第121話
「ふん、『フェイス』ねぇ……確か『顔』とか『おもてっ面』とかいう意味だったか? ガキらしくねぇ、本音をほとんど顔に出さねぇおめぇにはお似合いかもな」
申請期限である四月六日の朝、家名と家紋の登録に王城へと赴いた俺は、内務室で王様に絡まれていた。
なんで待ち構えてるの? 暇なの? 提出した書類へのコメントはいいから、仕事しなさいよ。
今日の王様は先日の黒金礼装ではなく、濃紺の前合わせの上着と同色の太いパンツだ。なんとなく甚平っぽい。胸元からは鍛え上げられた見事な大胸筋がのぞいている。もう春とはいえ朝には吐く息が白いこともあるのに、寒くないのかね? いろんな意味で良く分からない人だ。
俺の家名は『フェイス』にした。ビート=フェイス準男爵。
フェイスとは、3DCGツールにおいて『平面』とほぼ同義で使われる単語だ。いくつかの直線で囲まれた多角形を指す。意味的には王様が言った『おもてっ面』が一番近い。
「ほかにも『向き合う』とか、少し発音が違いますが『信用』や『信仰』という意味もありますよ」
「けっ、そっちは全然似合ってねぇな! おめぇ、特に信奉してる神様なんざいねぇだろうがよ」
「信じるのは神様だけとは限りませんから。仲間を信じるのは冒険者として大事なことですし」
「ちっ、口の達者な野郎だ。相変わらず可愛げのねぇ。まぁいい、家紋の方は六角に……こいつは百合か?」
家紋は菱形六つを放射状に組み合わせた型にした。見ようによっては百合や桔梗に見えなくもない。その周りを細い線と太い線の二重の六角形で囲んでいる。
なんとなく魔法陣っぽいデザインで、魔法使いの家紋としては
まぁ、この世界の魔法は魔法陣を使わないんだけど。あ、でも魔道具にはなんか刻まれていたな。今度分解してみるか。
囲みの六角形と菱形の隙間で、さりげなく平面の三角形を表現してたりもする。俺の子孫が平面魔法を使えるとは思えないから目立たせる必要はないけど、家の
しかし実はこれ、本当は魔法陣でも百合でもなく、『犬』の字の変形だったりする。つまりウーちゃんだ。
デザインに犬を使う事は、そのものか文字かは別として、俺の中では既に決定事項だった。
ウーちゃんは俺の大事なパートナーだし、かけがえのない癒しだ。これを外すなんて考えられない。家名を『犬神』にしても良かったくらいだ。将来、陰惨な連続殺人が起きそうだからやめたけど。特に終戦後とか。俺が戦争を終わらせれば問題ないか?
最初に考えたのは欧州風の『棹立ちした犬』だった。しかし、どう見ても家紋というより紋章になってしまったのでボツにした。これでは趣旨が違う。『他と違う事』と『別ジャンル』では意味が異なるのだ。
次に考えたのが『円に肉球』で、これはなかなかいいデザインだと思ったら、なんと既に使われてしまっていた。ちょっと悔しかったけど、その家の祖とは一度会ってみたかったとも思った。けもの好き友達、略して『けもフレ』として、きっと仲良くなれただろう。
三案目で考えたのが『丸に犬の字』。しかしこのデザインは、犬を飼っている家の玄関に貼ってある、あのマークそのものだ。大抵『猛犬注意』の紙とワンセットになっているアレ。
もちろん、この世界にあのマークがあるわけではない。とはいえ、デザインを丸パクリするのはデザイナーとしての矜持が許さない。このままじゃ使えない。
というわけで出来上がったのが、この六角百合紋だ。
菱形五つが大の字を、残りのひとつが点を表している。丸も六角形に変え、更に二重にした。
もはや元のデザインは何処にも残っていないから、訴えられる危険はない。誰から? というツッコミはスルーする。
「ふむ……確か、おめぇが連れ歩いてる女奴隷が六人だったよな。この百合の花弁ひとつがそれを表してるのか。百合は女の象徴だしな。それを包む六角がおめぇと周囲の奴らってとこか。奴隷に媚び売るのはどうかと思うけど、確かにおめぇの事をよく表してる家紋だ」
……おおっ、なるほど! そういう見方もできるか!
