第324話

「おお、彼の御高名なフェイス辺境伯閣下にお会いできるとは! ようこそ我がバーマンの街へ。私、当地を預かっておりますエミリオ=ヤーと申します。以後お見知り置きを」


 子爵の屋敷を訪ねると、意外にもにこやかに当主が迎えてくれた。やや恰幅のいい四十代前半と思われる、人当たりの良さそうな男性だ。少なくとも表面上は。


 おかしいな? ヤー子爵はバリバリの貴族派だったはず。ガッツリ王家派と思われている俺への態度じゃないような?


 ヤー子爵家は元ユミナ王国の家臣だったそうで、ユミナ王国がウエスト=ミッドランド王国に吸収される際に一緒に吸収されたという歴史があるらしい。

 なので、ユミナ元侯爵家とは先祖代々親密で、生粋の貴族派、いや、反王家派として知られている。

 以上、平面魔法のライブラリにあった貴族名鑑(クリステラによる注釈書き込みあり)より。


 先頃、そのユミナ元侯爵家が御取り潰しになったから、政治的にも経済的にも少なからぬ影響が出たはず。

 その御取り潰しに関与したと噂されている・・・・・・俺に対して、小さくはない恨みがあってもおかしくはない。というか、無いはずがない。なのにこの笑顔。

 いや、腹芸が得意なのか。

 ずっとこの王国で反王家派と思われつつも家を存続させてきた一族だ。脈々と受け継がれたそのしたたかさは侮れない。俺程度の観察眼では、その真意を見通せなくても不思議じゃない。

 こいつはタヌキ。俺の中で要注意人物に認定だ。


「用件は承知しております。王都中央交響楽団の皆様のことですな? いやはや、面目次第もありません。本来ならば当家が責任を持って送り届けねばならないところなのですが、なにぶん弱小子爵家なもので街道復旧に時間が掛かっておりまして……汗顔の至りにございます」


 この屋敷に来るまでに、事情の調査、裏取りは済ませている。

 どうやら、このバーマンの街から運河へ出る唯一の街道が、巨大な岩で塞がってしまったことが楽団未帰還事件の真相らしい。

 この街道以外でこの街から出るルートは旧ユミナ侯爵領方面しかなく、そちらだと非常に遠回りになって、足の速い馬でも王都まで一ヶ月以上かかるそうだ。

 他にも細い山道はあるけど、そちらは足場が悪い上に魔物や山賊が出るので危険度が高い。

 楽団は繊細で高価な楽器も輸送するから、そんなリスクの高いルートは選べない。

 ということで、ずっとこの街のこの屋敷で街道開通を待っていたのだそうだ。


 確認のためにその落石を見に行ったけど、確かに谷間の道を塞ぐように巨石が鎮座していた。全長三十メートル近い岩がゴロンと転がっていた。

 それを、多分子爵の差配した人足だと思うけど、五人くらいの男たちがツルハシでカンカン砕いてた。

 子爵の言葉に、少なくとも表面上は、嘘はない。


「いえいえ、事故・・なのですから仕方がありません。被害に遭われたのは子爵殿なのですし、何も恥じる必要はありませんよ。あの岩は私が除去しておきました。街道に大きな被害はなかったようですから、まもなく工事をしていた人足たちも帰還することでしょう」

「おお、まことですか!? それはありがたい! 閣下にはどれほどの礼を言っても言い尽くせませんな! この御恩はいずれ必ずお返ししましょう! 今後、私めの力が必要なときには何なりとお申し付けくだされ!」

「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ。お気になさらず。おっと、どうやら準備が終わったようですね」


 タヌキめ。恩返しする気なんて欠片もないくせに。むしろ仇で返すつもりだろう?


 そんな誠意も中身もないやりとりをしている間に、楽団の皆さんが帰還準備を終えて応接室前に集合したようだ。子爵家の使用人がドアを開けて招き入れる。


「それでは子爵閣下、我々は出立いたします。長々とお世話になりました」


 楽団の、おそらく楽長と思われる壮年男性が子爵に頭を下げる。それに続いて、整列した団員たちも頭を下げる。


「いやいや、これも私の不徳の致すところ。皆には苦労をかけた。まぁ、悪いことばかりではなかったよ。お陰で耳に至福な時を長く過ごせた。今度は私が王都へ行くから、その時はまた良い音を聴かせておくれ」

「はっ、恐縮です。その時は特等席をご用意させて頂きます」


 子爵と楽長が堅い握手を結ぶ。

 ふむ、楽団の扱いは悪くなかったっぽいな。音楽好きなのは本当なのか?



