第069話

 海賊船は船首方向から真っ直ぐ突っ込んでくる。わずかに軸がずれているところから見て、ぶつけて接舷、直後に火矢で帆を焼いてから白兵戦という段取りで攻めて来るつもりなのだろう。

 こちらの船は帆を畳んでいるから、的がかなり小さい。接近しないと当てるのは難しいだろうからな。


 船首付近には俺とクリステラ、アーニャ以外にも、戦闘準備をした水夫たちがカトラスや弓等の武器を手に待ち構えている。迎え撃つ準備は万端だ。

 とは言え、戦闘は基本、俺たちだけでする予定だ。水夫たちは護身に徹してもらう。怪我でもされたら船の運航に支障が出てしまう。

 作戦のようなものは無い。せいぜい乗り込ませないようにする事と、帆を焼かれないように気を付ける事くらいだ。俺も水夫たちも、船上での白兵戦なんて経験が無いからな。

 クリステラとアーニャには、なるべく姿勢を低くして足を狙うように言ってある。揺れる船上での戦闘では、如何に重心を安定させるかが重要だと以前何かの本で読んだ記憶があるからだ。足が傷つくと踏ん張る事が出来なくなり、重心は容易く崩れる。そうなれば戦うどころではない、と書いてあったはず。


 眼前に海賊船が迫って来る。向こうもソコソコ大きなガレオン船だ。

 あちらの方がやや小さいのか、船べりの高さはこちらの方が若干上。しかし、それ程大きな差ではない。接舷さえできれば、乗り移るのに然したる苦労は無いだろう。そして、その時はもう数秒後にはやって来る。


 互いの船の船首付近が接触する刹那、俺は手すりを蹴って海賊船へと跳躍する。先手必勝だ。

 接触した衝撃で双方の乗組員がバランスを崩す中、俺だけが中空で姿勢を保っている。

 海賊船の船首付近に偉そうに陣取っていた髭モジャ赤毛の大男が、驚愕の目で飛び込んでくる俺を見つめる。

 しかし、そいつに出来たのはそれだけだった。

 バランスを崩している為に防御も出来ないそいつの顔面へ、俺は両脚で着地する。顔面への打撃と甲板に後頭部から叩きつけられた衝撃で、髭モジャ大男はあっさりと意識を失う。

 けど、こいつはある意味、海賊の中では一番運が良かったかもしれない。被害が鼻の骨と後頭部のタンコブだけで済んだのだから。


 メキメキッ、ギギギギッと大きな音と振動を出しながら、双方の船の右舷が擦り合わされる。どちらの乗組員たちもそれに耐えるので手いっぱいで、まだ身動きが取れないでいる。

 海賊船に単身乗り込んだ俺の目の前には、武器を手にした赤毛や栗毛の大男共がずらりと並んでいる。

 水平線に沈みかけている夕日の赤い光に染まっているけど、奴らの肌の色は例外なく白い。ロシア系の白さだ。北方系の民族なんだろう。つまり、この近辺の出身ではない。やっぱりノランの海賊なんだろうか?

 まぁ、その辺は後で分かる事だ。今は戦闘に集中しよう。


 倒れた男の顔を踏みにじりながら、再度海賊共へ向かって跳躍する。出来る限り引っ掻き回して混乱させる為だ。悠長に火矢を撃つ時間なんて与えない。

 ふたりの海賊の間を通り過ぎ様、腰の後ろに指した剣鉈と鉈を抜き打ちにする。

 鉈は今回の護衛依頼に合わせて買っておいたものだ。普通の冒険者なら予備の武器くらいは持っているものだからな。相変わらず山歩きの道具だけれども。便利なんだよ、キャンプグッズ。

 何が起きたかもわからない海賊共の首が、間抜けな表情のまま下に落ちる。

 初めて自分の手で人の命を奪ったけど、特に何の感慨も無い。その程度の覚悟はとっくに済ませているし、いちいち思い悩む程若くも無い。肉体的には若いけど。


 そもそも、これが前世の現代日本であったとしても俺は悩まなかっただろう。

 たまに『生き物の命を奪うなんて信じられない』等と寝ぼけた事を言う奴がいたけど、俺に言わせれば厚顔無恥にも程がある。

 『お前は今まで生き物の命を奪った事が無いのか』と聞くと、そう言う奴に限って『無い』と断言するんだけど、『じゃあ、お前は今まで肉や魚を食った事が無いのか』と聞くと、『私が殺したわけじゃない』と言う。

 それは『自分の代わりに誰かが殺してくれている』という事から目を背けているだけだ。破廉恥極まりない。


 前世の俺は食物アレルギーを持っていたから、食べ物に関しては健常者より深く考える機会があった。そうしなければ命にかかわるからだ。

 だから食事の前の『いただきます』の言葉に隠された、本当の意味にも気付く事が出来た。それは『誰もが誰かの命を奪って生きている』という事だ。


 そしてそれは、食べる事だけではない。

 例えば警官だ。彼らは犯罪者を取り締まり、時に命を奪い、奪われている。俺たちの代わりにだ。

 そうした犠牲の上に現代社会の生活が成り立っている。それを自分とは無関係だと言う者は、あまりにも想像力が欠如している。


 誰もが間接的に人を殺しているのだ。殺されているのだ。ならば、今更自らの手を汚す事の何処に躊躇う理由があろう。

 命を奪う側か奪われる側かは分からないけど、自分の番が来た。それだけだ。

 死にたくないなら殺すしかない。悩む理由も意味も全く無い。俺はそう考えている。


 今回の護衛契約では、海賊が現れた時は少数を残して殲滅させる事になっている。見張りに人数を割けないからだ。

 海賊を撃退した場合、船が手に入る可能性がある。盗賊や海賊の所持物は退治した者の物になるから、この場合は俺たちの物になる。

 その為、この依頼の船主からは、船が手に入ったら売って欲しいと打診されている。新たな船を得る事が出来れば商機が広がるからな。そこまで含めての護衛契約だ。

 その場合、船を手に入れたとしても、一度は港へと運ばなければならない。その為の操船要員は、当然、今の船の水夫の一部が行う事になる。海賊共に操船させると逃げられる危険があるからな。

