第117話
「準備が整ったら呼ぶ。それまでこちらで待機するように」
どことなく高圧的な態度でそう告げると、案内の役人は扉を閉めてどこかへ行ってしまった。別に俺を嫌ってるとかではなく、平民に対しては誰にでもそうなんだろう。そんな感じだった。王城務めなんてエリートしかなれないだろうしな。
王都到着から九日後、ついにやってきた国王との謁見の日は四月一日だった。『まさかエイプリルフール?』なんて考えが頭をよぎったけど、この世界ではそういうのは無いらしい。そんな遊びをする余裕なんてないよな。魔物がいるし、戦争までしてるくらいだし。
前日にギリギリで仕上がった衣装を着た俺は、王城の謁見の間の手前、いくつも並んだ控室の一室に通されていた。
控室は一か所ではなく複数あり、謁見する者の身分によってランク分けされているらしい。上級貴族ほど、謁見の間に近くて広い部屋に通されるようだ。俺は平民だから、最下級で一番狭い部屋っぽい。カメラ飛ばして確認したから間違いない。
といっても、二十畳くらいある部屋の調度は、見ただけで高級品とわかる手の込んだ物ばかりだ。部屋の中央に置かれた猫脚のローテーブルひとつの値段で、庶民なら一年くらい遊んで暮らせるんじゃなかろうか。絨毯も毛足が長くてフカフカしているし、流石は王城、お金が掛かってる。
初の国王との謁見に臨む俺の服装は、端的に言うと濃緑の詰襟ジャケットと白いパンツだ。腿の半ばまであるジャケットは、腰のあたりをベルトで絞めており、合わせ部分や袖口、裾には金糸で細かい蔦模様が刺繍されている。なかなかの力作だ。その上に、薄手の布をたすき掛けにしている。古代ローマのトーガっぽい。
たった九日でよくもまぁ、ここまで作れたものだ。しかも、全てが流通量の少ない綿製だ。流石はクリステラのお薦めだけなことはある。
なんでも王都でも老舗の仕立て屋らしく、イチゲンさんにはちょっと敷居が高そうなお店だった。普通に訪ねて行っても、庶民だとやんわり門前払いされるだろう。実際、前に王都に来たときは、格式の高い店にはことごとくお断りされてしまったからな。
だから、今回は訪ねていく前にちょっと手を打たせてもらった。
◇
「紹介状ですか? ええ、ええ、もちろん問題ありませんよ。お安い御用です」
以前依頼を受けた関係で懇意にしている王都の商会、トネリコ商会のトネリコさんだ。
トネリコ商会は王都でもソコソコ名前の売れている商会だから、そこの商会長さんに紹介状を書いてもらおうというわけだ。商会長さんの紹介状。ダジャレみたいだけど、冗談ではなく真面目な話。
格式とか伝統を重んじる老舗というのは、基本的に権威には従順だ。自分達の商売がそういうものの上に成り立っている事を知ってるからな。
トネリコ商会は名前の通り、トネリコさんが一代で大きくした商会らしいけど、元々は王都の老舗商会からの暖簾分けで立ち上げた商会なんだそうだ。フランチャイズで始めて、ノウハウを蓄積してから独立したって感じかな。だから、中堅どころながら王都の色々な老舗にも顔が効くのだそうだ。
「ありがとう、トネリコさん。ついでにコレも揃えて宿に運んでもらえる?」
「ふむ、どれどれ……ヤシ油に紙の木の実とブドウ酒、柑橘の実ですか。量こそ多いですが、どれも珍しいものではないですね。大丈夫、明日のお昼頃にはお届けできると思いますよ」
「うん、それでお願い。よろしくね」
「いえいえ、いつも御贔屓にしていただいて、こちらこそありがたい限りです」
ついでに石鹸の材料も注文してしまう。衣装の仕上がりを待つ間に、石鹸もサクッと作ってしまおうという魂胆だ。
大量の素材が必要だから、個人で揃えるのは結構大変だ。大変なことは専門家に任せるのが一番。餅は餅屋だ。この世界に餅があるかどうか知らないけど。米すら見たことないし。銀シャリ食いてぇなぁ。
◇
貴族には公式の場でのドレスコードがあるらしいけど、平民にそれは無いんだとか。たまに王家の御用商人が呼ばれる事があるくらいで、公式な場に平民が呼ばれる事はほとんどないためらしい。
その場合は最下級の貴族である準男爵に合わせるのが一般的だそうだ。準男爵は貴族とはいえ、当代限りの元平民がほとんどだかららしい。例の仕立て屋でそう教えてもらった。
「準男爵ですと、伝統的な形式であることはもちろんですが、それ以外に『マントや帽子を身に着けない』『黒地に金糸を使わない』『短剣を帯びる』というのが正装の決まりになります」
