第289話

 そして、体育祭はいよいよ佳境、最後の『護衛騎士』の種目へと突入する。


 ここまでの各組の得点は、三年一組がトップ、僅差で三年二組、二年一組と続く。

 しかし最下位の一年二組でも、この護衛騎士でトップを取れば優勝の可能性が残っている。

 最下位でもチャンスがあるのだから、他の組は言わずもがなだ。全クラスに等しく優勝の可能性がある。是非奮闘してほしい。


「フェイスよ、其の方は参加せんのか? もう最終競技だぞ?」

「私は学生であると同時に教員でもあります。対戦する教え子が忖度しないとも限りません。それでは公平性を欠きますので」

「ふむ、在学中は身分を問わぬというのが学園の方針ではあるが、教師と教え子ではそうも言っておられんか。仕方あるまい」


 王様の質問に無表情で淡々と答える。

 いや、あんたが無理やり教師にしたから、俺は競技に参加できないんだよ! それ以前に、俺はまだ入学できる年齢じゃなかったんだよ! 全部あんたがゴリ押ししたせいだからな! 『仕方ない』じゃなくて、反省してください!


「最後の競技ですので、少々趣向を凝らしたいと思います。暫しお待ち下さい」


 内心のボヤキを押し隠しつつ、平面魔法を競技台周辺へと展開する。

 まず競技台へ被せるように、平面の直方体を形成する。大きさは長辺四十メートル短辺二十メートルで、質感は青々と芝の茂る地面だ。

 芝自体はヘアーという髪の毛を生やす機能をカスタムしたもので、ちゃんと風になびくし踏めば曲がる。隙間からはちょっと苔の生えた土の地面も見えるという凝った構成だ。直方体の断面も、五層の地層が見えるという無駄な凝りっぷり。

 フィールド中央には、洋風庭園にありそうな石造りの東屋が建っている。ガゼボっていうんだっけか? 六本の柱と屋根だけの建物に、樫っぽい材質の簡素なベンチが二基置いてある。

 フィールドの端からそれぞれ十メートルくらいの位置には、太さ五十センチほどで高さ二メートルくらいの、花崗岩っぽい材質の柱が等間隔に四本立っている。障害物として使ってもらおうという構造物ストラクチャーだ。無駄にバラが巻き付いてるあたりも、デザイナーとしてのこだわりポイントだな。

 そして、競技台の両端には高さ二メートルの大きな黒い石壁がある。これにタッチするとゴールになる。

 あとは……バラだけじゃ寂しいか。シャリンバイの低木を数本生やしておこう。季節じゃないけど、花も咲かせてっと。

 3DCGで作るとメチャメチャ面倒くさい広葉樹も、魔法でなら簡単に生み出せる。

 これ、一本で一億ポリゴン超えてるんだよなぁ。ゲーム制作なら『無駄!』の一言で削られてるよな。多分、板ポリゴンにテクスチャ貼って終わり。

 好きに作れるって楽しい。平面魔法様々だ。


 うん、こんなものかな?

 テーマは貴族のお屋敷の庭だ。仮にも貴族の子女が通う学園の体育祭だからな。平民の遊びを模するにしても、格調高くないと。


「おおっ!? これがフェイス伯の魔法か!」

「話には聞いていたが、これは……」

「幻……ではないな。影が落ちているし、風に木の葉がなびいている。本物と何も変わりがないではないか」


 俺の魔法を初めて見る騎士団の面々が、興奮して貴賓席から身を乗り出している。落ちないでね?


 俺の平面魔法は、王国史の中でも一際特異な魔法らしい。これまでに確認された固有魔法の中には、類似や近似する魔法が何一つ存在しないためだ。固有魔法中の固有魔法というわけだな。オンリーワン、世界にひとつだけの花。

