第115話
太陽は水平線の向こう側へ沈み、西の空にはその名残が黄色く残っている。中天にかけての紫色のグラデーションが美しい。明日は晴れかな。
そんな日没後の抒情的な海を、一隻の帆船が港へと向かってくる。
シルエットは非常に綺麗なんだけど、あれが海賊船(偽)だと知っている俺の心情は若干複雑だ。乗っているのがむさくるしいオッサンばかりだと思うと、詩的な気分も虚しく霧散する。台無しだ。
俺とウーちゃんは、俺たちの船を停めている堤防の上から、その近づいてくる海賊船を見つめている。まぁ、正確には『海賊に偽装したデブカッパの私兵団の船』なんだけど、どっちでも大した違いはない。
港付近に人影はない。今は沈没船のせいで船が出せないし、もう日没を過ぎてるから、町の人の多くは既にベッドの上だろう。
普段なら巡回しているはずの騎士団も、今日はデブカッパの工作でお休みだ。ポチットナが警備計画書を改ざんしてた。
俺は石造りの堤防に座って足を海側に垂らし、右手は隣に伏せたウーちゃんの背中を撫でている。大きくなったなぁ。
ウーちゃんはどんどん成長している。出会ったときはコリーくらいだったのに、今はロバくらいにまで大きくなっている。体高も一メートルを超え、俺と大して変わらないくらいだ。まだ一年も経ってないのに凄い成長速度だけど、まだまだ大きくなりそうな気がする。いつか背中に乗せてもらおう。犬好きなら一度は見る夢だ。
見た目が可愛い時期が短かったのは残念だけど、内面的にはまだ子供っぽいところが残っている。俺の行くところにはいつも後ろをついてくるし、散歩のときはステップを踏むような、嬉しさが溢れてるような歩き方をする。お留守番を命じられた時の、尻尾と耳を萎れさせた情けない姿も愛らしい。多分、ウーちゃんが一番嫌いな言葉は『お留守番』だ。でも可愛い。
そんなウーちゃんとふたり(?)で、近づいてくる海賊船(偽)を静かに見つめる。
どうやら例の魔道具を積んでいるらしく、素晴らしい船速でこちらへと向かってくる。やっぱノランとデブカッパの間に繋がりがあるのは間違いないな。そこら辺も、事が終わったら明らかになるだろう。書簡でやり取りしてたみたいだし、探せば証拠は出てくるはずだ。
海賊船(偽)が港まで一キロくらいまで近づいて来たので、そろそろ対処しようと思う。と言っても、ここから一歩も動く気はない。海賊船(偽)の真下に大きな『ヴォーテクス・フィールド』を作るだけだ。
ヴォーテクス・フィールドは、螺旋状に拡散あるいは収束する力場を発生させる機能だ。竜巻とか飛沫の飛び散りとかを作るときに使う。コーヒーにフレッシュが溶ける動画を作るときにも使ったな。あれ、CGで作る意味あったんだろうか?
今回は、シンプルな収束ヴォーテクス・フィールドを海面近くに作ってみた。外から中に吸い込まれる力場だ。一辺二百メートルくらいのサイズの立方体。
静かだった海面に、
そして海面に現れたのは、直径五百メートルを優に超える巨大な渦潮だ。
あれ? なんかデカ過ぎねぇ? フィールドの外まで影響が出てる?
まぁ、本物の海水が動いてるんだから、周りの海水にも影響が出るのは当然か。フィールドを解除すれば消えるんだし、問題ないだろう。予想外のデータが取れたってことで、むしろ良かったかも?
