第325話

「――ということのようですわ。これがその一覧です」

「なるほど、そういうことだったのか。ありがとうクリステラ、ご苦労さま」

「おほほほ! この程度、家宰であれば当然ですわ!」


 王都の屋敷に帰宅したら、王都のヒューゴー侯爵邸に行っていたクリステラも戻っていた。クリステラなりに、今回の件について調べてきたらしい。

 以前から貴族関連のやけに詳しい情報をクリステラが仕入れてくることがあって、どこから入手しているんだろうと疑問に思ってたんだけど、どうやら実家のヒューゴー侯爵家経由だったみたいだ。

 ヒューゴー侯爵家は王家派、貴族派のどちらにも属さない中立派の貴族だ。なので、何か権力争いがあったときには、両方の陣営から引き合いがくる。

 必然、手土産としてある程度の情報も提供されるわけで、それを精査すれば裏の事情も透けて見えてくるというわけだ。

 今は俺の妾兼フェイス家の家宰になっているクリステラだけど、元々は第二王子の婚約者だった。つまり、将来は公爵夫人として社交界を牛耳る立場だったわけで、その手の情報収集の手腕もしっかり仕込まれていたわけだ。

 普段が残念なだけに少々腑に落ちない点はあるけど、有能であるのはいいことだ。うん。


 今回の件、学園の卒業パーティーの妨害は、どうやら複数の貴族による共謀だったようだ。

 参加しているのは、王都近郊に領地を持つ貴族派貴族たち。そして、一部の王家派や中立派の貴族たち。

 ただ、これは同じ目的を持っているというだけの緩やかな共同体という感じの集まりで、首魁となるような中心人物はいないらしい。頭を潰して終わりってわけにはいかないってことか。ちょっと面倒だな。


 貴族派貴族たちの参加動機は簡単で、昨今の王家派躍進の原動力とされる俺の面子を潰したいというものだ。卒業パーティーを失敗させて俺を貶め、王家派の勢いを止めたいってことだな。実に分かりやすい、そしてくだらない理由だ。

 この企みに加担している王家派貴族も、多くは同じ理由での参加のようだ。たとえ同じ派閥であっても、ひとりが功績を独占するのは許せないらしい。つまり嫉妬だな。これもまぁ、分からなくもない。人間だもの。


 問題は、これら以外の理由で参加している貴族たちだ。こっちは結構切実な理由なんだよなぁ。ある意味、俺の被害者とも言える。

 そして、剣呑な計画を立ててもいる。ちょっと洒落にならない事態だ。


「卒業パーティーの襲撃、そして一部生徒と僕の殺害、か」


 流石にこれは看過できない。受け入れる理由がない。

 けど、その動機については理解できなくもない。


 この計画を企てているのは、王家派、貴族派、中立派の、各派閥貴族家の嫡男たちだ。まだ家を継いでいないけど、継ぐ予定になっている者たち。

 いや、なっていた者たち、だな。

 動機は保身。


 今年の卒業生たちのうち、貴族家の子女は漏れなく魔法を使えるようになっている。俺が魔法の先生として頑張ったからな。熟練度にはバラツキがあるけど、魔法を発動することは全員ができるようになった。

 そして、学園に通っている貴族家の子女は嫡男ばかりではない。次男や三男もいる。今年の卒業生で該当するのは七人だったかな?

 そのうち三名は、既に兄が当主を継いでいる。これは問題ない。

 で、まだ親が現役当主なのが四名。この四名の兄が襲撃計画の中心らしい。

 所属派閥は王家派二名、中立派一名、貴族派一名とバラバラだ。

 そして、それに協力している貴族家が数家。これは貴族派だな。


 この国では、貴族の家は直系で年長の男子、つまり長男が継ぐのが基本だ。長男が継ぐ前に死亡したり、あるいは継いだ後でも跡継ぎが生まれる前に死んでしまったら次男が継ぐ。その次男も同様に死んでしまったら三男が、という感じだ。女児はどんなに早く生まれても継承できない。

