第116話
朝早く、まだ陽も昇らない薄闇の中を平面製の馬車が走る。目的地は王都セントラルだ。
馬車に乗っているのはクリステラとサマンサ、デイジーの三人。キッカとルカ、アーニャには、子供たちの世話のためギザンへ残ってもらった。
俺とウーちゃんは馬車と並走している。朝の散歩代わりだ。大型犬には適度な運動が不可欠だからな。それよりなにより、走る犬の姿は可愛い。
しかし、今の俺にその姿を楽しむ余裕はない。少ししか。
「うーん……」
「走りながら考え事とは器用じゃん、坊ちゃん」
「うん? ああ、ごめんごめん。ちょっと王様の真意を測りかねてね」
「? フカヒレ献上の
「……ムニエル美味しかった」
ウーちゃんと一緒に馬車と並走しながら考え事をしてたら、御者席左端に座ったサマンサに話し掛けられた。
ちょっと不用心だったかな。『ながら』は危ない。反省だ。二宮金次郎式はマナーがなっていない。真似しちゃダメだ。
同じく御者席右端のデイジーは、ジョーさんの尾の身で作ったムニエルの味を思い出してるみたいだ。確かにあれは美味かった。
ちなみに、クリステラは御者席中央に座り、俺は御者席左側を走っている。ウーちゃんは俺の更に左側だ。その向こうは荒れた平原がしばらく続き、およそ十キロ先で岩山になっている。ほとんど砂漠だ。本当に雨が少ないんだなぁ。
馬車を挟んだ反対側は海岸だ。百メートル程先で、蒼いリュート海が静かに
三人が御者席に座っている理由は、馬車の中を木箱に占領されている為だ。木箱の中身は、海賊から奪ってきたお宝。船は置いてきたけどお宝は持ってきたのだ。ずっと見張りを置いておくのも大変だし、船もいずれ売るつもりだしな。
このお宝は、一部を除いて王都か道中の街で売りさばくつもりでいる。持っていても仕方ない。コレクターじゃないし、利益は市場に還元せねば。
残す一部のお宝というのは、主に魔道具だ。例の風の魔道具以外にも、魔導ランプやら魔導コンロやらがいくつか混じっていたのだ。俺たちは魔法が使えるからそれほど必要じゃないけど、ボーダーセッツの宿屋なら役に立つかもしれない。特にコンロとか。
「表向きはね。でも、こっちは脛に傷持つ身だから」
「ああ、
「僕もそうは思うんだけど……」
アレっていうのは、クーデターを起こしたバカ王子を始末した件のことだ。
亡国の危機を回避するために仕方なかったとはいえ、王族を手に掛けてしまったわけで、それは当然のようにこの国では重罪だったりする。多分他国でも重罪だ。
もしバレたら、一族郎党老若男女の別なく、全員が縛り首になるだろう。所有物である奴隷までには、累は及ばないだろうけど。クリステラ達を解放してなくて良かった。
あの件は村長も共犯だから、村長がバラす事も考えられない。物的証拠も状況証拠も残してないから、証言しか根拠がない。例え前世の科学捜査でも俺を犯人だと特定することは難しいだろう。
そもそも俺とバカ王子の間にはクリステラ以外に接点はなく、そのクリステラもクーデターの際はバカ王子と接触していない。
更には、王国のほとんどの民衆はクーデターがあったことすら知らない。全ては秘密裏に実行され、闇に葬られたからだ。つまり、一般人である俺たちもクーデターを知る機会はなく、バカ王子を始末する理由もないというわけだ。俺とバカ王子を繋ぐ線は、限りなく細い。
なので、あの件がバレた可能性は低いだろうとは思っているのだけど……。
「その件ではないにしても、わざわざ王城にまで呼びつけるっていうのがね……普通は感状を出して終わりなんじゃないかなぁって」
「考え過ぎじゃね? 普通じゃありえねぇ大きさのフカヒレだったから、そのときの話を聞きてぇだけだと思うぜ?」
「そうですわね。陛下は武人でもあられますから、ビート様の活躍に興味を持たれたのだと思いますわ」
「そう……なのかなぁ。だといいんだけどねぇ」
感状というのは、要するに太鼓判だ。その者が優秀であるという証として、組織のトップが発する賞状兼推薦状のことをいう。お墨付きともいうな。
どうも嫌な予感がするんだよなぁ。定時後にハゲプロデューサーがニコニコしながら近寄ってきた時みたいな。急ぎの仕事を定時後に回してくるんじゃねぇよ!
