジャラジャラと金貨をテーブルに出し、枚数を数え始めた。それなりの大きさの金貨の山が出来ていく。
「ビート、これがお前の取り分だ。それで、ここから大金貨五枚をお前の買い取り金として引かせてもらう。全部で大金貨二百二十二枚だ。細かいのは端折ったぞ。ゾロ目で縁起がいいしな」
「村長、それって……」
やばい、いきなりで心の準備が出来てなかった。とうとうこの瞬間が来てしまった。
「ほら、何してる。服を脱いで背中を向けろ」
「う、うん、わかった!」
俺たち奴隷には、主従の契約の証である契約紋が身体に刻まれている。
これは本来であれば神殿で刻まれるものなんだけど、奴隷の子供には生まれた時から刻まれている。
何処に刻まれるかは人によって違っていて、俺の場合は背中の真ん中の上の方、首に近い辺りに刻まれている。こんな位置にあるから自分の契約紋は見たことがなかったりするんだけど、父ちゃんの契約紋は右肩にあったので見せてもらったことがある。
魔法陣的なモノかと思ったら、直径五センチくらいの二重円の中に、印鑑でよく使われる|篆書体(てんしょたい)で『隷属』と書かれてあった。
なんでやねん、と突っ込んでしまった俺は悪くないと思う。
俺が上半身裸になって背中を向けると、村長の掌が契約紋に当てられた。
「
随分とあっさりしたセリフの後、背中の契約紋が一瞬熱を帯びる。俺には確認出来ないけど、おそらく契約紋は消えている事だろう。つまり……。
「終わったぞ。今までご苦労だったな。これでお前も自由民だ」
これで、とうとう、俺は奴隷ではなくなった! 今日からは只の村人Aだ!
『ようこそ、ここはボーダーセッツの街です』
いかん、ちょっと混乱しているな! 落ち着け俺!
「村長……今までお世話になりました。ありがとうございました」
「ふっ、らしくないな。いつも通りでいいぞ。畏まってるお前は気持ち悪い」
ニヤリとニヒルな笑みを浮かべて、村長が茶々を入れてくる。
くっ、ちょっとウルウル来てたのに、水を差されてしまった。
というか、あんまり重く受け止めないようにという配慮かもしれない。俺もしんみりしたのは好きじゃないからいいんだけど。
こういう気遣いが出来るというのは、やはり大人だな。俺も頭の中だけは大人のはずなんだけどなぁ。
「むう、分かったよ村長」
「うむ、その方がお前らしい。それに奴隷から解放したと言っても、お前がうちの村出身である事は変わらん。オレの家族以外では初めての村人だな」
「そっか。うん、村民一号としてがんばるよ!」
「よし、では村民として頑張ってもらう為に、先ずは冒険者登録をしないとな。早速行くか」
「っ!! うん!」
よっしゃあぁっ! ついに来たぞぉっ! 苦節七年、待ちに待った冒険者ビート誕生の瞬間だ!
あれ? 七年か、そんなに長い期間でもないかも?
◇
冒険者ギルドボーダーセッツ支部は、俺たちが入ってきた西門のすぐそばにあった。街に着いたときは色々珍しくて目移りしていたから、それが冒険者ギルドだとは気付かなかった。
建物自体の造りは商業ギルドと変わらない。違いと言えばこちらは二階建てで、その分という訳ではないだろうけど、敷地面積は広そうだ。表から見える建物の幅が、商業ギルドよりもやや広い。あちらは四十メートルくらいだったけど、こちらは五十メートルくらいある。
商業ギルドと変わらない観音開きのドアを村長が押し開けて先に入る。静かだった商業ギルドと違い、扉を開けたとたんにガヤガヤとした喧騒が漏れ出してくる。
「この空気は昔と変わらんな」
懐かしそうな村長の呟きが聞こえた。
中に入ると、正面から左奥にかけてカウンターが五か所あり、その内の左奥の二か所は買い取りという札が立てられている。素材や魔石はあそこで買い取ってもらうのだろう。
右側は、商業ギルドと同じようにテーブルとイスが何セットか設けられており、やはり数組が腰かけて話している。
俺たちが入ってきた時にチラリと一瞥したのが四〜五人、全く一瞥もしなかったのが二〜三人、そしてニヤニヤと下品な笑いを浮かべて見続けている男が三人。こいつらはお約束要員だな。テンプレイベントのフラグが立ってるに違いない。きっと後で絡んでくる。
左奥の壁は一面掲示板になっているようだ。いくつかの紙片がピンでとめられており、その前には数名が屯っている。こっちの人たちは俺たちが入って来た事にも気付いてないっぽい。
村長は一番手近なカウンターに歩いて行く。俺もそれについて行く。
「冒険者の推薦と登録に来た。手続きを頼む」
胸よりやや低い高さのカウンターに片肘をついて、受付の若い女性に村長が話しかける。
「はい、ではこちらの用紙に推薦者の名前とランク、こちらの用紙に登録者の名前と年齢、出身地を書いて頂けますか? 文字が書けない様でしたら代筆も可能ですが」
慣れた作業なのだろう、カウンターの下から紙を二枚、澱みなく出してくる。
「無用だ。ビート、お前はこっちだ」
「はーい」
この国では識字率がそれほど高くはないのだろうが、俺は問題なく書ける。まんま日本語だしな。村長も問題ないようだ。
「おいおい、こんなガキを冒険者にしようってんじゃねぇだろうな? ちっとばかし舐めてんじゃねぇのかオッサン?」
用紙に記入していると、さっきのこっちを見ていた男の内、口の周りに髭を生やした大柄な男が絡んできた……村長に。
あれ、俺じゃないの? テンプレだろ?
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