第326話

「さて、それではどんどん行きますよ! 次の番号は……十六番、十六番です!」


 会場にため息とどよめきが満ちる。まだ当たった人はいないみたいだな。


 卒業パーティーは予定通り開催された。

 会場の大講堂は豪奢に、しかし下品にならない程度に飾り立てられている。

 壁と天井には、ドレープの光沢も美しい色とりどりの羅紗が幾重にも垂れ下がっている。明度が低い色ばかりだから、カラフルでも下品さはない。

 壁際には、色とりどりの花が差された大きな瓶がいくつも並んでいる。大きく立体的に生けられた花々が華やかさを、下に枝垂れるツタが静謐さを演出している。

 その瓶の間には繊細な透かし彫りの施された白いスツールが並び、休憩と談話のためのスペースとなっている。このスツール、華奢に見えて、実は全て金属製だ。百キロ超の巨漢が座っても折れることはない。


 これらの調度品は、全て今回新調したものだ。出資は俺の商会。

 結構な出費だったけど、これはあくまでも広告費だ。『これだけの調度を用意できますよ』と貴族や大商会に対してアピールするための費用だから無駄ではない。未来への投資だ。

 まぁ、実際はトネリコさんに丸投げすることになるんだけど。

 本当は天井からシャンデリアを吊るしたかったんだけど、結構大掛かりな工事が必要になるから諦めた。今回は備え付けのシンプルな魔道具の照明だけだ。次回は、きっと。


 壁際の一辺はビュッフェになっていて、長机の上には色とりどりの料理が並んでいる。

 何人かの料理人がその場で調理をして出来立てを提供している。簡単なカクテルを作ってくれるバーもある。

 料理の一番人気は大角牛ジャイアントホーンのロースステーキ。フェイス家うちの料理人が、その場で一枚一枚丁寧に焼いてくれている。

 ジャイアントホーンのロース肉は、肉質的には赤身なんだけど、不思議と柔らかくて旨味が強い。

 噛んだ瞬間は少し抵抗があるけど、歯が入ったらじゅわっと肉汁が溢れ出し、プツンと肉が切れる。噛みしめると肉の繊維がホロホロとほどけて、更に旨味が口の中に広がっていく。

 それでいて脂が少ないから、食べ終えた余韻はアッサリだ。塩コショウだけでいくらでもお腹に入ってしまう。ホイップバターやフライドオニオンを乗せての味変も楽しい。


 うちでは散歩のついでに大森林で獲物を狩ってくることも多いから、料理人もその調理には慣れている。多分、王国で一番ジャイアントホーンを料理した経験が多いんじゃないかな?

 そもそも、大森林産の食材はほとんど流通していない。ドルトンやその周辺だけで消費されてしまう。

 王都まで流れてくるのは、保存が利く穀類や乾物、そして森芋くらいだ。生ものはすぐに傷んでしまうからな。

 だから、その調理に慣れた者はそう多くない。経験値の高いうちの料理人たちは貴重な人材と言える。

 そんな料理人が作った大森林産食材の料理が好きなだけ食べられるというのだから、人気なのも頷ける。


 大講堂奥の壇上、そのさらに奥には楽団スペースがあり、プログラムに沿って音楽が奏でられている。今はイベント用の、少しアップテンポな曲だ。

 メインは弦楽器と管楽器で、ときおり打楽器が入る。騒音にならない程度の音量で、それでいてちゃんと雰囲気を盛り上げてくれる絶妙な演奏だ。

 今回のパーティー用として急遽依頼したプログラムなのに、全く不安定さが感じられない。歴史のある楽団だけあって、その辺りのノウハウはしっかり蓄積されているんだろう。流石だ。


 そして、その楽団の前方、指揮者よりも前には、実行委員長のフランクリン君が立っている。大きな箱の上部に空いた穴から番号の書かれたボールをひとつ引き抜いては、その番号を読み上げている。

 そう、パーティーの定番、ビンゴゲームだ。俺が今回の卒業パーティーの目玉として盛り込んだ。

 景品が複数用意されていて、当選した人が好きなものを選んでいくという形式にしている。


 景品の目玉は、ロットナンバー入りの大瓶おおびん芋焼酎、いやウォッカになるのかな? 麹じゃなくて発芽大麦で仕込んだから。

 これは焼酎に次ぐ新商品として開発したもので、ワイズマン伯爵そんちょうとのコラボ第二弾だ。

 二回蒸留してあるから焼酎よりも度数が高く、その分匂いは少ない。クセがないからストレートで良し、割って飲んで良しだ。初挑戦だったけど、かなり良いものができたと思っている。

 口当たりは焼酎よりも少し荒々しい感じだけど、少し寝かせたら落ち着くんじゃないかな? 呑み頃は年末くらい?

