第330話

「レオン、どう思うよ?」

「……ほぼ満点かと」


 執務室で報告書に目を通しながら、それを持ってきたレオンに話しかける。例の件の最終報告書だ。

 レオンは、主語の無いオレの問いかけに、少し考えてから静かに答えた。

 この部屋は青薔薇の間ほど防諜が整っちゃいねぇ。それもあっての主語ナシの問い掛けと返答だ。

 もちろん、それなりの盗聴対策はしてあるし、天井裏には御庭番衆が潜んでいる。入り口にも近衛が張り付いてるから、滅多なことは起こり得ねぇ。念には念をってやつだな。


「こちらからの指示がなかったにもかかわらず的確な対処を行い、演出に組み込んで騒ぎにすらさせなかった。怪我をしたのは〝活劇役者〟だけで、それも軽度な打ち身と捻挫だけ。おかげで大過なく〝終幕〟を迎えられました」


 ふん、演劇に例えたってか?

 まぁ、あの小僧も襲撃者を悪漢役に例えてたしな。この件らしい例えかもしれねぇ。


「終幕、ねぇ。ちっとばかし後片付けに時間がかかり過ぎてっけどな」

「仕方ないかと。〝大根役者〟を次の舞台に上げるわけにはいきません。〝新人〟と入れ替えるとなれば、どうしても時間がかかります」


 大根役者、つまり貴族派連中と無能王家派の連中だな。そいつらを一掃したんだから、しばらく政務に遅滞が出るのは当然だ。

 けど、そのおかげで以降の政局運営はかなり楽になる。忙しいのは今だけだ。


「少々でき過ぎの感もあるくらいです。これだけの大舞台でありながら、〝演出家〟の彼は表に出てきていない。それでいて、敏い〝観客〟は彼の仕込みに気付いている。彼は裏に隠れたまま、支援者を増やしました」


 確かにな。あれが事件だと気付くくらい目端の利く連中なら、もう小僧に手を出そうとは思わねぇだろう。

 ってか、そんな無能は今回の件で失脚したんだけどな。隠居して蟄居だ。

 しかも、その後釜に座ったのは小僧の教え子たちだ。若い奴らばっかだから、暫く代替わりはねぇ。支持は揺るがねぇだろう。

 小僧め、あっという間に王家派最大派閥の長になりやがった。


「幸いなことに、彼には自分で〝一座を立ち上げる〟気はないようです。今後も〝興行〟は我々が仕切れるでしょう」

「はんっ、ありがてぇこった」


 小僧は正真正銘のバケモノだ。敵に回せば、百万の軍隊でも敵わねぇだろう。

 そんな奴に野心があれば、あっという間にこの国は蹂躙されちまう。王として、それだけはなんとしても避けなきゃならねぇ。


 逆に、取り込むことができれば、これほど頼りになる奴もいねぇ。

 そのためなら、できることは何でもやる。地位や報酬はもちろん、愛娘まなむすめを嫁に出すことだって……娘を……嫁に……なんかムカついてきたな。


「ほぼ満点って言ってたな? 減点の理由は何でぇ?」

「……予算が」


 レオンが渋い顔で吐き出す。

 どれどれ、この頁か……なるほど、頭がいてぇな。



「これで終わりです!」


 両手を頭の上でクロスさせる無意味なポーズをとってから、低い姿勢でサッちゃんの懐に潜り込む。

 そして至近距離からの連撃! 左右の拳と足を高速で繰り出す!


「ぐっ、ああっ!」


 既に剣も盾も取り落としているサッちゃんは、最初の二発までは両腕でガードしたものの、三発目を強引にねじ込まれて以降は、なす術なく殴打されるがままになる。

 俺は男女平等主義だから、ちゃんと顔面も殴る。掌底だけど。差別は駄目。

 ゲームなら初撃を防げば連続ガード、略して連ガになるんだろうけど、残念ながら現実は甘くない。全弾ガードしなければならない鬼仕様だ。ゲームなら企画段階で却下されているはず。

 連打を食らってスタンディングダウン状態のサッちゃんの襟元を両手で掴み、持ち上げて締め上げる。そこから腰を入れて、背負投げのように投げる!


「ぐはっ!」


 地面に叩きつけられて背中を強打したサッちゃんが、およそ乙女が出すべきではない声を空気と共に吐き出す。

 まさか、某格闘ゲームのボスが使っていた技を異世界で使用することになるとは。しかも初出時の仕様で。俺もたいがい拗らせてるなぁ。


 サッちゃんはもう立ち上がらない。いや、立ち上がれない。

 意識はあるようだけど、全身の疲労と痛みで動けないんだろう。魔力も切れかけてるみたいだし。

 そして、それはサッちゃんだけではない。ヨッちゃん以下の赤薔薇親衛隊全員が同様の状態だ。

 致命傷や重症の娘はいないはず。疲労と打撲、軽い捻挫ぐらいだと思う。もしかしたら、ヒビくらいは入ってるかも?

 けど皆若いから、一晩寝て身体強化していればすぐ治るだろう、多分。知らんけど。


 やっと終わった、かな?

 最後の挑戦だからか、今回は皆しつこかった。執念を感じた。

 人はここまで執着できるものなのか。

 いや、俺もモフモフのためなら頑張れる気がするな。いやいや、限界を超えても頑張れる。間違いない。

 そうか、俺にとってのウーちゃんたちが、彼女たちにとってのジャスミン姉ちゃんなんだな。それなら納得だ。


「くっ、バケモノめぇ〜っ」


 上半身を右腕の力だけで持ち上げたサッちゃんが悪態をつく。腕がプルプル震えている。

 あっ、崩れた。


「失敬な。私は普通のヒト種の子供ですよ。ちょっと鍛え方が違うだけです」


 自分に高重力をかけてトレーニングしているからな。普通のトレーニングとは負荷の総量が違う。


「ううっ……お姉様、悪魔の手からお救いできませんでした。不甲斐ないアタシたちをお赦しください……」

「「「うう……ぐすっ」」」


 いや、泣くなよ。

 ってか、人を悪魔呼ばわりするとは何事だ。バケモノとか、さっきから失礼すぎるなこの娘たち。礼法の講義をやり直せ。留年させるぞ。


「坊っちゃんと悪魔だったら、どっちが強いかな?」

「そんなん、ビートはんの圧勝やろ」

「うふふ、そうね。人造とはいえ、神様にも勝っているくらいだものね」

「凄い、です」

「それ、アタシも見たかったですよ!」

「(こくこく)」

「無念」


 今日の冒険者稼業から戻った子供たちも話に加わる。もうそんな時間なのか。

 空を見上げれば、確かに太陽は中天にある。気付かないうちに、結構な時間を費やしていたみたいだ。


 空から視線を下ろすと、ウーちゃんが駆けてきて俺の顔を覗き込む。『もう終わった? 次はアタシと遊ぼう?』って感じだ。

 もちろん遊びますとも! でも、彼女たちとは遊んでたわけじゃないんだよ?


「ウーちゃん、ディスクで遊ぼうか。取っておいで」


 言うや否や、ブンブンと尻尾を振りながら屋敷へと全力で駆け戻るウーちゃん。カワエエ。

 そして、すぐに飛び出してくる。おっ、タロも一緒だな。二匹とも自分用のディスクを咥えている。カワエエ。


 ふむ、ということは……


「ふわぁ〜っ、よく寝たわ! あれ? サッちゃんにヨッちゃんにみんな、久しぶりね! そんなところに寝転んで何してるの? 外で昼寝してたら風邪ひくわよ?」


 やっぱり。騒ぎの元凶がようやく起きてきたか。

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