第027話

 左右に扉の並ぶ二階の廊下の、一番階段に近い応接室に通された。十畳程の、それ程広くない部屋だ。

 調度品は、まず部屋の中央にオークらしき材質の良く磨かれたテーブル、それに向かい合うように配置された革張りのふたり掛けソファが置かれている。

 窓は木製の観音開きで開け放たれており、外から入る涼しい風が心地いい。窓には厚い生地のカーテンが吊られているけど、今は窓の左右に纏められている。窓際には高さ一メートル程の観葉植物が置かれている。

 それ以外に調度品は無く、応接室としては非常にシンプルな構成と言えよう。個人的には良い印象だ。ゴテゴテと飾り立てるのは好きじゃない。


 入り口側のソファに俺と村長が腰掛けると、案内してきた職員は『少々お待ちください』と言って部屋を出ていった。おそらく上司を呼びに行ったんだろう。こういうシーンでの定番だ。いや、前世でそういう経験があったわけじゃないけど、ドラマなんかじゃそういうものだし。

 果たして、一分もせずにドアが開き、少し小太りで頭が涼し気な壮年男性が入ってきた。所謂バーコードだ。


「いやはや、お呼び立てして申し訳ない。私は商業ギルドボーダーセッツ支店の支配人をしております『ハッサン』と申します。お見知りおきを」


 支配人!いきなりトップが出てくるとは!


「南の開拓村で村長をしているダンテスだ。こちらは村民のビート」

「ビートです、よろしくお願いします」

「ほう、この年頃の少年にしては礼儀正しいですな。よろしく」


 そのような会話を交わしながら村長、俺という順番でにこやかに握手する。握手の習慣があるんだ、等と関係ない事を考えていたのは秘密だ。


 内心では子供と見て侮っているだろうに、見た感じではそれを一切感じさせない。流石は支配人というところか。実は子供好きという線も、無いでは無い。


 そのすぐ後に、生暖かい目で俺たちを見ていた受付嬢がやって来て、人数分のお茶を置いて出ていった。

 お茶はほうじ茶のような紅茶のような、今まで飲んだことのないお茶だった。村では炒った豆のお茶だったからな。


「それで、話があるということだったが?」


 単刀直入に村長が切り出す。


「はい、その前に先ず、この度は大量の魔石をお売り頂きました事、お礼申し上げます」


 先ずは下手に出てきたか。という事は、何かしらのお願いがあるという事だな。

 前世でも、下請けの制作会社の部長がよくこういう切り出し方をしてきたものだ。その後は大体、納期の延期のお願いが来るんだけども。


「お呼び致しましたのは他でもない、先程お預け頂いた魔石の事なのです。正直なところ、これまで私共でも扱ったことのない量でして、些か鑑定に時間がかかりそうなのです。そんな訳で、査定の結果は明日の昼以降ということにして頂けないかとお願いに参りました次第でして、はい」


 これは想定通りだ。あの量をいきなり持ち込んで、すぐに査定が終わるとは思えない。どのみち四〜五日はこの街に居る予定だったから、これは問題ない。


「ふむ、それは構わないが……それだけか?」


 村長の目が少々厳しくなる。他に何かあるのか?


「い、いやはや、流石はダンテス様ですな、実はもうひとつお願いがありまして……その……支払いについてなのですが……少々ご猶予を頂けないかと……」


「え?どういう事?」


 思わず声が出てしまった。まさかの納期延期のお願い? 前世と同じ?


「どういう事情か、説明してもらえるか?」


 村長が先を促す。理由も聞かずに返事は出来ないよな。


「いえ、それ程難しい話ではありませんでして。詳しくは話せませんが、実は私共はつい先日大口の契約をしたばかりで、手元の資金にあまり余裕が御座いません。今ダンテス様へお支払いしてしまうと、ギルドの活動に支障が出る可能性があるという次第でして。三か月……いえ、ひと月後でしたら支障なくお支払い出来るのですが、それまでご猶予を頂けないかというお願いでございまして、ご考慮頂けないかと……」


 ここでいう手元の資金というのは、流動的に動かせる資産という意味だな。確かに、日本円に換算して億単位の金だ。おいそれと動かせるものではないだろう。しかし、これはちょっと難しいな。


「ふむ、それは困る。ひと月もこちらに居ては村が心配だ。何しろ辺境だからな。同じ理由で、何度もこちらに来るのは難しい」


 当然だ。大森林の魔物は、その繁殖力が尋常じゃない。今回は俺が間引いてきたけど、ひと月も経てばまた溢れかえってるに違いない。


 気分を落ち着ける為に、俺と村長は冷めかけてるお茶を口に運ぶ。


「はい、こちらとしても心苦しいのですが、なにしろあの量の、しかも大粒で上質な魔石です。私共の査定担当がざっと見積もっただけでも大金貨二千枚は下らないという話ですので……」


 ブーッ!?


