第087話

 通路は真っ直ぐ南へ十メートル程伸びた先でT字路になっている。

 多分、左へ行くと俺をここへ落とした奴がいる。結構大き目の気配を感じるのだ。魔物っぽいけど、何か違う気もする妙な気配。よくわからん。

 まぁ、考えても仕方がない。行ってみれば分かるだろう。


 という事で、俺はT字路を右へ・・進む。

 ゲームでもそうだった。ボス部屋へと通じるルートの、敢えて逆へ行く。何故ならそこには宝箱や宝物庫があるからだ! ゲームのオヤクソクなのだ! ならば行くしかあるまい、冒険とはそういうものだ!


 T字路を少し入った辺りでパーティクルを切り、スポットライトに切り替える。スポットライトなら範囲外に光が漏れないから、猪人オーク共に気取られる可能性は低い。

 あー、きつかった。気配察知の負荷がやばかったんだよね。

 次いで、スカイウォークを発動して床から二十センチ程上を歩くようにする。罠対策だ。もし床に仕掛けがあっても、これなら大丈夫。踏み抜かなければ引っかかる事は無い。まぁ、魔力感知式なんてものがあったらアウトだけど。


 右側はすぐに円形の広間へと繋がっていた。広さは俺が落とされた穴と同じくらい。どうやらここも陥没させられた穴らしい。

 気配察知には何も引っかかっていない。

 それもそのはずで、広場にはかつて魔物であっただろう数体の死骸が転がっているだけだった。どうやらジャイアントホーン(大きな牛の魔物)のようだ。

 死んでから少し時間が経っているっぽい。角が折れているものが何体かあるから、おそらく落とされた後パニックになり、壁に突撃して折ってしまったのだろう。

 しかし死因はその時の怪我ではなく、どうやら餓死のようだ。あまりにも骨と皮だけ過ぎる。ガリガリだ。

 見た所、床も壁も黒い鉱物で覆われており、草が生えていたようには見えない。

 僅かに水が滲み出している場所があり、死体はその周りに集まっている。

 ジャイアントホーンは草食の魔物だから、食べる物が無くなって死んでしまったのだろう。暗闇の中で餓死とか、嫌すぎる。


 この広間から先には通路はなく、どうやらここで行き止まりらしい。宝は無かったか、残念。

 せめて魔石だけでもと思わないでもなかったけど、墓盗人のような真似は抵抗が有ったのでやめておいた。冒険者らしくないと思うし。

 しかし、もしこれが遺跡なら、逆に色々漁ったかもしれない。冒険者だから。

 何処にその線引きがあるのかは俺自身にもよくわからないけど、敢えて言うなら気分の問題だな。


 しょうがない、左へ進むか。



 左は直ぐに垂直な四角い縦穴へと繋がっており、そこを降りないと先へは進めないようになっていた。

 エレベーター坑のような感じだけど、当然ながら箱は無い。自力で降りるしかないようだ。大体五メートル程だろうか。俺は平面魔法があるからいいけど、他の人では難しいだろう。ロープを結ぶための岩も、掴んで降りる為のでっぱりもほとんどないからな。知っていて準備してなければ詰んでしまう。なかなか意地の悪い造りだ。

 平面に乗ってエレベーターな気分で下に降りると、そこからは東へ真っ直ぐ二十メートルほど横穴が延びていた。その先は小部屋になっているらしい。怪しい気配はその中だ。

 隠れる場所が無いので、素直に真っ直ぐ歩いて行く。一応スカイウォークを使いながら。わざわざ罠に引っかかってやる理由も無いからな。


 小部屋の入り口に立った俺は言葉を失った。なんだこりゃ?

 いや、本当は知っているけども。正確に言うと、これによく似たものを俺は見た事がある。頻繁にという訳ではないけど、それ程珍しくも無い頻度で。

 しかし、それがこの世界にあるはずはない。何故なら、それは俺がこの世界に生まれて来る以前、前世でしか見たことが無い物だったからだ。


 それは床一面に光る細い線で描かれた幾何学模様、電子回路だった。端的に言うなら基盤だ。PCのマザーボードや増設カードなんかのアレ。

 まさかこれが本当に基盤だとは思わないけど、見た目はまさしくそのものだった。

 部屋の中央の床は台座のように一段盛り上がっており、その中央には怪しく黄色に光る魔石? が乗っている。床を這う線は全てそこへ繋がっているようだから、あれが中枢なのだろう。PCで言えばCPUだな。

 その魔石は約八センチくらい、ジョーさん(巨大ザメの魔物)の魔石より少し大きい。

 ただし、形は一般的な球や楕円球ではなく、かなりカクカクとした水晶の結晶に似た形状だ。

 それを見た時、俺は理解した。


 ああ、これダンジョンだ、と。


 ……ちゃうねん。俺が期待してたダンジョンはこんなんとちゃうねん!

 何階層もの積層構造で魔物がひしめいててお宝があちこちにある、俺の中のダンジョンはそんな感じやねん!

 魔物は牛のミイラと猪人だけ、お宝も無しで階層も二層だけ!こんなんダンジョンちゃう!


