第071話
王都を北東から南西へ分断する水路を中央運河という。幅約八百メートルのこの運河は、遠くリュート海の南沿岸まで続いているという。
王都はこの運河による水運と共に発展し、栄えてきたのだそうだ。
その運河の中央付近にある白亜の城塞、それが国王の居城である『セントラル城』だ。そのまんまだな。
セントラル城の下流というか、海側には船着き場を兼ねた大きな出城がある。今も大型船が二隻停まっている。軍艦なのか商船なのかは分からない。そこまで船に詳しくない。
城は高い石垣の上に建っており、船を寄せて城に入る事はほぼ不可能だ。城の内部に入るには、その出城から王城へと続く回廊を通るしかない。有事には、回廊を封鎖するだけで難攻不落の城塞のでき上がりだ。よくできている。
運河は海に続いているけど、魔物はここまでやってこない。王都付近の海岸線の所々に建っている灯台が魔物避けの魔道具を兼ねているからだそうだ。
辺境にその魔道具があれば開拓が進むんじゃね? と思ったのだけど、実は作られたのが遥か大昔で既に技術が失われており、今の魔道具職人では作り方が分からないそうだ。かろうじて魔石の交換だけはできるらしいけど、分解すると元に戻せないのだとか。外せても元に戻せないキャストパズルのような物か?
そんな王城を運河の岸沿いにある遊歩道から眺めている。手には近所の屋台で買った串焼きを持って。
観光である。
冒険者ギルドでの再交渉は午後からなので、それまでは特に予定が無い。
ホテルでゴロゴロして旅の疲れを癒すという選択も無くは無かったけど、そもそも疲れてないし。
海賊退治はほんの一時間程で終わったし、それ以外では釣りと夜番しかしていない。実は夜番中も夜釣りをしてたんだけど。海を見張ってたついでだよ、ついで。
普段から狩りや訓練で動き回っている俺たちにすれば、船旅の最中の方が楽なくらいだった。
「船の護衛依頼がこんなに楽だとは思わなかったよ」
「あらあら、普通は海賊に襲われたら大変なんですよ?」
「毎日お魚が食べれてしあわせなお仕事だみゃ!」
俺の素直な感想に、ルカとアーニャがそれぞれの意見を述べる。
そう言えばルカは海賊に家を焼かれたんだったな。海賊には少なくない恨みもあったろう。ひとりくらい刻ませてあげても良かったかな?
アーニャは平常運転だ。魚さえあれば、戦場のど真ん中でも幸せと言いそうな気がする。
そのアーニャだけど、ついに魔法を覚えた。属性的にはベクトル操作の水や風の魔法のはずだけど、覚えたのはなんとアクセル操作、つまり重力魔法だ。ただし、効果対象は自分のみ。
朝食前に皆で軽く身体を動かしていたのだけど、その際、やたら動きが速くなっていたのだ。
気配察知で魔力を見てみると、どうやら全身を魔法で覆っているようだった。身体強化との二重掛けだ。
動くときは進行方向に、停まるときは逆向きに重力を掛けているらしい。速度アップの補助魔法というところか。俺も真似してみよう。
元々高い獣人の身体能力を身体強化で増幅した上、魔法でさらに加速しているのだ。まだ長時間使える程の魔力は無いけど、いずれ常時発動も可能になりそうだ。いずれ俺も超えられてしまうだろう。
いつ頃から魔法が使えるようになったのか、当のアーニャに聞いてみると、
「ボスに押し倒されてからだみゃ」
とか言っていたけど、俺は押し倒したりしていない。潔白だ。睨むなクリステラ。
おそらく船内で重力フィールドの実験台になってもらった時の事だろう。あれは押し倒したんじゃない、押し潰したんだ。
つまり身体で覚えたということか。あまり頭を使うのは得意なタイプじゃないからな。そのおかげで、ベクトルをすっ飛ばして(?)アクセルを覚えてしまったわけだ。
自分にしか使えないのもそのせいかもしれない。どうやって自分以外に使えばいいのか分からないのだろう。経験を積めばいずれ使えるようになる……か?
ちょっと話が脱線した。
そんなこんなで、王都をブラブラ見て回っている。案内は王都での暮らしが長かったクリステラだ。
主に建築物や史跡を案内してもらっている。ジジムサイと思わないでもないけど、仕方ない。
美食ツアーをしようと、昔クリステラの行きつけだったという高級スイーツの店に行ったら、貴族以外お断りと門前払いを食らってしまったのだ。
その後に服飾店へ行ったら、やはりイチゲンさんお断りと言われた。
クリステラは恐縮してコメツキムシのように頭を下げていたけど、俺は怒る気にもならなかった。京都じゃそういう店も多かったしな。クリステラはやっぱりお嬢様だったんだなぁと実感した程度だ。
クリステラの通っていたという学園も見てみたかったのだけれど、ここからは少し距離があるという事だったので諦めた。王都は広い。
「そういえば、橋が全然見当たらないけど、運河の向こうへはどうやって行くの?」
運河には全く橋が掛かっていない。船は結構頻繁に行き交っているけど、運河を横断するような動きをしているものはない。
「
ほほう、トンネルか。この距離なら船便を使うよりその方が流通はスムーズだろう。それが約三キロ毎にあるなら利便性も高そうだ。トンネルなら運河の交通も妨げないしな。流石王都、色々考えられてる。
その後、遊歩道沿いの公園に出ていた屋台で果物のジュースをみんなで飲んだ後、ギルドへ向かう事にした。ジュースはスイカのような見た目の果物を磨り潰して作っているようだったけど、味はキウイだった。
相変わらず微妙に外してくるんだよな、この世界。
◇
「キッカ、ギルドとの交渉は任せた! アーニャは僕と一緒に来て! クリステラ、ルカ、後の事は頼んだ! もし出航までに戻らなかったら、僕とアーニャ抜きで依頼を頼むよ! 契約じゃ三人居れば問題ない事になってるから!」
緊急事態だ。俺はギルドに着いて早々、宿へと戻る事にした。荷物を取ってきたら、すぐに北へ向かわねばならない。お供は身体能力の高いアーニャのみだ。
「わたくしもお供致しますわ!」
「ダメ、
「っ!……うぐぅ……」
俺の言っている意味が分かったのだろう、悔しそうな顔でクリステラが唇を噛む。
今回は飛んで行く事になるだろうから、高所恐怖症のクリステラでは足手まといになる。可哀想だが諦めてもらうしかない。
キッカにはギルドや商船主との交渉を任せたいし、ルカはまだ身体強化が使えないから連れて行けない。アーニャだけを連れて行くのは必然だ。アーニャは元冒険者だから、荒事にもそこそこ慣れているしな。
実は、先日の海賊退治のときにも二〜三人始末している。いざという時の頭数に数えて問題ない。
これから行くのは戦場だ。遥か北のリュート海西沿岸、チトの街。現在、ジャーキンとの戦争の最前線になっているところだ。
そこに村長が居る。
敵に敗れ、傷を負って倒れた村長が。
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