第288話
あ、サッちゃんだ。
「団体模擬戦初戦は三年一組と二年二組です。団体戦はどの競技も男女混合という規則を
「ふむ。勝つ気のある競技は貴族が多めに出てくるというわけか。それも男子が多めであれば、より勝つ気が強いというわけだな?」
「ご賢察にございます」
団体模擬戦は三人一組同士が競技台の上で対戦する。
基本的なルールは個人戦と同じだ。防具に取り付けられた数枚の紙のうち、一枚でも破られたら戦闘不能として失格になる。
全員を戦闘不能にするか、制限時間終了後に多く残っていたほうが勝ちになる。同数が残っていた場合はくじ引きだ。これは団体模擬戦独自のルールだな。
武器は何を使ってもいい事になっている。全員で長槍と盾を装備してファランクス的立ち回りをしてもいいし、オーソドックスに剣で打ち合ってもいい。そこは戦術次第だ。
サッちゃんことサラ=カーペンターの所属する三年一組チームは、貴族二名と平民一名で競技に
いくら身体強化を使えるようになった貴族子女でも、女子は基礎体力で男子に劣ることが多い。元々の身体の作りが違うので、これは仕方がない。
基礎体力の差は、そのまま身体強化後の身体性能に反映される。つまり、女子より男子の方が強くなる傾向にある。
そういう事情を知っているなら、この貴族女子二名という編成は微妙に思われるかもしれない。
一方の二年二組も貴族二名と平民一名という構成だけど、貴族のひとりと平民の子が男子だ。こっちのほうは『上位入賞狙いで、あわよくば優勝を』という色が強い構成かな。
奇しくも、平民男子はふたりとも槍、貴族は全員片手剣に盾という同じ装備になっている。勝敗は戦術と練度の差で決まることになりそうだ。
そういう説明を王様に行う。
「ほう。ならば、三年一組は団体模擬戦を捨てるつもりということかな?」
「さて、それはなんとも。勝負は終わるまで分からないものですので」
「ふむ、なにやら含みのある言い方ではないか。ならば、何かあると思って観るとしよう」
王様がニヤリと笑って視線を競技台に向ける。
まぁ、俺が考えている通りなら、三年一組はこの団体模擬戦、勝ちに来ている。だって赤薔薇親衛隊だもん。
「始め!」
アームストロング教官が開始の声を上げると同時に、サッちゃんとヨッちゃんが相手に向かって全速で突っ込む。ふたりとも狙いは貴族男子のようだ。
速い。オーソドックスな片手剣に盾という装備のふたりが、貴族男子に正面から突っ込む! その勢いのまま、左右から男子に向かって剣を振り下ろす!
それをそれぞれ剣と盾で受け止める男子。よく見えている。確か、防御を得意とする西派の剣の心得があったはず。構えが落ち着いている。守りに徹すれば、ふたりがかりでも手こずりそうだ。
しかし赤薔薇親衛隊ふたりの動きは止まらない。一撃を入れたあとは、そのまま走り抜けて貴族女子の方へと向かう。ふたりとも。
自分が狙われたことに気付いた女子は、慌てて盾を構えて防御の姿勢をとる。
しかし、ここで練度の差が出た。盾を身体の正面に構えたことで正面下方向に死角が出来てしまった。
サッちゃんが低い姿勢からその死角に潜り込み、自分の盾を相手の盾に強く叩き込む!
「きゃっ!?」
強く盾を弾かれたことで、女子が体勢を崩した。
そのスキを突いてヨッチャンが胴へ一撃を入れる! 胴の紙が破れて戦闘不能判定がアームストロング教官の口から告げられる。
しかし、まだふたりは止まらない。場外へ出ていく途中の女子生徒を盾にする形で貴族男子の反撃を回避しつつ、槍持ち平民男子の元へ向かう。
平民男子も多少の心得はあるんだろう。槍の構えがそれなりに様になっている。
しかし現実は非情だ。多少程度の心得では、身体強化という理不尽を捌ききれなかった。左右から加えられる連撃を二合ずつ凌いだ後に、左小手と胴へ同時の戦闘不能判定を受け、敢え無く退場となってしまった。
ここまでわずか十数秒。まさに疾風怒濤だ。
こうなってしまっては、最早二年二組チームに勝機はない。
再びふたりからの猛攻を受けることになった貴族男子だったけど、一分後には小手に致命傷判定を受けて敗北してしまった。よく耐えたと思うよ。
「ほほう? あのふたりの足を止めぬ闘い方、まるで
「恐れ入ります」
そうなのだ。
あのふたりに限らず、赤薔薇親衛隊の面々は、武術の授業の度に俺との模擬戦を行っていた。俺が足を止めずに動き回るスタイルだから、それに付き合っていた赤薔薇親衛隊の面々も、意図せず同じようなスタイルになってしまったのだ。
そして、彼女たちが赤薔薇親衛隊だったというのも、勝利の要因のひとつだろう。
普通、貴族の女子に武術の素養は求められない。余程の辺境育ちでない限りは、貴族の令嬢に戦闘の機会なんて訪れないからだ。
しかし、彼女たちはジャスミン姉ちゃんに出会ってしまった。バリバリの辺境育ちで超武闘派という、貴族令嬢としては異例中に異例であるジャスミン姉ちゃんに。
その異例に憧れた彼女たちは、少しでも憧れの存在に近付こうと、武術を学ぶようになった。共通の話題というのは、心の距離を縮めるのに有効だからな。
そう、俺が教える前から、彼女たちには武術の心得があったのだ。必修になった今年から武術を学ぶようになった他の女子たちとは、その点で既に差ができていた。
つまり、この試合の勝負の分かれ目は西派の剣士である男子との闘いではなく、一瞬で決着した女子同士の闘いにあったというわけだ。
そういった裏事情は(また俺の関係者かと呆れられたくなかったので)伏せ、あのふたりが熱心に武術を学んでいたという
「なるほど、つまり其方の弟子というわけだな」
「それは……そうとも言えるかもしれません」
あのふたりは嫌がるだろうけどな。全力で否定しそうだ。
試合の決着がアームストロング教官の口から宣言され、両チームが退場していく。
笑顔と悄然、見事に対照的な表情だった。
◇
最終的に、団体模擬戦はサッちゃん率いる三年一組チームが優勝した。徹底して足を止めない高速戦闘に対して、既存の武術のセオリーでは対応しきれなかったようだ。
そして、同じチームだった平民男子君には全く出番がやってこなかった。誰とも槍を交えていないどころか、彼が競技台の上にいたことすら、気付いた者はいなかったかもしれない。幻のシックスマン的な、ある種の才能があるのかもしれない。本意ではないかもしれないけど。
表彰台の上の彼は笑顔だったけれど、その目元に光るものが見えたのは気の所為ではあるまい。
どんまい。
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