「なんだ!? う、渦潮だと!? なんで急にこんなところにっ!?」
「で、でけぇ!? ヤバいんじゃねぇか、これっ!?」
「舵を切れ! 風も全力だ! 飲み込まれるぞ!!」
俺とは違って、海賊船(偽)は大慌てだ。襲撃するつもりで手に持っていた曲刀や銛を放り出し、帆や風の魔道具に取りすがって、操船に大わらわだ。
あれ? ポチットナが乗ってるな。海賊っぽい服に着替えてるけど、あのでっかい鼻は間違えようがない。現場指揮のためかな? 中間管理職(?)は大変だ。口調はちょっと粗野になってるけど、こっちが本性かもしれない。
海賊(偽)は風の魔道具の出力を上げて渦潮からの脱出を試みているようだけど、帆船じゃ難しいんじゃないかな? ヴォーテクス・フィールドの効果は大気にも影響してるから、風も渦の中心に向かって吹いているんだし。魔道具で風を送っても、その効果は微々たるものだろう。現に船は前に進むことなく、ズルズルと渦の中心に引きずり込まれている。
「畜生、舵が動かねぇっ!」
「くそぉっ、どんどん流れが速くなってやがる! もうダメだぁ!!」
「お頭ぁっ! 風はこれ以上無理だ! 魔道具がぶっ壊れちまう!!」
「泣き言は聞きたくねぇ! なんとかしやがれ!」
なかなかの修羅場だ。頑張ってはいるんだろうけど、残念ながらその努力は実を結んでいない。海賊船(偽)は渦の中心へと流されていく。
まるででっかい遊園地のコーヒーカップみたいだ。オッサンだけが乗った、嫌なコーヒーカップ。
海賊(偽)共の奮闘を嘲笑うかのように、潮流に翻弄される海賊船(偽)。
ギギギ……メキメキ……
船体が周囲の激しい潮流に耐え切れなくなってきたんだろう、木材の軋む音がここまで聞こえてくる。限界はもうすぐだ。
「お頭っ、船倉にヒビが入ったっ! 浸水が止まらねぇっ! もう限界だっ!!」
「畜生っ、なんだってこんなことにっ! 全員浮く物にしがみつけっ! 運が良けりゃ生き残れるっ!!」
ポチットナが海賊共にそう指示を出した直後、船体が中央から真っ二つに折れた。
メインマストの残った後部側はゆっくり横倒しになり、そちら側の甲板にいた海賊(偽)共が海に投げ出される。最後部あたりから指示を出していたポチットナも同様だ。でっかい革袋みたいなものにしがみついてるから、もしかしたら生き残れるかもな。
前部側は折れたところから水が入ったのか、舳先を上に向けて沈み始めた。甲板に居た連中が海へと滑り落ちる。船内にも何人か残ってるみたいだけど、そちらは絶望的だろう。船と一緒に海の藻屑だ。ご愁傷様。
やがて渦の中心へと達した船の残骸は、しばらくクルクルと回転した後、あっけなく海中へと姿を消した。海賊(偽)共も半数以上が船と運命を共にしたようだ。南無。
その様子を見届けた後、俺はフィールドを解除する。
猛々しい程に荒れ狂っていた海が、一分も経たないうちに何事も無かったような静けさを取り戻す。水面を漂う木片や木箱が無ければ、夢だと言われても納得してしまうかもしれない。それくらい現実離れした出来事だった。海って怖いな!
「いやー、スペクタクルだったね、ウーちゃん! 皆に見せてあげれば良かった!」
「わふ?」
ウーちゃんとしては、特に感想は無いらしい。俺と一緒にいる事の方が大事っぽい。愛い奴。
俺が立ち上がってお尻をはたくと、ウーちゃんも立ち上がって体をブルブル震わせる。
「さ、それじゃいろいろ回収にいきますか。何人生きてるかなー、ポチットナは生きてるかなー?」
「わふっ!」
スカイウォークで夜の海上へと歩き出す俺とウーちゃん。
あ、星が出てる。綺麗だなー。
◇
≪シーザー・ヴェネディクト! 貴様には海賊行為並びに国家反逆罪の嫌疑が掛けられている! 大人しくお縄につけ!!≫
≪な、なんだと!? 私は知らん! 潔白だ! 何を証拠にそんな出鱈目を!≫
≪お前の従士であったジョージ・スミスが全て白状した! 隠れ家からお前とノラン貴族がやりとりした密書も押収している! もはや白を切る事は叶わんぞ!≫