 ナンダッテェーッ!?


 村長と俺、ふたりとも口に運んでいたお茶を噴き出してしまった。

 だって、大金貨二千枚というと、日本円で二十億円位の大金だ。確かビンセントさんの見積もりでは大金貨百枚位って話だったはずなのに、なんで二十倍もの値段が付いてんの!?


「こ、こちらの予想ではもう少し安いと思ってたんだが、随分と値上がりしたものだな?」


 村長が動揺しながらも確認を取る。ビンセントさんの見込み違いだとしても、二十倍なんて事はありえない。


「はい、二か月前までならここまでの額にはならなかったでしょう。実は魔石の流通量が激減してまして、単価が高騰しているのです」


 ふむ、単純な市場原理か。希少なものは高く、ありふれたものは安く。至極当然だ。供給不足か需要過多ってことだな。


「それは何か理由が?」


 村長も気になったらしい。

 支配人が身を乗り出し、声を一段抑えて話しかけてくる。


「実は王国が魔石の買占めを行ってまして、その理由が戦争ではないかと噂されております」


 それを聞いた村長の眉が、苦々し気に顰められる。


「国か……相手はノランか?」

「おそらくは。エンデとはここ十数年友好を保ってますし、王族同士の姻戚関係もありますから」


 ノランってどこだ? なんか、勉強しなきゃならない事がまだまだ多そうだ。当たり前か、まだ七歳だからな。


「そうか、そういう事なら納得だ。おそらく魔道具を量産してるんだろう。市場に魔石が無くて当然だ」

「はい、そういう訳ですので、この度魔石をお売り頂いた事はとてもありがたいお話でして、私共と致しましてもこのようなお願いはとても心苦しいのですが……」

「しかし、これは更に困ったな。戦争ともなれば世が荒れる。一刻も早く村に帰らねばならなくなった」

「ごもっともです。しかし当方と致しましても、それ程の大金を後日輸送となりますと、安全性に責任を負いかねますものでして……特に最近は盗賊の被害報告も多うございますから」


 その盗賊の件はもう解決したと思うけど……いや、あいつらだけとは限らないか。戦争が始まれば、敗残兵や逃亡兵が野盗化することもあるだろうしな。今居ないからひと月後も居ないとは限らない。これは参った。

 ……うーん、そうだな、アレ使えないかな?


「ねえ村長、契約書を使えないかな?」

「うん? 支払いをわざわざ契約するのか?」

「それは聞き捨てなりませんな! 我々を信用出来ないというのですか!?」


 おっと、言い方が悪かったか。支配人の矜持を傷つけてしまったようだ。


「ううん、そうじゃなくて『ひと月後以降に商業ギルドへ持って来たらお金に換えてくれる』っていう契約書を作れないかなって思って」

「というと?」

「金額と商業ギルドの署名、日付がある契約書でさ、それをもってきたら『誰でも』その金額を受け取れるようにするんだよ」

「「っ!?」」


 手形……いや、社債のようなものかな?


「それは、言うなればツケ払い契約の相手方が不特定という形式ですか! 確かに、それなら手元の資金が足りなくても支払いができる……いや、支払い期限を五年後にすれば直近の資金調達にも!?」

「オレたちはその契約書で買い物をするわけだな? 普通ならそんな契約書の価値など怪しいモノだが、支払いが商業ギルドであれば話は別だ。神殿を除けば最も信用が置ける組織だからな。更に、契約書となれば複製も偽造も不可能、安全性は神殿の折り紙付きというわけか」

「良い案です! 早速神殿と本部に新契約書発行の打診をしなければ!」


 どうやら受け入れてもらえたようだ。支配人など、今にも席を立って走り出しそうな勢いだ。でも、もうちょっと待ってもらおう。


「えっと、それなら金額を何種類か作れないかな? 使うときに大き過ぎる金額じゃ使い辛いでしょ? 硬貨みたいに組み合わせて使えたらいいかなと思って。契約書の大きさもちょっと小さめに出来ないかな?これくらいの大きさで。その方が嵩張らなくていいよね?」


 そう言って俺は両手の指で四角を作って見せる。丁度、前世の紙幣くらいの大きさだ。

 そういえば、前世の紙幣も正式には『日本銀行券』だったよな。今回の件は、言うなれば『商業ギルド券』の発行か。


「「……」」


 村長と支配人が俺を凝視して止まってる。いつぞやのイナゴキューブ(仮)のときみたいだ。俺、またやっちゃいました?


「……ダンテス様、ご領地の子供は、皆このように聡い子ばかりなのでしょうか? 少々末恐ろしいですな」

「いや、この子は特別だ。いや、むしろ別格と言うべきか。俺も驚かされてばかりだ」

「安心致しました。こんな子が何人もいるとなれば、いつ私も支配人の座を追われるかわかりませんからな」


 なんでやねん。

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