第032話
「王立学院の卒業パーティで、最後の催しの第二王子殿下の挨拶の時でしたわ」
泣き止んだ元令嬢が鼻を啜りながら語り出した。誰も催促はしてないんだけど、何か溜まってるモノがあったんだろう。余計なツッコミは入れずに聞くことにした。村長と奴隷商も空気を読んで、そのまま話をさせるつもりらしい。大人だな。
「初めに突然婚約破棄を宣言されました。理由は品位が足りない、ふさわしくないという事でしたわ。それから身に覚えのない級友たちに対するいやがらせや、ふ、不貞の罪を挙げられて……わたくしは冤罪だと、潔白だと懸命に主張したのですけれど、受け入れてはもらえませんでした。お父様は『我が家の恥だ、お前とは絶縁する! それだけでは王家に顔向けできん、罰としてお前を奴隷に落とす!』と仰って、わたくしをこの奴隷商に売ってしまわれました……」
そこまで話すと、また涙を流しながら俯いてしまった。まあ、何処かで聞いた事のある展開だ。
「ちょっと聞いていい?」
「ぐすっ、何でしょう?」
「その王子様は平民とか下級貴族の娘に入れあげて無かった?」
「な、何故その事を!?」
涙を溜めたままで目を大きく見開き、元令嬢が俺を見つめる。
マジか。マジで乙ゲーですか。悪役令嬢には見えないんだけどな。しかもメインルート終わっちゃってるっぽいし。
「うーん、お話とかでよくある展開かなって。大店の若旦那が悪女に誑かされるとかさ」
「ふむ、確かによく聞く話だな。実際に当事者と会ったのはオレも初めてだが」
「はい、私共もそう思いまして、このまま王都で売れば最悪、買われた後口封じされるのではないかと思い、この交易都市まで連れてきたのでございます」
おや、この奴隷商、思っていた以上に善人らしい。こんな商売してると感情なんか麻痺しちゃいそうなもんだけどな。……痩せてるのって、ひょっとして胃を悪くしてるから? 向いてないんじゃないの、この仕事?
「只、少々扱いかねているというのが本音でして。下手な相手には売れませんし、戦闘向きではございませんが一応魔法が使えるので、お値段も少々上げざるを得ませんし……見目は麗しいので、大店の旦那の性奴隷くらいしかないかと考えておりました」
「ふぐうぅ……」
また泣き崩れてしまった。俺とは真逆の転落人生だ。絶望しかない未来を想像すれば、そりゃ泣きたくもなる。
「ちなみに、どんな魔法が使えるの?」
「彼女の魔法は属性魔法ではございませんで、固有魔法に分類される『天秤』と呼ばれる魔法にございます」
「僕、魔法って良く知らないんだけど、どんなのか教えてくれる?」
「はい、私が知っている事でよろしければ」
ちょび髭さんによると、魔法には大きく分けて『属性魔法』と『固有魔法』があるそうだ。
属性魔法は火や水、土や風といった自然にあるものを操る魔法で、魔法使いのほとんどがこの属性魔法を使うのだとか。
最も多いのが土属性の魔法使いで、次いで水魔法、火魔法、風魔法と続くらしい。雷や光、闇の魔法使いは聞いた事が無いそうだ。
固有魔法というのは属性魔法以外の魔法全てで、俺の平面魔法もこれに当たるようだ。知られている魔法だと『読心』や『魅了』といった魔法があるらしい。それ、めっちゃヤバい奴やん。
この固有魔法だけど、とても使える魔法と全く使えない魔法、両極端の傾向があるそうだ。読心や魅了、俺の平面魔法は使える魔法だな。いや、俺の平面魔法は
そして、彼女の天秤は使えない魔法として認識されているようだ。その効果は『物の長さや重さが分かる』というもの。
「確かに便利ではあるのですが、それは天秤や定規があれば誰でも分かる事ですので。ふたつの物を比較してどちらがどのくらい重い、長いかも分かるらしいですが、それも天秤や定規があれば分かる事ですし」
ん? んん? 比較とな? それってもしかして?
「それで、このお姉さんは売るとしたらいくら?」
「そうですね……魔法使いで元貴族、見目も麗しいとなりますと、相場としては大金貨二十五枚というところですか」
「買った」
「高いとは存じておりますが、魔法が有用ではない点で多少お値引きしても……え?」
「うん、だから僕が買うよ」
「ほ、本当でございますか?」
「あ、貴方がわたくしをお買いになるの?」
奴隷商と元令嬢が揃って俺を見つめてる。結構な額だけど、買えないわけじゃない。
むしろ、魔法が使える美人の元貴族令嬢なんて、プレミア中のプレミアものだ。厄介事を招き寄せるかもしれないけど、昔の人もこう言ってる。
『男なら
『買わずに後悔するより、買って後悔するほうがマシ』
と。
「いいのか?面倒な事に巻き込まれるかもしれんぞ? 冒険にも向いて無いだろうし」
「うん、いいんだ。これも何かの縁だろうし、冒険の方は僕が教えればいいしね」
「そうか、同情だけではないようだな。お前がそう言うのならオレが言う事は無い」
村長は納得してくれたようだ。
「あ、手数料とかはサービスしてね」
奴隷商に向かってお願いする。値切れるとこは値切りまっせ!