 しかし、このルールには例外がある。魔法だ。

 魔法が使えるなら、たとえ三男であっても継承権は最上位となる。長男や次男をすっ飛ばして。この国では、魔法を使えることが貴族として最上位のステータスだからな。

 今年は、その四名が継承権繰り上げで嫡子になるというわけだ。

 そして長男は継承権第二位となり、弟が爵位を継いだ後しばらくは予備として飼い殺しにされ、弟に跡継ぎが生まれたら用済みとして平民に落とされ家を追い出される。

 今まで嫡男として大事にされてきたのに、いきなりの予備扱い、そして放逐。そりゃ、その原因になった弟や俺に殺意も湧くだろう。

 ちなみに、女性は魔法が使えても継承権は生じない。その代わりと言ってはなんだけど、嫁入り先には困らなくなる。親が魔法使いであれば、生まれてくる子供も魔法使いになりやすいと信じられているからな。


「うーん……この情報、もちろん王様も掴んでるよね?」

「そうだと思いますわ。わたくしが調べられたのですから、王家の暗部の耳に入らないはずがありませんもの」

「だよねぇ」


 なのに俺に連絡がないってことは、王様は俺に対応を任せるってことか? 俺なら問題なく対処できるだろうって。

 あるいは、貴族派のガス抜きとして放置してる? 流石にそれはないか?


「今から説得して回る時間はないね。現場で対処するしかないか」

「やれやれ、面倒なことになったな。寄りにも寄って、坊っちゃんの暗殺だぜ?」

「あらあら、無謀すぎるわね。うふふ」

「ただのバカだみゃ。まだ裸で大森林を縦断するほうができそうな気がするみゃ」

「……零と壱の間には無限の壁がある」


 おっ、デイジーがなかなかに哲学的な発言をしている。いや、数学かな? どちらにせよ、勉強の成果が出ているようでなによりだ。将来は学校の先生かな?


 クリステラがまとめてくれた、今回の一件に関わっているであろう貴族家のリストを見る。

 名前の頭に『貴』が書いてあるのが貴族派、『王』が王家派、『中』が中立派か。赤丸が襲撃に加担していると思われる連中だな。結構多い。


「我が事ながら、敵が多くてうんざりするね」

「男は一歩家を出ると七人だか八人だかの敵がいるんだろ? ひぃふぅ……今更倍以上いたところで、誤差の範囲内じゃねぇの?」

「敵も多いやろうけど、嫁もこんだけおるやん。男としては上等上等!」


 思わずため息が出る。

 サマンサとキッカのそれは慰めてくれてるのか? 素直に受け入れるにはちょっと抵抗があるんだけど?


「目的達成させるつもりは微塵もないけど、襲撃を止められそうにないのがなぁ。頭が痛いよ」


 卒業パーティーには卒業生の保護者も参加する。重要な社交の場だから、王都近郊に領地を持つ貴族や商家は確実に参加する。もちろん、その赤丸付きの貴族たちも。

 普段は部外者立入禁止な学園も、この日ばかりは半開放されて出入りする人数が多くなる。

 なにしろ貴族や大商会だから、引き連れてくる従者や召使い、護衛の数が半端じゃない。ひとりひとりを完璧にマークするのは現実的じゃないし、関係者を装って潜入するのは容易だろう。


 ああ、商業ギルドにろくでもない人材しか残ってなかったのはそれが原因か。

 問題のある人材を雇わせて、そいつらを買収してパーティーを台無しに、あるいはその手伝いをさせる算段だったんだろう。通用口を開放して賊の侵入を手引きしたりとかな。


 襲撃されたら、被害の有無に関わらずパーティーは中止。俺はその責任を追及されるってわけだ。

 いや、俺は実行委員の一人に過ぎないし、警備は王様の管轄なんだけど、問題すり替えは権力者の常套手段だからな。『責任の一端がある』を『全責任がある』にすり替えるくらいはしてくるはずだ。

 俺としては貴族としての立場なんてどうでもいいんだけど、仕掛けてきた連中にドヤ顔されるのは癪に障る。できるなら未然に食い止めたい。そしてドヤ顔をしたい。


 けど、発生は止められそうにないわけで……いや? それならいっそ……多少アドリブになるだろうけど、こちらで誘導できれば……うん、いけるかもしれない。よし、これでいこう!


「よし! それじゃ、その計画を演出に利用させてもらおう。初の教え子の卒業パーティーだからね。盛大に盛り上げないと!」

「あ、久しぶりにボスが悪い顔してるみゃ」

「まぁ! 頼もしい限りですわね!」


 まさか、厨二病三大妄想のひとつ、『学校をテロリストが襲撃』イベントを体験することになろうとは。本当に異世界は油断できない。

 でも、それならそれで利用させてもらうだけだ。楽しい厨二病妄想ハッピーエンドに向けてね。

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