第329話

「たのもうーっ!!」


 卒業パーティーが終わり、その後のゴタゴタも片付いて、ようやく日常の落ち着きを取り戻した休日の朝。

 朝食を終え、王都屋敷のリビングでまったりしていると、正門から大きな声が響いてきた。

 この声と気配……あの娘たちか。何の用だろう?

 何しにきたのかなー? ねぇウーちゃん? モフモフ。


「あの、旦那様、学園の生徒と申す方々がおいでなのですが……」

「うん、分かってる。応接室に通してあげて。全員僕の教え子だから」


 王都で雇っている中年メイドさんが、少々困ったような顔で俺に報告する。何か問題でも?


「あの、それが……皆様女性なのですが、その、帯剣しておられまして……」

「へぇ? うーん……まぁ、問題ないでしょ。一応守衛に一言入れておいて」

「承知致しました」


 中年メイドさんが一礼して去っていく。

 帯剣……物騒だけど、あの娘たちに俺をどうこうできるような力は無い。良からぬことを考えていても制圧は難しくないだろう。この屋敷では守衛も雇っているしな。問題ない。


 俺は辺境伯という高位貴族だけど、あまり面会人は多くない。

 その理由はいくつかあって、ひとつにはスケジュールが詰まり過ぎていて面会の時間が取れないということ。

 平日は学園で教師をしているし、休日は領地や大森林の拠点での領主業務、あるいは商会長業務をしているから、単純に王都の屋敷にいる時間が少ない。今日はめずらしく急ぎの用事がないから居るけど。


 ふたつ目の理由としては、王様が根回ししているから。

 表向きの口実は、俺がまだ子供だから。政治に関わらせるにはまだ早いってことらしい。

 けど本音は違う。俺が王家以外に取り込まれないようにという囲い込みが狙いだ。

 自分で言うのもなんだけど、俺はかなり規格外な魔法使いだ。その魔法は、開拓に使えば魔境を数日で農地に変え、軍事に使えば一国の軍隊を単独で蹂躙できる。その気になれば近隣諸国を征服することだって難しくないだろう。やらないけど。面倒くさいから。

 そんな魔法使いを王家以外の勢力が利用するなんて、国家として許せるわけがない。牽制するのは当然だ。

 そもそも、俺は既に領地持ちで経営に口も手も出しているし、縁を持った各地の好意的な領主とは親交がある。既に政治には足を踏み入れているし結果も出しているから、子供云々は今更だ。


 そんな理由で、俺に面会を申し込んでくる人は多くないし、申し入れがあっても時間が合わなくて断ることがほとんどだ。今日来たあの娘たちは運がいい。

 でも、本当に何の用だ? もしかして例の粛清に絡んだ何かか?


 応接室の扉を開けると、そこには五人の少女がいた。サッちゃんことサラ=カーペンター嬢他、学園の三年生の女子たちだ。

 三年生たちは、卒業パーティーが終わると十一月末の卒業式までは自由登校になる。大体は喫茶室で交友を深めたり、寮でゴロゴロしていたりするようだ。実家が王都近隣であれば帰省したり、奇特な生徒は授業を受けたりするらしい。

 いや、学生なら勉強するのは当たり前なんだけど、この国の学園は交友関係を広げるのが目的だからな。

 遠方に領地がある場合は、この季節はまだ魔物の活動が活発で帰省には危険があるから、帰省せず寮に残ることが多いそうだ。


 サッちゃんの実家は領地を持たない男爵家で、王都で代々建築業を営んでいる。業界では大手らしいから、爵位のわりには裕福なようだ。

 なので、サッちゃんも実家に戻ったけど、相変わらず学園には顔を出していた。朝、馬車で送り迎えされているのを見たことがある。喫茶室に入り浸っているみたいだった。

 その喫茶室のメンバーが、この五人だ。ぶっちゃけ、赤薔薇親衛隊の面々だな。ということは?


