第068話

 船は比較的順調に北上している。

 向かい風なのに何故帆船が進むのか不思議だけど、水夫たちによると、帆で風を斜めに受け流すと向かい風でも前へ進むそうだ。理由は分からないと言われた。やっぱり不思議だ。

 船旅も三日目、間もなくボーダーセッツ行きと王都行きの航路の分岐点だ。ちょっと予定より遅れているそうだけど、風任せなら仕方ない。


 俺たちが今回護衛として搭乗している船は、地球で言うところのガレオン船に似た三本マストの船だ。映画なんかで海賊に襲われたり海賊が乗ってたりするような、如何にもな帆船だ。この国では最大級らしい。商船主が自慢してた。

 残念ながら大砲は積んでいない。というか、大砲どころか鉄砲すら積んではいない。

 多分存在しないか、実用に至ってないんだろう。火薬より便利な魔法と言うものがあるからな。

 その代わりに大型の弩を複数積んでいる。巻き上げに屈強な水夫が五人くらい必要そうな奴が四基。ボルトもでかい。直径約二十センチの、先端を削っただけの丸太だ。もはや矢弾というよりミサイルだな。下手な鉄砲よりよっぽど威力がありそうだ。



 暇だ。

 基本、海賊や魔物が出ない限り、俺たちに出番は無い。気配察知では付近にそれらしい気配は感じられない。平和なモノだ。


 初日に船内をウロウロしてたら、船長に邪魔だと言われた。帆船の航行は結構忙しいから、ゾロゾロと連れ立って歩いている俺たちは確かに邪魔かもしれない。

 けど、本音は多分ちょっと違うんじゃないかな。

 船は基本、男所帯だ。女っ気は無い。そこに美少女ばかり四人も連れてウロウロしているのだから、水夫たちには目の毒だろう。

 特にルカのパーセンテージ。うっかりよそ見して事故を起こしかねない。

 それを危惧して船長は邪魔だと言ったのだと思う。皆の命を預かる立場としては当然だ。


 仕方なく宛がわれた船室に皆と籠っているわけだけど、あまりする事が無い。ルカはまだ魔力操作を覚えてないので、クリステラに補助してもらいながら訓練中だ。キッカとアーニャもまだ覚えたてという事で、滑らかに操作できるように自主練をしている。

 となると、俺だけする事が無い。仕方がない、平面魔法で新しいモデルでも作るか。


「……あれ? いつの間に?」

「どうかなさいまして?ビート様」


 思わず声が出てしまった。

 平面魔法の機能を確認していたら、いつの間にか機能が解放されていた。くだんのパーティクルだ。疑似的に風や水、炎を再現できる機能。

 船に乗る前には出来無かったはずなんだけど、はて、いつの間に? 相変わらず解放条件が判らない。


「ああ、ごめん。平面魔法に新しい機能が追加されてたからさ、つい声が……っ!?」


 なんだこりゃ! いや、確かにパーティクルには付きものだけど、追加機能で貰ってもいいの!? これ単体で十分強力なのに!? 思わず動きが止まってしまうくらいの衝撃だ!!


「お、なんや? なんぞおもろいもんでも見つけたか?」

「面白いっていうか、ヤバいものが……ちょっと引いちゃうくらいのものが追加されてる」


 マジでヤバい。只でさえ強力な平面魔法に、強さのインフレが起きている。バトルマンガの末期のようだ。俺まだピンチになった事すらないのに!


「あらあら、まぁまぁ」

「ボスが引くなんて、きっととんでもない魔法だみゃ!」

「アーニャさん、ちょっと失礼ですわよ!」

「いや、アーニャの言う通りだよ。ちょっと実演してみるね。大丈夫、ちゃんと制御できるから」


 論より証拠、とにかく使って見せる事にした。

 六畳程の部屋の窓際には、机兼荷物入れのチェストが置かれている。

 その上には人数分の小さな木製のジョッキが置かれている。中身は入っていない。水を飲むために船の厨房から借りて来たものだ。水はキッカが出せるので、中身は貰わなかった。コックには怪訝な顔をされたけど、自分たちで持ち込んだ事にしたから問題ないだろう。

 そのジョッキに、新しく追加された機能を使用する。


 ミシリ。


 僅かにジョッキが動いたけど、それ以上の変化はない。


「ん? 失敗したん? 珍しいな」

「いや、ちゃんと発動してるよ。そのジョッキ持ち上げてみて」


 キッカが訝し気な目を向けて来るけど、それもジョッキを手にするまでだ。


「まぁええけど……っ!? なんやこれ!? めっちゃ重い!!」


 キッカが両手で空のジョッキを支える。今のキッカには、そのジョッキが鉄の塊のように感じられているはずだ。


 今回追加されたのは、パーティクルとそれに付随する『フィールド』という機能だ。

 このフィールドにはいくつか種類があり、パーティクルに適用する事で様々な動きを与える事が出来る。例えば『乱気流』ならランダムな移動、『渦』なら弧を描きながら集まって行ったり飛び散ったりと言う具合だ。

 そして『重力』。

 今回はこの重力をジョッキに適用した。下向きに二千パーセントだ。

 ジョッキ本来の重さは百グラムくらいのはずだから、今は二キロくらいの重さになっている事になる。二リットルのペットボトル一本分。

 もちろんもっと重くする事も、逆に軽くする事も出来る。横向きにすら設定出来てしまう。加速度アクセル制御コントロールが出来てしまうのだ。

 紛うことなき『重力制御』である。前世でも実用化していなかったテクノロジーが、補助機能としてあっさり使えるようになってしまったのだ。異世界恐るべし。


 指を鳴らして、キッカが持ち上げたジョッキにかけたフィールドを解除する。

 別に指を鳴らす必要はなかったけどな。やってみたかっただけ。ちょっと厨二っぽかったかもしれない。反省。


「ひゃっ!?」

「あっ、ごめん! 大丈夫?」


 急に重さが無くなった反動でキッカの両手が上に振り上げられ、勢い余って尻餅を突いてしまった。


「あたた……吃驚したわぁ。今のん、何やの?」


 ジョッキをチェストの上に戻してからお尻を擦るキッカ。小ぶりでよく締まった形の良いお尻だ。身体にフィットしたパンツだから、お尻の形が良く分かる。


「重力魔法だよ。物を重くしたり軽くしたり、横に落としたりする魔法」


 皆がポカンとした顔をしている。どうやら重力が良く分からないようだ。仕方ないので万有引力から説明するが、それがどういう風にヤバいのかまでは理解できないようだ。


「じゃあ、分かり易く実演するよ。アーニャ、そこに立って。大丈夫、痛くないから」

「みゃ? これでいいのかみゃ?」


 そして三百パーセントでアーニャの周囲に重力フィールドを発生させる。


「みゃっ!? うぐぐ……身体が重いみゃぁ……動けないみゃぁ……」


 立っていられなくなったアーニャが両膝と両手を床につく。


「とまぁ、こういう風に相手の動きを封じる事ができるんだよ」

「す、すごいですわ! こんな魔法見た事ありませんわ!」

「風魔法とも違いますね。空気がほとんど動いてませんし」

「なるほど、相手を身動きできんようにして、後は煮るんも焼くんも好き放題か。こらエグイな」


 皆、この機能の有効性を納得してくれたようだ。まさに三大チートに次ぐ、セカンドクラスのチートではなかろうか。魔法全適性の次くらいには強力だ。


「わ、分かったみゃぁ、分かったから早くなんとかしてほしいみゃぁ……オッパイが、オッパイが引っ張られるみゃぁっ!」


 見ると、アーニャの服の胸元が重力に引かれて大きく広がっており、その隙間から下方向に引っ張られた胸が……おっと、いかん! 見てる場合じゃなかった。すぐにフィールドを解除する。

 楽になったせいで力が抜けたのか、アーニャはその場にへたり込んでしまった。

 皆を見ると、キッカはニヤニヤと俺を見つめ、ルカはいつものニコニコ笑顔、クリステラはアーニャを見つめ、何故か悔しそうな顔だ。何となく気まずい。


「えっと、重くするだけじゃなくて、軽くする事も出来るよ。荷運びが楽になるねっ!」


 誤魔化すために、今度はルカに五十パーセントでフィールドを展開する。


「あら、あらあら。とても胸が軽くなりました。これなら肩こりもなくなりそうです」


 あうち! ルカに掛けたのは間違いだった!

 それまで自前の張りで重力に抗っていたルカの胸は、重さが半分になった事で更に張りを増し、見た目で分かるくらい上に持ち上げられた。二サイズくらいアップしてる感じだ。

 それはまさに爆発寸前のダイナマイト、狂気の凶器だ。


「あんっ! あらあら、とても楽でしたのに。残念です」


 慌てて解除すると胸も元のサイズに戻った。ルカは残念そうな声を出しているけど、キッカとクリステラは殺気すら感じさせる視線でルカを睨みつけている。いや、ルカの胸を睨みつけている。歯ぎしりの音まで聞こえてくる。アーニャは潰れたままで、俺は何も見ていない。

 ……見ていない。



「来た。海賊だ」


 時間は夕刻。夕食を済ませて部屋に戻り、就寝までまったりと過ごしていた時だった。

 夜間の航行は危険なので、船は陸から少し離れた沖に投錨して停泊中だ。

 すぐに動けないこの状態は、襲撃にはお誂え向きだ。それで周囲に気配察知を展開して警戒していたわけだけど、それに引っかかる一団があったのだ。陸方向やや北寄りからこちらへ向かってきている。どうやら待ち伏せていたらしい。

 カメラを飛ばして確認すると、甲板には火矢を準備した人相の悪い男共が二十人程集まっている。海賊に間違いないだろう。


「ルカとキッカは船長と船主に連絡、アーニャとクリステラは僕と一緒に戦闘準備して船首に向かうよ」

「あらあら、承知しました」

「わかった、その後はうちらは様子見やな」

「アーニャさん、お魚をさばくつもりで戦えば大丈夫ですわ!」

「みゃっ! まず顎下を切ってから海水に浸けて血抜きだみゃっ!」


 皆落ち着いている。これなら大丈夫だろう。アーニャの発言は若干怖いけど。


 今回の組分けは実戦経験の有無だ。対人戦の経験は俺しか無いけど、クリステラもアーニャも魔物相手の戦闘経験ならある。ヒト相手でも戦えない事は無いだろう。

 一方、ルカとキッカには全く実践経験が無い。しかし、そもそも戦闘要員として考えて無いので問題ない。キッカにはそのうち戦闘も覚えてもらうだろうけど。

 現状では、全て終わった後の片付けを手伝ってくれたらそれでいい。


 さて、海賊狩りと洒落込みますかね。三本の刀は無いけど。

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