第285話

「お前ぇ……学園に通ってるだけなのに、なんでこんな厄介事を拾ってくるんでぇ……」

「これは流石に擁護できませんね……」


 いや、俺は悪くないし。

 俺が経緯を説明し終えた後、開口一番でいつものように王様に愚痴られた。内務尚書のレオンさんも一緒にだ。

 場所はまたしても青薔薇の間だ。もう慣れた。『いつもの部屋ですね、案内は不要です』ってな感じで、侍従の案内をお断りするくらい慣れた。


 愚痴の原因であるゴブリンの妄薬は、木箱ごとテーブルの上に鎮座している。

 この薬は御禁制の品だから、本来なら即時廃棄が原則だ。

 処理方法には規定の手順があり、瓶入りの場合は深い穴を掘って底に石を敷き、そこへ瓶ごと投げ入れて割り、更に石を投げ入れて粉々に砕いてから埋めるという処理をするらしい。

 木樽の場合は中身を全部穴に捨ててから樽に油をかけて火を点け、穴に投げ入れて完全に灰になったのを確認してから埋めるそうだ。

 一滴も利用させないという、強い意志が感じられる処理法だ。この処理法を考えた人は、この薬に相当の恨みがあったに違いない。

 けど、今回はブツの出処がハッキリしていない。入手の経緯も分からない。事件の全容が解明されていないから、証拠物件として処理を保留せざるを得ない。


「そのふたりは絡んでねぇんだな?」

「たぶんね。コレが何なのか、見当もつかないって顔してたよ」

「まだ成人前の子供ですからね。話には聞いていても、実物を見たことはないでしょう」

「だよなぁ」


 発見したときの態度を見る限りでは、コリン君とジェイコブ君がこの事件に直接関与している可能性は低いと思う。十二歳の子供に、あれほどの平静を装った演技ができるとはとても思えない。これでも元デザイナーだ。観察眼には自信がある。

 もし俺の目を欺けたとしたら、それは演技の神童に違いない。ガラスの◯面のマヤちゃんレベルだ。おそろしい子!


 けど、全くの無関係とも言い切れない。だって、コリン君の亜空間魔法アイテムボックスから出てきたんだもんな。

 コリン君は盲目だ。つい最近まで、介助なしに歩くことも難しかった。今は気配察知があるから、日常生活程度なら問題なく送れるようになっているけど。

 そんなコリン君が知らず識らずのうちに亜空間へ取り込んでいたのだとすれば、それはコリン君の身近にあったはずだ。

 極狭いコリン君の生活圏内――つまりソウ子爵家の屋敷の中に――という可能性が高い。


 王様が瓶を一本、箱から抜き出してマジマジと眺める。

 サイズも形もリポビ◯ンDくらいかな? ラベルが無いのと中身が青いのとで、ファイトが一発しそうには思えない。実際はファイトで一発のために使うんだろうけど。

 おっと、今のはちょっとエロオヤジっぽかったな。反省。僕まだ十歳。


「……瓶に銘はねぇ。けど透明の硝子製ってぇのがなぁ」

「嫌な感じですね」


 この世界にも硝子はある。けど製造が難しいらしく、あまり一般的ではない。貴族向けの高級品として香水瓶やグラスが作られているくらいだ。

 なので、硝子瓶には工房の銘が入っていることが多い。品質の良い工房の銘が入った硝子瓶は、それだけで高値たかねが付くという。ブランド化しているわけだな。

 けど、それらの瓶も多くは緑や黒の色付きで、こんな透明に近い硝子が使われているのは珍しい。瓶だけで、超高級品として扱われてもおかしくはないレベルだ。

 そんな瓶が箱の中に十二本も詰まっている。形や大きさはほぼ同じ。この世界の硝子瓶が手作りなのを考えれば、かなりの技量を持った職人によって作られていると容易に想像がつく。

 なのに銘はない。つまり……。


「高い技量の職人を抱えられるくらいの、大掛かりな組織が背後にいる?」

「その可能性はたけぇな」


 腕のいい職人を抱え込んでいて、御禁制品を流通させられるくらいのネットワークを持っている。しかも、ゴブリンの妄薬を入手可能な手練れも抱えている組織か。確かにこれは嫌な感じだ。

 

