第310話

 ゴブリンの処理を終えてから集落の建物の中を探索したけど、黒幕に繋がるような物品や書類は見つからなかった。見事なくらい、何もなしだ。

 そりゃそうだよな。犯行現場に動機に繋がる証拠をわざわざ置いていく犯罪者なんていない。いるとしたら、自己顕示欲の強すぎる愉快犯くらいなものだ。


 現代化学なら『持ち込まれた樽に使用された木材の材質から産地と加工した工房を特定』とか『被害者に付着した体液をDNA分析して犯人を特定』なんかができるんだろうけど、この世界にそんな技術はまだない。

 いや、マクガフィン先生に訊ねれば答えてくれるんだけど、それを証拠として提出することができない。マクガフィン先生は俺しか使えないからな。他の人にはただの黒い小石だ。


 となれば、もうこんなゴブリン臭い場所に用はない。集落の建造物を全て破壊し、刻んで耕して圧し固めて更地にした。数年後にはただの森に戻っていることだろう。

 犯罪遺構として残すべきかもしれないという考えがチラリと頭を過ぎったけど、被害者にとっては思い出したくもない悪夢でしかない。そんな遺構はないほうがいいという独断と偏見で破壊させてもらった。後悔も反省もしていない。


 保護した奴隷たちは、いつものようにブリンクストンの冒険者ギルドへ連れて……行かなかった。大森林のジョンの村へと連れていって、ネコ耳たちに世話をしてもらうことにした。

 というのも、今回保護したのは一般人じゃなくて奴隷だからだ。

 奴隷を冒険者ギルドへ連れていったら、正当な所有者から強奪してきたのかもしれないと疑われてしまうし、事実、それは間違いじゃない。ゴブリン牧場を襲撃してさらってきたわけだからな。

 そうなると俺が犯罪者になってしまうわけで、さらに言えば、奪ってきたのは他国からで俺は王国の貴族。下手をしなくても国際問題にもなってしまう。これはまずい。

 ということで、今回の件が片付くまではジョンの村で保護だ。監禁ではない。あくまで保護だ。


「君のご主人について、教えてもらえるかな?」

「……答えられません。禁止されています」

「あの髪の毛がチリチリになった奴が君のご主人さまかな?」

「……答えられません」


 一応、保護した奴隷の何人かに自身の主人について質問してみたけど、明確な返答は得られなかった。どうやら、主人について語ることを禁止されているようだ。

 けど、こういうのは質問の仕方次第でどうとでもなる。

 現に、ふたつ目の質問の回答で「答えられない」というのが答えになっている。主人についての質問に答えられないんだからな。つまり、あの男がこの奴隷のご主人さまだ。


「君はワッキー領の出身かい?」

「はい」

「ワッキー領の外へ出たことはある?」

「いえ、ありません」


 どうやらゴブリン牧場はワッキー領だけで完結している事業のようだ。ワッキー領で奴隷化ができるのは、領都にある戦と狩りの神の分殿だけだからな。


「君はどうして奴隷に?」

「……村がゴブリンに襲われて……それを撃退したら領主様の兵が来て……領令違反だって、領都に連行されて……そのまま神殿へ連れて行かれて……妹も、母ちゃんも連れていかれて……あ、あそこで、うぐっ、うぅ〜……」

「そう、大変だったね。大丈夫、もう大丈夫だから。ここでゆっくり休んでね」


 主人について語ることはできなくても、自分について語ることは禁止されていなかったみたいだ。おかげで、この件に領主が絡んでいることが確定した。

 この質問の様子は平面魔法を使って録画してあるから、後で証拠として開示できる。

 まぁ、全てを闇に葬るつもりだから、公式の裁きの場で使われることはないだろうけど。

 外道に陽の光を浴びる権利などない。


「最後にひとつだけ。君たちはここのことをなんて呼んでた?」

「えっと、採石場と言っていました」


 むぅ? 工場でも牧場でもなく、採石場? なにかの符丁か?



 そんなこんなで一日かけてジョンの村での仕事を終え、再びビフロントの仮拠点へと飛んで戻っていたら、ソバージュ男を尾行していたクリステラから魔導ケータイで連絡が入った。


『ビート様! あの腰蓑頭、バカですわ!』


 腰蓑頭……まぁ、ソバージュはそう見えなくもないか。確かに草を束ねて作った腰蓑に見えなくもない。


「どうしたのいったい。何か分かった?」

『あの男、あの輿に乗ったまま領主館へ入っていきましたわ! 何処かで乗り換えるということもなく! 全く隠す気がありませんわね!』


 なるほど、輿と腰をかけたのか。さすがは元侯爵家令嬢、妙なところで教養を滲ませてくる。


「ああ、やっぱり関係者だったんだね。それで、あの男のこと、何か分かった?」

『ええ、わたくしとサミィで聞き込みをしたんですけど、あの男、どうやら領主の入婿らしいですわ! 帝都のさる伯爵家の三男坊で、派手好き女好きで金遣いが荒いと、領民からはかなり嫌われているようですわ!』


 ふーむ、入婿がこれだけのことをしてるんだから、嫁である領主が知らないってことはないだろう。間違いなくグルだ。

 もうここまで分かったら、後は処分しちゃえばいいか。全容は、領主あるいはあの男のどちらかを生かしておけば吐かせられるだろう。


「わかった。それじゃ領都で合流しよう。お疲れ様」

『わかりましたわ! それではサエスタでお待ちしております!』


 ワッキー領の領都サエスタは、領都にしては小さな街だ。人口は三千人ほどしかいない。あのゴブリン牧場にいたゴブリン共と同数程度だ。野生のゴブリンを含めたら、確実にゴブリンのほうが多かっただろう。

 オーストラリアは人の数より羊の数のほうが多いって言うけど、ワッキーでは羊じゃなくてゴブリンだ。もっとも、俺たちが狩りまくったから、ワッキー領のゴブリンは絶滅寸前だけどな。

 それでも、いつの間にか増えているのがゴブリンという生き物だ。あの潰した集落が森に戻ったとき、そこに住み着いている可能性だってゼロじゃない。あの繁殖力は異常すぎる。

 商業家畜として見れば、その繁殖力は有意だろう。いくらでも増やせるんだから。

 けど、倫理的にはアウトだ。被害が大きすぎる。周囲に不幸をばら撒き過ぎる。

 そんな不幸を撒き散らした責任は取ってもらわなければならない。


 ようやくだ。ようやく最後の詰めだ。

 こんな鬱な仕事は早く終わらせてしまいたい。もう沢山だ。何が悲しくて、夏休みにこんな辛い思いをしなきゃならないんだ。

 それもこれも、こんな商売をやり始めたワッキーの領主どもが悪い。

 二度とこんな事業を起こす気が起きないよう、今後同業者が出ないよう、念入りに潰してやる。

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