仕立て屋の主人は初老の女性だった。やや白髪の混じった明るい茶色の髪を、シニヨンでピシッと纏めている。
シャンと伸びた背筋とその体を包む丈の長い黒のワンピースからは、上品な大人の女性の雰囲気が香ってくる。母ちゃんのほんわかした雰囲気とは違う、働く街の女性って感じだ。
声も凛と通っている。名前は『タバサ』さんで、仕立て屋『銀の針』の十三代目店長だそうだ。
トネリコさんからの紹介状を渡すと、丁度前の仕事が終わったばかりということで快く引き受けてもらえた。
いつ謁見になるかわからないということで、その日のうちに採寸まで済ませて、出来るだけ早く仕立ててもらう事になった。ちょっと料金が割り増しになったけど、それは仕方がない。
その採寸の合間に、貴族のドレスコードについていろいろ話してくれた。退屈しないようにっていう配慮かもしれない。
「マントや帽子を着けないというのは、その下に武器を隠し持たないようにという意図からです。昔、国を割る
なるほど、暗殺対策ね。マントは、前を合わせれば頭以外の全身が隠せてしまうからな。剣を持っていてもわからない。
まぁ、俺には無意味な決まりだけど。平面魔法でいつでもどこでも武器を作り出せるからな。『どこでも暗器~』ってなもんだ。
マントはダメでも、何故かローブやケープはOKだそうだ。多分、最初に決められた規定が有名無実化して、マントのみ不可という形だけが残ったんだろう。前世で俺が通っていた大学にも、『つばが割れた学生帽の着用は禁止』っていう学則があったしな。今時学生帽被ってる奴なんかいねぇっての。
「黒地に金糸というのは高貴な出で立ちの象徴なのです。国王以外、身に着けてはいけないことになっています。濃紫に金糸、濃紺に金糸も公爵と侯爵の装束のみに許された組み合わせですから、これも使ってはいけません」
話しながらも、タバサさんは手際よく採寸を進めている。
採寸は長い紐を使って行われている。体に紐をあてがい、結び目を作って長さを記録している。メジャーとメモの代わりというわけだ。この紐一本が俺の身体データか。まるでDNAだな。あれは二重螺旋だけど。
「下位貴族の方は鮮やかな色に金糸を使う事が多いです。臙脂や紺が人気ですね。お客様の髪の色なら浅葱色も良いと思いますよ?」
「うーん、青系はそれほど好きじゃないんだよね。緑とか茶色とか、派手じゃない方が好みかな」
ジャングル育ちだからな。自然に溶け込む色の方が落ち着く。でも、DQNじゃないから迷彩柄は遠慮したいところだ。
「でしたら濃緑にしましょう。あまり貴族の方は好まれませんが、落ち着きがあっていいと思います。下を白にすればメリハリも付きますし」
「うん、いい感じだね。それでお願いしようかな」
後の細かいところはお任せだ。ぶっちゃけ、チョウチンブルマに白タイツじゃなけりゃいい。アレはバカ王子だから似合う衣装だ。もしアレが似合うと言われたら、俺はきっと立ち直れない。
「短剣は準男爵の身分を表します。うちでは扱っておりませんから、儀典用の武器を扱っている店でお求めください」
「普段使ってる剣鉈じゃだめかな?」
「……ダメではないでしょうが、衣装に比べて少々見劣りします。やはり儀典用を用意された方が良いかと。それに……」
「それに?」
「王城内で実用の武器を身に着けるのはちょっと……」
そりゃそうだ。『お前、それ使うつもりかよ』って話だな。
マントで武器を隠すのがダメなのに武器を身に着けなければならない規定があるというのも不思議な話だけど、『貴族たるもの、常に戦いに備えなければならない』という思想からなのだとか。『常在戦場』とは、ずっと何かと戦い続けているこの国らしい。
身に着ける武器は爵位を表しているそうで、準男爵が短剣、男爵が片手剣、子爵が細剣、伯爵が短槍で侯爵が杖、公爵が錫杖だそうだ。そういや、以前村長がブルヘッド伯爵と会うときに片手剣を差してたな。正式な会談だったから、いつもの斧じゃなくて片手剣だったということか。ファッションじゃなかったのね。
昔からの伝統だそうで、なんでこの武器なのか、タバサさんにはわからないそうだ。
ちなみに、国王は武器を身に着けないとか。身に着ける必要がないくらい、皆に敬愛される王になれという意味か? まさか素手でも身を守れるくらい身体を鍛えろって意味じゃないよな? ムエタイみたいな格闘技が伝わってるとか? アパパ?