あー、行きたくねぇ!
◇
道中、二回魔物に襲われた。活動が活発になってきたみたいだ。冬が終わったんだなぁ。春の訪れを感じる。異世界の風物詩……と言うにはちょっと物騒か。
最初に襲ってきたのは、シオマネキみたいに片方だけ大きな鋏を持った、全長一メートルくらいの蟹の魔物だった。
普通、蟹が自分で獲物を狩るようなことはほとんどないはずなんだけど、その巨体を維持するには死肉あさりだけでは足りないんだろう、そいつはアクティブに獲物を狩る蟹のようだった。しかも群れで。街道脇の穴から数十匹がワラワラと出てくる様は、流石に気持ち悪かった。まぁ、サクッと甲羅ごと半分に割って終わりだったけど。
大きな鋏は塩ゆでにして食った。ぎっしり中身の詰まったカニツメは、プリプリで甘味があって美味かった。これはフライを作っても絶対美味い! 旬があるなら、その時にまた狩りに来てもいいかもしれない。そう思える味だった。
けど、蟹みそはいまいちだった。味が薄いし量も少ない。やっぱり今は旬じゃないのかも。
その他の部分は食いきれなかったから、魔石以外は刻んで海に還した。また美味しいカニツメになって帰っておいで。
次に襲ってきたトカゲの魔物は、前世のは虫類展で見たことがあるオオトカゲっぽい奴だった。全長二メートルくらい。冬眠から目覚めたのかな?
「うわっ、口の中真っ青じゃん!?」
「……綺麗」
「毒々しい色ですわね……やっぱり毒があるのかしら?」
サマンサとデイジーで反応が真逆だ。サマンサはしかめっ面で、デイジーは興味深々。あとクリステラ、それは多分正解。
たしか、でっかいトカゲは口の中に雑菌を飼っていて、噛まれるとそれが毒のように作用するとか、そんな話を聞いた事がある。
まさか噛まれて試すわけにもいかないから、平面のトーラス(リング状のオブジェクト)で口を縛ってやった。ビックリしたトカゲは慌てて逃げ出したけど、逃げたら追うのが犬の習性だ。ウーちゃんが大張り切りというか、大喜びで追いかけて行った。ちょっとは野生が残ってたみたいだ。
トカゲが脚で犬に敵うわけがない。狩った獲物を俺の前まで持ってきて、チョコンと座ったウーちゃん。褒めて褒めてと言わんばかりにキラキラ輝く目、つむじ風が起きそうな程振られた尻尾。可愛い。
もちろん褒めますとも! 撫でますとも! うちの子はデキる子なのよ! 体も取ってきた獲物も超デカいけど、可愛いから許す!
もちろん肉は食った。シンプルな塩焼きで。
「味は鳥っぽいかな? ちょっとパサついてる感じだね」
「悪くはないけど、こいつは煮込みの方がいいかもしんねぇな。余ったのは塩とハーブで煮込んでみるぜ」
「脂が少ないですわね。ソテーにして、油を足してもいいかもしれませんわ」
「……揚げる」
味はほぼ鶏のささ身だった。脂は更に少ない感じ。きっと冬眠明けで落ちちゃってるんだろう。冬眠前ならもうちょっと脂がのってるかもしれないな。今の肉質なら、サマンサの言う通り煮物にするといいかもしれない。味がよく滲みそうだ。もちろん、クリステラやデイジーの言う通り、ソテーや揚げ物もアリだろう。美味しければそれが正解だ。
内臓と頭は毒と細菌が心配だったから、食べずに刻んで海に還した。美味しいささ身肉になって帰っておいで。って、帰ってくるわけないけど。
今回はそれほど急いで移動していない。冒険者ギルドには、ギザンから王都へ向かっている事を知られているからな。あまり速いと不審に思われてしまう。なので、適度に町や村へ泊まりながらの、のんびり旅だ。たまにはこういう旅も悪くない。
魔物に襲われてるのに『のんびり』というのもどうかと思うけど。まぁ、それはそれ、これはこれだ。他所は他所、ウチはウチ。
◇
道中、パーカーの街でお宝を売りさばいた。出自のよくわからない壺や、柄までゴテゴテと飾り立てられた短剣なんて要らないし。これ、どこ握ればいいんだよ?
