第323話
「えっ、楽団が戻らない?」
企画の骨子がまとまって、実行委員会と学園の許可も降りた。あとは実行に向けて各種手配をするだけだ。
という段階になって、毎年会場のBGMを依頼していた楽団が、まだ遠征先から戻ってきていないという報告を受けた。
「せやねん。八月末までの依頼やったらしいんやけど、まだその公演先から帰ってきてへんみたいやねん」
キッカの調査によると、王都から少々離れた領地の貴族から公演を依頼されて向かったらしい。予定通りならもう帰ってきていたはずなんだけど……何かアクシデントでもあったかな?
「うーん、ならしょうがないね。旅に不測の事態は付きものだよ。依頼はすでにしてあるんだし、余程のことがない限りは当日までに戻ってくるでしょ。もし事故か何かで足止めされてるんだったら僕が迎えに行けばいいしね」
「承知や。それでな、実はもうひとつ問題があってな? いや、大したアレやないんやけど」
「うん? 何?」
「どうも王都の食料品の価格が上がっとるみたいやねん。トネリコはんに調達をお願いしに行ったら、そういう傾向があるから、予算は上振れするかもしれへんって言われたわ」
ふむぅ? 食品価格の上昇って、収穫の秋のこの時期に? 普通は値下がりする時期だよね?
「その値上げの原因は? 不作? 理由もなく高くはならないよね?」
「不作やないけど、モノが入ってけえへんのやて。なんでも、王都近くのいくつかの領地で、お貴族様が備蓄のために出荷せんと溜め込んどるらしいわ」
供給不足か。理由は単純な市場原理だな。王都は巨大市場だから、周辺の領地からの供給がないと立ち行かない。それが減少しているなら値上げも当然だ。
「春播きの小麦の収穫と出荷はこの時期だから、安い時期に備蓄用の食料を買い集めるのは変な話じゃないね。果物もそろそろ収穫時期だし」
「けど、それ以外の肉や野菜も差し止めとるみたいやねん。なんでやろ?」
ふむ? 肉は燻製や塩漬けで保存できるけど、野菜まで? 漬物かな?
「例年のこと……ではないんだよね?」
「うん。トネリコはんも、戦争でもないのに一斉に、しかもこんな大量の差し止めがあるんは珍しいって言うてたわ」
うーん? どうにも理由がわからないなぁ。
ちょっと前までなら、理解できなくはなかった。戦争があったからな。出兵で備蓄を放出してしまって、それの補充のためってことなら分からなくもなかった。
けど、戦争は随分前に終わってる。もう補充するタイミングじゃない。
……戦争か。
「他に値上がりしてるものは? 魔石とか武器防具とか」
「いや、トネリコはんは何も言うてへんかったで?」
ふむぅ? 軍需物資の値上がりがないってことは、戦争準備ではない? またクーデターかと思ったんだけど、そういうわけではないのか。やっぱり単なる偶然?
「釈然としないけど、そういうことなら仕方がないね。王都での調達は諦めて、ボーダーセッツあたりから調達しよう。魔物肉ならドルトンで調達してもいいしね。輸送は僕がやれば問題ない。三日に一度は帰ってるんだし」
「承知や。ほんなら、そういう感じで手配しとくわ」
とりあえずはこれでいい。
けど、何かが引っかかるんだよな。ちょっと良くない流れになってる感じがする。川面の下に隠れた障害物があって、それが流れを乱してるような、そんな感じ。
なんだかモヤモヤするなぁ。
◇
「まだ帰ってこないのか。これは確実に何かあったね」
「せやな。流石にもう五日前や、これ以上は待てんで」
もう五日後には卒業パーティーなのに、地方公演に出ている楽団がまだ帰ってこない。
パーティーで供するメニューの食材、配膳や調理の人手、催し物で使う機材や資材の手配などなど、卒業パーティーに関する準備はほぼ終わったんだけど、音楽を奏でる楽団だけがまだ揃っていない。
いや、人材の確保もちょっと危なかったけどさ。
王都の商業ギルド経由で人手を確保しようとしたら、それなりの礼儀や教養のある人材は軒並み契約済みで、残ってたのは素行や素性に問題がある人たちばかりだった。
流石にそれは……ってことで、仕方なくドルトンの屋敷の使用人と料理人を一時的に駆り出すことにした。臨時ボーナスでまた赤字……じゃない、広告費が増えちゃうな。やれやれ。
