第044話
ふたりじゃ長旅は出来ない。この日、この旅初めての野営でそれが良く分かった。
昨夜はクリステラが深夜までの先番、俺がそれから朝までの後番で夜番をする事になっていた。
周囲の強い魔物はあらかた狩ってあるから、他所から集まってくるには時間がかかるはず。ということで、比較的安全だろうと思われる先番をクリステラに任せたのだ。
そして、それは正しかった。明け方近くになって牙ネズミが五匹、俺たちが野宿していた木の傍に現れた。
ここまでは想定の範囲内。想定と違っていたのは、俺もクリステラも寝てしまっていた事だった。
今は秋の中頃だから、夜は十二時間近い長さがある。ふたりで交代で夜番をすると、六時間ほどを担当することになる。
正直言って、長い! 暇だ、退屈過ぎる!
娯楽の少ないこの世界で、深夜の六時間をひとりで過ごすのは拷問に近い。なにせゲームもスマホも無いのだ。
だから、クリステラが交代する前に寝てしまったのも無理はない。俺でも寝てしまっていたかもしれない。なので、その事については問題にしない。反省するだけだ。何故俺の毛布に潜り込んでいたのかは、後々問い詰めなければならないけれども。
牙ネズミが近づいてきた時、真っ先に起きたのはウーちゃんだった。音、匂い、気配のいずれか、あるいはその複数かは分からないけど、目を覚ましたウーちゃんが警告の唸り声を上げたのだ。人に慣れきった飼い犬のような仕草で甘えてくるウーちゃんだったけど、ちゃんと野生は残っていたようだ。
それで俺も目が覚め、牙ネズミの襲撃を迎え撃つ事が出来た。ウーちゃんを仲間に出来てマジで良かった。クリステラは朝日が昇るまで寝たままだった。
「という事で、ドルトンに着いたら奴隷を購入します! 最低でもひとり、できればふたり以上! じゃないと、遠出が出来そうにないからね」
朝食を摂りながら今後の話をする。メニューは森芋と魔物肉と野草のケチャップスープだ。塩とハーブがちゃんと効いているので、それなりに美味い。朝から食べるには少し重い気もするけど、カロリー消費の多い冒険者ならこのくらいは必要だ。
ウーちゃんは、今朝狩った牙ネズミを食べている。皮と前歯、魔石が素材として売れるので、それを切り分けた残りを丸ごとあげた。時折ボキボキと音がするから、骨ごと食べているのだろう。逞しい。
「くっ、折角のふたりきりですのに……仕方ありませんわね。今回はウーちゃんに助けられましたけれど、これからの事を考えると確かにふたりでは心許無いですし」
四人以上いれば、夜番も余裕を持って回せる。実際、ボーダーセッツに行くときはアンナさんたちと俺の五人で回してたし。あの時は何も問題はなかった。
「クリステラは、他に奴隷が増える事は嫌じゃないの?」
経緯が経緯だし、クリステラは奴隷に対してネガティブな考えを持っているはずだ。何しろ、俺のように生まれついたわけではなく、無実の罪で奴隷に落とされたのだから。すぐ傍に他の奴隷が居れば、その事を嫌でも思い出すんじゃないか?
「ふたりきりじゃなくなるのは嫌ですけれど、仕方ありませんわ。奴隷じゃないと秘密を守れませんもの」
俺もクリステラも常識外れの魔法を持っている。それが国や貴族に知られたら、間違いなく拘束されてしまうレベルだ。この事は可能な限り隠さなくてはならない。奴隷なら契約紋による強制が出来るから、リスクを最小限にできる。
「それに、ビート様に買われる奴隷は幸せ者ですわ。酷い虐待も無茶な命令もされませんし、食事もちゃんと美味しい物を食べさせてもらえますし。奴隷であるわたくしが言うのですから間違いありませんわ」
「そう? これが普通だと思うんだけどな」
クリステラがニッコリと笑いながらそう言った。不覚にもちょっとかわいいと思ってしまった。いや、実際可愛いのは間違いないんだけど。
「昨夜も、ちゃんと起きていればビート様の可愛い寝顔をずっと見ていられましたのに。幸せな気分に浸っているうちに寝てしまうとは、不覚でしたわ」
台無しだよ! そして怖ぇよ! むしろ寝てくれてありがとう!?
◇
朝食が終わったら、冷蔵してあった魔物を解体して出発だ。ちなみに、食器の類は全て俺の平面魔法で作ってあったから、片付けは必要ない。消すだけだ。荷物を減らすことも出来て一石二鳥。俺の魔法はやっぱり便利だな。
馬車の速度は昨日より速めだ。大体時速四十キロくらいで走っている。舗装されていない平原を馬車がこの速度で走るのは異常以外の何物でもないんだけど、どうせこの辺に人なんて居ない。目撃者が居ないなら気にする必要など無い。昨日はその事に気付かなかった。不覚。
まだまだ速度を上げる事は出来るんだけど、ウーちゃんが並走出来なくなるのでこの速度に抑えた。ウーちゃんを馬車に乗せればもっと速く移動できるけど、ずっと車内に閉じ込めておくのは可哀想だ。犬は走る事が大好きだからな。
いや、犬じゃ……もう犬でいいか。狼が人と一緒に暮らしてるうちに犬になったって話だし、ウーちゃんは既に俺と一緒だから犬と言っても過言ではない。よくわかってないけど、犬なのよ。
クリステラには干し肉を作ってもらおうと思ってたんだけど、時間が足りない事に気が付いてやめた。
干し肉の作り方は、薄く切った肉をハーブと塩の味付け液に漬けて、味が滲み込んだらサッと茹でてから干すだけの簡単レシピだ。けど、漬けこむのに二日、干すのに十日くらいかかる。出来上がる頃にはとっくに街に着いてしまっている。
なので、狩った魔物の肉はこの旅の間に食べ切る事にした。
◇
その後何度か魔物に襲われたけど無視して逃げ切り、二日後にドルトンの街に着いた。ドルトンの街は燃えていた。物理的に。
「ビート様、街の方から煙が! 何かあったのかもしれませんわ!」
「ちょっと待って、探ってみる!」
いやマジで、ちょっと、何なの!? 到着したらいきなり燃えてるとか、ぶっちゃけ有り得ない!
気配察知で様子を探ると、どうやら魔物の群れが街に押し寄せてるようだ。街の北側に集中してるところを見ると、大森林の魔物ではないだろう。
気配も少し弱めだから、強い魔物ではなさそうだ。大半はゴブリンだな。
そういえばブルヘッド伯爵が、ジャーキン帝国に雇われた傭兵が数か所でゴブリンを繁殖させて街を襲わせてるって言ってたな。あれか。
ゴブリン以外の魔物も居るっぽいけど、増えたゴブリンに追い立てられる格好で流れて来たのかもしれない。数はかなり多い。千は超えているだろう。
カメラを飛ばして詳細を探る。燃えているのは街を囲む城壁の外側で、魔物を追い払うために油を撒いて火を放ったようだ。そのおかげで魔物は街から少し離れているけど、一部が城壁沿いに東へ移動している。俺たちは街の南東に居るので、このままだと魔物と鉢合わせになってしまう。
南の門にはまだ魔物は居ないので、そこからなら街へ入れそうだ。
「北側から魔物が押し寄せてるみたい。東の方へ流れてきてるから、今のうちに南から街へ入ろう!」
「分かりましたわ!」
ウーちゃんもワフッ! っと一回鳴いたけど、分かってるんだろうか? きっと分かってないだろう。でも可愛いから許す。
◇
「お前たち、何処から来た!? それにその魔物はなんだ!?」
南門はそれ程大きくないけど頑丈そうな石造りで、丸太で組まれた分厚い扉は閉じられていた。
その声は三メートル程の高さのある城壁の上からかけられたもので、そこには冒険者らしき三十代前半くらいの女性が居た。手には弓を構えており、その矢じりはウーちゃんに向けられている。
あからさまな敵意に、ウーちゃんは牙を剥いて威嚇の唸り声を上げる。
「僕たちは東から旅してきた冒険者です! この魔物は僕らの仲間で危険はありません!」
そういって首から革ひもで下げたギルドタグを掲げて見せつつ、ウーちゃんを庇う。クリステラも同じようにギルドタグを掲げる。
「……分かった、今から門を開けるから素早く入るように! それと、その魔物が何かしでかしたらお前たちが責任を取る事! 従魔だと分かるように何か目印をつけておく事! いいな!!」
そう言ってその女性は城壁の上から居なくなった。やがてゆっくりと門が開き、先程の女性が門の隙間から見えた。
「ほら、早く入れ! もう魔物は東門近くまで来てるらしいぞ!」
「ありがとうございます。お手数をおかけしてすいません」
そう言うと、女性は少し目を丸くした。
「お前、貴族の子か? ずいぶん礼儀正しいな」
「いえ、極普通の平民ですが?」
産まれは農奴だけど、開放された今は普通の平民だ。
「……極普通? 普通って一体何なんでしょう?」
クリステラが何やら呟いてるけどスルーだ。普通にスルー。
門が閉じられ、閂が降ろされる。閂も太い丸太だ。大森林がほど近いから、木材は豊富に手に入るんだろう。
「東から来たなら魔物の群れは見えただろう? 今は冒険者にアレを撃退する緊急依頼が出ている。この街に居る冒険者は全員強制参加だ。この通りを真っ直ぐ行くと広場がある。そこで一番大きな建物が冒険者ギルドだ。そこで依頼を受けて参加するように!」
女性はそう言って城門から真っ直ぐ伸びる通りを指差した。その指を降ろして俺たちの顔をじっと見つめると、少し肩の力を抜いて言った。
「こんな時に来るなんて、ついてないな、お前たち。ともあれ、無事で何よりだ。今はゴタついているが、歓迎するよ。ようこそ、冒険者の街『ドルトン』へ」
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