第286話

 ゴブリンの妄薬の件は、一先ず王様に預けることになった。今の俺にはできることが無いしな。

 何か進展があったら連絡が来ることになっているから、それまでは待機、様子見だ。

 自分で動けないのはちょっとモヤモヤするけど、何でも自分でやろうとするのは俺の悪い癖だ。餅は餅屋、調査は調査屋。専門家に任せておけばいい。暗部の皆さん、よろしくお願いします!


 というわけで、俺は俺の仕事をすることにする。

 とりあえずは、直近に迫ってきた体育祭だな。

 会場は、武術大会が行われた騎士団の訓練場を使用することになった。

 なぜって? 体育祭の話をしたら王様が見物したいって言い出したからだよ! なんだよ、忙しいんじゃなかったのかよ!

 ついでに各騎士団の団長以下数名も見物に参加させるそうだ。まぁ、それは分かる。将来的に騎士団の中核になるかもしれない人材の発掘が目的だろう。青田買いってやつだな。


 改革の進む騎士団だけど、組織的に貴族が上位というところは変わっていない。

 というか、王国は封建制の国だから、そこは絶対に変えられない。平民に大きな軍権を与えるわけにはいかない。そんなことをしたら革命を起こされてしまうかもしれないからな。

 なので、騎士団の上層部は相変わらず貴族の子女で占められている。領地を持たない貴族家当主や、跡継ぎではない貴族の子弟などだ。ワイズマン伯爵そんちょうみたいに、領地持ちの貴族だけど軍籍も持っているという例も、若干ながらある。貴族上位これは将来的にも変わらないだろう。

 とは言え、血筋だけの無能を登用した結果の不正……どころか、国家反逆行為まで発生してしまった反省から、貴族子女の騎士団採用条件は厳しくなっている。高レベルでの文武両道が求められるようになっている。

 マッスルブラザーズも、それで採用試験を落とされてうちに来たんだよな。今なら余裕で採用されそうだけど。

 あの筋肉はヤバい。今もまだ鍛えているから、将来的には更にヤバくなるだろう。ヤバい。

 そういえば、あいつらも貴族の子女なんだよな。だったら魔法を教えても構わないわけだ。今の年齢ならギリギリ覚えられるかもしれない。ふむ、将来的な領軍の幹部候補として育ててみるか。


 それはそれとして、王様や騎士団幹部が来るなら、それなりの警備とおもてなしが必要だよな。面倒くさい。

 警備は……近衛騎士団が来るから要らないか。こっちで下手に用意して指揮権が乱れると、逆に危険になるかもしれないし。最悪俺がなんとかすればいいだろう。……何もないといいなぁ。

 スタッフは、王様がいる以上、一般から募集するのは不味い。また暗殺未遂なんかが起こったら目も当てられない。

 なので、今回はトネリコさんの手を借りられない。レオンさんに頼んで、王城の侍女侍従たちを借りるしかないな。多忙なのに申し訳ない。恨むなら王様を恨んでね?


 あと必要なのは昼食と軽食とドリンクの手配かな。さすがに、生徒と同じものを食わせるわけにはいかないだろう。

 ……南部辺境の特産品を使うか。王様や騎士団幹部に売り込んで、認知度と需要を上げよう。それによってドルトンうちやワイズマン伯爵領が潤うなら儲けものだ。儲けるのだ!


 他にもいろいろ考えないといけないことは多いかもしれない。ひとりじゃ抜け漏れがありそうだから、帰ってクリステラたちにも相談してみよう。

 はぁ、面倒事はいつまでも無くならないなぁ。



 ということで、体育祭だ。もう、あっという間に時間が過ぎてしまった。忙しすぎだ。誰だよ、子供は時間の過ぎるのが遅いなんて言ってた奴は! 俺の子供時間を返せ!


「開会式の後は男子個人槍術の一回戦です。開幕試合は三年生のフォクス=ベッソン君と二年生のエリオット=バーグマン君の対戦になります」


 何故か、俺は貴賓観覧席で来賓に解説をしている。こういうのって普通、学園長がするものじゃないの? まぁ、武術の授業の一環だからと言われたら仕方がない。やるしかない。


「ふむ、このふたりはどういう闘い方をするのだ?」

「はい、ふたりともフーデン流ですので、突き以外にも薙ぎや払いを使った変化の多い闘い方を致します。双方とも初伝とのことですが、年齢の分フォクス君のほうが巧い闘い方をしますね」


 新作焼酎……というか、ウォッカの入ったグラスを傾けながら王様が尋ねてくる。まだ朝と言ってもいい時間なのに、なんて不謹慎な。まぁ、俺が出したんだけど。

 今回は芋と米麹、酵母じゃなくて、芋と発芽大麦を使って仕込んだ酒を蒸留してみた。だから焼酎じゃなくてウォッカだ。

 一回しか蒸留してないから、アルコール度数はそんなに高くない。多分二十五度くらい。でも焼酎より癖が少ないから、こっちが好きって人もいるだろう。実は、ちょっとだけ作る手間も少ないし。