 楽団とその荷物を載せた、いつものMe321ギガント(もどき)がバーマンの街から飛び立つ。

 手を振って見送る子爵と屋敷の従業員、そして俺たちを見上げて驚いているバーマンの街の人たちが、みるみる小さくなっていく。


「……タヌキめ、最後まで尻尾を出さなかったな」

「うみゃ? どうしたんだみゃ? 今回は何も起きなかったみゃ? 街が破壊されなかったみゃ」


 俺のつぶやきを聞きつけたアーニャが、怪訝な顔で尋ねてくる。ついでに失礼な一言も。いつも街を破壊しているわけじゃない。時々だ。

 フロントガラスに張り付いて外の景色を見ていたデイジーも、それを聞きつけてトトトッと寄ってくる。

 楽団の皆と機材は客室だから、操縦席のこの会話が聞かれることはない。


「いや、今回の楽団の足止め事件、主犯かどうかはわからないけど、確実にあの子爵も一枚噛んでたよ。なのに、そんな素振りを欠片も見せなかったなってさ」

「うみゃみゃ? あの落石は事故だみゃ? ボスもそう言ってたみゃ」

「証拠がなかったからね。事件・・とは言えなかったんだよ」

「……証拠がないなら、やっぱり事故シロ?」

「いや、あの大岩は事件クロだよ。その証拠に、街道に大きな被害がなかった」


 大岩を取り除いた後の街道に大きな損傷はなかった。何百トンもありそうなあの大きさの岩が落ちたのに、だ。普通なら陥没して大変なことになっている。

 それに、あの大きさの岩が落ちたわりに、周囲の谷はきれいなものだった。どこにも崩落した形跡がなかった。岩以外の土砂が少なすぎた。


「つまり、あの大岩は崩落したんじゃない。あそこに置かれたんだよ」

「ということは……っ! 魔法だみゃ!」

「たぶんね」


 あの岩は崩落したんじゃない。魔法によって、周囲の土砂からあそこに作り出されたものだ。 

そして、この国で魔法を使えるのは貴族だけだ。ただし、俺の関係者を除く。

 あのタヌキは魔法使いじゃなかった。強い魔力を感じなかった。だから、協力している貴族が他にいる。おそらくは、同じ貴族派の。

 それに、運河と街を繋ぐ街道が封鎖されたのだから、流通には深刻なダメージが出たはず。けど、それを痛いと感じている様子は全くなかった。

 また、復旧は最優先のはずなのに、工事の人足は五人しかいなかった。それだけしか人手を割かなかった。

 つまり、協力している貴族からの支援があったのだと思われる。復旧が遅れても深刻な事態にはならないという確証があったのだろう。


「それに、僕らがどうやって来たか質問されなかった。さっきも、このギガントを見ても大きく驚いてはいなかった。僕に関して調べがついてるってことだよ」

「……納得。油断できない」


 まったくだ。

 ただ、理由が分からない。何をしたいのかがわからない。

 確かに、俺はちょっと困ったことになったけど、それだけだ。深刻な被害は受けていない。被害を受けたのは楽団、それと子爵自身だ。


 それにタイミングも妙だ。

 楽団の招待は半年以上前に決まっていたらしい。一方で、俺が実行委員になって差配する立場になったのはほんの数週間前。計画的行動だとしたら時間が合わない。俺個人に対する妨害とは考えられない。


 学園に対する妨害?

 いや、それにしては地味すぎる。かかった費用に対して効果が低すぎる。

 極端な話、楽団は居ても居なくてもいいんだからな。別にダンスパーティをするわけじゃないんだし。音楽を楽しみながら飲食と談笑をするだけだ。

 なんなら代わりの楽団を呼んでもいいんだし。多少のアクシデントはあるだろうけど、大きな問題にはならないはず。


 相手の目的も全体像も見えない。

 どこからか焦げくさにおいが漂ってくるのに、その出処が分からない。ようやく突き止めたときには、既に手の施しようがないくらい火が回っている。そんな感じ。

 なんだか気持ち悪い。ちょっとイライラする。


 いかんな、帰ったらウーちゃんたちをモフモフして癒やされよう。

 モフモフは世界を救う。少なくとも俺は救われる。モフモフに癒やされた俺なら世界だって救える気がする。



 王都までの空の旅で、楽団の面々は大いに創作意欲が刺激されてしまったらしい。卒業パーティーの打ち合わせも早々に、新曲の創作にとりかかってしまった。

 卒業パーティーまでには無理だろうけど、直近の公演にはなんとか間に合わせたいそうだ。

 気持ちは分かるけど、これだからクリエイターは。


 ……チケットの手配をしておかないとな。

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