◇
その後、村長も奴隷を男の子五人、女の子を六人の計十一人選んで購入した。
最初は十人だったんだけど、女の子のひとりが妹も一緒にと願い出たので十一人になった。
金額は全部で大金貨五十五枚。子供の奴隷は大金貨五枚が相場らしいので、特に付加価値のある奴隷は居なかったようだ。
奴隷契約は、俺はひとりだけだったから直ぐに終わったんだけど、村長は十一人なので少々時間がかかった。
手順としては奴隷商が契約紋に『
しかし、なんで魔法は英語なのか。
契約の際に、契約紋に働く強制力についても教わった。
契約紋には三つの強制力が働いているそうだ。
ひとつ目が『主人の命令に従う』。至極当然だな。言う事聞かない奴隷って、何の為に居るの? って話だ。
ふたつ目は『主人に危害を加えてはならない、また、主人に危害が加えられる事を看過してはならない』。この危害というのは苦痛を感じる事全般で、肉体的、精神的な事はもちろん、経済的な事も含まれるそうだ。
三つ目は『自分自身を守らなければならない。また、自らに危害が加えられる事を看過してはならない』だ。奴隷になったことを悲観して自殺してはいけないという事だろう。主人の財産を害する事にもなるしな。
この三つの強制力に歯向かうと、法と商売の神の神罰が下るらしい。契約書の時に言ってた、死ぬ程の苦痛ってやつだな。
てか、これってロボット三原則じゃね? 順番は違うかもだけど。アシモフ先生は異世界にまで影響力があるのか。すげえな。
「ではビート、ここでお別れだ」
「え?」
奴隷商館を出たところで村長が別れを告げてきた。
「オレはこいつらと別の宿へ移る。子供ばかりで泊まらせるわけにもいかんからな。今の宿はあと五日程前払いしてある。お前たちはそのまま泊まっていけ」
「……うん、分かった。ありがとう村長。じゃあ、またね」
少々寂しくはあるけど、自分で選んだ事だ。それに今生の別れという訳でもない。生きていれば、また会う事は出来る。
「うむ、ではまたな」
子供たちを引き連れて街の中央方面に行く村長を見送ると、俺の隣には元令嬢だけが残った。
「そういえば名前聞いてなかったね。僕ビート。お姉さんは?」
「これはわたくしとした事が失礼を。わたくし、クリステラと申します。よろしくお願い致しますわ、ご主人様」
「ぐはぁっ!」
来たよ、リアル『ご主人様』!
これは気恥ずかしい! 精神的なダメージがデカすぎる。メイドカフェに通う奴らはよく耐えられるな!
村長が『ご主人様』と呼ばせなかった理由が今理解出来た。村長、あなたは正しかった!
「あ、あの、どうかなさいまして? 何かお気に障る事でも?」
俺が悶絶していると、クリステラが心配そうにのぞき込んできた。元侯爵令嬢って言うから傲慢で高飛車かと思ってたら、気遣いも出来る普通の子みたいだ。でも話し方はソレっぽいな。
「ぼ、僕の事『ご主人様』って呼ぶの禁止ね」
こういうのを『息も絶え絶え』というのだろう。なんとかクリステラに初命令を伝える。
「わ、分かりましたわ。でも、それでしたら何とお呼びしたらよろしいのかしら?」
「普通に『ビート』でいいよ。皆そう呼んでるし」
「いえ、それはなりませんわ。わたくし、けじめはきっちり付けなければ納得できない
「あ~、うん、もうそれでいいや」
結構メンドクサイ性格だったようだ。それにしても……。
「なんか、元気になったね?」
さっきまではこの世の終わりみたいな顔して、バックにおどろ縄が見えそうなくらいだったのに。
「それはそうですわ。お恥ずかしい話ですけれど、つい先程まで、いつ下種に買われて純潔を散らされるかと怯えておりましたの。それがこんなに可愛らしい方に買って頂けて、昔から少し憧れていた冒険者にもなれるというんですもの。小さくても希望があれば、生きる気力も湧いてくるというものですわ!」
こっちが素か? なんか妙にテンションが高い。暗いよりはいいけど、さっきまでの方がお嬢様っぽかったな。
でも純潔ってことは、王子様のお手付きにはなってなかったのか。身持ちの堅いところはお嬢様っぽいか?
「そ、そう。なら冒険者に登録するのは問題ないんだね?」
「もちろんですわ! むしろ願ったり叶ったりですわ!」
両の拳を握りしめて力説してくれるけど、なんか疲れる。でもまあ、前向きみたいだし、いいか。
「うん、じゃあ、これからよろしくね、クリステラ」
「はい、ビート様! よろしくお願い致しますわ!」
右手を出して、クリステラと握手をする。小さくて柔らかい、女の子の手だった。
……何年ぶりかな、女の子の手を握ったの……いかん、考えると今度は俺が落ち込みそうだ。前向きに行こう!
そんなこんなで、初めての仲間が出来た。
これから始まる、冒険の旅の仲間だ。
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