第327話

≪クソッ、ここも通れねぇ! どうなってやがんだ!≫

≪貰った図面と随分違ってるじゃねぇか! これだからお坊っちゃんは当てにならねぇっ!≫

≪まったくだぜ!≫


 破落戸ごろつき共が悪態を吐きながら大講堂の通路を進んでいく。

 先頭の男が、手に持つ紙に時折視線を落として何かを確認している。おそらくこの大講堂の地図だろう。会話から察するに、某貴族のお坊っちゃんから入手したものだと思われる。

 その地図と実際の構造が何箇所も食い違っていて、それにいきどおっているらしい。

 あるはずの扉が無かったり、分岐のはずが一本道だったり。

 そのせいで、ホールへ向かうのに大回りを強いられている。

 目的が目的だけに、時間をかけすぎると自身の身が危うい。その焦りが悪態となって漏れているのだろう。


 でも、そのお坊っちゃんは悪くない。だって、つい数分前まで、その地図は正しかっただろうから。

 扉や分岐路は無くなったわけじゃなく、俺の平面魔法で壁に偽装されているだけだ。隠されているだけで、ちゃんとそこにある。


 破落戸を利用するだろうという予想はできていたけど、そいつらが実際にどう動くかは予想できなかった。不確定要素が多すぎた。

 バラバラに散って、来賓に暴行したり金品を強奪するなんてことも十分考えられた。破落戸なんてバカしかいないからな。コントロールなんてできない。

 けど、それは不味い。責任問題にされてしまう。

 ということで、侵入者に分散されると面倒だからルートを制限させてもらった。進む先が一本道なら分散される心配はない。

 そんなこちらの思惑通り、破落戸共はひと塊になってホールへ向かってくれている。


 現代のテロリストなら退路確保のために出入り口や通路に少数を待機させるんだろうけど、残念ながらここはファンタジー世界。通信手段が無いから、何かあっても連絡できない。小分けにした戦力を各個撃破されても、それを知る方法がない。

 だから全員で団体行動し、戦力を集中させている……わけじゃないだろうなぁ。そこまで考えてはいないだろう。こんな無謀な計画に乗るようなバカばっかりだし、単に群れてるだけだな。


 もうそろそろ準備したほうがいいか。サプライズイベント開始だ。


「先輩方、もうすぐ演者キャストの皆さんが到着します。手筈通りにお願いします」

≪っ! 承知しました≫


 平面魔法のマイクとスピーカーで、フランクリン君とシェリーさんに開始の合図を送る。

 ファンタジー世界だから通信手段がない? それは俺以外の話だ。


「さぁ、まだまだ景品は残っていますが、ここで一休み、ちょっとした余興を行いたいと思います! 皆様、私から見て右側、バーカウンターのある壁際へ集まってください!」


 カメラの捉えたホールの様子を見ると、疑問符を浮かべながらも三年生や来賓の皆さんの移動していく様が見える。

 何人かはバーや調理コーナーに向かってるな。ビンゴ大会の中断を利用して、料理と酒を楽しもうってわけか。堪能してくれているみたいでなにより。


 皆が移動するのと同時に、ホールのスタッフたちが素早くテーブルを壁際へと運んでいく。うちの従業員は優秀だな。臨時ボーナスを弾まないと。


「皆様、ご協力ありがとうございます! では貴族子女の先輩方、前列へ出てきていただけますか?」


 完全にサプライズだからか、呼ばれた三年生たちの顔からは疑問符が現れるばかりだ。それでも従ってくれるあたり、素直な良い子ばかりだな。


「はい、ありがとうございます! では、これより余興『おぉっとビックリ! 不埒な侵入者を撃退せよ!』を始めたいと思います! 皆様、向かい側の扉へご注目ください!」


 フランクリン君が、皆が集まっているのとは反対側の壁にある扉へ手を差し出す。そこを俺が平面魔法のスポットライトを当てる。演出は任せろ!


 バアァンッ!


「ぐはははぁっ! ここは俺たちが占拠した! てめぇら、大人しくしやがれっ!」


 よし、ナイスタイミング! セリフも実にそれっぽい。君、悪役の才能あるね!