 だから陶器の大瓶で提供している。樽だと、寝かせている間に木の色と香りが付いてウィスキーもどきになっちゃうからな。そっちはそっちで鋭意開発中だ。

 『初お目見えの商品が目玉になるかな?』という不安があったから、ビンゴの前にこの会場で試飲してもらっている。バーコーナーがあるのはそのためだ。

 親御さんはストレート、学生や女性にはジュースで割ったカクテルが人気だ。この国では年齢による飲酒制限はないから、未成年がお酒を飲んでも問題にならない。

 飲んだ人の評価は概ね好意的だ。一安心。


「さぁ、どんどん行きますよ! お手元のカード、そして私の手元から目を離さないでくださいね!」


 フランクリン君がアシスタントのシェリーさんにボールを渡す。渡されたシェリーさんは、そのボールを壇上のラックへ見えるように並べる。

 これで五個目だ。もういつ当たりが出てもおかしくない。会場のボルテージが上がっているのが見て分かる。


 焼酎もウォッカも、作るノウハウはウチしか持っていない。

 今売り出している焼酎は、出荷量が少ないからプレミア品になっている。転売したら、下手な宝飾品よりも高値が付くような状況だ。多分、このウォッカも同じ状況になるだろう。

 投機の対象として有望と言えるけど、多分貴族なら売らないだろうな。所有していることがステータスになるだろうから、貢物としてやり取りされた末に大貴族の地下室で死蔵されるか、ここぞという目出度い席で振る舞われることになるだろう。

 商人なら、タイミングをみて転売するか、貴族に取り入る切り札にするか、だろうな。どっちにしろ、良い商売の手札になるだろう。

 そういうプレミア品をいち早くゲットできるチャンスだから、少しでも目端の利く者なら熱くなるのも仕方がない。

 どんどん盛り上がってくれ。それが今後の俺の稼ぎになる。ふふふ。


「おっ、動いたかな?」


 大講堂の周囲を警備する、来賓の連れてきた護衛兵の一人が持ち場から離れて行くのを俺の気配察知が捉えた。

 向かう先は学園の敷地の北端。あの辺りには確か、普段使われていない通用口があったはず。鍵は無くて、分厚い木の扉を太いかんぬきで閉じてあったと記憶している。内側からしか開けられない仕様ってことだな。

 なるほど、外部の者を呼び込むには都合がいい。よく調べてあるな。卒業生、ぶっちゃけ、某貴族の長男からのリークだろう。

 その扉の先には……二十名か。キリのいい数字で揃えたかったのかな? こっちへ向かってきている。向かう先は、やっぱり某貴族の護衛兵がいる一角だ。そこから侵入する段取りなんだな?


 まぁ、全て承知の上で泳がせていたから、何も問題はない。

 もしかしたら自分の護衛兵で仕掛けてくるかもしれないとも考えたけど、それは失敗したときのリスクが高すぎるからな。言い訳できずに即破滅だ。

 だから、手持ちの兵を使うとしても手引きだけで、実行役は金で集めた破落戸ごろつきだろうと思ってた。破落戸の犯行なら、失敗しても知らぬ存ぜぬでしらをきることが出来るからな。


「三十三番、三十三番です!」

「ビ、ビンゴ!」


 ついに初当たりが出たみたいだ。会場が盛り上がっている。


 どのタイミングで仕掛けてくるか。それだけが不安材料だったけど、もうメインイベントのビンゴ大会も佳境だ。締めのイベントの準備をするにはいい頃合いだろう。

 舞台の下、奈落から指示を出す。


「アーニャ、デイジー、始めるよ。演者キャストの皆さんは北から入場するらしい。観客ゲストの皆さんを講堂内南側に誘導してあげて」

≪了解だみゃ!≫

≪……客席はあちら≫


 終わり良ければ全て良し。

 クライマックスに向けて盛り上げていかないとな。

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