第287話

 体育祭は滞り無く進んでいく。


「ふむ。どうも、鍛えられた者とそうでない者との差が大きいように見えるな。長距離を走る者たちなど、周回遅れが出ているではないか」

「はい、貴族の子女とそれ以外では講義内容が異なりますので、その差異が出ております」

「なるほど、魔法か。これほどまでの差が出るものなのだな、実に興味深い」


 進む競技の様子を見ながら、俺が王様に解説する。騎士団幹部たちは、目の前で行われている競技に釘付けだ。俺としては、話す相手が少なくて楽でいい。

 出場者ごとに身体能力の差が大きいというのは、競技を見ていれば一目瞭然だ。

 各競技と並行して進んでいる長距離走などは、後半の周回に入ったばかりなのに、先頭集団と後続集団の間に覆し難いほどの差が出来ている。周回遅れになった後続集団とそれを追い越そうとしている先頭集団が重なって、一見好勝負になっているようにすら見える。

 競技台の上で行われている試合も同様で、見ごたえのある好勝負があるかと思えば、一瞬で決まってしまう呆気ない試合もある。

 この差異の原因は身体強化だ。魔法の講義を受けているかどうかで、大きな差が出ている。つまり、貴族かそうでないかの差だ。


 現代なら『生まれた身分の差で教育の機会が得られないのは不公平だ』なんて意見が出てきそうだけど、ここは残念ながら平等精神に満ちた現代じゃない。権力や財力、そして暴力が支配する封建社会だ。

 その支配階級である貴族の子女が優先的に進んだ教育を受けられるのは至極当然の権利で、義務でもある。なぜなら彼ら彼女らは、将来国を背負って立つエリートだからだ。

 頭も身体も弱い無能では、この過酷なファンタジー世界を生きていくことは出来ない。ましてや、国を率いる立場の貴族が無能では話にならない。

 貴族子女が優れた教育を受けることは義務であり、その背中には国の未来という、平民とは比べ物にならない重責が背負わされている。優遇ではなく、その必要があっての教育なのだ。

 『学びたいから学ぶ』ではなく『学ばなければならないから学ばされる』という、本当の意味での義務教育だ。平等な権利云々という理想論とは次元が違う話なのだ。


 そうした教育によって手に入れた身体能力の差は、如実に競技の結果へと反映されている。

 午前に開催された個人競技は、すべて貴族が上位を独占した。


「ふむぅ。なるほど、良い結果がでておるな。しかし、どうも個人戦は上級生の入賞が多いようだな? これは元々の身体能力の差か?」

「そうですね。練度自体は上級生も下級生も大きな差はないので、元々の体格や体力の差が出ているのではないかと思われます。剣技や槍技の練度の差もあるでしょう」

「ふむ、年期の差か。なるほどな」


 王様は、魔力による身体強化については既に知っている。例の武術大会の後に追究(追及?)されたからな。

 身体強化の強度は、どれだけ魔力の扱いに慣れているかという練度、そして元々の体格や体力に比例する。魔力の扱いが同じ程度なら、よりマッチョな方が身体強化の効果が大きいというわけだ。

 人類としては桁外れらしい魔力を持つ俺がワイズマン伯爵そんちょうに殴り合いで勝てない理由もこれだ。圧倒的な魔力差を無意味にするあの筋肉はヤバい。

 ちなみに、王様も魔力操作の訓練を始めているので、いずれ身体強化を覚えるだろう。

 ……これまで身体強化無しで『剣聖』なんて呼ばれていたのに、身体強化を覚えたら一体どうなるんだろうか……『剣神』とか? 有り得そう。

 それで、きっと俺が呼び出されて手合わせをさせられるんだろうなぁ……今からジョンの拠点を充実させておこう。それで、そこに籠もって王都方面には出向かないようにするんだ……。


「しかし、戦略的なものもあるかと思われます」

「ほう、というと?」

「この体育祭では、個人戦に比べて団体戦のほうが多く得点を得られるように配分しております。技術や体格で劣る不利な個人戦を捨て、連携と戦術で勝機を狙える団体戦に注力するという戦略を立てている組もあるということです」


 個人戦は各競技とも一位が三点、二位が二点、三位が一点、以下は無得点になっているけど、団体戦はその得点が出場人数分だけ加算される。

 例えば、団体模擬戦は三人一組だから、一位なら九点、二位なら六点、三位でも三点入る。個人戦で一位になるより高得点が入るわけだ。

 なので、不利な個人戦は貴族子女以外を出場させて……悪い言い方をするなら『捨て』て、団体戦での上位入賞による総合優勝を狙おうという作戦を、一年一組と二組は立てたようだ。

