第328話

「まず首謀者の四名ですが、廃嫡の上で貴族籍を剥奪、その後に貴族家当主暗殺未遂罪で終身犯罪奴隷と致しました。現在、鉱山送りの準備を進めております」

「……」


 手元の書類を読み上げるレオンさんの声が、青薔薇の間の壁に吸い込まれていく。

 王様は、俺の向かいに座って腕を組み、瞑目している。


 卒業パーティーの翌日である今日、王様に呼び出されて俺はここにいる。

 呼び出された理由はもちろん、あの騒動、襲撃未遂事件についてだ。昨日の今日で、もう処分が決まったらしい。この世界は神様謹製の誓約書のおかげで冤罪や誤審がないからな。裁判がとても早い。


「この騒動に関与した各貴族家には、当主の隠居を命じました。嫡子のいない家については猶予期間を一年与えましたが、期間を過ぎても当主交代がならなかった場合、その家は取り潰しにすると通達してあります。誓約書への記名をさせましたので、期限までに実行されるでしょう」

「……」


 俺は両手を重ねてテーブルに肘をつき、鼻から下を隠すように頭を乗せている。ゲ◯ドースタイルだ。サングラスは掛けてない。たらいに足を入れたりもしていない。

 今回の件での、貴族家の御取り潰しはなしか。まぁ、それはそれでいい。

 俺としても、教え子の実家が無くなるのは本意じゃない。穏便に当主交代が起きるのであれば、それ以上は望まない。

 となると、少なくとも四つの貴族家の当主の座に、俺の教え子が就くことになるわけか。これは、かなり強力なコネができたかも。


「実行犯二十名については全員を終身犯罪奴隷とし、既に鉱山へ移送させました。関与した貴族家の私兵たちについては、命令に従っただけとして罪を問わないこととしました。以上が今回の件に関する全処分になります」

「……」


 レオンさんの報告が終わり、青薔薇の間を静寂が包む。

 俺は何も言わない。ただ王様を睨むだけだ。

 レオンさんも、ただ俺と王様を交互に見るだけで、それ以上言葉を発しない。


「あー、その、アレだ」


 たっぷり三分以上の沈黙が流れた頃、ようやく王様が閉じていた目と口を開いた。


「よくやった! 想定より遥かに穏便な処理だった。褒めてやる!」

「……」


 俺はまだゲン◯ースタイルのまま、王様を睨み続けている。身じろぎもしない。


「いや、こっちで事前に処理しなかったことは悪かったと思ってんだぜ? けど今回は関与する家が多すぎてよ? 内々に済ませるにはコトがデカくなりすぎちまってだな? 王家オレが動くと大騒動になりかねなかったんだよ」

「……」

「だからおぇに任せて、できるだけ狭い範囲で収めさせようって判断したわけだ。いや、情報を流さなかったのも悪かったと思ってんだぜ? けどよ、お前ぇのとこも結構なを持ってるみてぇじゃねぇか。その必要はねぇだろって思ってな? 信用だ信用!」

「……」


 王様が腕組みを解き、心持ち早口で言い訳を重ねる。身振り手振りが軽薄に見える。浮気がバレた男ってこんな感じだろうか?

 それでも俺は、何も言わない。口を動かさない。動かすのは横隔膜とまぶただけ。


「……チッ、ああ、そうだよ! コレを機会に貴族派共を減らそうって思ってたんだよ! あいつら、理由もねぇのに政策の足を引っ張ってばかりだからな! 無能が権力を持つと碌なことがねぇ!」

「……」

「表向き王家派の連中もだぜ! 一応は俺の言うことを聞くけどよ、お互いに嫉妬や欲で足の引っ張り合いばっかだ! そういう無益な連中の排除と、ちょっとしたガス抜きに利用させてもらったんだよ!」

「……」


 俺がなおも沈黙を守っていると、王様がキレて声を大きくした。この部屋は防音がしっかりしてるから、多少大声を出しても外へ漏れる心配はない。


 告白の内容については、まぁ、そんなことだろうと思っていた。

 前世でも、与党の政策に反対するだけの政党とかあったし。言語学的には何も問題ないような、法案のちょっとした文言ひとつで反対するようなタチの悪いやつら。

 人間が人間である限り、嫉妬や恨み、欲がなくなることはないってことだな。それを理由にあらそい合うことも。悲しいかな、世界や時代が違うくらいじゃ、それは変わらないらしい。


