第290話

 なぜこんなに人数差ができたのか?

 一言で言えば『ルールの抜け穴を突いた戦略』を駆使した結果だ。


 この体育祭を開催するにあたり、主催者である俺はいくつかのルールを設けた。

 まず、『ひとり一種目しか出場してはならない』というものだ。

 これは、ひとりの突出したアスリートの活躍で勝敗が決することがないようにという考えによるものだ。ひとりで大量の得点を稼がれたら、クラス対抗にしている意味がないからな。クラス全員で協力してもらわないと。


 そして、各種目に参加できる人数の制限を設けた。

 武術系種目の個人戦は一クラス男女一名ずつ、短距離走と長距離走は男女二名ずつ、継走リレーは男女混合で四名、集団模擬戦は男女混合で三名。

 それ以外は護衛騎士への参加となる。この競技だけは人数の制限がない。

 なぜ人数制限がないのかというと、実は単に調整のためだったりする。クラスによって男女比や総人数に若干の偏りがあるため、その差を吸収するための措置だ。


 このふたつのルールに加えて、体育祭が全学年全クラス対抗という点も、この策略を後押ししたと思われる。


 学園に通うのは十二歳から十四才までの男女だ。最高学年と新入生の間には二歳の差がある。

 この年代、成長期の二歳差というのは大きい。身体能力には覆し難い差が生まれてしまう。

 極端な例を挙げれば、年始に生まれた三年生と年末に生まれた一年生の間には三年近い実年齢差があるということになる。その身体能力には絶望的な差が生まれることだろう。


 ここで余談をひとつ。

 この国では基本的に数え歳で歳を取るんだけど、国王と王太子だけは生誕日に歳をとる。これは王族が特別であることの表れなのだそうだ。

 その王子が即位して王になると、その誕生日が国王生誕日として国の祝日になり、王都では盛大に祝祭が執り行われるのだそうだ。

 ちなみに、今の王様の誕生日は十月十日。去年は戦後処理のゴタゴタでお祭りは見送られたけど、今年は盛大に執り行うらしい。俺にも式典への参加が打診されている。面倒臭いなぁ。


 話を元に戻す。

 基礎の身体能力で大きく引き離されているなら、いくら身体強化で増幅してもその差を埋めることは難しい。相手も身体強化を使えるんだからな。条件は同じだ。むしろ、身体強化のおかげで更に差が開いていると言える。


 身体能力で負けている相手に、どうすれば勝てるのか?


 その問いに一年二組の出した答えが『物量で押し切る』だった。


 大会の基本ルールである『ひとり一種目のみに参加』と『護衛騎士以外には参加人数の制限がある』の二点。このルールを言い換えると『参加する種目は指定されていない』『護衛騎士には何人参加してもいい』となる。

 つまり、他の競技を棄権すれば理論上、クラス全員を護衛騎士に参加させることが可能ということになる。

 流石にそこまで露骨な工作はしなかったけど、一年二組はクラスの大半、十五人をこの種目に投入してきた。他のクラスは五人から六人だから、この作戦は成功したと言っていいだろう。


「ふむ、規則の穴を突いたか。しかし、これはまだ十二歳の子供に考えられる作戦ではないな。フェイスよ、其方そなたの入れ知恵か?」


 王様が質問してくるけど、俺が裏にいることを確信しているような雰囲気が感じられる。まぁ、その通りなんだけど。


「はい、相談を受けましたので。身体能力に劣る一年生では戦術・・的に勝利することは難しく、最終的に勝利するには戦略・・を駆使する必要があると助言致しました。しかし、助言はそこまでにございます。この戦略自体は、彼ら彼女らが自ら考え出したものにございます」


 戦術と戦略。

 戦術とは局地的な戦いに勝利するための作戦、戦略とは最終的な勝敗を決めるための作戦のことだ。

 分かりやすい例でいうと、サッカーの一試合ごとの試合展開に関する作戦が戦術、シーズンを通したリーグ戦の勝敗を考えた作戦が戦略ということになる。

 多くの場合、戦術的に勝利を積み重ねていけば戦略的にも勝利できる。全試合で勝っていれば、リーグ優勝もできるってわけだな。


 しかしスポーツと違って戦争では、ひとつの局地的な戦闘が全体の局面を左右するという場面が多々存在する。

 有名なところでは桶狭間の戦いだろう。

 中部最大勢力だった今川氏が、弱小勢力織田氏にたった一回負けただけで没落への道を転がり落ちてしまった。

 逆に、戦局的には圧倒的劣勢だった織田氏は、たった一回の局地的勝利をきっかけに日本最大勢力へと上り詰めていった。

 これが戦争、これが戦略だ。

 やっててよかった歴史シミュレーションゲーム。ゲーム知識も役に立つもんだ。


 こういった内容も、俺は武術の講義で教えている。もちろん織田や今川は架空の武将に変えたけど。

 他にも基本的な『戦力の集中』『有利な状況の構築』『補給の重要性』『継戦能力の維持』などなど、『それ、もう武術じゃなくて戦略の講義じゃね?』って内容も教えている。

 武術の座学って何を教えればいいか分からなかったし、雨の日はグラウンドが使えないからしょうがないよね。まぁ、これも広い意味で武術だよ、多分。


「ふむ、そうか。ふふふ、それほど腕の立つ者はおらぬようだが、頭の回る者はおるようだな。将来が楽しみよ」


 何かが王様の琴線に触れたらしい。ごきげんだ。

 ……ウォッカが回ったわけじゃないよね? 酔いつぶれないでね?

 確かに、一年二組には突出した武術の才能を持つ子はいない。劣っている子もおらず、全体的に平板な印象だ。

 けど、歴史や算術の講義は良い評価を受けているらしいから、クラス自体が頭脳寄りになっているんだろう。将来的には文官として活躍する子を多く輩出しそうなクラスだ。


「次回以降は、各組は各種目に選手を出場させることにしようと考えておりますので、この奇策が使えるのは今回のみになりましょう。次回があれば、ですが」

「うむ、これは良い催しだ。来年以降も定期的に開催せよ。場所はこの競技場を使うが良い」


 正式に王様から継続が言い渡されてしまった。部屋の調度に溶け込んでいる学園長にチラッと視線を送ると……コクコク首肯いている。反対はないようだ。


「ははっ、かしこまりました」


 そんな話をしている間に、第一試合が決着した。

 人数差を活かして相手の動きを封殺した一年二組の圧勝だった。



 その後も一年二組の作戦は図に当たり、順調に決勝戦まで勝ち上がった。やっぱり戦いは数だな。一機のビグザ◯より十機のド◯だよ。


 そして、ついに決勝戦。

 順調に勝ち上がった一年二組の相手は、なんと同じ一年生、一年一組だった。

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