実はコッソリ、皆のドレスアップ用の首飾りや指輪等をキープしてあるのは秘密だ。何処かで使う機会があるかもしれないからな。女の子は綺麗に飾らないと。
かなり良い金額になったから、今年も皆にはボーナスを出せそうだ。このまま何事もなければ、だけど。
◇
ギザンを出発してから八日後、俺たちは王都セントラルへと到着した。早馬並のスピードだ。のんびり旅のつもりだったのに。
普通の馬車ならもう三~四日は掛かるはずだけど、着いてしまったものは仕方がない。大急ぎで来ましたと言って誤魔化そう。きっと少しは心証が良くなるはずだ。
そう決めて、まず向かったのは冒険者ギルドだ。いきなり王城へ向かっても門前払いだろうからな。
冒険者ギルドから王城へ連絡してもらって、知らされた官僚が面会の日程を調整し、その後俺のところへ面会日の連絡が来るという段取りになるはずだ。その連絡が来るまで二〜三日ってところかな? 面会はさらにその数日後になるかもしれない。
全部考慮に入れると、面会の日は早くて今から四〜五日ってところだろうか。お偉いさんは何をするにも時間が掛かるからな。
とはいえ、面会までのその数日間、することが無いわけではない。
まず、衣装を
色とか形式とか、いろいろとシキタリがあるかもしれない。それなりに格調の高い店で、細かいところはお任せするのが無難かな。クリステラに良い店が無いか聞いてみよう。
礼儀作法の勉強も必要だ。正直、これが一番時間がかかるんじゃないかと思っている。王城での作法とか、絶対ややこしいに違いない。けど、無礼打ちにされたくないから覚えるしかない。
まぁ、その時は素直に斬られてなんかやらないけど。斬るつもりなら斬られる事も覚悟してもらわないと。でもそれをやっちゃうと後が面倒そうだ。斬られないための準備はできるだけやっておこう。
作法はクリステラに教わればいいかな。腐っても元上級貴族令嬢だし。いや、腐ってはいない。ちょっとショタコンなだけだ、多分。
王都冒険者ギルド本部は、相変わらず閑散としていた。奥の方では職員たちが忙しそうに仕事してるけど、冒険者の姿はほとんどない。相変わらず依頼が無いんだろう。
平和だなぁ、戦争中なのに。
王城からの召喚命令について報告すると、受付の中年女性には盛大に驚かれた。召喚命令については知ってたみたいだけど、それが俺みたいな子供だとは思ってなかったみたいだ。そりゃそうか。普通、平民の子供が王様に謁見なんて有り得ないだろうしな。
ギザンの支部支配人はアッサリ受け入れてくれてたけど、あれは海賊船を奪ってきたという実績があったからかもしれない。
ここでも海賊討伐っていう実績があるはずだけど、多分周知はされてないんだろう。噂を拡げて欲しいわけじゃないからいいんだけど、職員間だけでも共有しておいて欲しかった。情報共有は大事ですよ?
やはり王城への連絡から面会までには時間が掛かるらしく、それまでしばらく王都へ滞在していて欲しいと言われた。こちらもそのつもりだったから問題ない。
宿が決まったら改めて連絡に来るということになった。王城近くに従魔と泊まれる宿があるといいな。
召喚命令とは別に、俺へのメッセージが一件、冒険者ギルドに預けられていた。ボーダーセッツのオーガスタからだ。『石鹸とシャンプーの在庫が残り少ないので、補充をお願いします』だそうだ。
滞在中にすることが増えたな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます