第311話

 首謀者を始末しました、でも人違いでした、なんて事になったら目も当てられない。ほぼ確定だとしても、裏取りと証拠固めを怠ってはいけない。石橋は、叩き壊して自分で作り直してから渡るものだ。

 あれ? その例えだと、自分で証拠を捏造してないか?

 まぁ、俺は橋なんて使わずに空を飛んで渡るから関係ないか。一休さんを超えちゃったな。


 それはそれとして、早とちりによる先走りを回避しなければならないということに間違いはない。

 なので、またしても張り込みだ。

 俺の平面魔法の有効範囲である約二キロ。そのギリギリ圏内に領主館が入る山中に拠点を構え、そこから領主やソバージュ男の動きを観察することにした。

 ワッキーが田舎で良かった。隠れるところには困らない。


「穴ぐら暮らしばっかりで気が滅入るわね! コウモリになった気分だわ!」

「まぁまぁ。そんなに長い間じゃないだろうから我慢してよ」


 またしてもサラサの土魔法で作ってもらった穴ぐらの拠点だ。野営の準備をしなくて済むのがありがたい。やっぱり土魔法は優秀だ。

 ジャスミン姉ちゃんは文句を言っているけど、快適性ではテントよりも上だと思うから、多分飽きてきただけだろう。監視は俺の平面魔法で事足りるから、他の皆はすること無いしね。

 やっぱり、何か娯楽も考えたほうがいいんだろうか? 冒険者の野営にそんな時間は無いと思ってたから、娯楽系の商品は開発してなかったんだよなぁ。子供の頃に作った五目並べくらい? 定番のリバーシでも作ってみるか? トランプは規格統一がなぁ。うーん、よし、帰ってから考えよう。今はこっちに集中だ。


「おっ、ここが領主の部屋やな? なんや、思うてたより質素やな」


 土壁に貼り付けられたモニター平面には、侵入したカメラが撮影した、領主館一階南東隅の部屋の内部が映し出されていた。

 それをいつものようにひな壇に座って皆で鑑賞している。

 皆と言っても、ウーちゃんタロジロピーちゃんはいない。気配を探ると、どうやら仮拠点の外で追い掛けっこをしているみたいだ。元気があってよろしい。俺もそっちがいいな。


 俺は知らなかったんだけど、クリステラ曰く、貴族家当主の執務室というのは屋敷一階の南東隅にあるのが一般的なのだそうだ。個人の好みや立地とかで例外はあるんだけど、慣習的にそこを使うことが多いらしい。

 理由としては、普通の屋敷は応接室が一階にあるので来客との面会時に移動がしやすい、襲撃されたときに一階であるほうが逃げやすい、厨房が一階にあるのでお茶を運びやすい、老齢の当主は階段の昇降がつらい、等があるそうだ。

 南東の理由は、単に日当たりと風通しの良さだな。


 キッカの言う通り、ワッキー領主カタリーナ=ミロ=イスカ女子爵の執務室は非常に質素だった。というか『本当に領主の部屋か?』と訊きたくなるくらい、飾り気も調度品も無い。

 壁に本棚があるわけでもなければ、絵が飾られているわけでもない。あるのはペンとインクツボの置かれた執務机、椅子。以上だ。

 俺の屋敷の執務室ですら机の上に未決済の書類を入れる箱があるのに、ここにはそれすら無い。本当に領主の部屋かここ? 仕事してる気配がないぞ?


「掃除は行き届いてるみてぇだな。部屋の隅に蜘蛛の巣もねぇし」

「当主はおりませんわね。視察にでも出ているのかしら?」

「いや、隣の部屋じゃないかな? なんか声が聞こえるし」


 というわけで、カメラを隣の部屋へ移動させ……あれ? 執務室の隣って確か寝室なんじゃ……。


「ああん! すごい、ステキ! もっと、もっとしてぇっ!」


 おおっと、お楽しみ中でしたか! これは失礼!

 っ! いかん、すぐに消さねば! 子どもには見せられん! まだ君たちには早すぎる!

 散々ゴブリンのアレを見せた俺が言える義理じゃないけど、とにかくいかんのだ! それはそれ、これはこれ!


