第312話

 夜。

 細い月が申し訳程度の光をサエスタの街に落としている。青みがかったモノクロの街は一幅の絵画に見えなくもない。

 サエスタは田舎の街だから、魔導具どころか油を使った街灯すらなく、日が沈めば闇に包まれ眠りに落ちてしまう。

 路上を歩く人影は全くない。これなら目撃者の心配はなさそうだ。


 さて、領主とその亭主が犯人クロなのは分かった。この屋敷で働いてる人たちも関係者だろう。つまり、犯罪組織の一味だ。手加減はいらない。

 まぁ、奴隷の人もいるみたいだから、その人たちだけは情状酌量の余地があるかもな。


 ふむ。

 よし、この手でいくか。


 こういうことは外連味けれんみが大切だ。

 派手に、ミステリアスに、意味深に。

 後々同じ犯罪をしでかす輩が出ないよう、徹底的に。

 そして犯罪者が後悔するほどの厳罰に。


 俺は、人権に関しては人並み程度には尊重しているつもりだけど、犯罪者の人権に関しては例外にさせてもらっている。尊重する必要性を感じないからな。他者の人権を侵害するクズ共の人権を尊重する理由に思い当たらない。

 そもそも、この世界の人権意識は低い。奴隷が普通に存在してるし、しかもそれが神様公認だったりするからな。

 そんな世界だから、必要以上の博愛精神の披露は神様の否定に繋がりかねず、異端者として迫害されることになりかねない。俺レベルの人権意識でもその危険はある。

 郷に入りては郷に従え。それはそれ、これはこれ。先人の知恵が詰まった言葉だ。俺も従うに吝かではない。


 それじゃ始めるか。

 屋敷全体を、地下まで丸く、静かに平面で包み込む。

 そして包み込んだ屋敷を静かに宙に浮かべ、夜空へと連れ去っていく。街の人間はおろか、屋敷の内部にいる者ですら異変に気付いていない。

 おっと、結構浅いところに水源があったみたいだな。抉れた土地の底から水が染み出してきている。数日したら池になっていそうだ。

 見ていたのは仲間と月だけ。完璧な拉致だ。いや、拉致じゃなくて連行か。犯罪者だからな。


 あとは丸く抉れた屋敷の跡地の処理だ。ここが外連味の活かしどころ。やらなくてもいいんだけど、やっておいたほうが面白くなる処理。元ゲームクリエイターとしての、お遊びの部分。


「サラサ、ちょっとお願い。――を――して、――って感じにしてくれる?」

「承知」


 サラサが微かに笑みを浮かべながら応える。この子も表情が表に出るようになってきたなぁ。いい傾向だ。



 一夜にして消えた領主館とその跡地にできた池に、サエスタの住民は大きな驚きを見せた。

 しかし、池の畔に建てられた真っ黒な石柱、その表面に彫られた『天誅』の文字を見て『ああ、ついに神様のお怒りを買ったのか』と納得したため、大きな混乱は生じなかった。

 その後、池と石柱は人道の戒めとして崇め立てられ、いつしか『天誅池』と『天誅碑』と呼ばれるようになり、その後も長く信仰を集めたという。



 というわけで、領主館ごと夜間飛行して、やってきましたリュート海。そのど真ん中付近にある光学迷彩で覆われた不思議島。ピーちゃんの故郷!


 多分、ここが王国の不思議スポットのひとつ『蜃気楼島』だと思うんだけど、確認は取れてない。だって、何をどうすれば証明できるのかが分からないんだもん。

 船で来たら作為的な潮流で流されるし、俺みたいに空路で来ても視認できないし。

 近くで船が難破したら流れ着くみたいだけど、そうしたら棲み着いてるセイレーンの餌になっちゃうしな。


 そのセイレーンの夜明けの囀りが、なかなかにけたたましい。合唱なら声を揃えろ、周りに合わせろと言いたい。好き勝手に歌うな。


「ピー? ピーちゃんも歌う? 歌っていい?」

「うんいいよ。朝らしい爽やかな歌がいいな」

「ピーッ! うん、ピーちゃん頑張る! ♪〜♫〜」


 うむ、ピーちゃんは好きなように歌ってよし! 周りの雑音なんて気にする必要はない!

 ピーちゃんの歌は、晴れた朝にぴったりの、元気が溢れてくるような曲調だった。

 魔力の籠もった『呪歌』じゃないはずだけど、歌声にはなんらかの力が込められているような感じがする。本物の歌ってことなのかもしれないな。

 ピーちゃんの歌に力をもらった俺は、不思議島の海岸、岬になっている崖の上にゆっくりと屋敷を下ろす。普通に見晴らしが良くて、別荘にはいいかもしれない。

 まぁ、背後の山からすぐにセイレーンが襲ってくる訳あり物件なんだけど。すぐに訳あり物件から事故物件にレベルアップしそうだ。


「さて、それじゃ拷問、じゃなくて尋問しようか。事件の真相に近いのはどっちかな? まぁ、どっちでもいいんだけどね。結末は変わらないんだし」


 これほどの問題を起こした以上、その責任は取ってもらわないと。けど、どういう風に責任をとったとしても、行き着く先があの世なのは間違いない。遅いか早いか、楽か辛いかの違いしか無い。


「ビート様、それなんですけれど、ひとりは陛下にお譲りしては如何ですか?」

「うん? うーん、そのこころは?」

「今回、わたくしたちは王国暗部の代わりにこの件の処理を命じられたわけですけれど、このままでは暗部の方々の顔が潰れたままになってしまうのでは、と思いますの」

「ああ、真相に至る情報が暗部の人の口から陛下に伝われば面目が立つ、汚名を返上できるってことか」

「ええ。このままでは無用な恨みを買うことにもなりかねませんもの」


 なるほどなぁ。

 王国暗部の人が無能とは思わないけど、俺たちが手柄を全部持っていくと逆恨み……までは無くても、変なシコリが残る可能性は、確かにある。大いにある。

 それなら、真相に近いと思われる容疑者がふたりもいるんだから、ひとりはあちらに引き渡してもいいんじゃないかってことだな。手柄をおすそ分けするから、これからも仲良くしましょうねってことだ。


「ふむ、それもそうだね。じゃ、女領主のほうを王城に連れて行こうか。男のほうは魔法使いらしいし、王城で問題を起こされたら僕らの責任にされるかもしれないからね。こっちで処分したほうが安全だろうね」


 というのは建前で、女を拷問するのが本心では嫌だから……というのも建前。

 本当の理由は、あの女が皇国の領主だから。万が一、手を下したことが皇国にバレたら、トカゲの尻尾斬りとして俺は処罰されてしまうかもしれない。

 なので、王国にもしっかりと片棒を担いでもらう。最終的に女領主を処分したのは王国という形を取らせてもらう。共犯として地獄までお付き合いいただこう。クククッ、逃さないからな?


「なんや、真っ当な話やのに、ビートはんの笑顔が黒いのはなんでや?」

「地黒なのよ、きっと! お腹の中は真っ黒だし!」

「……頼りがいがある」

「口の中が黒い『ハラグロ』って魚は、白身なのに脂が乗ってて、焼き物にすると美味しいらしいみゃ! ボスもきっとそれだみゃ! 食べに行きたいみゃ!」


 おっと、いかんいかん。暗黒面が顔を覗かせていたらしい。堕ちる前に踏みとどまらないとな。まだギリギリ踏み越えてはいないはず。たぶん。

 アーニャのいう魚はノドグロっぽい魚かな?

 うん、俺も食いたくなってきた。この件が終わったら食いにいこう。

 じゃないと俺がアーニャに食われそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る