第五章:準男爵編

第120話

「まぁっ! おめでとうございます、ビート様!!」

「おめでとう、坊ちゃん!」

「……若、スゴイ」

「ああ、うん。ありがとう?」


 王様との謁見を終えた俺は、宿に戻って事の次第を皆に話した。いつぞやの高級な宿ではなく、ちょっとランクは落ちるものの、従魔も一緒に泊まれる宿だ。これ重要。

 一応寝室とリビングが分かれたスイートになっていて、そのリビングのローテーブルを囲むソファに皆で腰掛けている。ウーちゃんはいつも通り、俺の足元だ。


 俺としては本意ではなかったんだけど、最下級とはいえ貴族になったという事は、やはり目出度い事らしい。皆からは屈託のない賛辞を貰った。確かに目標のひとつではあったわけだしな。予定より少し時期が早くなっただけともいえる。

 ウーちゃんも、嬉しそうな顔で俺を見つめて尻尾を振っている。あ、普段からこんな感じだったか。ううん、いいんだよ、いつも通りで。よしよし、モフモフ。


「でも、魔法使いだって事がバレたのは痛いなぁ。当面は特に干渉しないって約束してもらったけど、それがいつまで守られるかわからないし。最悪、この国を出て新天地を探さないといけないかも」

「問題ありません、わたくしは何処までもお伴いたしますわ! そこが例え地獄の果てであろうとも!」

「いや、そんなとこ行きたくないし。今より悪い所に行ってどうするの?」

「あら、そうですわね。どうせなら桃源郷の方がいいですわ。おほほっ」


 両極端だな。もっと現実的な候補地はないのか? 天国じゃないだけマシか。

 でも、相変わらずのクリステラ節のおかげで、ちょっとだけ気分が和らいだ。もしかして気遣ってくれたとか? 実は結構気配りのできる娘だし、きっとそうだろう。そう思いたい。


 よくよく考えてみれば、魔法使いである事がバレたのも悪い面ばかりじゃない。隠す必要がなくなって、誰はばかることなく、大手を振って魔法を使えるってことだからな。まぁ、空を飛ぶ魔法ってことにしてるから、人前では移動くらいにしか使えないけど。

 とはいえ、高速で移動できるというのは、かなりありがたい。

 道中を楽しむのは旅の醍醐味のひとつだけど、そんなに名所が多いわけでもないしな、この国。基本、人里以外は荒野か森林、魔境しかない。早く目的地に到着できるなら、その方が時間を有意義に使えるだろう。

 それに王様と英雄(村長)のヒモ付きなら、変な貴族に絡まれる可能性も低い。案外悪くない結果だったかも。


「まぁ、決まってしまったものはしょうがない。これからの事を考えないとね」

「だね。それで、家名はどうすんだい? 坊ちゃん」

「それなんだよねぇ、どうしようか?」


 王様からは五日以内って言われてる。王城の内務室に、家紋を添えて届け出しないといけないらしい。


 家紋の方は何とかなると思う。元デザイナーの本領発揮だ。

 参考までにってことで、主だった貴族家の家紋と家名が書かれた本も王様から貸してもらっている。覚えておくようにとも言われた。結構分厚いこの本を五日でっていうのは、ちょっと無茶じゃね? なんて思ったけど、開いてみると一枚にひとつしか書かれておらず、量としてはそれほど多くなかった。まぁ、多くてもテクスチャ化して保存しておけば問題ないんだけど。


 この国の家紋はヨーロッパ風の複雑なものじゃなくて、日本風の比較的シンプルなもののようだ。そういえば、ボーダーセッツの『ブルヘッド』伯爵家の家紋も錨と天秤だったっけ。

 パラパラと本をめくっていくと、どこかで見たような家紋がいくつも出てくる。丸に十字とか菱形四つとか。どこも考える事は同じなのかもしれない。……まさかね?


 問題は家名だ。

 村長みたいに実家が貴族ならそれを使うことができたんだけど、俺は平民どころか奴隷出身だから、当然のように実家の家名なんて無い。だから新たに考えなければならない。もしかしたら、これから何百年と引き継がれるかもしれない家名を。初代としての責任が重い。


「そうですわね……新興貴族の場合、出身地や拠点の地名を家名にすることが多いですわ。ですから、冒険者から叙爵された方の中には『ドルトン』姓や『ボーダーセッツ』姓が結構おられますの」

「なるほど、それだと僕の場合は『ダンテス』姓かな?」


 宮本武蔵も宮本村出身だからって話を聞いた事があるしな。家名の決め方としては一般的だろう。ビート=ダンテス。悪くないかも。

 流石はクリステラ、元貴族のお嬢様だ。こういう時は頼りになる。


「あとは、職業を家名にされる方もおられますわね。何代か前の陛下に上等な礼服を献上した仕立て屋が、『テーラー』姓と準男爵位を授かった例がありますわ。テーラーは古代語で仕立て屋という意味だそうです」


 英語が古代語? それって、昔は使われてたって事? でも今は日本語以外使われてないよね? 言語体系全然違うじゃん。たまにこういう意味不明なことがあるんだよな、この世界。謎だ。

 それはそれとして、元の世界でも『スミス』やら『カーペンター』やら、職業系の姓の外人さんはいたから、これも決め方としてはアリだろう。俺だと『アドベンチャラー』か? それとも『デザイナー』?