「……見えた?」

「えっと、なんと、言いますか……」

「(こくこく)」

「あの程度は平気ですよ? 村じゃもっと大っぴらにしてたですよ!」

「貧相」


 バジルだけが顔を赤くしている。女子は皆、全然平気そうだ。

 前世では『女の子はいつでも耳年増』という歌詞の歌があったけど、異世界では耳どころか目まで年増らしい。

 それはそれとしてサラサ、それは男に言ってはいけないセリフナンバーワンだ。マジで心に刺さるからやめてやれ。



≪それでダーリン、『採石場』の方はどうだったの?≫

≪ん? ああ、いつも通りだったぜ。いつも通りに薬を回収して、いつも通り奴隷共に瓶詰めさせてる。次の出荷には間に合うだろうよ≫


 ようやく終わったっぽい。連チャンとか、そこそこ元気じゃないかソバージュ男。

 今は、俺だけに見えるよう、小さな平面に映像を映し出して確認している。皆には『SOUND ONLY』という文字の書かれた黒い平面を見てもらっている。

 というのも、まだこいつら服着てないんだよな。夏だし運動した後だしで、ふたりとも素っ裸のままだ。

 なので、まだ子どもには見せられない。音だけで我慢してくれ。いや、むしろ想像力が刺激されて、逆にエロいかもしれないけれども。耳年増なら丁度いいだろう?


 男の方はあのソバージュ男、女の方は、銅色ロングヘアの中年一歩手前くらい? ボディラインが弛むギリギリ手前に見えるから、多分間違ってないはず。熟れきって崩れる寸前。

 顔は、まぁ、普通? 俺の周囲に美女美少女が多いせいで、贅沢な悩みだとは思うけど、その辺の感性にイマイチ自信が持てないんだよな。異世界標準がわからん。


 話題に出ている薬というのは『ゴブリンの妄薬』のことだな。この女がワッキー領主なのかどうかはまだ分からないけど、この件の関係者なのは間違いなさそうだ。制裁対象に決定。


≪そう、なら良かったわ。『石』のほうはどうかしら?≫

≪順調に数は増えてたな。半分くらいは収穫しても大丈夫なんじゃねぇか?≫

≪じゃあ、それは次のときね。ダーリンにばかり働かせて申し訳ないけど、また行ってくれる?≫


 うん? まただ。また採石場だ。

 単なるゴブリン牧場の隠語かと思ってたんだけど、どうやらそれだけじゃないっぽいな。それなりの意味があるような会話に聞こえる。何なんだ?


≪しょうがねぇなぁ。またをひとつ用意しろよ? 道中が退屈なんだよ≫

≪……いいわ。奴隷メイドをひとりあげる。けど、持って帰ってはダメよ? ちゃんと置いてきて・・・・・ね?≫

≪へいへい。俺の嫁さんは独占欲が強いねぇ≫

≪もう、こんな女にしたのは貴方じゃない。ちゃんと責任取ってよね!≫

≪分かってるって。それじゃ、もう一回責任をとりますかね≫

≪あん♥ もう、元気なんだから♥≫


 おっと、三回戦が始まってしまった。盗撮、じゃなくて調査はここまでだな。カメラもマイクもオフだ。


「あの女が領主のカタリーナで間違いないみたいだね。それに、あのゴブリン牧場が領主公認、あるいは主導なのも確定かな。これで心置きなく処分できるね」

「まったく、とんでもない話ですわ! 領民を守るべき領主貴族が、領民を餌に魔族を育てているだなんて! 領主、いえ人間失格ですわ!」

「あのクズ男も最低やな! 女を穴呼ばわりや! 女の敵やで!」

「あらあら、失格領主と女の敵、ある意味お似合いの夫婦なのかしら?」

「領民としては最悪の組み合わせだぜ。安心して暮らせる気がしねぇよ」

「……だから壊滅しかかってる」


 そうなんだよね。そして、壊滅への最後の決定打を打つのは俺たちだ。

 俺たちが領主とその伴侶を処分すれば、半壊状態のワッキー領は領主不在になって全壊するだろう。その後、ワッキー地方に住む人たちがどうなるのかは、俺たちにはわからない。

 無責任なのは分かってるけど、他国民である俺たちにはどうしようもない。多分、今よりはマシになるだろうから、それで不問にしてくれ。


「それじゃ、今夜遅くに行動を起こすよ。それまで十分に休養をとっておいてね」

「「「はい!」」」


 皆、やる気十分だな。

 さて、それじゃ俺も外でウーちゃんたちと遊んでこよう。心の休養にはそれが一番だ。

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