第034話

 翌朝、冒険者ギルドの前に行くと既に村長が待っていた。迎えとやらはまだ来ていないようだ。

 俺も村長もいつもの旅装や冒険者風の服ではなく、少々上等な平服を着ている。

 村長の方は、この国の貴族が好んで着るいでたちだ。白いYシャツと同色のパンツ、臙脂のベストで、首にはネッカチーフを巻いている。

 俺の方もほぼ同じだけど、ベストの色が緑で、ネッカチーフではなく紐タイを付けている。急な話に慌てて揃えた為、ベストはサイズが合ってなくてブカブカだ。

 村長はいつもの戦斧ではなく、少々長目の片手剣を佩いている。流石に貴族風のいでたちに巨大な戦斧は無いよな。俺は昨日買った剣鉈を右腰の後ろに下げている。


 ふたりともお供は連れてきていない。というか、俺がお供だしな。

 クリステラには魔法を使いまくって魔力を切らすように指示を出し、宿屋で待機させている。

 過去の経験から、魔力を使い切った後回復すると、それ以前よりもわずかに総魔力量が増える事が分かっている。実際、作れるポリゴン数が少しだけ増えていたから間違いない。魔力が切れると気を失うように寝てしまうので、ベッドがあって鍵を掛けられる宿屋は訓練にうってつけだ。クリステラの魔法は火魔法や水魔法のような放出系じゃないから、危険も無いし。

 村長の方も、子供たちには宿屋で大人しくしているように言いつけて来たそうだ。あの年齢の子供が十人以上いて大人しく出来るかは疑問だけど。ああ、命令なら、騒がしくすると強制力が働いて静かになるかも?


 間もなく、一台の馬車が目の前に停まった。黒塗りの高級そうな箱馬車の車体には、錨と天秤を図案化した紋章が描かれている。ボーダーセッツを治める『ブルヘッド伯爵家』の紋章だ。ということは、これが迎えなんだろう。

 黒の上下を着た御者が降りてきて、馬車の扉を開ける。


「『ワイズマン男爵』閣下でございますね。ブルヘッド伯爵家より迎えに参りました。どうぞお乗りください」

「うむ」


 村長の家名はワイズマンなのか。ダンテス・ワイズマン。なかなかカッコいい名前だな。見た目は賢人ワイズマンというより蛮人バーバリアンだけども。


 この世界で家名を持つのは王族と貴族だけという事になっている・・・・・。というのは、没落貴族でも家名を名乗る事があるからだ。いつか御家を再興したいと思っての事か、あるいは過去の栄光にすがっての事か。

 そういえばクリステラは全く家名を出さなかったな。令嬢として育てられたなら今の状況は受け入れがたいと思うんだけど。ヒステリーを起こして周囲に当たり散らしてもおかしくない。既に自分の中でケジメがついてるんだろうか? 思ったよりも素直で前向きだから、俺としては有難い事ではある。

 あと少し胸が小さければ、俺好みのチッパイでもっとありがたかったんだけどなぁ。いやこれは関係ないか。重要だが。重要なのに関係ないとは、なかなか哲学的だな。やはりチッパイは奥が深い。


 男に促されて村長、俺の順番で馬車に乗り込む。座席は向かい合わせにふたりずつ座れる四人掛けだけど、ひとりあたりのスペースが広く取られていて、ゆったりと座る事が出来た。とはいえ、村長は体格ガタイがデカいから、ふたり分のスペースを取っているんだけど。

 静かに扉が閉められて間もなく、ゆっくりと馬車が動き出す。その乗り心地も一般の荷馬車に比べると雲泥の差だ。路面が石畳という事もあるだろうけど、そもそも馬車の構造が荷馬車とは違うんだろう、揺れがかなり少ない。ひょっとしたらサスペンション的なものくらいは付いてるかもしれない。流石は伯爵様。


「村長の家名はワイズマンっていうんだね」


 ただ馬車に揺られているのも退屈なので、腕を組んで目を瞑っている村長に話しかけてみる。関西人の精神は、長い沈黙に耐えられるようには出来ていない。


「ああ、俺は貧乏子爵の三男坊でな、元々の家名がワイズマンだ。家を出るときに捨てたはずが、何の因果かまた名乗る事になってしまった。今の俺はそのワイズマン子爵家の分家という立場になる」


 元々貴族だったのか。なるほど、腕っ節ばかりでおつむはいまいちなのが多い(と思われる)冒険者あがりにしては妙に博識で落ち着いた物腰だと思ったら、ちゃんとした教育を受けた貴族ようだったのか。納得だ。


「じゃあ、ブルヘッド伯爵って顔見知り?」


「以前一度だけ、な。当時は十代の若者だったが、なかなかに聡明そうだった。先代が早逝したせいで、そうならざるを得なかったんだろうがな。それと、風の魔法使いでもある。港町の領主としては悪くない属性だな」