 幻を見せる魔法は何度か現れたそうだけど、誰にでも見えて触れるという魔法は無かったらしい。


「幻ではありませんし、重さも硬さも思いのままですよ。触って見ますか?」


 騎士団幹部各位の目前に、いつもの偽占い水晶玉を出現させる。重さ設定をしていないから、宙に浮いた状態で現れる。


「おおっ!?」


 驚きつつも、目の前の偽占い水晶玉へと手を伸ばす騎士団の面々。未知の魔法に恐怖があるのか、恐る恐るといった感じだ。


「むっ!? や、柔らかい!?」

「熱くも冷たくもない……なにやら妙な感じですな」

「しかし、これは……癖になる柔らかさだな」


 今回は物理エンジンを使った柔らかいオブジェクトにしてみた。外部からの圧力に対して変形し、圧力がなくなると復元する設定だ。

 温度に関しては、残念ながら俺の平面魔法では設定出来ないので常温だ。流体なら設定できるんだけど、普通のオブジェクトには温度の設定がないんだよなぁ。今後の課題だ。

 柔らかさは……実はルカのオッパイの柔らかさだったりする。張りがあるのに柔らかくて、いつまでも揉んでいたくなる魔性の柔らかさだ。

 再現には苦労したけど、よくよく考えたら五日に一回くらいは揉んでるんだよなぁ。再現する必要性は無かった。


 グニグニ……グニグニ……


 全員で偽占い水晶玉を揉む時間がしばらく続く。王様までもだ。手を止められなくなっているらしい。

 指が沈み込むほど柔らかいのに、力を緩めるとすぐに元へ戻る。その不思議触感の虜になっているようだ。分かるよ。


「えー、そろそろ生徒たちの準備も整いましたようですし、最終種目を始めたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


 貴賓席の全員がハッとして我に返る。しかし手は偽占い水晶玉を揉み続けている。どんだけ? 分かるけど。


 ここで、改めてお歴々にこの競技の解説をする。下町の子どもたちの遊びだから、貴族には馴染みがないかもしれないしな。この体育祭の独自ルールもあるし。


 競技名は『護衛騎士』。鬼ごっことサッカーを合わせたような、チーム対戦型の遊びだ。

 まずふたつのチームに分かれて、更にチーム内で騎士役と貴族役に分かれる。

 フィールド両端にゴールを設け、相手陣地側のゴールに貴族役を連れていけば得点が入る。今回は壁にタッチするとゴールになる。貴族役はサッカーのサッカーボールだな。騎士役はフォワードでありディフェンダーというところか。

 貴族役は、相手の騎士役にタッチされるかフィールド外に押し出されるとアウトになり、自陣ゴールに戻らなければならない。貴族役にタッチされてもノーカウントだ。

 下町ルールでは、ゴールした貴族役は百数えてから自陣に戻って再スタートするんだけど、今回は即戻って復帰というルールにした。その方がスピーディーなゲーム展開になるだろうから、見ていて楽しいだろうという配慮だ。

 チーム内での騎士役、貴族役の人数割り振りは自由だけど、見て分かるようにしなければならない。今回は、貴族役には頭にハチマキを巻いてもらっている。

 魔法の使用は禁止。体育祭だからな。ただし、身体強化は可。

 制限時間内に多く得点を取ったほうが勝ちになる。同点の場合は代表者によるくじ引きで決める。

 騎士役同士による掴み合い程度の接触は許されているけど、殴ったり蹴ったりは反則として退場になる。

 チーム対抗によるトーナメント方式で順位を決め、上位入賞したチームには参加人数分の得点が入る。


 以上が今回のルールだ。元々が下町の子供の遊びだから、難しいルールはない。今大会用に分かりやすくしただけだ。

 けど、それだけにとれる戦術の幅も広い。ルール内なら何をしてもいいのだ。

 その最たるものが、騎士役と貴族役の人数割り振りだろう。全員を貴族役にしてもいいし、殆どを騎士役にして防御重視にしてもいい。くじ引きに自信があるなら、全員を騎士役にして引き分け狙いという手もある。戦術は自由だ。


 そして、この体育祭独自のルールを逆手に取った戦略・・を駆使してもいい。

 第一試合、三年二組対一年二組の対戦は、まさにそんな盤外戦略を駆使したカードになった。


 三年二組は男子二名女子三名の五人で、貴族役は女子一名。残りは騎士役で、貴族役を確実にゴールまで連れて行こうという戦術と思われる。


 対する一年二組だけど……フィールドの上には男女合わせて十五名・・・が上がっていた。


 面白い。これぞ戦略、だな。

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