第070話
海の上から見る『ウエストミッドランド王国』の王都『セントラル』は、薄い雲の切れ間から射す柔らかな朝の光に包まれていた。ようやく到着か。
王都の第一印象は『デカい』、そして『白い』だった。
何処までも続く街並みは、白い石造りのヨーロッパ風建築だった。まるで地中海の観光地のようだ。行ったことないけど。
この国の名前は船上で初めて知った。自分が生まれ育った国だけど、普段は王国としか言わないからな。
『妙な事はよう知っとるくせに、何でこんな常識は知らんのん?』とキッカには呆れられてしまった。しょうがないじゃん、まだ子供だし田舎モンだもん。
船は予定より二日遅れて中央南港に入港した。王都まであと一日という所で凪に遭ってしまい、海上で立ち往生してしまったためだ。海の上に立てたら凄いけど。あ、俺立てるじゃん。凄いな。
それ以外は順調な航海だった。海賊の出現も含めて。
ちなみに、南港があるのだから北港があるのだろうと思ったら、南港しか無いそうだ。なんでやねん。
「じゃ、ビンセントさん、また五日後の朝にこの港で」
「ええ、ありがとうビート君。色々と助かりました」
行商人のビンセントさん、ダンテス村の実質的な御用商人だ。ちょっと痩せたように見えるけど、健康に問題は無さそうだな。
ビンセントさんは海賊共に捕まっていた。ボーダーセッツからドルトンに帰る途中、乗っていた船が海賊に襲われたそうだ。船は沈められ、男はビンセントさんを残して全員殺されたらしい。
女たちとビンセントさんだけが生き残り、女たちは海賊の慰み者、ビンセントさんは食事係として酷使されていたそうだ。船倉に居たのはそんな女たちとビンセントさんだった。
『美味い料理を作れる私を殺すと後悔しますよ』と言って、恥も外聞もなく必死に売り込んで生きながらえたと本人は言っていたけど、生きてりゃ勝ちだ。全然恥じゃない。むしろ、最後まで諦めなかったその根性は称賛に値する。それでこそ辺境に生きる商人だ。
「
「もうお礼は何回も聞いたよ。ビンセントさんが居ないと村が立ち行かないんだから、僕にとっても他人事じゃないしね。身内を助けるのは当然だよ」
何度目だか分からない礼をビンセントさんに言われる。それ程までに言われると、逆にこっちが恐縮してしまう。
今のところ、ダンテス村への行商をしてくれているのはビンセントさんだけだ。
そのビンセントさんが居なくなってしまうと、村に塩や生活雑貨が供給されなくなってしまう。死活問題だ。家を出たとはいえ、父ちゃん母ちゃんには苦労させたくない。
ビンセントさんは所持していた財貨を海賊に奪われていたけど、俺はそれを全部返却した。本来は海賊を討伐した俺たちのものなんだけど、ビンセントさんに破産されると村が危うい。返却は当然の流れだった。
ビンセントさんは一旦王都まで同行し、王都からは乗客として俺たちと共にドルトンへ帰る予定だ。海賊撃退の実績がある俺たちとなら安心という事だった。既に商船主とは交渉済みだ。
商船主はホクホクの上機嫌だ。海賊から奪った船を俺たちから買い取る契約がまとまり、商売の手を広げる事ができるようになった為だ。
船の買い取り額はなんと大金貨千五百枚! 物価が違うので正確な指標ではないけど、日本円換算で約十五億円くらいだ。宝くじが二回当たったような大金。
そもそも、大型船建造には大金貨一万枚くらい掛かるらしい。中古で大金貨千五百枚なら格安な上に、そもそも大型船は建造数が少ない為、欲しくても入手できないのだそうだ。
もちろんキッカはこの価格にゴネたけど、俺が抑えて交渉をまとめた。
その代わりと言っては何だけど、俺の欲しい物があったら優先して融通して貰える様、商会名義で契約してもらった。
差し当たって、留守番をしているサマンサとデイジーへのおみやげを注文しておいた。王都で流行りの布地と糸、裁縫道具一式、ついでに機織り機、色々な野菜の種と育て方の本、農具一式だ。
商船主としては損をするわけではなく、むしろ将来有望な冒険者との繋がりができるという事で、ふたつ返事で請け負ってくれた。双方益があって良い事だ。ウィンウィンという奴だな。ちょっと響きがいやらしい?
ちなみに商会の名前はトネリコ商会、会頭はこの商船主で商会と同じ名前のトネリコさんというそうだ。覚えやすくていいけど、ト○ネコじゃなかったか。惜しい、見た目はそっくりなのに。
「ビンセントさんは出航までどうするの?」
「そうですね……折角の王都です。どんな商機があるか分かりませんから、可能な限り市場や商店を見て回ろうと思います」
酷い目に遭ったばかりだというのに、もう次の商売の事を考えて行動するとは。流石は辺境商人、逞しさが半端じゃない。
海賊共は特に根拠地を持っていないとの事だった。船倉からは捕まった人たちと食料の他、これまで奪った財貨が大量に出て来た。銀貨や金貨等の貨幣の他、武器防具や陶磁器、金銀の装飾品、魔石等だ。キッカと商船主の見立てでは、少なく見積もっても大金貨五百枚くらいの価値はあるだろうとの事だった。
村を出てからというもの、それまで見た事も無かった大金を手にする機会が多くて、なんだか金銭感覚がおかしくなりそうだ。
◇
王都の冒険者ギルドは意外に小さかった。
白い石造りの外観は周囲の商店なんかと同じ。三階建てで床面積はちょっとした雑居ビルくらいかな?