BGMを他の楽団に頼むことも考えたけど、演奏プログラムの問題もあるから、今更依頼先を変更することは現実的じゃない。例年通りのプログラム、例年通りの楽団なら大きな問題は出ないはず。
まぁ、今年はちょっとした催しもあるから多少のプログラムの変更はあるけど、大きなものじゃないから大丈夫。だと思う。思いたい。駄目なら催し物は音無しだな。
それでもリハーサルはしなきゃ不味いから、最低でも三日前には王都にいてほしかったんだけど……仕方がない、迎えに行くか。
「公演先はどこだっけ?」
「バーマンの町やな。パーカーの東でオーツの南、ちょいユミナ寄りにある町や」
「そんなところまで行ってんのか。言っちゃぁなんだけどよ、あの辺ってかなり辺鄙なところだよな?」
「あらあら、本当のことでも口に出さないほうがいいこともあるのよ? うふふ」
ユミナ寄りってことは黒山脈の麓か、あるいはその山の中だな。サマンサの言う通り、確かに辺鄙なところだ。コレという特産品もなかった気がする。
あそこはナントカっていう子爵の領地だったっけ? 名前は覚えてないなぁ。
子爵だから、それほど裕福ではないはず。なのに、よく王都の楽団を呼び寄せるお金があったな。実はかなりの音楽好きか?
それはそれとして、ともかく送迎だ。楽団を迎えに行かねば。
既に帰路に着いているとすれば、一度運河へ出て王都まで船に乗るというルートをとるはず。そのルートなら早いし比較的安全だからな。
運河で事故があったという話は聞かないから、何かあったとしたらバーマンの町から運河に出るまでのルート、もしくはバーマンの町でだろう。
であれば、普通なら運河を北上しつつ周辺の町で聞き込みをし、途中で合流してそのまま帰路に着くというのがお迎えのコースになる。
けど、何か嫌な予感がする。
ここしばらくの間の王都はおかしい。不自然な食料品の値上がり、不自然な人員の枯渇。
まるで、誰かが卒業パーティーを妨害しようとしているように感じる。
けど、それにしては中途半端なんだよな。簡単に回避できるような妨害ばかりで実害がない。まるで子供のイタズラだ。
例えば食料品の値上がりだけど、貴族派領主の妨害かなと思ったら王家派の貴族も加担していた。たぶん便乗値上げだろう。
それが商売だと言われたらその通りなんだけど、それをこのタイミングでされるとねぇ。
まぁ、食料の供給先は王都周辺だけじゃないから、これといった害はない。俺以外なら困ったかもしれないけどな。
そんなこんなで、どうにも気持ちが悪い。もっと早い段階でいろいろと調査しておくべきだったかもしれない。失態だ。
けど、まだ決定的な破局っぽいことは起きていない。深刻な事態には陥っていない。まだ挽回できるはずだ。
「今回はバーマンの街に飛んで、そこから足取りを追うことにしよう。その方が確実だからね。アーニャとデイジーは一緒に来て。それ以外の皆は引き続き準備をお願い」
「「「はい!」」」
こちらには平面魔法という移動手段、速度というアドバンテージがある。通常とは違う手を使って、何かの、誰かの思惑を外そう。外せるかな? 効果があればいいんだけど。
方針を伝えると、皆から揃った返事が……皆から……アレ?
「そういえばジャスミン姉ちゃんとクリステラの姿がないね? どこへ行ったの?」
「ああ、ステラはんやったら王都の侯爵邸へ行っとるわ。なんや、調べたいことがあるんやて」
「ふーん」
侯爵邸っていうと、ヒューゴー侯爵の王都別邸だよな。何を調べに行ったんだろう?
「……ミン様は部屋で寝てる。最近すごく眠たいって言ってた」
「へぇ、夜更かしでもしてるのかな? 病気じゃなけりゃいいんだけど……って、ジャスミン姉ちゃんは自分で治せるんだった。なら心配ないか。それじゃ二人には出かけたって言っておいて。行ってきます!」
「「「行ってらっしゃいませ!」」」
とは言ったものの、やっぱりジャスミン姉ちゃんのことはちょっと心配だ。隠れて夜中に何かやってる? 聞いたら教えてくれるかな?
ともあれ、今は一刻も早く楽団を見つけて卒業パーティーの準備を進めないといけない。それが最優先だ。
さて、それじゃ飛ぶか。
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