 かたや三年生はというと、体格差の有利を活かしての個人戦で点数を稼ぎ、団体戦は一部競技での入賞を捨ててリードを守り切るという戦略を一、二組ともに取っている。勝てるところで確実に勝っておこうというわけだな。

 じゃあ二年生はどんな戦略なのかというと、一組は一年生と同様の団体戦重視、二組は個人戦も団体戦もバランスよく配分という作戦を立てたようだ。

 各組ごとに戦略が分かれたようで、なかなか面白い。


「なるほど。学生のうちから戦略を考えさせ、学ばせるか。面白い、この体育祭という催しは、実に有意義だな! 今後は毎年恒例としよう!」

「ははっ、ではそのように調整いたします」


 ごきげんな王様に返事をしながら、気配を消して背景と化している学園長をチラ見する。俺の視線に気付いたのか、口元にグラスを当てたままコクコクと頷く学園長。

 ちょっと、教育者が昼間からウォッカを呷ってるんじゃないよ! 今はまだ仕事時間中なんだからね! 教育者としての自覚を持って!


 そんなこんなで、午前中のプログラムはつつがなく終了した。

 予想通り、得点トップは三年一組。僅差で三年二組が追い、さらに僅差で二年二組、二年一組と続いている。おおよそ各組の戦略通りだろう。

 この後は休憩を挟んでいよいよ後半戦、勝負の団体競技が開催される。さて、各組の戦略がどう転ぶか。面白くなりそうだ。



 と、その前にお昼のおやつタイムだ。

 この国では朝と夕方の二食しか食べないのが一般的だけど、お昼に軽くおやつ程度の軽食をつまむ事がある。

 学園ではそれが常態化していて、午前の授業が終わったら食堂やサロンでティータイムというのが一般的だ。俺は王都屋敷に帰って皆とまったりすることが多い。

 特に今日は体育祭だから、午前の競技に出場した生徒は既に腹ペコだろう。身体強化はカロリー消費が激しいからな。おやつタイムが無いと、午後は空腹で倒れてしまうかもしれない。

 ということで今日は特別に、我がフェイス辺境伯領とワイズマン伯爵領の特産品を使った軽食を用意させてもらった。


 まぁ、ぶっちゃけ芋だ。

 森芋を焼いてから潰して生クリームと練り合わせ、型へ詰めて形を整えてから焼いた『スウィートポテト』。スライスしてから油で揚げ、特製のパウダーソルトをふりかけた『ポテトチップスうすしお味』。そして『芋ようかん』。どれも俺が出資する商会で売出し中の商品だ。

 特にお勧めはスウィートポテト。砂糖不使用で自然な甘さの中に、生クリームのコクと表面に塗られた焦げた卵黄が香ばしい逸品だ。


 ドルトンの港が整備されたことで、王都やボーダーセッツ、サンパレスなどにも迅速大量に森芋を輸出できるようになった。

 まぁ、生産地はほぼワイズマン伯爵領で、ドルトンまでの輸送は俺の空輸頼みなんだけど。街道が開通すれば、俺以外でも比較的迅速大量に輸送できるようになるだろう。

 ただ、芋そのままでは利益率が低い。素材そのままでも売れるんだけど、加工したものを売ったほうが利益率が上がる。手間は増えるけど。

 なので、輸出先各地に菓子工房を作り、今日提供したお菓子を製造販売している。今回はその宣伝も兼ねて、というわけだ。

 学園に通っているのは貴族や大手商会の子女という比較的裕福な層の関係者だから、宣伝効果はそれなりに高いはずだ。お菓子は高級品だからな。


 評判は上々みたいだ。イチオシのスウィートポテト以外も消化が早い。騎士団幹部の皆さんには、ポテトチップスが人気みたいだ。

 ウォッカには甘い物も辛いものも合うからな。甘くて塩っぱいポテチはつまみにぴったりだろう。気がついた時には酔って太ってしまう危険なコンビネーションだ。でもやめられない。

 うーん、つくづくバニラアイスやチョコレートの無い事が悔やまれる。いずれカカオとバニラ捜索の旅に出よう。そうしよう。


 ともあれ、学生は自身を騎士団に売り込み、俺は辺境の特産品を皆に売り込む。

 体育祭はなかなか良いイベントになったな。


 それじゃ本題に戻って、勝負の後半戦、いってみようか!

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