第227話

「お疲れ様でしたわ!」

「今回も一方的だったわね!」

「ほい、これ掛けときぃ。身体冷やしたらアカンからな」

「はい、温かいお茶ですよ。フーフーましょうか? うふふふ」

「皆、ありがとう」


 控室に戻った俺を皆が労ってくれる。キッカが肩に掛けてくれたのは厚手のブランケットだ。次の試合までに身体が冷えると、動きが悪くなるからな。ルカ、お茶は冷まさなくていいからそのまま頂戴。


「マジの殴り合いっていうか、坊ちゃんが一方的に殴ってたな」

「お腹ばっかりだったみゃ。あれはしばらく動けないみゃ」

「……無慈悲」

「あれくらいしか手がなかったんだよ。顔を殴るには距離を開けなきゃいけなかったし。見た目ほど余裕は無かったからね」


 傍目には一方的な試合展開に見えただろうけど、実はほとんど余裕は無かった。その証拠に、俺の背中は打ち身だらけだ。密着しすぎで避けられなかったからな。急所に喰らわないようにするのが精一杯だった。このダメージは、確実に次の試合に残るだろう。

 顔が殴れるなら、多分殴ってた。その方が早く終わっただろうし。フェイス家では基本的に男女平等、ジェンダーフリーでやらせてもらってます。某幻想殺しさんと同じです。

 けど、投げられないように密着していると、背の低い俺には相手の顔を殴る手段が無い。必然、ボディ狙いになってしまった。それだけの話だ。


「キッカ、サラサ、キララ。悪いんだけど、アリサさんの看護に行って来てくれない? 多分、自力じゃ立つのも辛い状態だと思うから」

「はいな、またうちの冷水の出番やな。今日は大忙しや」

「承知」

「分かりましたですよ」


 キッカとサラサ、キララが控室から慌ただしく出て行くのを見送る。キッカはケント君に続いて二度目の出動だ。有能な人ほど忙しいのは何処の職場でも同じだな。

 アリサさんは場外に落ちた後、自力で立ち上がることが出来なかった。ボディだけじゃなくて、太ももにもダメージを負ってたからな。じゃないと、草履を踏んだくらいでバランスを崩すわけがない。退場のときも担架で運ばれてた。

 ……ちょっとやり過ぎたかな?

 まぁ、格闘技の試合なんだから仕方がない。手を抜くのは、それはそれで失礼だしな。男たるもの、いつだって全力少年でなければ。


 俺は控室のベンチに座って、静かに身体強化を全身へ巡らせる。

 身体強化には若干の治癒促進と体調維持効果がある。次の試合までに、可能な限りダメージを消しておく。

 この後は、子爵そんちょうの準決勝と少しの休憩を挟んで、いよいよ決勝戦だ。大体三十分後くらいかな?

 余程の番狂わせが無い限り、相手は子爵になるだろう。子爵の対戦相手には悪いけど、ハッキリ言って役者が違う。

 子爵は手強い。俺がノーダメージでも、魔法抜きでの勝率は三割を切るだろう。それくらいウェイトとパワーが違い過ぎる。比喩無しで俺がピン級、子爵がスーパーヘヴィー級だもんな。

 同じ階級ならパワータイプとスピードタイプで面白い試合になるかもしれないけど、ここまで体重差があると普通は勝負にならない。ピン級が十発のストレートを当てても、ヘヴィー級のジャブ一発で帳消しにされてしまう。

 それくらい、体重というのは大きなアドバンテージでハンディキャップだ。


 もし次回大会があるなら、体重別と男女別を提案しよう。その方が実力伯仲で面白い試合になるはずだ。

 でもなぁ、俺とアリサさんがベストフォーに入っちゃったからなぁ。『別に分けなくてもいいんじゃね?』なんて考える連中も多そうだ。

 まぁいいか、俺は次回大会に参加するつもりはないしな。今回ここまで頑張ったんだから文句は言わせない。次回の事は当事者が考えればいい。


 会場から大きな歓声が聞こえる。選手が入場したんだろう。身体強化で聴覚が鋭くなっているせいか、控室に居てもハッキリ聞き取れる。

 ん? なんか歓声が小さくなったな。何かあったのか? どよめきに変わったみたいだ。まばらな拍手? いったい何があったんだ?

 こちらに歩いてくる足音がひとつ。これは係員だな。


 コンコンコンコン


 ドアが丁寧に四回ノックされる。ビジネスノックのマナーが元の世界と同じっていうのが何か不思議だ。

 返事をすると案の定、係員の文官が顔を出した。彼は普段、王城の総務で働いているそうだ。


「フェイス閣下、準決勝のもう一試合ですが、バリス選手の体調不良による棄権でワイズマン閣下の不戦勝が決定しました。すぐに決勝戦を開始致しますので、競技台までお越しください」


 マジか。まだ全然回復してないのに!

 バリスというのは子爵の対戦相手……の予定だった選手の名前だ。

 そうか、医師による診断とドクターストップの発表でどよめきが、ここまでの健闘を讃えて拍手が起こったのか。


「……わかりました」


 そう応えるしかない。競技台まで、出来るだけゆっくり歩いて少しでも回復させるか。出来ることはやっておかないとな。『不正をせずに全力で試合に臨む』っていう魔法の契約書にサインしちゃったし。おかげで棄権もできない。うぬぅ。

 俺はベンチからゆっくり立ち上がり、軽く体を左右に捻じる。やっぱりちょっと痛みがあるな。動きにも多少は影響が出るだろう。

 でも仕方がない。係員が開けて待っているドアに向かって歩く。


「ビート様、ご武運を!」

「坊ちゃん、大怪我だけはしないようにな!」

「あらあら、毛布をお預かりしますね」

「ボス、危なくなったら逃げるみゃ! 生きるが勝ちみゃ!」

「……安全第一」

「怪我にだけは気を付けるのよ! するのもさせるのもね! 今回アタシはアンタとお父さん、両方応援するから!」


 皆がそれぞれに声援を送ってくれる。ありがたいことだ。少し離れたところではバジルとリリー、ピーちゃんが不安そうな顔でこちらを見ている。

 ウーちゃんとタロジロは『どこ行くの? お散歩?』という顔で尻尾を振っている。ごめんなー、違うんだよー。

 ウーちゃんの頭を撫でると、ちょっと尖っていた気分が幾分丸くなった気がする。うむ、さすがウーちゃん。たったこれだけで精神が落ち着くとは。セラピードッグとしても優秀だ。


「よし、それじゃ最後の一試合、気合入れて行きますか!」


 両手で頬を二回叩き、控室を出て子爵の待つ競技台へと向かう。

 いよいよ決勝戦だ。

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