第118話
「陛下っ、お
「ははっ! こりゃすげぇ! 俺の剣をここまで見切るかよ!」
ダメだ! この王様、ひとの話を聞いてねぇ!
王城の庭は、手入れの行き届いたイングリッシュガーデンだった。
サッカーコート一面分くらいの庭には芝生が敷き詰められ、ところどころにバラっぽい灌木や水仙のような花が植えられている。四季折々の花を楽しめるようになっているみたいだ。
その間を縫うように蛇行する石畳の歩道は、中央付近にある小高い丘の頂上のテラスへと通じている。テラスには滑らかに磨かれた石造りの円柱状のテーブルとイスが設えられている。あそこで午後のお茶を飲んだりするのだろうか? 流石は王城、お上品だ。
だがしかし、俺にそれを楽しみ愛でる余裕はない。その庭の外れ、城壁に近い芝生のみが敷き詰められている一角で、俺は長剣を持った王様に追い回されていた。木剣ではない、真剣で。
「稽古じゃっ、ないんですかっ!? 危ないじゃないですかっ!」
「真剣じゃなけりゃ、おめぇが本気にならねぇだろうがよ!」
真剣だけに
王様の剣先が、俺の眼前二センチくらいのところを袈裟懸けに薙いで行く。間髪入れず切り上げられて戻ってくる剣先を、更に後ろに下がって躱す。
追いかけるように大きく踏み込んで放たれた王様の突きを、半身になって躱す。あっ、トーガが切れた! くぅ~、ヒラヒラは動きづらい!
突きを強引に止めた王様は、そのまま剣を横に薙いでくる。威力はないけど、当たれば少しは切れる。痛いのは勘弁!
その下をダッキングでくぐり、王様の懐に潜り込む。俺の髪が数本、切り取られて宙を舞う。ぬぅ、禿げたらどうすんだ!
「くっ!?」
「ふっ!」
王様が剣を戻して柄で殴ろうとするのを左へのフェイントからスウェーで躱し、そのままスルリと右側を通り抜けて王様の後ろへと回る。少し走ってちょっと距離を開け、仕切り直す。
そういえばこの王様、確か『剣聖』の二つ名を持ってるんだったか。なるほど、動きが洗練されている。剣筋が綺麗だし、足の運びも無駄が無い。
しかも、剣の振りひとつひとつに明確な意図が見える。先を読むだけじゃなくて、さらにその先へ誘導しようとしている。
例えるなら詰め碁か詰め将棋。素直に応じているだけだと、いずれ追い詰められて止めを刺されてしまうだろう。怖い剣だ。
こういう相手と馬鹿正直にやりあうのはマズイ。同じ土俵に上がってしまうと相手の思うつぼだ。
ぶっちゃけ、技術と経験では向こうの方が圧倒的に上だ。戦っていればわかる。魔物相手なら俺の方が経験豊富かもしれないけど、対人戦では向こうに一日の長がある。
俺が向こうより上回っているのは、魔法以外では身体強化による基礎体力のみ。魔法が使えたら楽勝だろうけど、ギリギリまで隠してたいからな。
だから俺は相手をしない。避ける事に専念して、向こうの体力切れを狙う。剣の空振りで体力を削ってしまおうというわけだ。
っていうか、ゴテゴテと装飾の付いた握りづらい短剣じゃ戦えねぇよ!
「く、くくく……くはははっ! こいつぁスゲェ! ダン! おめぇ、とんでもねぇガキ育てたな!」
「恐縮です。私自身は何もしていないのですが」
「畏まらなくていいっつってんだろ? 今は国王と男爵じゃねぇ、昔馴染みのダンとベンだ」
どうやら王様もこちらの作戦に気付いたみたいだ。
剣先を下ろし、村長と話し始める王様。結構気さくな人柄みたいだな。あんまり威厳は感じられないけど親しみやすそうだ。この無茶な立ち合いが無ければ、もっと印象が良かったのに。
「わかった、今はそうしよう。……ビートはいつの間にか強くなっていたんだ。俺が特別何かしたわけじゃない」
「ほう、自分で鍛えて強くなったってか? 信じられねぇな。まぁ、確かに足運びを見ると我流っぽいけどな」
「辺境では強いに越したことはない。頭もいいし、村の役にも立っている。何も問題はない」
「なるほど、オツムもか……。ふんっ、道理で……おいルース、どうやらオレらの企みは気取られてたみてぇだぞ!」
「そのようで」
あー、やっぱり何か企んでたか。王様の動きに妙な意図が見えてたんだよね。
具体的には、あのルースとかいう近衛騎士団長さんのほうに誘導するような。ルースさんも俺の死角に入るように動いてたし。
多分、前後で挟み撃ちにしようとか考えてたんじゃないかな? 気配察知でバレバレだったけど。
ってか、もうそれ稽古とか練習とかのレベルじゃないよね? 殺る気満々じゃん!