 そんな王様の逆ギレを聞いても、俺は態度を変えない。動かない。

 本当に聞きたい言葉を、まだ聞いていないから。

 再び静寂が辺りを漂う。


「……悪かった。今回の件の責任は、全面的にこちらにある。許せ、この通りだ」


 王様がテーブルに両手をついて頭を下げる。

 その言葉を聞いて、俺は椅子の背もたれに身体を預け、大きく宙へ息を吐く。

 やっと謝罪の言葉が聞けた。それが一番重要なことだった。


「命を、狙われたんだよね」

「それは……済まなかったな」


 王様がもう一度頭を下げる。レオンさんも、その隣で頭を下げる。

 けど、俺はそれに首を振って言う。


「僕のじゃないよ。僕の教え子たちの、だよ」


 今は先生や領主をしているけど、そもそも俺は冒険者だ。

 冒険者だから、どんな状況であっても自分の命の責任を自分で取る覚悟がある。生きるも死ぬも自己責任。それが冒険者というものだ。

 もちろん、命を無駄にする気はかけらもない。だから、どんな状況でも生き残るために日々鍛えているし、準備や研究も怠っていないつもりだ。


 けど、教え子たちは違う。冒険者じゃないし、社会的にもまだ大人ではない。学園を卒業するまでは庇護を要する子供という扱いだ。

 その子供の命が狙われた。そしてそれを見過ごされた。大人の利己的な理由で。

 それが俺には許せない。大人が子供を守らなくてどうする。子供を守れない大人に、なんの存在価値がある?


 今回、王様は子供たちが狙われているのを承知で放置していた。俺にはそれが許せなかった。だから無言の抗議をしていたのだ。

 俺の一言で、王様とレオンさんは気まずい顔になる。

 為政者の側からすれば、子供も大人も同様にただの国民だ。数字や記号のひとつに過ぎない。

 俺だってそういう考えになることがある。それは、高い視点から全体を見渡さなければならないという統治者の仕事上、仕方がないことだ。高所からでは、住民ひとりひとりの顔は見えなくなってしまうのだから。

 けど、だから許されるという話でもない。顔が見えなくても、そこにその人は存在していて生きているのだ。それを忘れてはいけない。

 今回の件では、王様たちは学生たちを単なる記号や数字としてしか見ていなかった。だから放置するという選択を選んだ。俺にはそれが許せなかった。


「あー、なんというか、本当にスマン!」

「申し訳ありませんでした」


 再び王様とレオンさんが頭を下げる。テーブルに頭をぶつける『ゴンッ』という音がふたつ鳴る。

 まぁ、今回は許してやるか。犠牲も出なかったし、同じミスはもうしないだろう。


「謝罪は受け取った。今回の件はもういいよ」

「そうか? じゃ、これで終いだな」


 王様が頭を上げて晴れやかに言う。

 こいつ……反省は今だけだな? 同じ事態が起きたら、また同じように放置しそうだ。ここはひとつ釘を刺しておかないと。


「今回だけだからね? また同じことが起きるようなら、今度は誰が相手でも、忖度も手加減もしないから」


 言葉とともに、怒りと殺気を混ぜた魔力をじわりと放出させる。

 そう、誰が相手でも忖度しない。たとえそれが王家や国であっても。

 至近距離で魔力を浴びたふたりの顔に、じわりと冷や汗が滲むのが見えた。


「お、おう。肝に銘じとく」

「同じく」


 ちょっとは危機感を持ってもらえたかな? いや、もうひとつくらい突き刺しておいたほうがいいかも? 痛みを伴う太い釘を。


「それじゃ、お詫びとして今回の卒業パーティーに掛かった費用は全額王家で補填してね。講堂の床とかの補修費も」

「おう、分かった。まぁ、妥当だな。そいつは王家が責任をもって支払わねぇといけねぇ金だ」


 よし、言質は取った。


「じゃ、あとで請求書を持ってくるね」


 これで広告費は全額チャラ、ただで特産品の宣伝ができたぜ! 人件費も込み! 使用人の臨時ボーナス分も回収できる!

 くくく、己の不始末が招いた請求書の金額を見て腰を抜かすがいい!

 ふはははっ!

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