 絶望した! 現実の貧相さに絶望した!


 ん? そう言えば昔、村長にダンジョンの話を聞いた気がするな。

 確か、産まれてから五十年くらいの若いダンジョンだったけど、コア(魔石)の大きさは十五センチくらいだったって。

 こいつのコアはどう見てもその半分程度だ。コアの大きさと年齢が一致するとは限らないけど、このダンジョンの構造の簡易さから見ても、こいつが生まれて間もないのは間違いないだろう。

 それに、ダンジョンは魔物を自身の内部に住まわせて自身のコアを守らせているとも聞いた。だとすると、死んだビッグホーンの代わりに猪人を呼び込んだんじゃないかという仮説が考えられる。

 つまり……俺、巻き込まれただけ!? 何かの陰謀とかじゃないの!? 巻き込まれ召喚ならぬ巻き込まれ取り込まれ?


 等と考え込んでいたら、俄かに周囲の壁が黄色い魔力光を帯び始めた。やばっ、魔法が来る!!

 咄嗟に自分の周囲を平面の立方体キューブで覆うと、その瞬間に壁から鋭いツララ状の黒い岩が無数に突き出し、平面に当たって砕け散った。あぶねぇっ!

 そして、すげぇ! これ、ストーンニードルとかランスとかいう、マジモンの範囲攻撃魔法じゃないの!?

 感動した! 初めて見るファンタジーらしい範囲攻撃魔法に感動した!


 しかし、次から次へと岩は飛び出してきており、立方体を解除する事もできない。弾幕を張って足止めとは、なかなかやるな。

 村長もよくこんなのを潜り抜けたもんだ。それとも、村長の時はこんな攻撃じゃなかったんだろうか? 普通の人間にこんな弾幕をすり抜けられるはずないしな。今度詳しく聞いてみよう。


 俺の平面魔法はこういう飽和攻撃に弱い。このダンジョンがそれを知っているとは思えないけど、このままではじり貧なのは間違いない。

 一旦距離を置いても、ここがダンジョンの中である限り攻撃の手が緩むとは思えない。ここは一気に勝負をかけるべきだろう。

 俺は全力で魔力を練り上げ、防御に使っている立方体へと注ぎ込む。このまま突っ込んでコアをぶっ壊し……って、アレ? 攻撃が止んだ?


 コアは弱々しく明滅し、そこから周囲の回路? に流れていた魔力も非常に弱くなっている。攻撃は止まっており、俺の周囲の魔力光も消えている。魔力切れか?


 念の為、胴や頭なんかの重要部分を平面で覆ってから立方体を解除し、コアに近づいてみる。弱々しい明滅を繰り返すものの、攻撃してくる様子は無い。

 右手を伸ばしてコアに触れると一瞬大きく光ったけど、それ以外には特に何も起こらなかった。コアは予想に反して熱くも冷たくも無く、人肌に近い暖かさだった。ツルツルで硬い表面とは微妙な違和感がある。


 はて、これはどういう事なのだろうか?

 まだ弱々しい明滅を繰り返しているから、ダンジョンが死んだわけではなさそうだ。このコアを取ってしまえば死ぬのだろうけど、抵抗する様子は見られない。諦めたのか?


 ……もしかして、本当に怯えてる?

 俺の全力魔力を感じて、抵抗は無意味と諦めてしまったとか?

 魔物の一種ならそれもありえるかもしれない。特にこいつは自由に動き回れない魔物だ。追い詰められても逃げる事はできない。諦めは良さそうだ。もしかしたら、先程の攻撃も怯えてのものだったのかもしれないな。


 さて、ここで俺にはふたつの選択肢がある。

 ひとつはこのコアを取り去り、ダンジョンを討伐してしまう事だ。魔物の繁殖を助長するダンジョンは、人間にとって害悪だ。冒険者としては当然の行為だろう。

 もうひとつは、このダンジョンのテイムに挑戦する事だ。産まれて間もない魔物を飼いならして使役する事はこの世界でも行われている。このダンジョンが実際に産まれてからどれくらい経っているのかは知らないけど、まだダンジョンとして未熟なのは間違いないだろう。ならば、手懐けて使役する事が可能かもしれない。

 このふたつの選択肢のどちらを選ぶべきか……答えは決まっている。より面白そうな方だ! テイムするしかあるまい!


 しかし、どうやって手懐けたものか。普通は餌を与えるところからだよなぁ。ダンジョンの餌ってなんだ? 魔物の死体? 魔力?

