第313話

「う……む……っ! なんだ!? なんで縛られ!? うおっ、いでぇっ!?」


 ソバージュ男が起きた。そして起きられなかった。

 背もたれのない椅子に太ももと足首を縛り付けられた自分の姿に驚いたのか、立ち上がろうとして果たせず、前のめりに倒れて顔面を床に強打した。無様だな。

 まぁ、後ろ手に縛られていて受け身も取れなかったんだからしょうがないか。

 俺なら魔法でなんとかしたけど、コイツの魔法はそういうことができるタイプじゃないらしい。

 コイツも一応は魔法使いで、俺と同じ固有魔法使いだと思われる。魔力が透明だから多分間違いない。

 とはいえ、固有魔法は本当に千差万別だ。俺の平面魔法みたいな万能タイプもあれば、クリステラの天秤魔法のような特化型もある。

 いや、どちらかと言えば特化型のほうが主流か。デイジーの先読み魔法とかコリン君の亜空間魔法とかもそうだしな。俺の平面魔法みたいな万能タイプのほうが異質だ。こいつの魔法も、多分そういう特化型なんだろう。


「起きた? おはよう、ゆうべはおたのしみでしたね?」


 かつては物置だったらしい石壁で窓のない部屋には、俺の魔法で作った点光源しか明かりがない。だから朝なのか夜なのかは分からないだろうけど、目覚めた人への挨拶としては『おはよう』が正解だろう。まぁ、実際、朝なんだけど。


 しかし、まさかこのセリフを言う機会が巡ってくるとはな。宿屋の受付に立たないと言えないと思ってた。

 いや?

 よくよく考えたら、いくら宿屋の受付でもお客様のプライバシーに口出ししたらダメだよな? たとえ嬌声が周りに漏れてたとしても、余程の大声じゃなければスルーするのがホテル業というものだ。それも含めての宿泊料だろう。

 そういう意味では、あのゲームの宿屋は三流だな。ミシュ◯ンガイドに載ることは無いだろう。

 グーグ◯マップでも星ひとつかふたつだな。『壁が薄くて隣室の声が聞こえてくる』とか『スタッフがゲス』とか書かれそうだ。

 いやな現実に気付いてしまった。いや、現実じゃなくてゲームだけれども。


「なんだぁ? ガキ? おいこら、これはテメェの仕業か!? 今すぐこれを解きやがれ!」


 椅子に縛り付けられたまま、イモムシのように腰だけを上げた格好でソバージュ男……面倒だな、ソバ男でいいか。ソバ男が喚く。なかなかの無様っぷりだ。汚れ系お笑い芸人としての才能を感じる。

 今、この部屋にいるのは俺とソバ男だけだ。こいつの固有魔法がどういう魔法なのか、ある程度予測はできているけど確証がないから、他の皆には安全のため席を外してもらっている。俺だけなら割り込みインタラプトや魔力ゴリ押しによる防御ができるから、魔法を使われてもなんとかなる。


 屋敷にいた他の人たちは、拘束して個別に隔離してある。

 人数は、領主のカタリナとソバ男を含めて全十八名。内訳は、輿運びなんかの肉体労働要員が十二名で、屋敷の使用人が四名。

 いくら田舎領主の館だからといっても、ちょっと使用人の人数が少なすぎる気がする。しかも、領主夫妻以外の全員が奴隷だった。

 これは他人を信用できないってわけじゃなくて、秘密が漏れるのを恐れた結果だろう。奴隷なら、契約紋で守秘を強制できるからな。


 他の皆には別室でモニターしてもらっている。そうしないと納得してくれなかった。ちょっと過保護な気がするけど、まぁ、表面上はまだ子どもだからな、俺。


「解くわけないじゃん。馬鹿なの? 4ぬの?」


 ソバ男が縛り付けられているのよりもちょっと上等な木製の椅子の背もたれに、組んだ腕と顎をのせて真顔で煽る俺。


「ァアン!? テメェ、オレが誰だか分かって言ってんのか!? オレは」

「ワッキー領主カタリナの伴侶で元ジャーキン帝国デプス子爵家の三男坊、ジョニーだよね?」

「っ、知っててやってんのか! テメェ、オレにこんなことして、タダで済むと思ってんのか!? オレの後ろ・・・が黙ってねぇぞゴルァアッ!?」


 チンピラ臭が強い。発言のひとつひとつからプンプン臭ってくる。

 この手の奴らって、なんでこう画一的なのかね? 同じようなファッションに同じような言動。個性的なチンピラって、前世でも今世でも見たことがない気がする。

 俺が知らないだけで、実はそういうことを専門に教える教育機関とか私塾とかがあったりするんだろうか?

 『◯ンコ座りは、肩幅よりやや広く足を開き、真っ直ぐ腰を下ろします』とか『サンダルは足のサイズより小さめの婦人用を履きましょう』とか教えるところ。尼崎あたりなら?

 ああ、徒弟制度とかはありそうだな。『兄貴』や『オジ貴』に仕込まれたり。一人前になるまでは下積みで、婦人用サンダルもおさがり。

 そう考えると伝統芸能っぽいし、様式が画一的なのも頷ける。芸の道は厳しいからなぁ。


「おまえも苦労してるんだなぁ」

「ァアン!? 何言ってんだテメェ!? いいから早くコレを解きやがれゴルァ!」


 そう思うと、この『ァアン』も芸に思えてくるから不思議だ。

 でも、もうちょっと濁声だみごえのほうが押しが強いんじゃないかな? まだまだ精進が必要だね。一人前への道はまだ先が長そうだ。早く自前の婦人用サンダルを買えるようになるといいね。


「まぁ、それはそれとして、そろそろお仕事の話をしようか?」

「ァアン!? テメェ、何言って」

「もうそれはいいから」


 ソバ男のケツに向けて小さな魔力の塊を放つ。さすがに同じ芸ばかりでは飽きる。

 ちなみに、ソバ男はパンツを履いている。丸出しは見苦しいので、寝ている間に履かせた。アーニャとルカが。

 その時に『あらあら、なんてかわいらしい。あたしたちはもうこんなものじゃ満足できないわね。うふふ』『まだ稚魚だから放魚するみゃ。でも害魚だから身体から放魚したほうがいいみゃ』とか言っていた……怖い。寝てて聞こえなかったのは救いかもしれない。


「ひぎぃっ!? いでぇっ!? テメェ、何しやがった!?」


 ソバ男が身動きのほとんど取れない姿勢にもかかわらず、器用にケツをビクビクと撥ねさせる。いい動きだ。やはり汚れ系お笑い芸人の才能があるに違いない。年末年始のバラエティ特番に推してあげたい。


 やったことは『魔力フラッシュバン改』の応用だ。ある種の命令を乗せた高密度の魔力を、相手の身体へピンポイントで送り込んだだけ。

 今回は『強い痛みを感じさせろ』『脳内麻薬の分泌を抑えろ』という命令を与えた。

 命令を与えられた高密度の魔力は、相手の魔力による防御を突破し、接触した肉体へ影響を与える。この場合は痛覚神経を刺激したわけだ。

 さらに、人が苦痛を感じるとそれを緩和させるために生成されるエンドルフィンなどの脳内麻薬の分泌を抑制させている。これによって、いつまでも新鮮な強い痛みを感じさせることができる。

 ぶっちゃけ、拷問魔法と言っても過言ではない。しかも、対象の肉体には一切の傷を負わせないという人道に配慮した仕様だ。人道的な拷問があるのなら、だけど。

 人間に試すのは初めてだったけど、それなりの効果はあるみたいだな。貴重な被験対象だ。沢山データを取らせてもらおう。


「ん? 子どものときにお母さんがやってくれなかった? コケて擦りむいた膝に『痛いの痛いの、飛んでいけ〜』って。アレだよアレ。ちゃんと飛んでいったでしょ?」

「ふっ、ふざけんな! あれは誰かを痛めつけるためのもんじゃねぇだろうが!」


 そうかな? 飛ばしたものは、衛星軌道にでも乗らない限り、いずれどこかに着地するものだ。今回は飛んでいった先がソバ男のケツだったってだけじゃないか。何もおかしくない。


「見解の相違かなぁ。まぁいいや。さぁ、どんどん飛んで行くよ。痛いの痛いの、飛んでいけ〜!」

「ぐあっ!? やめっ、いでっ、ひぎぃっ!」


 ソバ男の悲鳴はマルっと無視して、ケツの右へ左へ上へ下へ、どんどん魔力を飛ばしていく。

 いや、別にケツじゃなくていいんだけど、突き出されていて狙いやすいから、つい。リアクションもいいし。残り短い人生だろうけど、是非ケツ芸を極めてくれ。


「お前が今までやってきたことを全部話すまで、どんどん飛ばしていくからね。というか、あんまり早く話すって言われても信用できないから、僕が飽きるまで続けるけどね? ほらほら、飛んでけ―っ!」

「ばっ、なっ、ぐひっ! おまっ、それはひでっ、いづぅっ!?」


 うん? 聞こえないなぁ?



「はひっ、はひっ、ごべんなざい! も、もう勘弁してくださいッス。何でも話しますからっ、もうやめてほしいッス、お願いするッス!」


 ケツをビクビクさせながら懇願するソバ男。涙と鼻水で酷い顔になっている。痛みが強すぎたのか、下半身のほうも漏らして酷いことになっている。マジの汚れ芸人だ。汚物芸人とでも呼ぼうか。

 まだ十五分くらいだけど、そろそろいいかな? この様子なら、もう心は折れているだろう。語尾もチンピラ風から下っ端風に変わってるし。

 本当は、芸人なら芸風をコロコロ変えちゃダメなんだよ? 一貫しないとキャラがブレるからね。


「それじゃ、そろそろ質問しようかな? 素直に答えてね。答えなかったらどうなるか……分かってるよね?」

「はいっ、はいぃっ! 何でもお答えするッス!」

「それじゃ、まず確認から。王国に『ゴブリンの妄薬』を持ち込んだのはお前たちで間違いない?」

「うっ、はい、そうッス。金を稼ぐために売りさばいたッス。アシがつかないように、ブリンクストンの盗賊ギルドを間に挟んだッス」


 おっと、早速いい情報が出てきた。ブリンクストンね。暗部の人に伝えておこう。


「その手配はお前が?」

「は、はい。オレがその、花街経由で渡りをつけたッス」


 おや、こいつが今回の事件の核だったみたいだな。女領主のほうがおまけか。まぁ、こいつとは違う情報も得られるかもしれないから、暗部の人には女領主で我慢してもらおう。


「妄薬の回収もお前が?」

「はい、オレがテイムしたオーガのいる『採石場』へ月に一回行ってるッス!」


 おっと、やっぱり採石場なのか。なんで採石場なんだ?

 あと、テイム。テイムねぇ?


「採石場って? 巣とか牧場じゃないの?」

「元々は薬が目的じゃなくて、魔石取りのために始めたから採石場って呼んでるッス」


 ああ、魔石か。それで採場ね。なるほど。


「なんのために?」

「魔導具のためって聞いてたッス。前の皇太子殿下からのご指示だったッス」


 っ! 前の皇太子っていうと、あの転生者か! たしか……クロイツって名前だったか?

 ゴブリン牧場はあいつの肝いりだったのか。まったく、はた迷惑な奴だ! どこまで俺たちに面倒をかければ気が済むんだ!

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