そういえば、出来た家紋のデザインを見せた時、妙にクリステラが興奮してたな。あれはそういう意味に受け取ったからだったのか。
……真実は闇の中に葬ろう。バレたら怖い。
「……陛下、そろそろ職務にお戻りください。一昨日決済をお願いした書類、まだ受け取っておりませんよ?」
俺が王様に絡まれていると、有能そうな、髪をきっちりとオールバックに整えた壮年の男性が声をかけてきた。髪は少し白いものが混じった濃い茶色、背は百八十に少し届かないくらいで、やせぎすだ。官吏の制服である白いローブの胸には、役職者であることを示す微章がたくさん付いている。
確かこの人、内務尚書とかいう行政のトップの人じゃなかったっけ。現代日本でいうと、財務大臣兼経済産業大臣兼農林水産大臣ってとこかな? とにかくお偉いさんだ。
名前はレオン=ノースショア男爵。けど、見た目から受けるイメージは
詳しくは知らないけど、切れ者という噂は聞いている。そうじゃないと、アラフォーで政界のトップにはなれないよな。老人ホームとも揶揄される日本の永田町じゃ、青二才どころか小僧扱いだ。
「ちっ、しゃあねぇな。ほらよ、レオン。この前話した奴の申請書類だ。処理は『甲』でな」
「承知致しました。早急に対応致しますので、陛下も決済の書類をよろしくお願い致します」
「わかったわかった。じゃあな、小僧。これでおめぇも貴族だ。あんまり派手に動き過ぎんじゃねぇぞ?」
むう、小僧扱いは俺だった。まぁ、いいけどね。実際小僧だし。
王様がノースショア男爵に書類を渡して、内務室を去っていく。官吏たちは一時手を止め、深く頭を下げてそれを見送る。なんか、昭和の大企業か大病院みたいだ。
「さて、ビート=フェイス準男爵、書類は確かに受領しました。このあと、貴族年金と義務、権利等についての説明がありますので、係の者が来るまでしばらくあちらのソファでお待ちを」
「はい、わかりました」
「……」
話し終わったノースショア男爵が、無言のまま俺を見つめてくる。なんだ? 新米貴族を値踏みしてるのか? ちょっと居心地が悪い。
「あの、何か?」
「いえ、なんでもありません。では、私はこれで」
そう言うと、ノースショア男爵は書類を官吏に渡し、踵を返して内務室奥の扉へと消えていった。扉の前に居た官吏が頭を下げている。なるほど、官吏から王様への対応をお願いされて、ヘルプに出てきたってところか。王様相手だと、大臣レベルじゃなけりゃ対応できないもんな。
でもさっきのは何だったんだ? 俺、あの人と何か因縁あったっけ? 心当たりがあるような無いような……まぁ、いいか。考えてもわからない事は、考えるだけ無駄だ。重要な事なら、そのうち向こうからアクションがあるだろう。
ほどなくしてやってきた係の官吏から、年金と義務の話を聞く。
年金は、準男爵だと年間大金貨三枚。慎ましくひとりが一年生活できるくらいか。それが本人の存命中に限り、年に一回支給される。
冒険者ギルドに登録している場合は、年始にギルドの口座へ振り込まれるらしい。ただし、一年以上冒険者ギルドに顔を出さなかったら、消息不明ということで打ち切られるそうだ。そりゃそうだな、いつ命を落としてもおかしくない職業だし。
冒険者ギルドに登録していない場合は、年頭に王城で行われる賀詞交換会の際に給付されるとか。冬は魔物が少ないし、旅してくるには都合がいいからな。
俺の今年分は、月割りで計算して今月末に振り込まれるそうだ。ただし、もう四月になったから四月分は出せないそうで、五月分からの支給になるらしい。ということは、五月から十二月までの八か月分、一年の三分の二だから、丁度大金貨二枚か。さてはそれを狙って四月一日に呼んだな? せこい!
続いて義務の話を聞く。
といっても、準男爵には重い義務はないようだ。国からの緊急要請に応えることと、子女に教育を受けさせることくらい。俺はまだ子供だから、両方とも免除だそうだ。あとは国の品位を落とさないよう、誠実な行動を期待するとかなんとか。結構緩いな。
その代わり、罪を犯した場合は即、爵位剥奪なんだとか。場合によっては、平民だった頃より重い刑罰が科せられることもあるらしい。無許可出国なんかも爵位剥奪の上で重い罰が科せられるそうだ。厳しいなぁ。依頼を受けるときは気を付けないと。
最後は貴族の特権だ。
主な特権はふたつで、ひとつは免税権だ。
準男爵の場合、国に治める人頭税が本人に限り無料になる。男爵以上だと二親等内の血族まで免除だそうだ。祖父母、父母、兄弟姉妹、子、孫までが対象で、兄弟姉妹や子の配偶者は血が繋がってないから対象外なんだとか。ただし無料になるのは人頭税のみで、各地の領主が独自に設けている税金は払う義務があるそうだ。
ふたつ目の特権がこの領主独自の税金を設ける権利、課税権だ。
たとえば、商店の雇用人数に応じて課せられる『商人税』や領地を通過する際に徴収される『通行税』なんかを、領主が独自に設定できるそうだ。これを勘違いした無能な領主がバカな税金をかけて、領地が廃れたなんていうのはよくある話らしい。
この課税権で得た利益の一部は国へ納める必要があるらしいけど、領地持ちの子爵以上にしか意味がない権利だ。準男爵の俺には関係ない。やっぱ領地持ちは面倒だな。俺は男爵まででいいや。NAISEI(笑)なんてできないし。
そんな感じで色々説明を受けた俺が城を後にしたのは、太陽が中天を大きく回った頃だった。いやはや、お役所はどこも時間がかかりますなぁ。
なにはともあれ、これで今日から俺も貴族の仲間入り、中長期成長計画の目標クリアだ! ひゃっほぅっ!
……さ、冒険者家業に戻るとしますかね。
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