 死体は直ぐに用意できないから、まずは魔力を試してみるか。


 コアに触れた右手に魔力を送り、そのままコアへと流してみる。コアはまた一瞬光を増し、今度は明滅することなく光を持続させている。

 これはどういう反応なんだ? 食べてるのか? それとも抵抗している? 良く分からん。

 表情や感情が分かればいいんだけど、ダンジョンにそれを求めるのも妙な話だしな。このダンジョンに入ってからというもの、分からん事ばかりだ。


 一旦魔力を流すのを止め、腰のポーチから魔石を取り出す。これは散歩がてら溜めた予備の魔石だ。この大きさは猪人か大猿かな。今度はこれをコアに当ててみる。魔石は魔力の塊って話だから、これも試してみないとな。

 果たして、その変化は非常に分かり易かった。魔石を近づけると、コアから発せられた黄色い魔力光がそれを包み込む。驚いて思わず魔石から手を離してしまったけど、魔石は落ちることなくその場に留まり……どうやら接した一点でコアと融合しているようだ。

 コアに接した魔石は徐々に小さくなり、やがて完全に消えてしまった。

 もう一個を試しにコアへ当てると、やはり同じように消えてしまった。心なしか、コア自体の大きさも少し大きくなっているように見える。どうやら取り込んでいるようだ。なるほど、魔石を喰うのか。


 ふむ、ダンジョンが魔物を取り込む理由が分かって来た。やはり喰う為なのだ。

 取り込んだ魔物をダンジョン内の罠で殺し、その魔石を食らう。逃がさない為に階層を深くし、奥へと引きずり込む。直接魔法で攻撃して喰った方が早いような気もするけど、何か理由があるんだろう。効率が悪いとか。

 ダンジョン内で魔物が繁殖するのは、ダンジョンが学習するからかもしれない。あるいは、成長に従ってそういう生態へと変化するのか。

 取り込んで殺すより、内部で繁殖して勝手に死んでくれた方が効率的だからな。数が増えれば、罠にかかって餌になる奴も増えるだろうし。魔物牧場というわけだ。


 何個か魔石を喰わせると、コアの大きさは十センチ程になった。成長早いな。

 けど俺もこの一年で少し背が伸びてるもんね! 悔しくないもんね!

 俺に懐いたかどうかが分からない現状では、あまり成長させるのは良くないかもしれない。普通に魔物を増やすだけのダンジョンになられても困る。

 どうしたものかと、また右手をコアに伸ばし、指先が触れたそのときだった。


 それは感情の奔流、圧倒的な情報の圧力だった。俺の頭に怒涛の勢いで流れ込んでくるそれは言語ではなく、もっと概念的な何かだった。

 これはきつい! 頭いてぇ!!

 飢餓、恐怖、服従、魔法、成長等々。それはこのダンジョンの思考だった。あまりに急に、そして大量送られてきた情報の圧力に意識が飛びそうになったけど、気配察知で鍛えた俺の脳髄は何とかそれを耐えた。えらいぞ、俺の脳みそ!


 一瞬で送られてきたその大量の情報を整理すると、どうやらこのダンジョンは俺に屈服したようだ。俺の魔力の強さに恐怖したらしい。

 そしてもっと魔石が欲しいと思っている。今は生まれてから左程時間が経っていないので(ダンジョンの主観なので、実際には何年も経っていると思うけど)、成長の為に魔石が必要らしい。

 土魔法でできるのは、思った通り抽出と変形だ。

 ただし、今このダンジョンが抽出できるのは石英だけの様で、それも完全ではないらしい。だから黒水晶っぽいんだな。成長すれば、いずれ他の素材も抽出できるようになるかもしれない。これはいい。


 俺から思考を送れるか試してみると、コアの方で読み取る事はできるようだった。

 地上までの通路を作るように考えるとコアが魔力光で包まれ、小部屋の隅に螺旋階段ができた。風が流れて来るので外まで繋がっているのだろう。これで帰り道ができた。

 ついでにその出口を隠すように黒い巨岩を作らせ、螺旋階段へはその中腹からでないと入れないようにした。間違って冒険者や魔物に入って来られても困るからな。


 ご褒美の魔石を与え、今度は猪人共の居る広場の天井の素材を、より純粋な石英に変換する様命じる。化学式なんかは理解できないだろうけど、イメージは伝わるはずだ。

 果たして、天井の黒い鉱石が薄い半透明の紫に変わり、弱いながらも光が差し込んだのが理解できた。まだ完全に透明にはできないっぽい。今後の成長に期待だな。

 猪人共は天井を見上げ、差してきた光に歓喜の声を上げる。閉じ込められてる現状に変わりはないんだけどね。



 ようやく差した光に喜ぶ猪人共を蹂躙し、一・五センチ未満の魔石を全てダンジョンに食わせた。

 むごいようだけど、当初の予定通りにさせて貰ったまでだ。すまんな。

 死体はダンジョンの外の土に混ぜ込んだ。置いておくと腐敗して酷い事になりそうだしな。

 しばらくはダンジョンを拡張しないように注意し、また来るとダンジョンに伝えてから、小部屋の螺旋階段を使って外へ出た。

 お土産は若いメスの猪人の死骸一体と一・五センチ以上の魔石六個だ。猪人の肉は、若いメスが一番柔らかくて美味い。


 湿った空気が顔を撫でて行くけど、地下の籠った空気に比べれば数段心地いい。

 西の空はやや茜色に色づき、時刻が夕方近い事を告げている。

 丁度いい時間かな。さて、帰るとしますか。お腹空いたし。スカイウォークで大森林の上を小走りに走りながら、今日の出来事を振り返る。


 ……俺、ダンジョンマスターになりました。

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