第226話

 危なげないとはこういう事か。

 一回戦の焼き直しみたいな展開でアリサさんも子爵そんちょうも二回戦を勝ち上がった。『投げて急所打ち』に『掴んで人間手裏剣』、それ以外に表現しようがない。

 まぁ、一部を除けば参加者は力自慢の素人ばかりだ。その道の本職に敵うわけがない。当然の結果だな。


 これで二回戦全試合が終了した。

 かたや技術、かたやパワー、そして俺がスピード。三者三様に尖ったファイティングスタイルと言えるだろう。観客としてなら、見ごたえのある楽しい大会に違いない。

 えっ、ベストフォー最後のひとり? まぁ、力自慢の素人かな。よくここまで勝ち上がってこれたと思うよ。ある意味、ケント君より運がいいんじゃないかな?

 ただし、毎回ガチンコ勝負だったから、一番ボロボロになってるけど。ほぼ無傷の子爵が次の相手だから、余程の豪運がないと勝ち目は無いんじゃないかな? ご愁傷様。


 そして、お昼休憩。

 お昼はルカ特製のツナマヨ&ピリ辛肉そぼろおにぎりだ。肉そぼろはチリペッパー風味だった。醤油や味噌味じゃなくても十分美味い。さすが母ちゃんの愛弟子だ。


「ビート様のお好きな味は義母様からバッチリご教授いただきました。これからも美味しいご飯をたくさん作りますね。うふふ」


 なんか着々と胃袋を掴まれている気がする。もう手遅れかもしれない。まぁ、美味しいご飯が食べられるなら問題ない。美味しいは正義だ。

 お腹がいっぱいになると動きが鈍るから、量は腹五分目くらいに抑えておく。

 足りない分はウーちゃんとタロジロ、ピーちゃんをモフモフして補う。うむ、満たされる。いや、漲る! あと十年は戦える!

 でも、そんなに戦い続ける人生は嫌だ! 今日だけ頑張って、明日からはのんびり過ごすんだ! 仕事は……ぼちぼちで。


 そんなこんなで、お昼休憩が終わればいよいよ準決勝だ。強敵アリサさんとの試合が待っている。

 控室に居ても観客席の喧騒が聞こえてくる。会場はもうかなりヒートアップしているみたいだ。

 理由は察しが付く。今回出場者中最小兵の俺と、二番目かつ唯一の女性であるアリサさんの試合だからだ。しかも準決勝。番狂わせも甚だしい。

 逆に言えば、それだけ何が起こるか分からないスリリングな試合が期待できるわけだ。そりゃあ期待に胸も躍ろうというものだ。ボヨヨンボヨヨン。

 とは言え、これから実際に試合する俺には関係のない話だ。俺のすることは競技台に上がって戦い、勝つ。それだけだ。既に準備も気合も十分。


「よし、それじゃ行ってくるね」

「お気をつけてくださいまし!」

「負けるんじゃないわよ!」

「気合やで!」

「温かい飲み物を準備しておきますね。うふふ。うふふふふ」


 皆の応援を背に競技台へと向かう。なんかルカの笑みに湿ったモノを感じたけど、気にしたらきっと負けだ。

 途中、サラサとすれ違うけど、彼女は何も言わず、いつもと同じ上目遣いで小さく頷くだけだった。

 ……うむ、分からん。それは頑張れってこと? それともお手柔らかにってこと? 普段から無口なサラサが何も喋らないと、全く真意が伝わってこない。

 分からないから棚上げだ。俺も軽く頷いて誤魔化しておく。


 通路を抜けて観客席から見える位置まで進むと、観客の歓声がひと際大きくなり、そして少なからぬどよめきが沸き起こった。

 それはそうだろう、今回の俺は上半身裸だからな。


「うふふ、うふふふふふふふ」


 ルカの笑みが止まらない。気にするな、俺! 試合に集中するんだ!


 王都の緯度は大阪か名古屋あたり。まだ三月になったばかりで、気温も低い。お昼過ぎの今も多分、十五度に届いてない。大会会場は屋外だから風も吹く。体感温度は十度くらいじゃなかろうか。上着を着ていても肌寒く感じるだろう。