 ほほう、この街に来てふたり目の魔法使い、属性魔法の使い手としては初めてだな。この世界の船は帆船だから、風の魔法使いなら悪くない組み合わせだ。


 ここボーダーセッツの街は河の中流付近に作られた港町だ。街の北側が『ボーダーセッツ河』という大河に面しており、この河は遠く東の黒山脈に源流がある。三千メートル級の山々が連なる険しい黒山脈ではあるけど、この河の源流付近だけは比較的なだらかになっている。そのため昔から山脈を挟んだ東国との行き来が盛んで、東西交易の要衝となっている。

 交易品は船で河を下って海から王都へと渡るわけだけど、海は大型の魔物が出る為、河で使う小型の船では襲われる危険がある。そこで比較的安全な大型の船舶へ荷物を積み替える必要があり、そのための中継地として発展したのがこのボーダーセッツの街だそうだ。


 そして、その効果の地味さから評価の低い風魔法だけど、こと海運に関しては引っ張りだこだそうだ。

 風魔法は風を吹かせる以外使い道が無いと言われているけど、帆船主体のこの世界の海運では、それこそが大きな戦力になる。なにしろ凪も海流もお構いなし、河を遡る事も可能になるのだからさもありなん。


 そのような話をしているうちに、動き出した時と同じように、馬車がゆっくりスピードを落として止まった。どうやら到着したようだ。

 位置的には、街の中央広場を南に向かった辺りだ。街の南に広がる畑にほど近い、閑静と言うよりものどかと言った方が似合う場所に、些か不釣り合いとも思える豪奢な館が建っていた。

 周りは本当に畑ばかりで、他の建物というと農具を仕舞っておくような粗末な小屋だけだ。その中にポツンと一軒だけ、三階建ての洒落た洋館が建っているのはものすごく目立つ。日当たりと風通しは抜群だろうけどな。

 馬車を降りるとすぐに館のエントランスだった。既に開け放たれている両開きのドアの前に、いかにも執事といった趣の初老の男性が控えている。


「お久しぶりで御座います、ようこそお越し下さいました、ワイズマン閣下」

「久しいな、オリヴァー」


 この黒の上下をビシッと決めているおじいさんは、オリヴァーと言う名前らしい。セバスチャンじゃないのか、残念。

 ロマンスグレーの七三分け、整えられた口髭は、イメージ通りの完璧な執事だ。街行く人十人に『この人の職業は何か』と尋ねれば、十人とも『執事』と答えるだろう。


「おお、わたくしのようないち使用人の事を覚えて頂けていたとは、光栄の至りで御座います。この事は末代までのほまれとさせて頂きます」

「そのような世辞は無用だ、早速本題と行こう。マイケル殿が俺に何用だ?」

「はい、それで御座いますが、この度は急なお呼び立てに応じて頂き、誠にありがとう御座います。しかしながら、御館様は只今書簡をしたためて居りますれば、お呼び立てしたにも拘わらず誠に勝手では御座いますが、今しばらくお待ち頂きたく存じます。お詫びの意味を込めまして、ささやかながらお茶の用意などを致しておりますので、どうぞこちらへ」


 案内された館の内装は、華美でありながら嫌味にならない、絶妙な調度で整えられていた。

 通された応接室には艶やかな光沢の紫檀のテーブル、ベルベットのような手触りの表の臙脂色のソファ。部屋の隅に置かれた長い陶器の壺は、黒地に細かく金で装飾されている。壁は白塗りだけど、下半分には細かいツタの装飾が淡い黄色で描かれている。壁紙というものが存在しないこの世界では、この程度の装飾でも非常に手間がかかった事だろう。伯爵家の財力を見せつけられた感じだ。


 村長がソファに腰かけ、俺はその斜め後ろに立つ。今回は従者だから座らない。

 すぐにメイドさんがお茶とお菓子を運んでくる。白い陶器のポットとカップ、そしてマドレーヌのような焼き菓子だ。カップもお菓子もひとり分。俺は従者だからしょうがない。べ、別に欲しくなんかないんだからね!


 この世界では養鶏はあまり盛んではない。飛べない鳥は飼育には都合がいいけど、魔物や野生の獣に襲われるとひとたまりもないからだ。必然、卵というものはとても高価になる。

 だから、このマドレーヌやケーキと言った卵を使用したお菓子などは、庶民が一生のうちで数度口に出来るかどうかという本当の贅沢品だ。


 メイドさんがポットからカップに注ぐと、華やかな甘い香りが部屋の中に広がる。どうやら紅茶のようだけど、これも贅沢品だ。

 普段庶民が飲んでいるのは、香草や野草を乾燥させたハーブティーのようなお茶が一般的だ。発酵させて熟成させなければならない紅茶は高価で、卵程ではないにしても、庶民が普段飲むような値段ではない。

 裕福さを見せつけてくれるな、伯爵。


「いやはや、お待たせして申し訳ない。ちょっと面倒な事になってましてね。お久しぶりです、ダンテス殿」


 そう言って応接室に入って来たのは長髪眼鏡の美男子だった。


 金持ちの上にイケメンとか、勝ち組かよ!

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