第119話

「っ!?」


 バレた!? なんでっ!? どこからっ!? 

 村長からというのは有り得ない。

 もし俺が魔法使いだとバレてそこから第二王子暗殺事件まで繋がってしまったら、それを暗に指示した村長もどうなるかわからない。一蓮托生、死なばもろともな間柄だ。村長の線は無い。

 だとすると……あっ、もしかして捕虜にした『炎陣』ロレンスか!? でも、あいつは俺を魔法使いだと断定できる程の情報を持ってはいない。奴からという可能性も低いか。

 ……もしかして、カマを掛けられてる? なら、ここはしらばっくれるのが吉か。


「えっと、仰られてる意味が……」

「おっと、当てずっぽうやカマ掛けじゃねぇ、ちゃんと裏は取れてるんだ。とぼけられるなんて思うんじゃねぇぞ?」


 うぬぅ、マジでか! これはちょっと想定外だ。

 兎も角、そういうことならこれ以上誤魔化すのは、無意味どころか悪手だ。王様の心証を悪くするだけだからな。甚だ不本意ではあるけれども、もう明かしてしまうしかない。

 やれやれ、バラすのは爵位を貰ってからの予定だったのに、大きく計画が狂っちゃったな。この軌道修正は簡単じゃないぞ。


「……なぜ、とお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「くくくっ、ようやくガキらしい顔を見せやがったな。いいぜ、教えてやるよ。おめぇ、ダンに会いにチトまで行った事があるだろう? 冬の初め頃だ。そこでダンから、敵の魔道具奪取の依頼を受けてこなしてるよな? ひとつふたつじゃなくて丸ごと、おまけにあの炎陣まで一緒に捕まえてくるたぁ、とんでもねぇ話だがよ」


 ふむ。確かに、村長が怪我したっていうのを聞いて、リュート海南西のチトの街まで行ったな。それでお見舞いのついでに、交戦中だった帝国の武器と司令官のロレンスを分捕ってきたんだったっけ。

 結局、あの件は村長が冒険者への指名依頼って形で処理してもらったんだったよな。結構な額の報酬だったけど、軍隊を一日維持するのに比べれば安いものってことで、戦費から気前よく払ってもらった。戦争はお金がかかるからなぁ。

 でも、なんでそれが俺が魔法使いだって事に繋がるんだ? アーニャの前以外では魔法らしい魔法なんて使ってないぞ?


「おめぇ、その直前に王都の冒険者ギルドに顔出してただろ? 海賊退治の記録が残ってるから間違いねぇよな。で、その二日後にチトで依頼を受けてるわけだ。普通なら十日以上かかる、王都から二百リー(約六百キロ)以上離れたチトの街でな。……ありえねぇんだよ。いくらなんでも速過ぎる。それこそ、魔法でも使わねぇ限りはな」


 あうち! 確かに!

 あの時は気が動転してたから、後先考えずに行動してた。チトでは身分も顔も全然隠してなかったし、名前だって名乗ってる。宿の台帳にも実名を書き込んでるし、ちょっと調べれば俺がたった二日で六百キロを移動したことはわかってしまう。国家権力ならなおさらだ。そもそも、冒険者ギルドは国営だしな。


「手を回して、おめぇの記録を国中の冒険者ギルドに日付込みで提出させたのよ。ボーダーセッツ、ドルトン、王都、ギザン……非公式だがよ、パーカーからも報告が上がってたぜ? 『狼と若い娘五人を連れた灰色頭のガキ』なんて、そう居るもんじゃねぇからな」


 ですよねー、目立ちますよねー。

 俺もそうじゃないかと思ってたんだよ、あのメンバーで人目を忍ぶなんて無理じゃないかって。キュートなワンコを連れた美少女軍団だもんな。何もしてなくても目立つのは間違いない。

 俺の灰色髪も、他に居ないわけじゃないけどほとんどが爺ちゃん婆ちゃんで、子供では俺以外見たことが無いし。


「その情報からおめぇらの足跡を追ったらよ、どうにも日数が合わねぇ。どう考えても速過ぎんだよ。これはもう、魔法以外ありえねぇってぐらいにな」


 ……何のことは無い、俺が抜けてただけだったか。

 『出来る人の簡単は出来ない人の困難』というやつだ。俺は(魔法で)出来るから他の人もこのくらいならできるだろうと思っても、普通の人にとってはやっぱり困難だったってわけだな。


 知ってたはずなのになぁ、なんで忘れてたんだろ?

 前世で新人の面倒を見てたときも『ちょっと待ってください! 今の作業、早すぎて良く分かりませんでした。もう一度お願いします』なんてのは頻繁にあったことだ。

 大抵はショートカットやアクション登録してるだけなんだけど、新人は知らない、使ったことが無いなんてことが結構あった。アレの再現だ。


「で、だ。そこから推測するに、おめぇの魔法はズバリ、高速で移動する魔法、それもおそらくは空を飛ぶ魔法だろう?」


 ……あれ?


「それなら王都からチトまで二日で移動できてもおかしくねぇ。空からなら、敵陣のど真ん中でも気付かれずに侵入できるし、奪った物資を運び出すのもそれほど難しくねぇしな。ビッグジョーだって浮かしちまえば簡単に始末できるってもんだ。どうでぇ、当たってんだろ?」


 なるほどぉっ! 確かに、断片情報からならそう考えてもおかしくない! ってか、平面魔法なんて特殊な魔法のこと、知ってなきゃ想像もできないだろう。

 『魔法を使えることがバレる』という事がすなわち『平面魔法の全てを知られる』って事じゃない。ならばその勘違い、乗っからせてもらいましょう!