 先頭の男に続いて、ゾロゾロと破落戸共がホールになだれ込んでくる。その数二十名。


「おおっと、招かれざる客がやってきたぞ! どうやら賊のようだ、これは大変! さぁ先輩方、今こそ学園で学んだ『魔法』を使う時です!」


 フランクリン君、ノリノリだな。シェリーさんが後ろで若干呆れている。

 一方の三年生たちは、突然ネタを振られて困惑しているみたいだ。打ち合わせなんてしてないからな。

 あ、いや、サッちゃんとヨッちゃんはなんかやる気になってるっぽい。


「体育祭では運動能力しか披露できませんでした! しかし、先輩方が学園で学んだのはそれだけではありません! 今こそその魔法の力を披露する時です!」


 フランクリン君が絶好調だ。結構舌が回るんだな。貴族としては有益だけど、学校での勉強だけじゃ分からない才能だ。こういうところもフォローできてこそ教育者。今後の課題だな。


「おらぁっ! ごちゃごちゃうるせぇぞ! おい手前ぇら、やっちまえ!」


 良いタイミングで賊のリーダーが吠えてくれた。君、空気を読むのが上手いね。かませ犬の才能があるよ。

 その号令で、破落戸共が壁際に集まる来賓たちに向かって走り出す。


「大丈夫、フェイス先生が対策してくださっています! 怪我や建物の被害を気にする必要はありません! 思う存分やっちゃってください!」


 フランクリン君のその一言で、三年生たちの覚悟が決まったみたいだ。


「風よ!」

「いけ、火の玉!」

「水球!」


 皆の伸ばした手の先から魔法が迸る! 特に掛け声は必要ないんだけど、皆、ノリで技名を叫んでるっぽい。

 あっ、土魔法! ……床の修繕……はぁ、出費が増えちゃったな。キッカに怒られる。

 まぁ、活躍の機会をあげないわけにもいかないしな。必要経費と割り切るしかないか。


「ぐわっ!?」

「ぎゃっ!」


 魔法を食らった破落戸共が吹き飛ぶ。まるで某ゾンビシューティングゲームみたいだ。リロードが必要じゃない分、こっちのほうがイージーだろう。

 吹っ飛んだ破落戸は、すぐに立ち上がって向かってくる。やっぱりゾンビだな。


 魔法は明らかに直撃しているけど、破落戸共のダメージはそれほどじゃない。俺の平面で防いでやってるからな。

 この襲撃では、誰も怪我をしないように配慮している。皆が皆、人を傷つける覚悟を持っているわけじゃないからな。トラウマになったら困る。だから破落戸も守っている。

 とはいえ、守っているのは直撃のダメージからだけで、当たった際の衝撃については多少緩和している程度だ。だから魔法が当たれば吹っ飛ぶし、壁に叩きつけられたときの衝撃はそのままダメージになる。


 破落戸の何人かは大外を回って突っ込もうとしているけど、残念ながらそこはイベントエリアの外だ。不可視の壁で封鎖されている。エリア外へは出ないでください。

 正面も、ある一線から先へは進めないよう、平面に制限を付けてある。賊の身を守る平面は、それ以外の人を守るための平面でもあるわけだ。対策は万全。


 魔法を当てて吹っ飛ばし、立ち上がっては吹っ飛ばされる。

 それを繰り返すうちに、まともに動ける破落戸はひとりもいなくなってしまった。


「ち、ちくしょう、覚えてろ! 野郎ども、引き上げるぞ!」


 君、本当に良いやられ役ムーブをしてくれるね。セリフも動きも素晴らしい小物感に満ちている。

 破落戸共が、お互いを支え合いながら入ってきた扉から退場していく。全員が満身創痍でフラフラだ。でも致命傷はない。フォローは万全。

 作戦は失敗したけどまだ逃げられる、とか思っているんだろう。でも、その先には学園警備員の皆さんが待ち構えているんだよね。残念でした。君たちはブタ箱行きです。


「先輩方、素晴らしい魔法でした! これぞ貴族という大迫力でした! 皆様、盛大な拍手をお願い致します!」


 フランクリン君の司会で、来賓の皆さんと商家出身の三年生の皆さんから大きな拍手が送られる。拍手を送られた三年生たちは照れながらも誇らしそうだ。

 うん、イベントは成功だな。

 でも、もう少しだけ続くんじゃよ。むしろ、ここからが本題。


「なお、先程の賊役を演じてくださった方々は、〇〇子爵家〇〇様、△△子爵家△△様、□□家□□様、※※家※※様他、数家の貴族家の皆様に手配いただきました! ご協力くださった皆様にも盛大な拍手をお願い致します!」


 名前を呼ばれた面々にスポットライトが当たる。俺が当てている。

 その彼らにも盛大な拍手が送られる。当の呼ばれた面々は皆困惑顔だ。いや、狼狽顔かな?


 彼らが今回の襲撃の首謀者だ。自らの弟と俺を殺そうとしていた張本人。そして、その協力者たち。

 その面々に、来賓や学生たちから拍手が送られる。


 ほとんどの参加者は、何が起きていたのか気付いていないだろう。単なる余興だと思っているはず。

 けど、当事者には分かる。計画した者、協力した者、そして狙われた者ならば。一部のさとい人も気付いたかもしれないな。


 これは警告だ。


 『全て分かっている。次はない』


 そういうメッセージだ。

 いくら身勝手で短慮でも、これくらいは察してくれるだろう。

 面倒ごとは一回で済ませたい。これ以上、俺の手を煩わせてくれるなよ?

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