第030話

 受付に戻っても、まだ手続きは終わってなかった。

 何事も無かったかのように戻ってきた俺たちを見て受付嬢も何かを感じ取ったのか、何事も無かったかのようにギルドの規約を説明し始めた。流石は冒険者ギルドの受付、順応力が高い。口調も俺に対する説明ってことで、砕けたものになっている。


「あたしはミーシャ。よろしくね。じゃあ早速だけどギルドについての説明をさせてもらうわ」


 ミーシャさんはちょっと小柄な、二十代前半と思しきショートカットの美人さんだ。やはり受け付けは美人が担当するんだな。

 そして胸は大きい。おそらくD以下ということはあるまい。俺はオッパイ星人ではないので、そこに魅力は感じないけど。


「まず冒険者ギルド運営の資金だけど、これには税金が使われているの。つまり国営ってことね」


 なんですとぉっ!? 国営!? 冒険者って公務員なの!?


「えっ!? 独立組織じゃないの?」


 テンプレファンタジーでは『冒険者ギルドは国に属さない国際的機関で、その規模と潜在的保有戦力から大国と言えども無視できない一大勢力』ってのがお決まりなのに。


「随分と難しい言葉を知ってるのね。でも冒険者ギルドは国営企業なのよ。お役所でもあるかしら?」


 それから詳しい話を聞いて納得した。

 そもそも冒険者ギルドというのは、国や貴族が治安維持の為に狩人や木こりを臨時に雇ったのが始まりだそうだ。


 当時は外国との大きな戦争があり、兵士はそちらに駆り出されてしまっていたため、国内の治安を守る兵力が絶対的に足りなかったらしい。そのため盗賊や強盗などの凶悪犯罪が横行し、治安は相当悪かったそうだ。

 更には魔物の脅威もすぐ身近にある。これに対処するために狩人や腕に覚えのある木こり等を雇い、盗賊や魔物の討伐をさせたのだそうだ。

 それなら、その人たちを兵士にしてしまえば良いと思わないでは無いけど、そうすると働き手が居なくなって産業が衰退してしまう。あくまでも一時雇いとするしかなかったのだろう。

 その試みが予想以上に成果を上げたため、停戦後もその仕組みは維持されたのだそうだ。何しろ、盗賊が根城にする森や山は狩人や木こりにとっては庭のようなものだ。隠れきれるものではない。

 加えて、狩人たちは一時雇いであったため、兵力としての維持費がとても安かった。

 何もしていなくても保持するだけで金を食うのが軍備というものだけど、彼らは必要な時に必要な人数だけ雇うので、維持費がほとんど掛からなかった。

 戦後の復興に莫大な費用が必要な国にとっては渡りに船という事で、正式に冒険者ギルドとしての体裁が整えられるまで、さして時間は掛からなかったという。


 また、別の面からも国営である必要があった。それは情報統制だ。

 冒険者は依頼を受けて各地へと向かう。それは言い換えれば、国内各地の情報を得る事が出来るという事だ。

 その中には、決して他国に知られてはならない情報もあるだろう。そんな重要機密を持つ冒険者が自由に国外に出ていくなど、決してあってはならない事だ。国が管理するには十分すぎる理由だ。


「でも行動の自由が無い訳じゃないの。ギルドタグがあれば、国内なら王族と貴族の私有地以外は何処にでも行けるし、各都市間を結ぶ駅馬車の利用も無料よ」


 なるほど、移動に便宜を図る事で依頼をこなしやすくしているんだな。

 そして『私有地には見られたら困る機密があります。近寄らない方が良いですよ』と、暗に警告してくれてるわけだ。


「じゃあ次は報酬と税金の話ね」


 この辺は村長に聞いてた事と同じだった。

 要は、掲示板の依頼を受けて熟せば報酬が得られるって事だ。テンプレファンタジーと同じだな。

 そして冒険者になるとギルドにお金を預けられるようになる。というか、口座を作らされる。報酬はその口座に振り込まれ、一部は引き落とせない『税金枠』にストックされる。年末になるとそこから税金が徴収され、翌年にはまたストックされていくというわけだ。流石は国営、ちゃっかりしてる。

 税金枠のストックが足りなかった場合は翌年に引き継がれるそうで、不足額が大金貨五枚以上になると奴隷落ちになるんだとか。怖いな、気を付けよう。


「じゃあ、最後に冒険者のランク制についてね」


 これも村長に聞いていた通りだ。

 冒険者ギルドに加入すると貰えるギルドタグには、名前以外にランクを表示する欄が三か所ある。『調達』『討伐』『護衛』に分けられたランクは、それぞれに関連する依頼を一定数成功させると上がっていく。