 そんな状況だから、服を着ることはあっても、脱ぐなんて普通は考えられない。今大会でも、動きやすい薄着の選手は居ても、裸の選手は居なかった。

 そこへ上半身だけとはいえ裸の少年が出てきたんだから、どよめきも起ころうというものだ。


 正直、寒い! 身体強化に健康維持の効果があると言っても、寒さを和らげてくれるわけじゃない。せいぜい風邪をひき難くなる程度だ。早く終わらせて温かいお茶を飲みたい。

 しかし、これが俺の考えた『対アリサさん』対策だ。対古武術対策でもいい。勝つために考えた最善策だ。


 競技台を見ると、既にアリサさんが上っていた。脱いだ草履を揃えて横に置き、中央付近でこちらを向いて正座している。


「……なるほど、考えましたねの助。やはり只者ではありませんでしたの助」


 もう戦闘モードにでも入っているんだろう、鋭い視線でニコリともせずにアリサさんが言う。決して声は大きくはないんだけど、俺の耳までスッと届いてくる。その声には、これまでのどこか暢気な暖かさはなく、冷たく硬い。『助』さえ無ければなぁ。


「出来ることはなんでもやっておきたい性分なんでね」

「それは大変忙しい人生になりますよの助」

「うん、それはもう既に実感してる。でも性分だからね、どうにもならないんだ」

「なるほど。納得ずくなら仕方ありませんの助」


 俺が肩をすくめながら苦笑すると、アリサさんは表情を変えず、澱みのない動きで静かに立ち上がった。足元の草履を掴むと競技台の端へと進み、丁寧に揃えて置く。向きは入船、こちら向きだ。競技台の外向きだと投身自殺っぽいもんな。いや、この世界にそんな風習(?)があるのか知らないけど。

 競技台中央付近まで進んだ俺が観客席とボックス席に向かって一礼すると、アリサさんも同じように俺の横に並んで一礼する。別にそういう作法があるわけじゃないけど、なんとなくした方がいいかなと思っての行動だ。王族がいるから、一応ね。

 見れば、わんぱく姫が王太子殿下の膝に抱きかかえられている。すっかりお守り役だな、殿下。

 少し歩き、五メートルほどの距離を置いてアリサさんと向き合う。アリサさんもこちらを向いて静かに立っている。全身に力みが無い。これが自然体ってやつか。


 ゴオオォォンン……


 試合開始の銅鑼が鳴る。俺は左足を前に低く構え、ゆっくりジワリと左回りに動く。

 一方のアリサさんも左足を前にした構えだけど、あまり腰は落としていない。俺の方がスピードはあるから、それに対応するためだろう。予想通りだ。

 両手の指は軽く曲げられている。あそこからは拳打も掌打も出せるし、掴むこともできる。

 俺の動きに対してゆっくりと向きだけ変えている。待ちの構えだな。俺が時々入れるフェイントにも動じず、どっしり構えて揺るがない。

 隙が無い。肌寒いはずの背中に汗が滲む。

 仕方がない。被弾を覚悟で突っ込むか。元々そのつもりだったしな。


 これまでのアリサさんの戦いは、相手を投げてからの寝技打撃パウンドによる決着が多かった。多分、使わなかっただけで絞めや関節技もあるだろう。

 ただし、絞め技や関節技はそれほど多くないと思われる。なぜなら古武術というやつは戦場格闘技であり、一対多の戦いを前提にしていることが多いからだ。

 戦場で悠長に寝転がっていたら、他の敵から攻撃されて自分が殺されてしまう。一撃で相手を殺せる首狙いの関節技とかならあるかもしれない。

 しかし、今回はルールで相手を殺してはいけないことになっているから、そんな関節技があっても使われることはない。多分。

 実際、ここまでの試合では関節技や絞め技は全く使われていない。ほとんどの試合で、最後は投げて場外か寝技打撃で決めていた。


 ここで勝利の起点になっていたのが『投げ』だ。

 石の床に投げつけられると、痛みで一瞬呼吸と動きが止まる。そこに追い打ちの打撃が入れば、大の大人でも悶絶は必至だ。

 だから俺は、極力投げられないように対策をしてきた。それがこの上半身裸だ。掴まれる服が無い分、投げられる危険が下がる。

 さらに、いくら寒いと言っても、激しい運動をすれば汗をかく。腕や手首を掴まれても、汗で滑れば脱出しやすい。投げられる可能性はさらに下がる。


 ここまでは防御のための作戦だ。裸が防御というのも不思議な話だけど。某古典3DRPGのニンジャかよ。全裸最強。


 ここからは攻撃のための作戦だ。攻めて勝つための策だ。

 俺は両手を拳に握り、顎の前で合わせる。そして頭を不規則に左右へ振り、打撃の的を絞らせないようにする。ボクシングで言うところの『ピーカーブースタイルでウェービング』というやつだ。マイク=〇イソンがよくやってたやつ。

 そのままジワリと距離を詰める。見慣れぬ動きにほんの少しだけ動揺を見せたアリサさんの、一瞬の隙をついて懐に飛び込む!