≪くっ、ジョージめ、しくじったか……わ、私を誰だと思っている! ベネディクト伯爵家の……≫
≪国家反逆罪は重罪、貴族であればなおの事! 抵抗するなら命は無い! ひっ捕らえろ!!≫
≪ぐぅ、こんなところで俺の野望が!? あと少しだったのに……≫
力なく膝をついたデブカッパに、騎士団の兵士たちが縄を掛ける。貴族には通常縄を掛けないものらしいけど、今回は国家反逆罪という大罪だ。例外という事だろう。
海賊(偽)の生き残りの中にはポチットナもいた。なかなか運が良かったみたいだ。溺死寸前で意識が無かったけど。グロッキーだった。
この後の人生を考えると、生き残ったことを運が良かったと言って良いかどうかは悩みどころだけど。まぁ、生きてりゃ良い事あるんじゃない? 知らないけど。
他の海賊(偽)の生き残り五人と一緒に縛りあげて冒険者ギルドへと連れて行き、騎士団へと報告して神殿に連絡、海賊(偽)共を騎士団の奴隷化して聴取、貴族の子弟の国家反逆が明るみに出て団長直轄の極秘案件になり、海賊(偽)の隠れ家を捜索して略奪品やノランからの書簡を押収、証拠固めが終わってデブカッパと関与していた騎士数名を捕縛……ここまでが海賊船沈没後から今朝までの出来事だ。
いやぁ、忙しかった! と言っても、ギルドにポチットナたちを引き渡したところで俺はお役御免だったんだけど。でも顛末が気になったから、ついついモニターで追いかけちゃったんだよね。おかげでまた徹夜だ。子供の体にはきつい。
◇
「坊主、助かったぜ。お前さんのおかげで大罪人を捕獲できた。まぁ、身内から何人も罪人が出ちまったから、騎士団にも何か処罰があるだろう。けど、お前さんがノランから持ち帰ってくれた書簡、アレを提供してもらったおかげで軽減してもらえると思う。解散だけは避けられそうだ。何から何まで坊主のおかげだ、ありがとな!」
「お礼はいいよ。ちゃんと依頼として処理してもらったしね。おかげでまた調達の星がひとつ増えたよ。こっちこそありがとう!」
「ハハハッ! 本当に坊主はいいな! やっぱり騎士団に来ないか?」
「うーん、冒険者に飽きたら考えてみるよ」
「そうかそうか、俺が現役の間に頼むぞ? ハハハハッ!」
再度の聴取で騎士団詰所に呼び出された俺は、いつぞやのオッチャンにまた頭をグリグリ撫でられていた。
騒動が一通り終わって、今の時刻は昼前。デブカッパとの初遭遇から、ちょうど丸一日経過したことになる。そう考えると滅茶苦茶展開が早かったな。一日で全部終わっちゃったんだから。
このおっちゃん、実は騎士団の大隊長のひとりだった。第三騎士団唯一の、平民から叩き上げで上級士官になったひとだそうだ。実質、第三騎士団のナンバーツーらしい。次の団長候補でもあるそうだ。すげぇな。ちなみに名前はガッツ。でっかい鉄板を振り回してそうな名前だ。
本当は、ノランから奪ってきた書簡は村長へのお土産にするつもりだった。でも、この人のいいオッチャンが処罰を受けるのは心苦しかったから、騎士団へ提供することにしたのだ。オッチャンが情報の重要性を理解してくれる有能な人で良かった。
◇
「終わったぁ~! 長かったなぁ!」
「お疲れさまでした、ビート様」
「やっと終わったな。誰もケガせぇへんかったし、めでたしめでたしや」
ウーちゃん以外の皆には、子供たちの護衛として宿屋に集まってもらっていた。もしかしたら別動隊が襲撃してくるかもという配慮だったんだけど、それは杞憂に終わった。キッカの言うように、誰もケガをしなかったんだから、結果オーライだ。
「今日はもう一日お休みにしよう。たまには体を休めないとね」
本当、ギザンに来て以降、ちょっと働きすぎってくらい働いてる。たまには休んでも罰は当たるまい。
「そうですわね。明日からまた旅に出るのですし」
「……え? 旅?」
「お忘れですの? 王城からの召喚命令が出てますわ」
あーっ、そうだった! 行きたくねぇーっ!
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