 たとえば、ゴブリンの集落を殲滅する依頼を成功させると討伐のポイントがたまり、商人を護送する依頼をクリアすれば護衛のポイントがたまるという具合だ。

 どの分類にも当てはまらない依頼の場合は、ギルドの裁量でポイントが割り振られるという事だった。過去の事例では『男手が足りないから畑を耕すのを手伝って欲しい』という依頼があり、これのポイントは調達に加算されたそうだ。


 ランクは星の数で表される。テンプレファンタジーだとアルファベットだったりするんだけど、あれって良く考えたらおかしな話だよな?

 『異世界で文字も言語も違うのにアルファベットってどういう事? さらに最高ランクがSって、それ『SPECIAL』か『SUPER』のSだよね? 言葉の違う異世界にその単語があるんだ?』等と、今にして思うとツッコミ待ちとしか思えない設定がよくあった。

 ちょっと脱線してしまったな。そのランクだけど、各ランクごとに無星から始まって七つ星が最高だそうだ。トータルでは最高二十一個だな。

 ランクが星の数なのは、識字率があまり高くないためだそうだ。どんなに無学でも、ひとケタの数字くらいは数えられるだろうしな。


 そして、ここからがテンプレファンタジーとは違うところだ。なんと、ランクが上がって星の数が増えると貴族位が与えられるらしい! 流石は親方日の丸こうむいん! いや日の丸じゃねぇよ! と、自分で突っ込んでみる。

 トータルの星の数が十二個になると準男爵、十五個で男爵、二十一個で子爵の位が与えられるのだとか。実際、過去三十年で準男爵六名と男爵二名が誕生しているそうだ。残念ながら、子爵になった者はギルド設立以来ひとりもいないらしい。星獲得のノルマが厳しいんだろうな。


 この国の貴族の爵位は、王族を別にすると六つに分かれている。位階の高い方から順に『公爵』『侯爵』『伯爵』『子爵』『男爵』『準男爵』だ。

 このうち、公爵と準男爵は当代のみの爵位で、子供に引き継ぐ事は出来ない。ただし、公爵の子供には男爵位が与えられる。

 また、公爵と男爵、準男爵は領地を持たない貴族で、主な収入は国から支給される年金だそうだ。

 この説明だと公爵はあまり裕福ではなさそうだけど、実際にはそうではない。

 公爵は王位を継ぐことが出来なかった王族に与えられる爵位なので、国から支給された豪勢な屋敷で寝起きし、生活費は国費で賄われ、年金は趣味で使うのみという贅沢な暮らしを送っているそうだ。なんて裏山。

 侯爵と伯爵、子爵の違いは、単純に領地の広さと豊かさだけだそうだ。領土が広くて豊かなのが侯爵、そこそこ広い領地を持っているか豊かな財源を持っているのが伯爵、それ以外は子爵というわけだ。ここボーダーセッツを治めているのも伯爵なのだとか。交易都市だから儲かっているんだろう。いいな!


 この貴族になれるというシステムは、いろんな面で良いと思う。

 まず冒険者からすると、一定額が年金として与えられるので生活が楽になる。引退後の生活にも不安がない。また、男爵になれば爵位を子供に引き継ぐ事が出来るので、子供の生活もある程度保障される。

 一方、国としても優秀な冒険者が国外へ流出するのを抑える事が出来る。貴族の位を蹴ってまで他国に亡命しようとする者はそうそう居ないだろう。居るとすれば犯罪者、いや、貴族だから反逆者くらいか。


「こんなところかな? 他に何か聞きたい事はある?」

「奴隷でも冒険者登録できる?」

「できるわよ。というか、冒険者所有の奴隷には、できるだけ登録をしてもらってるわ。税金を誤魔化されないようにね」


 ミーシャさんが、ちょっとお道化た感じで答えてくれた。なるほど、流石は国営、金に汚い。裏にはマルサみたいな組織もありそうだ。


 丁度話に区切りがついたところで、事務担当らしき中年女性が俺の冒険者登録が終わったことを知らせてくれた。そしてその手に持ったものをミーシャさんに渡し、さらにそれが俺の前に差し出される。


「お待たせ。これで今日から冒険者よ。頑張ってね」


 銀色に輝くギルドタグがそこにあった。表面には俺の名前がカタカナで掘られている。


 よっしゃあーっ! とうとう冒険者になったぞーっ!

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