第033話

 冒険者ギルドに向かう道すがら、必要なものを買い揃える事にした。なにしろ、俺は普段着にサンダル、クリステラに至っては貫頭衣に裸足だ。何処をどう見ても冒険者には見えない。道行く人々も『なんなのこのふたり?』という訝し気な視線を送ってくる。たしかに『平民の子供と奴隷』という組み合わせは、普通ではあり得ないだろう。目立つことこの上ない。

 幸い、奴隷商の館から冒険者ギルドへ向かう間に各種の店があり、ひと通り揃えられそうだ。流石は交易都市。


 買ったものは、先ずクリステラの衣類(下着含む)数着と革のブーツにジャケットと手袋だ。ブーツとジャケット、手袋は魔物素材だそうで、色は黒でスエードのような質感だ。軽い割に丈夫ということで人気の商品らしい。ひと揃いを着ると、まるで乗馬服のような印象だ。お嬢様らしくていい。だけど。

 武器は持った事が無いというので、独断と偏見で細剣レイピアにした。お嬢様っぽい武器ならコレだろう。乗馬服なら打鞭も似合うとは思ったけど、武器にはならないので諦めた。そっち系の趣味も無いし。そっちってどっち? えっちです。

 その他の盾や防具は、動きづらいというので買わなかった。革のジャケットでも十分な防御力があるようだし、問題ないだろう。


 俺も革のジャケットとブーツを買った。ただし俺の方は袖なしのジャケットで、ブーツもくるぶしまでのショートブーツだ。色は茶色。他の防具は買わなかった。俺の暗殺者アサシンスタイルには盾や防具は邪魔だからな。

 武器も、はっきり言うと必要無かったんだけど何も持ってないのも問題という事で、剣鉈を買った。

 剣鉈というのは、簡単に言うと『大振りで肉厚なナイフに鉈の柄が付いたもの』だ。あまり一般には知られていないと思うけど山歩きには便利な道具で、鉈と同じように藪漕ぎに使う事も出来るし、肉や魚を捌く事も出来る。一本持ってるとアウトドアが快適になるツールだ。あれ、武器じゃねぇな?


 そして冒険者必携と言われている大きなリュックサックをふたつ買って、それぞれの荷物を入れた。物が沢山入る魔道具が欲しいと思ったんだけど、この世界に空間魔法はないらしく、マジックバッグもアイテムボックスも存在しないようだった。クリステラだけでなく、武具店の店員も知らなかったから間違いないだろう。こういうところでテンプレを外してくるあたり、この世界は気が利かない。


 ……マジでテンプレファンタジーじゃなくて乙ゲー世界なのか?


 でも、もしそうだとしても、俺が攻略対象なんて事は無いと思う。『元奴隷で転生者で七歳の冒険者』が攻略対象なんて、ちょっと斬新すぎる。それなんてバカゲー?


「申し訳ないですわ、こんなに色々買って頂いて……」

「いいのいいの、必要なものだからね」


 クリステラが恐縮したように礼を言ってくるけど、仕事の環境を整えるのは雇用主の義務だからな。必要経費は惜しんじゃ駄目だ。


 もう大分陽も傾いて、夕方近い時間だ。冒険者ギルドに着くと、中は多くの人でごった返していた。仕事を終えて報告に来た人たちだろうか。カウンターにも行列が出来ている。関西人気質な俺は、こういう行列に並ぶのは苦痛なんだけど、今回は仕方がない。げんなりしながら素直に並んで待つ事にした。かなわんわぁ。


 しばらく待っていると、受付をしていたミーシャさんと目が合った。すると、受付を他の職員に頼んで俺の方に向かってきた。何かあったかな?