国内ギルドの総本部にしては小さすぎると思うんだけど、聞けば、そもそも王都では冒険者の需要がほとんどないらしい。
治安は専門の警備兵がおり、周辺の魔物は狩られているためほとんどいないそうだ。近隣に魔境も無い。
雑用的な依頼はあるものの、それは貧民救済という事でスラム近くの斡旋所に回されるらしい。
ラノベだと王都のギルドというのはもっと賑わってた気がするんだけど……現実はこんなものか。
考えてみれば、魔物退治を主業務にする冒険者の需要が高い王都っていうのも変な話だ。それどんな魔界都市?
ここでは事務や人事を行うのが主な業務なので、大きな建物は必要ないという事なのだろう。なかなか合理的で好印象だ。無駄に箱モノを乱造する日本の役所にも見習ってほしい。
ギルドへの報告には結構な時間がかかった。
狩った海賊の首と頭目を引き渡し、囚われていた女性たちを保護してもらい、回収したお宝の査定をしてもらったわけだけど、終わった時には太陽が中天を過ぎて黄昏時になっていた。朝食を食べてすぐ来たのに。
しかもそれで終わりではなく、報酬と買い取りの話を詰めたいから明日もう一度来てほしいと言われた。メンドクサイ。
二階の応接室から一階の閑散としたロビーへと降りて来る。ふたつしかない受付と依頼も疎らな掲示板。当然冒険者の姿もほとんどない。待合スペースもガラガラだし、ここにはバーも併設されていないから飲んでる奴らも居ない。
ちょっと期待外れの寂しさを残して王都のギルドを後にする。クリステラたちには少し怪訝な顔をされたけど、この気持ちは転生者にしかわかるまい。
◇
その日の宿は、王都でもちょっとグレード高めの宿のスイートを借りた。四階建ての最上階で、家族向けの六人泊まれる部屋。お値段何と一泊大金貨一枚。普通の宿なら高くても一泊ひとり大銀貨一枚というから、どれだけ高級か分かろうというものだ。
しかし! それだけの価値がこの宿にはあった!
なぜなら、浴槽の付いた風呂が付いていたのだ!
この世界に転生してきて、風呂に入るのはこれが初めてだ。それどころか、風呂を見たのも初めてだ。庶民には入浴の習慣がないからな。風呂の存在すら知らないかもしれない。
準備に結構な手間もかかるし、一般に普及するとしてもかなり先になるだろう。
夕食前に早速入る事にする。一応主人という事で、一番風呂だ。
受付に頼むと従業員(多分奴隷)がお湯の入った桶を
湯船はそれ程大きくは無い。古い洋画でたまに見かけた、足の付いた金属製、おそらく青銅製のバスタブだ。縁に付いた装飾が高級感を匂わせている。やはり贅沢品なんだな。
備え付けの手桶に大胆にお湯を掬い、頭から被る。この世界ではこの上ない贅沢だ。
残念なのは、石鹸もシャンプーも存在しない事だ。肌は荒めの布で擦るだけだし、髪は麦のふすまを水に溶いて揉み込み流す。それなりに綺麗にはなるんだけど、やはり洗い上がりには微妙な不満が残る。
そのうち石鹸を作ってみようかな。売らずに自分たちで使うだけなら、世間への影響もないだろう。いっそ、館にもお風呂作っちゃうか。
そんな事を考えながら髪を洗っていると、脱衣所に繋がるドアが開いてクリステラが入って来た。全裸だった。
……え?
「ビート様、お背中流しますわ!」
「ぅわあっ!? 何!? なんで入って来てるの!? 服はっ!?」
「ご主人様の背中を流すのは奴隷の特権……ではなくて
コロコロと笑いながらズンズン入って来るクリステラ。隠せ。
ってか、特権ってなに!? それに、目線が背中じゃなくて下半身に集中してるんですけど!?
「い、いや、大丈夫、ひとりでできるから!」
体を捩ってクリステラの視線からマイサンを隠す。クリステラの笑顔がちょっと怖い。
「ダメですわ。旅の汚れは意外と頑固ですもの。それに順番も決めてしまいましたし」
「じゅ、順番って何!?」
聞くと、王都滞在中に俺と一緒にお風呂に入る順番だそうだ。初日は奴隷頭特権でクリステラがもぎ取ったらしい。
……って事は、皆と一回ずつお風呂に入るって事!?
「……わたくしと一緒に入るのは御嫌ですの?」
っ! そんな悲しそうな顔をされると断れない!
そもそも恥ずかしいだけで、本心では嫌どころか滅茶苦茶嬉しかったりするのに!
普段は残念な言動が目立つけど、クリステラは滅多にいないくらいの美少女だ。前世なら売れっ子アイドルかカリスマモデル確実なレベル。
多少冒険者暮らしで陽に焼けたけど、肌は白くてスタイルもいい。
そんな美少女が一緒に風呂に入りたいと言っているのだ、断れるはずがない。俺の羞恥心なぞ断る理由になりはしない。
「……分かったよ。じゃあ背中流してくれる?」
「はい!! 喜んでっ!!」
一緒に冒険するようになってから今までで、一番の笑顔で返事された。まぁ、慕われるのは良い事だ。
その後、背中だけじゃなくていろんな所を洗われて、何故か俺も洗ってあげて、湯船にもふたりで浸かった。
詳細は伏せるけど、ミドルサイズも悪くないと思った。
あと、一線を越えなかった俺は偉いと思う。
ヘタレちゃうし!
七歳のお子様には何の事か分かりません!
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