 まだ実験段階だから、売りに出せる量は少ししかないんだけど、今から宣伝してプレミア感を演出しておこうという戦略で持ってきた。概ね好評みたいで、戦略は当たりそうな予感がする。


 さっきからずっと王様とばかり話をしているけど、ちゃんと各騎士団の団長とか大隊長とかも来ている。けど、ちょっと雰囲気は緩い。王様が観覧するから、お付き合いで来ただけって感じだ。身内や他の騎士団の人との雑談ばかりで、会場の方はほとんど見ていない。まぁ、それでもいいんだけど。俺の責任じゃないから。


「入場してきましたね。間もなく試合開始です」


 フォクス君とエリオット君が入場してきた。

 ふたりとも指定の装備を身に着けている。革の兜に胴鎧、小手と脛当てで、それぞれに丸い紙が貼り付けられたものだ。この紙が破られたら、致命傷または続行不能な負傷をしたとみなされて、勝負ありというルールになっている。

 槍も、先に布玉を付けた、安全性に配慮したものになっている。

 今回、この安全性というやつにはかなり気を配った。半分以上が貴族の子女だからな。大怪我されると責任問題になりかねないからな。


「始め!」


 アームストロング教官の合図で試合が始まると、ふたりとも素早く間合いを詰める。

 そこからの様子見はなく、最初から全開での攻防を高速で繰り出す。

 突き、薙ぎ、払い、捌き、絡め取る。いい攻防だ。


「「「……」」」

「双方最初から全力ですね。勝ち上がり戦ですので、早く勝負を決めて体力を温存したいのでしょう」


 せっかく解説しているのに、騎士団幹部たちからは反応がない。王様はニヤニヤ笑っている。

 護衛の騎士も固まっている。仕事して?


 おっと、勝負が着いたな。順当にフォクス君が勝った。やっぱり年齢分の経験差は覆せなかったみたいだ。この年頃の一年の差は大きいもんな。


「決着しましたね。やはり一年分の経験差は埋められなかったようです」

「……フェイス伯、貴公は生徒に何を教えたのだ?」


 ようやく騎士団の皆さんが再起動した。と思ったら、国防騎士団の団長から意味不明の質問をされた。

 いや、武術と魔法の教官だから、武術と魔法を教えているんだけど? 変なことは教えてないよ? いけない個人授業? そういうのは間に合ってますんで。


「はっ、私は武術と魔法の教授を陛下より任ぜられておりますので、その職務をこの身の才覚の及ぶ限り果たさんとしております」

「……そうか。才覚の及ぶ限りがアレ・・か」

「はっ。若輩ゆえ、至らぬことは多いと存じておりますれば、そこはご容赦いただければと……」

「逆だ! なんだアレは!? アレが学生の動きか!? フーデン流の初伝!? 中伝どころか印可でもあんな動きはできんぞ!」


 なんかキレられた。でも、俺の解説を一応は聞いてたのね。


 アレか、やりすぎたってことか? そう言われてもなぁ。特に厳しく鍛えては……鍛えては……鍛えたかも? 身体強化は念入りに教えたからなぁ。

 そもそも俺、クリエイター気質だから手抜きができないんだよな。やるときはトコトンやっちゃう。それをやりすぎだと言われたら反論できない。

 けど、我が家の普段の訓練はもっと激しいんだよ? 学生相手だから、ちょっとは加減してたんだよ? マジでマジで。


「ハハハッ! 早ければ来年にはアレが騎士団に入ってくるわけだな、頼もしい限りよ! 貴公らもウカウカしてはおられんな!」


 王様が笑いながらそう言うと、目に見えて騎士団幹部の顔つきが変わった。有望株に今から目を着けておこうって感じか。やっと本来の目的だった青田買いを始めてくれたみたいだ。

 護衛の騎士たちの顔色も変わった。こっちは危機感かな?

 まぁ、俺には頑張ってとしか言えない。教官に鍛えてもらってね。


 今日は喋りっぱなしで喉が乾くな。ちょっと水分補給。うん、完熟黒柑濃縮還元ジュースが美味い。

 皆もウォッカ飲んでね? そして周囲に広めてくれ。

 あっ、このジュースでウォッカを割ったカクテルもありかもな。うん、次の機会には用意しよう。

 

「次の試合の選手が入場してきましたね。次は……」


 体育祭はまだまだ始まったばかり。


――――


 更新が追いついてしまったので、定期連続公開はここまでになります。

 以降は一〜二週間に一回の不定期更新になる予定です。

 ご了承ください。

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