「……若だと『首狩り屋』?」

「いや、僕そんな仕事じゃないからね!? そんな職業無いからね!?」


 デイジーも相変わらずだ。確かに魔物や海賊の首を狩ることはあるけど、あれは必要だからやってるだけだ。冒険者として仕方なく、仕事でやってるだけだ。

 あれ? やっぱりそういう仕事なのか? 『ビート=ネックチョッパー』……いや、無いだろう! 無いよね?


「あとは……市井の魔法使いの方が叙爵される場合、その魔法にちなんだ家名にされる方も居られますわ。例えば、土系の魔法使いの方であれば『ロックマン』、水系の魔法使いの方なら『ブルーウォーター』といった感じでしょうか」


 どっかで聞いた事のある家名だな! いや、あのゲームやアニメは関係ないはずだ。そう思いたい。

 けど、俺以外にも転生者が居ないとは言い切れないんだよな。ジャーキンの皇太子も多分転生者だし。

 だとすると、意図してその家名を付けた可能性も考えられる。

 何のために? もちろん、他の転生者との接触を狙ってだ。自分が無理でも、子孫に何かを託して。何かを伝えるために。

 これは、一度接触してみる必要があるかもしれないな。思いも寄らないところでイベントフラグが立ってしまったかも。まぁ、回収は別に急がなくてもいいか。急ぎの用件なら家名なんて使わないだろうし。


「その例だと、僕の場合は『トライアングル』か『デルタ』かなぁ。平面魔法の基本だし」

「それ、どういう意味なんだい?」

「どっちも『三角』の意味だよ。四角だと『スクエア』とか『テトラ』だね」

「……流石、若。古代語まで知ってるなんて」


 三角形は、最も構造的に安定した形だ。それ以上崩れようがない。家名に使うなら縁起がいい名前だ。その場合は、家紋にも三角を取り入れよう。


「それ以外は……特に規則性はありませんわね。王国東部を治める『ベネディクト』伯爵家は当時の国王陛下の名前を頂いたそうですし、ドルトンを治める『ドルトン』伯爵家は過去の英雄にあやかっただけで直接関係はないそうですわ」

「へぇ。ベネディクト伯爵家って、ギザンで絡んできたデブカッ……あの騎士の実家だよね? 東の方にあったんだ」

「あ~、坊ちゃんは博識なのに、時々常識を知らないよな」

「……バランスが取れてる」


 サマンサがひどい。デイジーも、微妙にフォローになってない気がする。目を逸らしながら言うな。

 とはいえ確かに、自分の家がある土地を治める貴族も知らないのは問題かもしれない。封建社会だから、不敬罪で処罰なんてことが有り得ないとも言い切れない。

 まぁ、俺も貴族になるんだから、その心配はもうないと思うけど。その代わり、侮辱されたとかで決闘を申し込まれることはあるかもしれない。気を付けないと。


 そういえば、前世でも市長の名前は憶えてなかったな。都知事の名前は憶えてたけど、あれは連日ニュースで報道されてたからだし。そうじゃなきゃ絶対覚えてない。

 なんか、政治って別の世界の話みたいで覚えられないというか、覚える気になれなかったんだよな。つまり興味が無いってことだ。


 生前ウェブで読んだコラムに、現代教育には『政治に関心を持たないようにする』という隠された目的が組み込まれているという事が書いてあった。戦前の軍国主義や戦後の学生闘争、日本赤軍のような過激な思想を排除するためだそうだ。その様な思想は、政治に関心があればこそ生まれるものだから、ということらしい。

 そしてその教育は成功し、大多数の国民は政治への興味を失い、結果として選挙の投票率を下げ、一定の支持層を持つ大政党と宗教系政党だけが当選するようになったんだとか。だから、一部政党に好き勝手させないためにも選挙へ行きましょうって趣旨だった。

 言ってることは陰謀論を多少含んだ正論っぽいけど、考えるまでもなく野党を支持するコラムだった。

 マスコミも営利団体だから、広告主からの圧力で書かざるを得なかったんだろう。公平で中立な真のジャーナリズムなんか想像上にしか存在しないってことだ。魔法と同じだな。

 あ、この世界には魔法があるじゃん。真のジャーナリズムもこの世界なら存在するかも? 『真のジャーナリズムはファンタジーでした!』……やっぱダメだな。


 ともあれ、この世界じゃ政治というか、貴族は普段の暮らしに大きく関与してくる。気まぐれひとつで生活が左右されるくらい身近な存在だ。無関心でいていいものじゃない。

 だから、庶民でも貴族に関してはそれなりに興味を持っているみたいだ。ある意味、生前の日本より健全だな。俺ももう少し興味を持つようにしよう。


「うん、色々参考になったよ。クリステラ、それに皆もありがとう。ちなみに、家名に何か希望はある?」

「いえ、それはわたくしたちが口を出して良いことではありませんわ。わたくしたちは奴隷。ビート様に従うのみです」

「だな。アタイらには荷が重いぜ」

「……若に任せれば大丈夫」


 そりゃそうか。つい忘れがちだけど、この娘たちは奴隷なんだよな。重要な決定に関わっていい立場じゃない。この場で奴隷じゃないのは俺だけ……いや、ウーちゃんも居たな。

 ウーちゃん、何か希望はある? ん? ああ、ここ掻いて欲しいの? はいはい。


 うーん、どうしたものやら。モフモフ。

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