◇
そんなこんなで、なんとか謁見の前日にギリギリで間に合った衣装を着て、形だけのナマクラ短剣を佩いての登城だ。
クリステラたちは連れてきていない。奴隷には、謁見どころか登城の権利すら無いのだそうだ。クリステラが言ってた。やっぱり封建社会なんだなぁ。
宿屋で待たせておくのも可哀そうなので、『ギザンで保護した子供たちの身の回りの物を揃える』という名目で王都観光に送り出してある。美少女ばかりだから変なのに絡まれないか心配だけど、ウーちゃんも一緒だからきっと大丈夫だろう。
……俺も買い物の方が良かったな。
などと、現実逃避気味にフカフカのソファへ沈み込んで回想に耽っていると、少々乱暴に四回、ドアを叩く音が鳴った。こっちが返事する前にドアが開いて、先ほどの案内の役人が入ってくる。
無礼な! と言いたいところだけど、向こうは多分、貴族の子女でエリート様だからなぁ。平民に対する態度としてはこんなもんだろう。
「謁見の準備が整ったそうだ。付いて来なさい。陛下の御前だ。くれぐれも粗相のない様に」
いよいよか。案内役の後ろに付いて部屋を出る。
謁見の間へと続く長い廊下は静まり返っており、俺と案内役の靴音だけがカツカツと響いている。
この廊下は以前に見たことがあるな。遠隔操作のカメラ越しだったけど。生身で見ると結構印象が違う。なんかこう……威圧感というか、厳粛な雰囲気が漂ってる。
京都の某有名神社のお堂がこんな感じだったな。本物でしか感じられない空気感だ。
他の控室には気配がない。俺が平民だから最後に回されたんだろう。やっぱ封建社会だな。
長い廊下の終点である、大きな両開きの扉の前へと達する。
扉の両脇に、ふたりの近衛兵と思しき兵士が槍を持って待機している。揃いの白い金属鎧だ。いいね、ファンタジーっぽい!
扉の向こうには気配が五つ。扉の両脇にふたつあるのは、やはり近衛兵だろう。その奥、部屋の中央付近には三つの気配がある。
はて、国王は玉座に座ってるわけじゃないのかな? 俺が入ってから、国王が出てくるんだろうか? 『国王陛下、御出座~!』とか言って。桜吹雪の入れ墨とかしてたりして? あ、それだと俺、裁かれちゃうじゃん。
この三つの気配のうち、ひとつはよく知ってる気配だ。なんでここに?
やがて近衛兵の手で大きな扉が開かれ、内側の両脇に立つ兵士の姿が目に入る。やっぱり内側も近衛兵だったか。
「陛下がお待ちだ。行きなさい」
案内役が脇へ避け、近衛兵の隣に付く。その近衛兵の間を抜けて奥へと進む。
部屋の中央には三人の男性がいる。
ひとりは近衛兵と同じ鎧を身に着けた黒い短髪の青年。膝をつき、大きな身体を屈めている。以前にカメラ越しで見たことがあるな。確か第二……今は近衛騎士団の団長だったか。名前は……忘れた。
もうひとりは良く知っている人物だ。近衛騎士団団長よりも大きな身体を屈めて、同じ様に膝をついているのは、村長こと、ダンテス=ワイズマン男爵だ。西の国境付近でジャーキンと睨み合っているはずの村長が、なんでここに?
そして最後のひとり、近衛騎士団団長と村長に跪かれ、三人の中で唯一立っている黒地に金糸の衣装を身に纏った美丈夫。
間違いない、これが今代の国王陛下『ベネディクト=ラ=ミッドランド』その人だ。黒金の衣装を着られるのは国王だけだってタバサさんも言ってたしな。
さて、この国王さん、どんな意図で俺を呼び出したのか……村長が居るとなると、少しばかり面倒事の様な気がするな。とりあえず普通に対応して様子を見るか。
俺は国王から五メートルほど前まで進み出て膝をつき、謁見の口上を……
「おう、ようやく来やがったか。おめぇがビートだな? 待ちくたびれたぜ! よし、庭へ出ろ! ひと勝負といこうじゃねぇか!」
……は?
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