「ご慧眼、感服致しました。確かに、僕は魔法で空を飛ぶ事が可能です。王都からチトまでも空を飛んで向かいました」


 いつもの『嘘じゃないけど全部本当でもないよ』作戦だ。『いつも』って言えてしまうあたり、小物感が半端ない。やっぱ俺、主人公じゃないかも。


 とりあえず実演ということで、自分の足元に不可視の平面を作り、十センチほど浮いて見せる。俺の足元を見て、王様と騎士団長は軽く目を見張る。村長はちょっと微妙な顔だ。本当の事はナイショね? いやはや、気苦労かけてばかりで申し訳ない。

 しかし、これでふたりとも、俺の魔法が空を飛ぶだけのものだと勘違いしてくれるだろう。『空を飛ぶ魔法』と『空を飛ぶことできる魔法』。似てるけど、ちょっと違う。いや、大分違う。


「ふん、やっぱりな。飛べるのはひとりだけじゃねぇんだろ? 何人くらいまで一度に運べるんだ?」

「試したことがありませんので、上限についてはなんとも。少なくとも、大きな天幕いっぱいの魔道具と大人ひとりくらいなら運べます」

「なるほど。ってこたぁ、人だけなら一個中隊くらいは運べるってことか。速さはどれくらいまで出せるよ?」

「王都からチトまで、全速で半日ですね。運ぶものが多くなると、それにれて遅くなると思います」


 王様と騎士団長が軽く目を剝く。いや、さっき『二日後に』とか言ってたじゃん? まぁ、今はもっと速く飛べると思うけど。


「二日どころか、半日かよ。とんでもねぇな。それに加えてさっきの動きと勘の良さ……ダン、てめぇ、なんてもん育てちまってんだ。こいつひとりで戦が変わるぞ!」

「そう言われてもな……さっきも言ったが、いつの間にか育っていたからな。それに、いくらこいつが優秀でも、子供を戦に出すのは承服しかねる。チトでの依頼は止むを得ずだ。もう二度とやらん」

「わかってるよ、怖ぇ顔すんな。さっきのは言葉の綾だ。いくらオレでも子供を戦には送らねぇよ。けどよ、このまま放置も出来ねぇ。こいつが他の国に仕えたりした日にゃあ、オレは夜毎怯えて眠れねぇよ」

「陛下、早急に対策を検討致します。先ほどの動きからすると、近衛の精鋭五人程を常時三交代で……」

「よせよせ、無駄だ。ルース、おめぇ、その五人でビッグジョーを仕留められるのか?」

「それは……」

「そういうこった。魔法使いってのは、特にこいつみてぇな固有魔法使いってのは、オレ等が束になっても敵わねぇバケモノ揃いよ」


 なんか、ひどい言われ様だ。剣聖ともあろう者がイヤに弱気だな。

 たかが空を飛べるくらいで……いやいや、普通の人は飛べないんだった。出来る人の簡単は出来ない人の困難。またやるところだった。

 確かに、空を飛べるというのは圧倒的なアドバンテージだ。矢の届かない上空から油壷を落とすだけで、簡単に城が落とせてしまう。相手は抵抗も出来ない。そう考えると王様の懸念も『さもありなん』だ。

 ……あれ? なんか俺、やばくね? 王様直々に危険人物指定されちゃってない? 処刑は流石に無いとしても、軟禁とか常時監視とかされちゃう!? しまっちゃうおじさんにどんどん仕舞われちゃう!?


「で、だ。おめぇの扱いなんだが……」


 王様が真剣味を帯びた目で俺を見る。さっきまでの砕けた感じじゃない、庭で最後に見せた本気の目だ。つまりヤバい目。その目のまま、王様が口を開こうとしている。

 ちょ、待って! 俺どうすれば!? 逃げるか!? でも出入り口の前には騎士団長が! どうすればっ!? どうしようっ!?


「ダンテス村出身の冒険者ビート、其方にウエストミッドランド王国五十二代国王ベネディクト=ラ=ミッドランドの名において準男爵の位を授ける。国を支える貴族の一員として、国威向上に励むように」


 ……ぅえっ?


「ダンテス=ワイズマン男爵、其方は先の王国北西部戦線において多大なる成果を上げた功績により、子爵位へ昇爵することとする。領地については後日、協議の上での決定とする」

「はっ、この身命をもって、更なる王国への忠誠を誓います」


 村長がその場に片膝をついて神妙に返事をする。これ、どういう状況?


「おう、小僧! おめぇはどうなんでぇ?」


 王様が俺に問いかける。あ? えっと、一体何が? と、とりあえず!


「えっと、ち、誓います?」

「なんで疑問形なんでぇ。今は戦時特例って奴で、正式な叙爵の儀は無しだ。たった今からおめぇはうちの貴族だからな。他所へ行くんじゃねぇぞ? あと、おめぇは平民からの叙爵だ。家名なんか持ってねぇだろうから考えておけ。五日以内に内務へ届けろよ」

「は、はぁ?」

「くくくっ、ガキはいじると面白れぇな。まぁ、フカヒレとビッグジョー退治、海賊退治に敵将捕獲……そうそう、昨日、第三騎士団からデブの売国奴が送られてきたぜ? その報酬も込みだ。準男爵の位ひとつなら、国としちゃ安いもんだぜ」


 むぅ、俺、いじられたのか。子供にいたずらするなんて児童虐待だ。〇ニセフに訴えてやる! SNSに投稿してやるからな!


 あれ? ということは、俺、貴族になったの? マジで?

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