 しかし、そうすると人手がギリギリになって、見張りに人数を割く余裕がない。

 ならば最初から見張りが必要無いように、取り調べ用の数人を残して始末してしまった方がいい。安全と合理性を優先したというわけだ。


 首を落とされた仲間を見て海賊共が動揺する。相手の船に乗り込む気はあったけど、乗り込まれることは考えてなかったのだろう。俺には好都合だ。

 着地と同時に身を低くし、海賊共の間を縦横に走り回る。すり抜け際に海賊共の足首を斬り付けていく。


「あづっ!?」

「いでぇっ!? 足が、俺の足がぁっ!?」


 平面魔法で鋭さを増した鉈と剣鉈だ。斬り付けるだけと思っても、実際には斬り落としてしまっている事もある。

 まぁ、どちらでも問題ない。要は動けなくすればいいのだ。俺が走り回っている事で火矢も撃てないでいるし、目的は十分果たしている。


「畜生、何が起きてんだ!? 足元に何かヤバいのが居るぞ、気を付けろ!」


 密集していると混乱が増すと思ったか、それとも単に危険から遠ざかりたかったからか、海賊共が距離を開けて散らばる。隙間が出来て俺の姿が晒されてしまった。特に問題無いけど。


「マジかよ、ガキじゃねぇか! 舐めてんじゃねぇぞ!」


 頭にバンダナを巻いた如何にもな海賊がカトラスを振り下ろしてくる。

 前に突っ込みながら身体をひねり、迫る刃を数センチで躱す。俺も見切りが上手くなったものだ。

 ひねった身体を戻す反動で剣鉈を横薙ぎにし、海賊の膝を斬り飛ばす。


「ぐあぁっ!?」

「くそっ、近寄らせるな! 突き殺せ!!」


 何人かが槍……じゃないな、返しが付いてるから銛か、それで俺を突いて来る。俺は魚じゃねぇ。

 一旦バックステップで距離を取り、船の右舷へと走り出す。

 槍などの突く武器は、通常右側に構える。そして左足を前に出して突くんだけど、相手に自分の右側へ回り込まれると自然に体が開いてしまい、強い突きが放てなくなってしまう。それ故の右移動、時計回りだ。

 身体強化によってオリンピック選手以上のスピードで走り回る俺を、海賊稼業で荒事には慣れているとは言え、常人が追い切れるものではない。体が開いて腰の入っていない突きなど、掠る事さえあり得ない。

 海賊のひとりが不用意に放った突きを軽くフェイントを入れて躱し、戻る銛の下をくぐって間合いを詰める。驚いた海賊が慌てて次の突きを放とうとするけど、もう遅い。


「なっ!? ぎゃあぁっ!?」


 懐に飛び込んだ俺は、海賊の右側を通り抜けざまに右手の鉈で脇腹を斬り裂いていく。意外に綺麗なピンク色をした腸がこぼれ落ちるけど、悠長に観察している場合ではない。腸なぞ魔物の解体で見慣れてるしな。

 脇腹を割かれた海賊の後ろから、別の銛使いが突きを放ってくる。いいタイミングだ。

 左手の剣鉈で銛を払いつつ、穂先を斬り落とす。間髪入れず右手の鉈を斬り上げて、海賊の左腕を切断する。


「あがぁっ!? 腕が、うでぇええぇっ!?」


 そのまま船首付近へ駆け戻る。くるりと振り向いてあたりの様子を確認すると……うん、阿鼻叫喚。

 手足を斬られた海賊共がゴロゴロと転がって、辺りは血まみれだ。全体の半分くらい、十四〜十五人くらいは動けなくしてやった。

 残りの連中は青い顔をしてこちらを茫然と見ている。どうやら戦意を失くしたようだけど、だからと言って手加減してやる理由は無い。

 ……悲しいけど、これって戦争なのよね。


 念仏くらいは唱えてやるから、迷わず成仏してくれ。あー、成仏せずに生まれ変わった俺の言えた義理じゃないな。



 海賊の生き残りは、最初に俺に顔を踏まれたひとりだけ。全てが終わるまで気絶してたから生き残れたわけだ。やっぱりこいつだけ運がいい。

 もっとも、海賊も盗賊と同じように、捕まったら縛り首か奴隷落ちしかないんだけど。


 海賊共の死体は船上にはない。全部首を刈って海に捨てた。魔物たちが美味しく食べてくれるだろう。

 戦闘に掛かった時間は一時間くらいか。もう夕日は水平線に沈んでいるけど、残照でまだ幾分明るい。頑張れば暗くなるまでに血まみれの甲板の後片付けくらいはできるだろう。

 流石にひとりでは無理なので、商船の水夫たちにお願いしようかな。


 商船の方を見ると、水夫と船長が口を開けて呆けていた。

 うん、いつもの奴だ。七歳児が三十人以上の海賊を蹂躙するところを目の当たりにしたら、俺でもあんな顔になるだろう。今更なので別に気にしない。

 耐性ができたのかもしれない。俺の心に。


「ビート様、船倉にまだ生き残りが居る様ですわ! お気を付けてくださいまし!」


 えっ、まだ居るの? めんどくさいなぁ。そろそろお腹減ってきたんだけど?

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