「ビート=フェイス辺境伯、勝負よ!」


 出されたお茶にも口を付けずに、サッちゃんがそう言い放った。

 いつも通り、相変わらずの平常運転だ。懲りないね。



 可愛い(?)教え子の頼みを無下にするのもどうかということで、早速裏庭へと移動する。

 王都屋敷の北側にある裏庭は、皆が訓練をするから何も植えていない。外周に生け垣があるだけで、土がむき出しになっている。

 広さはそこそこで、ギリギリテニスコートが二面取れるくらい。クレイコートだな。ところどころ土が掘り返されていて凸凹だからテニスはできないけど。ウーちゃんとタロジロが遊びで掘り返しちゃうんだよね。

 普通のお宅なら困りものなんだろうけど、うちでは問題にならない。不安定な足場での訓練は実戦的ということで、あえて戻さずそのままにしている。魔境には均された足場なんてないからな。


 そこへ少女五人と俺が向かい合って立つ。

 庭の屋敷近くには、うちの女性陣が集まっている。ご丁寧にも椅子とテーブルを持ち出して、すっかり見物モードだ。ウーちゃんもおすわりして見ている。可愛い。

 あれ、アーニャとジャスミン姉ちゃんが居ないな? 朝食後にふたりともカーペットの上で寝てたから、まだ寝ているのかも。それぞれの抱き枕にされたタロジロが暑そうだったな。


「それで、勝負の理由はなんですか? もう僕は武術の教官じゃないんですけど?」


 いつものことだから聞くまでもないんだけど、一応念のため。例の件絡みかもしれないし。赤薔薇親衛隊五名全員と、っていうのは前期の武術の授業以来だしな。


「もちろん、お姉様を奪い返すためよ!」


 うん、いつも通りだな。例の粛清関連じゃなかった。


 当然のように、俺が負けたところでジャスミン姉ちゃんが彼女たちのものになるわけではない。

 ジャスミン姉ちゃんと俺は貴族として正式な婚姻関係にあるわけで、俺が彼女たちに負けたところで、それがご破算になることはない。

 そもそも一対五のハンデキャップマッチだから公平な勝負とは言えないし、俺はまだ十歳の子供だ。女性とはいえ、卒業間近の十四歳との対戦というのは著しく公平性に欠ける。俺に勝ったところで彼女たちに得られる名誉はない。

 そんなことは彼女たちも分かっているんだろうけど……こういうのは理屈じゃないからなぁ。感情の問題だから、彼女たちが納得しなければ解決しない。


 じゃあ、俺が負けてあげればいいのかというと、それもまた問題がある。

 その場合は彼女たちが増長し、俺は少女に武術で負けた貴族家当主として侮られてしまう。これには子供云々は関係なくて、俺を貶めたい連中がいる以上避けられない。

 そしてそれは、あまり良いことではない。王国社交界や政治の場で侮られてしまい、今後の活動に支障が出るかもしれない。


 というわけで、今日も怪我をさせないように気を付けつつ、適度にあしらうことにしよう。


「今日こそ勝たせてもらうわ! 最後の挑戦よ!」

「ん? 最後?」

「そうよ! 今日が赤薔薇親衛隊全員が揃う最後の日なのよ! アタシとヨナ以外、領地へ帰ってしまうから!」


 あー、なるほど。

 貴族の令嬢は通常、婚姻政策の道具として扱われる。縁を結びたい貴族家へと嫁に出されて、優秀な跡継ぎを産むことを期待される。

 今年の卒業生は男女問わず全員が魔法使いになっているせいで、特にその傾向が強い。一部を除いて、女生徒の殆どが婚約済みだ。魔法使いの跡取りを産むことを期待されているんだろう。

 だから実家へ戻ったら、卒業式までは花嫁修業をさせられるんだろう。卒業したら即嫁入りってわけだ。

 だから全員でバカなこと、もとい、自由に動けるのは今日が最後というわけか。


 ヨナというのはヨッちゃんのことだ。赤薔薇親衛隊のナンバーツーで、いつもサッちゃんと一緒にいる。

 背が高くて全体にヒョロリとした感じ。顔も面長で目はやや吊り目気味の糸目だけど、きつい感じはない。むしろ、いつもオドオドしている印象だ。トレードマークは黒髪オサゲ。

 確か王国北東部に領地がある子爵家の令嬢だったはず。遠方だから帰省はしないんだな。


「だから出し惜しみはなしよ! 全力で行かせてもらうわ、覚悟なさい!」


 ふむ、全力か。その覚悟があると。


「いいでしょう。それでは今日は、私も少しだけ本気を出しましょう。そちらこそ覚悟してくださいね?」


 今日、この場で、赤薔薇親衛隊に引導を渡してあげよう。

 卒業する教え子への最後の手向けだ。

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