「ビッグジョーを狩る程だ、これくらいは朝飯前ってか。くははっ! 面白れぇ、面白れぇな! 面倒な国王になんざなるもんじゃねぇと思ってたがよ、こういう手練れとやり合えるなら国王も悪くねぇ!」
「お戯れを。こちらは肝が冷えました」
「はははっ、悪ぃ悪ぃ。ダンの秘蔵っこの腕前を見たくてよ。ワザワザ呼びつけたのにすまねぇな」
まったく、ただでさえ動きづらい正装なのに、剣聖のお遊びに付き合わされるなんて冗談じゃない。褒美くれるんじゃなかったのかよ! これだから権力者は信用できないんだ!
「よし、それじゃあ本題の褒美の話にすっか。城に戻るぞ」
そう言って王様は、スタスタと城へ向かって歩き出す。慌てて俺と村長、ルースさんも後を追う。全く、どこまでも気まぐれな王様だ。いいのか、こんな王様で?
村長程じゃないけど、王様も大柄だ。歩くのも早い。この中じゃダントツで小柄な俺は、ほとんど走るくらいじゃないと追いつけない。早く大きくなりてぇなぁ。
その時、前を行く王様まであと三歩というくらいで、不意に背筋を冷たいものが走る! なんかヤバい!
咄嗟に横へ飛ぶと、直前まで俺の居た場所に、王様の剣が突き立っていた。振り向きざまに斬り降ろしてきたのだ! 速い! さっきまでより一段上の剣速だ! 実力隠してたな!?
マジでヤバかった! なんとか躱せたけど、ほとんど偶然だった! 直感で避けなきゃ真っ二つだったかも! なんて事すんだ、この暴力国王!
「くははっ、こいつまで躱すか! オレの渾身の一振りだったんだがな」
「……お戯れが過ぎます、陛下」
さっきのはマジで洒落にならない。自分の声が低く冷たくなっているのがわかる。
まったく、だから権力者って奴は信用できないんだ! そういやこの人、国王じゃん。権力の頂点、信用できない人の筆頭だった!
「悪ぃ悪ぃ、これで正真正銘お
そんなことは知らん! 覚えてろ、この脳筋国王!
◇
城内に戻ってきた。けど、場所は何故か謁見の間ではなく、窓の無い会議室の様な部屋だった。飾り気も乏しい。天井と壁の数か所に灯っている魔道具の明かりも隅の方までは届いておらず、やや薄暗い感じだ。
壁や床、天井は、かなりの厚みがある石壁のようだ。これなら中での会話が外に漏れる事もほとんどないだろう。多分、ここは重要な会議をするための部屋なんだろうな。
中央には長方形の大きなテーブルがあり、周囲には実用的なデザインの椅子が八脚、やや豪華な椅子がお誕生日席に一脚置かれている。
そのお誕生日席に王様がドカリと腰を下ろし、その左側にルースさんが立つ。村長と俺は王様の右側の席に並んで腰を下ろす。
「ダンはここに入るのは初めてだよな? 話には聞いた事があんだろう? ここが『青薔薇の間』だ」
「ここが……いいのか? 俺は下級貴族、ビートに至っては平民だぞ?」
「構わねぇよ。今、城には譜代当主がひとりも居ねぇからな。っつうか、今生きてる譜代当主は、自領に籠ってるヒューゴーだけだ。他の連中は全員、死亡か引退しちまったよ」
「っ! それは本当か!? ……いや、そうか……それで青薔薇の間でしかできない話か」
「いいねぇ、話が早くて助かる。みんながおめぇくれぇ察しが良けりゃ、オレもちったぁ楽できるんだがよ」
……話が見えない。この部屋の造りとふたりの会話から、やはりここが重要な会議用の部屋なんだって事はわかる。普段は上位貴族しか入れない部屋なんだろう。そこに俺たちが通された? 何のために?
「おい、ビートっつったか? ここは本当なら国の重鎮しか入れねぇ部屋だ。重要な政策や他国への戦略なんかを話し合う部屋なのよ。他人に聞かせられねぇ黒い話専用のな。意味わかるか?」
「……他言無用?」
「ま、そういうこった。その覚悟でよく聞けよ?」
面倒事の予感がする。正直『じゃあ部屋出ますね』と言って出て行きたいけど、それをすると不敬って事で処罰されそうだ。
王様は右肘をテーブルに付き、俺と村長の方に身を乗り出してくる。そしておもむろに一言。
「おめぇ、魔法使いだな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます