第088話
「……というわけで、ダンジョンが僕らの仲間になりました。皆、よろしくね」
「「「…………」」」
「素晴らしいですわ! ダンジョンをテイムだなんて、王国、いえ、世界で初めての偉業ですわ! 流石はビート様!」
無事家に帰り着いた俺は、夕食の席で事の顛末を報告している。結構動き回って腹が減ってたからな。育ち盛りはいつもハラペコだ。
クリステラはいつも通りの反応だ。ここまで盲目的だとちょっと怖い。オジサン、将来あなたが変な宗教にでもハマらないか心配ですよ?
他の五人からは、特に反応が無い。黙々と夕食を食べている。ツッコミも質問も無いとは、君たちは日本の大学生かね?
ちなみに今日の夕食は俺が獲って来た
スープはシンプルに塩と香辛料で味付けされており、少しピリッとした辛味が効いている。口に入れると、
逆に、肉野菜炒めはケチャップを使った濃いめの味付けだ。辛くは無いけど、肉の脂も相まって、こってりとした仕上がりになっている。バゲットと一緒に食べる事を考えての味付けなんだろう。肉と野菜の双方から出る甘みと旨味は、バゲットの歯ごたえに負けてない。運動量の多い冒険者好みの一品だ。
ピクルスは所謂浅漬けで、干した海藻を刻んだものときゅうりのような野菜を塩で軽く揉んであるだけだ。海藻が意外にいい味を出しており、ポリポリとした野菜の食感もあって、食べ始めるとフォークが止まらない。
肉野菜炒めの濃い味に慣れた舌はスープでリセットされ、箸休めの浅漬けもいいアクセントになっている。いくらでも腹に入りそうだ。ルカはまた腕を上げたな。
「皆は何か質問とかないの? 疑問とか」
何も言われないというのも、それはそれでちょっと怖い。
いつの間にか不満を溜められて、後で大爆発なんて事は勘弁して欲しい。女性の恨みは後を引く事も多いからな。特にお金と食べ物は。あと男。
「……もう、どう反応していいかわかんねぇよ」
「せやなぁ。常識って何処に行ってしもたんやろなぁ」
「あらあら。私も、今回ばかりはちょっと言葉が有りませんね」
「いつもの事だみゃ。気にするだけ無駄だみゃ」
「……オス? メス?」
サマンサは黄昏るように、キッカは遠い目で虚空を見つめながらこぼした。ルカでさえ、いつものニコニコ笑顔に困惑の色を浮かべている。デイジーはいつも通りだな。
そしてアーニャは尻尾逆撫での刑五分延長が確定した。耳裏返しの刑じゃないだけありがたく思うがいい。
「多分、性別は無いと思うよ。繁殖しないみたいだし」
「……残念。赤ちゃんが生まれるところを見てみたかった」
「いやいや、家畜の話とちゃうからな? 魔物の中でもめっちゃヤバい奴やからな? ドラゴン並にヤバい奴やからな?」
俺とデイジーのほのぼのトークに、キッカが我慢できずにツッコんできた。
ボケられたらツッコまずにはいられない、関西人の悲しき
「明日からはジョンにも訓練に協力してもらうから。皆もそのつもりでね」
「ジョン? どなたですの?」
「ん? ダンジョンのジョン。さっき話したでしょ?」
「……いや、もう
「……無いみゃ」
む!俺のネーミングセンスに何か文句があるのかね!?
アーニャは尻尾逆撫での刑十分追加な! 柑橘の皮汁かけの刑じゃないだけありがたく思いなさい!
◇
「みぎゃあぁ~っ! もう生意気言わないみゃあぁ~っ! ごめんなさいみゃあぁ~っ!」
ソファに座った俺の膝の上に、更にうつ伏せで被さる形のアーニャが、プルプル震えながら絶叫していた。両手の爪がソファの肘置きに食い込んでいる。
現在、尻尾逆撫での刑を絶賛執行中だ。そーれ、モフモフ!
「逆撫でが気持ち悪いみゃぁ~っ! でもボスの撫で方が上手くて気持ちいいみゃあ~っ! どうしたらいいか分からないみゃあぁ~っ!?」
マスターモフリストである俺のテクニックをもってすれば、生意気なネコを悶絶させる事など造作もない。気持ち悪いのに気持ちいい、くすぐりのような気分だろう。
ふはははっ、どうだ、悪いネコちゃんめっ! 俺はモフモフできて楽しいぞ!
たっぷりと三十分ばかり悶えさせられたアーニャは、全身に汗を掻いてぐったりとしていた。少々やり過ぎたかもしれん。ちょっとエロい。
動けなくなったアーニャをロングソファに寝かせると、次はアタシと言わんばかりにウーちゃんがお腹を見せて俺の目の前に転がった。ご褒美ですね、ありがとうございます。遠慮なくモフらせて頂きます。
ウーちゃんとの至福の時間を過ごした俺は、一日の汗を流すべく風呂へと向かう。今日もいい汗かいた。
扉の陰からアーニャとウーちゃんを羨ましそうに見つめるクリステラが目に入ったような気がしたけど、きっと気のせいだ。指を咥えているクリステラなど居ない。スルーされて悲しそうな顔などしていない。
◇
それから二日。ジョンの育成がてら、皆の訓練も大分進んだ。
俺が追い立てたりおびき寄せたりして魔物を集め、ジョンにそれを取り込んでもらう。取り込んだ先で皆に待機しておいてもらって、そのまま戦闘開始という段取りを繰り返した。
その甲斐あって、サマンサは身体強化の維持が自然にできるようになったし、皆の連携も非常にスムーズになった。これなら俺抜きでも討伐依頼をこなせそうだ。
魔石も依頼達成に必要な数は揃った。依頼に回せない小さめの魔石も大量に出たけど、それは全部ジョンに喰わせてしまった。
換金しても良かったんだけど、別に金銭には困ってないしな。
今やジョンのコアの大きさは直径十二センチ近い。昔村長が討伐したという、推定五十年物のダンジョンに迫るくらいのコアの大きさだ。
既に階層も四階層あり、立派なダンジョンと言っていい。面積的には一階層が野球場一個分程しかないけど、成長に従って広がっていくようだから問題ない。
ジョン自身はこの事に喜んでいるようだけど、ちょっと成長が速すぎるかもしれない。急激な成長は、色々とバランスを崩す事になりがちだ。これからは少し抑えた方が良いだろう。
ジョンは、ちょっと意地悪な構造のダンジョンになっている。というか、俺がそのように育てた。
全体の構造を簡単に説明すると、岩山に似せた地上部分とその下に続く地下部分に分かれている。
ダンジョンとして機能しているのは地下部分だ。岩山の一部にこれ見よがしな入り口が一か所開けられており、そこからダンジョン内部へと進めるようになっている。
ダンジョンの内壁は石英の結晶、つまり水晶で構成されており、外光を取り込んで
この水晶には僅かに不純物が混じっている為に、極薄い紫色をしている。そのおかげでダンジョン全体が怪しい紫色になっている。如何にも何か出てきそうで、非常にダンジョンっぽい。ただし、明るい所はピンクっぽくて、ちょっといやらしい。
全体が巨大な単結晶のようなモノなので、強度はかなり高い。通路もアーチ型にしてあるから、滅多な事では崩落する事も無いだろう。安全面には気を配ってみた。安全なダンジョンと言うのも変な話だけど。
それ以外は特に捻りの無い只の迷宮で、何か所か落とし穴があるくらいだ。ここでモンスターを繁殖させ、ジョンの餌にする予定にしている。
最下層には
ダンジョン内で死んだ魔物の魔石は、内壁に触れた時点でジョンに取り込まれ始める。直接コアに触れさせるよりその速度はゆっくりだけど、本来はそうやって成長していくもののようだ。
死体はそのまま残ってしまうので、ダンジョン内にマッディスライムを放して掃除してもらっている。臭うと嫌だからな。
魔石まで喰っちゃうのが難点だけど、そこは早いモノ勝ちだ。頑張れ、ジョン!
そして、この地下部分にはジョンのコアは無い。
ジョンのコアは地上部にあり、巧妙に岩肌へと偽装された岩戸をくぐらないと侵入できない。どんなにダンジョンを進んでも、コアまで辿り着くことはできないのだ。
こんな大森林の奥まで冒険者が来ることは無いと思うけど、万が一ということもある。ジョンを討伐される危険は小さい方が良い、そう思ってこういう構造にした。
ただ、もし優秀な冒険者が居た場合、最深部を探索してもコアが見つからないと不審に思われるかもしれない。再探索されて地上部分を見つけられでもしたら面倒だ。
なので、ダンジョンの最深部にはダミーのコアを用意した。直径六センチくらいの魔石、ジョーさんが持ってた奴だ。ダンジョンコアとしては小ぶりだけど、それっぽいラインを周囲に張り巡らしてあるし、初見なら騙されてくれるだろう。
地上部分は居住区だ。岩山の内部をいくつかに区分けし、寝室や食堂、訓練場等にしている。大森林での活動拠点にする予定だ。
危険な魔境で安全な寝床が確保できるとは思わなかった。ジョン様々だな。なんて素敵な魔境ライフ!
◇
依頼完全達成に必要な魔石は揃ったし、皆の訓練もある程度目処が立った。
ジョンにもしばらくゆっくりしているように指示を出したし、当面の心配事は何も無い。
いよいよ出発だな。先ずはノラン、そしてジャーキン。
国を相手の仇討ち旅とは、なんとも壮大な事だ。
しかし、世界を見て回るのはいかにも冒険者らしい。折角の異世界ライフ、やっぱこうじゃなきゃ。
よし、行くぞ! 俺たちの旅はまだまだここからだ!!
等と、打ち切りっぽい事を言ってみる。人生に打ち切りなんて無いけどな!
俺の人生はまだまだ続くぜ! たぶん。
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