 王様が左手でテーブルに頬杖を突いて、右手の人差し指でテーブルをコツコツと叩く。端正な顔の唇がへの字に歪んでる。かなり苛立ってるな。


「ちっ、今は情報が少なすぎて見当も付かねぇ。せめて、いつどこでコレを手に入れたのかが分かりゃいいんだけどよ」

「うーん、無理じゃないかなぁ? コリン君は、自分がコレを持っていることも知らなかったわけだし」

「それほど古いものでは無さそうですが……いえ、魔法で劣化を抑えられる可能性があるんでしたか」

「そうだね。まだハッキリとは分からないんだけど、そういうこともあり得ると、あの魔法を見た時に僕は感じたよ」


 コリン君のアイテムボックスに、時間経過の抑止や遅延が付いている可能性は否定できない。ファンタジーの定番だもんな。

 一緒に入ってた短剣とかも、ひどく錆びている様子は無かった。だから、腐ったり劣化したりしていないからと言って、それが最近作られた物であるとは言い切れない。


「何にしても、ソウ子爵家を調べねぇわけにはいかねぇ。レオ、手は足りるか?」

「……少々厳しいです。動かせる暗部は既にほとんど出払っておりますので」

「くっそ、表の連中を揺動に使うとしても、裏で動けるやつがいねぇんじゃ意味がねぇしな! ちっと現場・・が多すぎだぜ!」


 うーん、暗部とか言っちゃってるよ。一応俺は一介の領主貴族のはずなんだけど、その俺に王国の裏側を見せちゃっていいのかね?

 まぁ、元々この部屋はそういう話をする部屋なんだけどさ。いつものことなんだけどさ。


 ここで言う現場っていうのは、問題が起きている、あるいは起きそうになっている場所のことかな?

 今の王国は、表面上は安定に向かっている。ジャーキンとの戦争が終わり、リュート海を実効支配し、国内の反乱の芽を摘んだ。内憂も外患も、表面上はなくなったように見える。

 けど内実は、まだまだ安定には程遠いらしい。各地で火種がくすぶっているようだ。

 確かに、戦争の後処理がそんな簡単に終わるはずないしな。日本なんて、戦後半世紀以上経過してもまだ引きずってるくらいだし。

 まだまだあちこちに地雷が埋まってるってわけだ。だから暗部がフル稼働して処理しているんだな? 誰かが踏み抜かないように、裏で秘密裏に。


「人手は限られているのに、現場は待っちゃくれねぇ、か。どこかで調整するしかねぇな」

「……少し後になりますが、旧ユミナ侯爵領での調査を縮小して人員を回しましょう」

「はぁ〜、しょうがねぇ。それで頼むぜ」


 レオンさんが腕を組んでしばし思案した後そう提案し、王様がため息混じりに同意する。

 『もしかして、また俺に仕事が回されてくる?』とか思ったけど、流石にそれは無かったようだ。

 まぁ、調査となれば長期の現地滞在が欠かせないだろうから、現状でも領主で教師というハードスケジュールを抱える俺には不可能だ。時間が足りない。いくら高速移動ができると言っても限度がある。

 休み無しで働かされる暗部の人たちには同情の念を禁じ得ないけど、俺にはどうすることもできない。できるのは、頑張ってくれとエールを送るくらいだ。赤血球レベルで働く暗部の人たちに感謝感謝だな。


「それはそうと、ソウ子爵の息子の魔法はかなり使えそう・・・・じゃねぇか。でかしたぞ小僧」

「そうだね。でも、あまり無茶な要求はしないでもらえると嬉しいかな? まだ十二歳だし」

「当然だな。学園を卒業するまではどうこうするつもりはねぇよ。まぁ、今後の調査次第じゃ、ソウ子爵家がそれまで残ってるかどうか分かんねぇけどよ」


 確かに、妄薬を取り扱っていたのが子爵家だったりしたら御家断絶もあり得る。そうなったら学園に通うなんて無理だろう。連座で処刑もあり得るもんなぁ。


「まぁ、その場合は適当な男爵位でもくれてやって、新しい家を立てさせるけどな。優秀な魔法使いを手放すわけにはいかねぇ。ともかく、しっかり面倒を見てやってくれよ?」

「もちろん。言われるまでもないよ」


 初めての教え子でクラスメイトのひとりだ。ちゃんと卒業まで見守っていきますよ。

 ふむ。

 俺も、ちょっとは教師らしくなってきた……かな?

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