「ビート君、今日はダンテス様は一緒じゃないの?」

「うん、今日から別行動なんだ。何か用事?」

「そうなの。領主様が盗賊の件で、ダンテス様にお話があるんだって。何処においでか分かる?」


 ふむ、何か問題でもあったんだろうか? ちょっと気配察知で探してみるか。

 街のような人が多い場所では個人の識別が難しいんだけど、村長程の大きな気配の持ち主なら話は別だ。

 案の定、さして苦労も無く気配が見つかった。というか、すぐ近くだ。


「えっと、多分もうすぐギルドに来ると思うよ」

「そう、なら丁度良かったわ」


 そう言ってる間に村長が入ってきた。続いて村長の奴隷たちも入ってくる。

 それを見つけたミーシャさんが駆け寄る。


「お待ちしておりました、ダンテス様。捕らえた盗賊の件で領主様からお話があるそうです。明日の朝迎えが参りますので、ギルド前までおいで願えますか」

「あいつらの話か……呼ばれてるのはオレだけか?」

「はい、ダンテス様以外は伺っておりません」

「ふむ……よし、ビート、お前も来い」

「え、僕も?」


 何を言い出すかと思ったら、俺にも領主に会えと。この街の領主というと伯爵様、つまり貴族だよな。所謂、特権階級だ。

 いずれランクを上げて貴族にはなるつもりだけど、他の貴族と繋がりを持つにはまだ早い、早すぎる。権力者と繋がりが出来ると、行動に制限が掛かる事が有るかもしれない。そうならない為に、出来る限り先送りしたかったのに。


「そうだ、お前も関係者だ。話を聞く権利くらいはある」


 むう、村長がそう言うならそうなんだろう。仕方ない、行くか。


「あの~、ダンテス様というと、もしかしてあの『旋風』ダンテス様でしょうか?」


 今更な事を、なにやら申し訳なさそうにクリステラが聞いてくる。そういえばクリステラの前で村長の名前は出てなかったか。なら仕方ない。


「うん、多分そのダンテス様だよ。うちの村の村長なんだ」

「まあ! 先程は挨拶もせず無礼をお許しください! お会いできて光栄ですわ、男爵閣下・・・・!」


 ……え?


「閣下のご高名は王都にも轟いておりましたわ! なにしろ数多い叙爵者の中でも、ダンジョンを攻略なさった方は閣下を含めて三人しかおられませんもの!」


「……村長って、貴族だったの?」

「……まぁな。村では貴族位なぞ何の役にも立たんから、話す事すらなかったがな」


 なんてこった、知らず知らず貴族と関わっていたとは! しかもここ三十年でふたりしか誕生していない男爵位! 道理でビンセントさんやアンナさんたち、商業ギルドのお偉いさんまでが丁寧な対応してたはずだ。有名な冒険者ってだけじゃなかったんだな。

 確かに、村には貴族どころか平民すら居なかった。身分は村長一家以外は皆同じ奴隷だ。村長一家が貴族だったとしても何も変わらないか。


「僕も丁寧に対応したほうがよろしいでしょうか、閣下?」

「よせ、気色悪い。今まで通りでいい。ああ、他所の貴族の前ではその方が良いかもしれんがな」


 心底嫌そうな顔で拒否された。俺も今更対応を変えるのは変な感じがするので有難い。


「うん、じゃあ、いつも通りにするね」


 普段と同じ口調に戻った俺に対しクリステラが微妙な顔をしているけど、ここは華麗にスルーだ。略してカレールゥ。


 それから村長は購入した奴隷たちの登録……というか、報告をした。冒険者にするわけではないので、税金対応の為に手続きをしただけだ。

 ついでに村で生まれた奴隷の子供の報告もしていた。開拓村の申請をしているので、納税の必要は無い。というか、その奴隷って俺のことで、既に奴隷じゃなくなってるから村長に納税の義務は発生しない。


 俺の方はクリステラの冒険者登録をした。俺自身がまだ冒険者なり立てだったから推薦は出来ず、クリステラは見習いからのスタートだ。とはいえ、俺と行動を共にするので、報酬は見習い価格だけど依頼は普通に受けられる。


「こ、これがギルドタグ……これでわたくしも冒険者ですのね……オホホ、オホホホ! オホホホホホッ!!」


 なんか、クリステラがギルドタグを両手で掲げてクルクル回り始めた。少々壊れ気味だけど、喜んでるみたいなのでしばらく放っておこう。生暖かい目で見守る。


 そして目を回してフラフラになったクリステラを連れて宿屋に帰り、翌日に備えてすぐ寝た。


 明日は領主に会うのか……何を言われるんだろうなぁ。

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