 アリサさんの左掌打が飛んでくるのを頭を下げてダッキングで躱し、追撃で昇ってくる右膝を左肘で叩き落とす。よし、被弾無しで飛び込めた!

 そして辿り着いたのは、アリサさんの懐の中だ。目の前にそこそこの主張をしているアリサさんの胸がある。ウホッ。

 いやいや、喜ぶのは勝ってからだ。再び上がってくる右膝をやはり左肘で迎撃し、上から延髄を狙って落とされる右肘は身体を捻って右肩で受ける。

 目に見えなくても動きを察知できる気配察知があればこその防御方法だ。結構痛いけど、覚悟していればこのぐらいは耐えられる。


「ぐっ!?」


 捻った身体を戻す反動で、左フックを右わき腹に突き上げる。リバーブローだ。

 一瞬アリサさんの動きが止まる。

 さらに右のフックを左わき腹に、左のショートアッパーを鳩尾へと連続で叩きこむ。

 苦し紛れに、アリサさんが上から押さえつけようと覆い被さってくる。そのまま押しつぶして寝技に持って行こうという魂胆だろう。


「いぎっ!?」


 下がってきたその顎に、膝のバネを使って頭突きを喰らわす。アリサさんが女性にあるまじき苦痛のうめき声を上げる。

 その隙に、更に左右の連打をボディへ叩き込む。

 負けじと俺の頭を抱えて左右の膝を繰り出してくるアリサさんだけど、その全てを左右の肘で迎撃する。次第にアリサさんの膝が上がらなくなってくる。もうかなり腫れてるんじゃなかろうか?


 ゼロ距離。それが俺の出した対アリサさん戦の答えだ。

 古武術に限らず、格闘技でゼロ距離での打撃戦というのはほとんど起こらない。通常、威力のある打撃を出すためにはある程度の距離が必要だからだ。

 そして、密着状態というのは、意外と投げも決まりづらい。というのも、投げるためにたいを崩すのにも、ある程度の距離が必要だからだ。

 柔道の国際大会などで、出来るだけ相手から腰(重心)を遠ざけて組んでいるのを見れば理解できるだろう。相撲だって、決まり手のほとんどは寄り切りか突き出しだ。密着状態からの投げというのは、意外と難しいのだ。

 ゲームや漫画では『ワンインチパンチ』なんていう超近距離打撃が出てくることがあるけど、あれは実際には大した威力は無いらしい。

 『喰らって吹き飛んだ』なんていう話もあるけど、アレは実は一種の合気道のようなもので、相手の反射を利用して大きく下がらせているだけだそうだ。

 なので、喰らってもダメージはあまりないらしい。


 しかし、ゼロ距離での有効打による打撃戦を極めた格闘技が無いわけではない。そのひとつがボクシングだ。

 拳だけという制限を自らに課したことで、その拳打は芸術の域にまで昇華した。

 そして、他の格闘技ではあり得ない『密着状態での打撃戦』などというテクニックまで生み出してしまったのだ。身体の捻りと膝のバネを使ったその打撃は、密着状態からでも十分人体を破壊し得る威力を発揮する。

 科学と暴力、そして勝利への執念の集大成、それがボクシングだ。

 ボクシングの歴史は浅く、古武術とはある意味対極の存在だ。なのでおそらく、アリサさんの使うマツーラ流にはその知識が無い。

 俺にもマツーラ流の知識は無いけど、それなら五分だ。いや、他の様々な格闘技の知識がある分、俺の方が若干有利なはず。ならば、やるしかない!


 ボディ、ボディ、ボディ、ボディ。左、右、左、左。

 レバー、キドニー、レバー、ストマック。

 落とされる肘は背中や肩で受け、そしてボディへフック、アッパー、フック、フック。

 執拗に繰り返されるボディ攻撃に、たまらず後ろへ下がるアリサさん。しかし、スピードは俺の方が上だ。逃げる速さ以上の速度で距離を詰める。

 そしてまたレバーへ突き上げるような左フック。


「ぐぅっ!」


 痛みに苦悶の声を漏らし、足元をぐらつかせるアリサさん。


「あ」


 決着はあっけなかった。

 既に競技台端にまで追い詰められていたアリサさんは、そこへ置かれた自分の草履を踏んでしまい、足を滑らせて転んでしまった。そしてそのまま場外へ。


「それまで! 勝者、ビート=フェイス男爵!!」


 審判から勝利宣言が告げられる。と同時に、訓練場に盛大な歓声が轟く。

 いや、きっと試合中もずっと轟いてたんだろう。俺が集中してたから耳に入ってこなかっただけだ。


「ふう」


 背中が痛い。けど、なんとか勝てたな。

 これで決勝進出だ。

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