第242話
「逃がすか!」
結構大きい、直径一メートル近い! しかも連続で飛ばしてくる! 当たれば大火傷じゃ済まない、火達磨必至だ、これは!
けど、幸いにも弾速は遅い。身体強化を使える俺たちなら、避けることは
気配察知が使えると、魔素や魔力の流れが見えるようになる。
俺たちに隷属化をかけようとして失敗し消費した偽神ユミナの魔力は、再び部屋の中に満ちようとしていた。
しかし、お爺ちゃんが魔法を使った時、偽神ユミナの魔力がお爺ちゃんに流れてから、俺たちへ魔法として放たれたのが見えた。お爺ちゃんと偽神ユミナは、魔力的に繋がっているらしい。
ならば!
「壁!」
「うぬぅっ!?」
平面でお爺ちゃんを囲む壁を作る。これでお爺ちゃんと偽神ユミナの繋がりを絶てるはず!
パリィンッ!
「なっ!?」
一瞬で平面が砕けた!? 結構多めの魔力をつぎ込んだのに!
「くはははっ! これぞ偽神ユミナのもうひとつの権能『魔法解除』よ! 強制隷属化と魔法解除、このふたつがある限りワシが負けることはない!」
なんて厄介な!
平面魔法が破られるなんてイナゴ以来だ。さすが偽とはいえ神様、腐っても鯛。イナゴと同じくらいには強いらしい。
魔法を解除されるってことは、防御のための魔法も解除されるってことだ。つまり、あの火の玉は躱し続けるしかないということ。
いくら弾速が遅いとはいえ、火の玉は時速百二十キロくらいで飛んでくる。しかも弾がデカい。
お爺ちゃんまでの距離は約三十メートル。この距離だから躱せてるけど、距離を詰めたら避け切れないかもしれない。接近戦は難しい。
そして、こちらの攻撃魔法は届かない。届く前に解除されてしまう。
とれる選択肢はない。やっぱり一時後退だ。
「キッカ! 僕と一緒に時間稼ぎを! 皆は階段の下まで退避! 急いで!」
「「「はい!」」」
「よっしゃ! けど、倒してもうてもええんやろ!?」
「出来るならね! 魔法は消されるから、補助にも使えないのを忘れないでね!」
「あちゃー、ほんなら牽制だけにしとくわ」
俺の掛け声で、皆が一斉に動き出す。
キッカのメイン武器は長弓だ。その命中率は正に百発百中。ここしばらくの戦闘では、外したところを見たことが無い。さすが(海)エルフ。屋内じゃあまり出番が無いけど、この部屋くらい広ければ使用に問題はない。
ただ、いつもは風魔法で命中率に補正を掛けてるんだけど、魔法を消されるこの部屋ではそれが出来ない。さらに、飛んでくる火の玉を避けながら撃つことになる。足を止めて狙いを定められない。命中率はかなり下がるはずだ。
それでも牽制にはなる。
偽神ユミナの魔力は、下の階には満ちていなかった。権能が有効なのはこの部屋だけなんだろう。下の階まで退避できれば、対策を講じる余裕ができる。
そこで仕切り直しだ。
ベストの内側から投げナイフ――といっても、先を尖らせただけの鉄の棒だけど――を引き抜いてお爺ちゃんに向かって投げる。俺の平面魔法も封じられてるから、命中率は下がるはずだ。
と思ったんだけど、予想外に真っ直ぐ飛んだ。あれ? 誘導のための
「ぬうっ!」
お爺ちゃんが火の玉で投げナイフを迎撃する。炎に包まれた投げナイフが融けて落ちる。弾がデカいから盾にも使えるのか。面倒だな。
キッカの矢は、魔法を使ってないのに真っ直ぐ飛んでる。弓の技能も着実に上がってたみたいだ。ノリは軽いけど頑張り屋さんだからな。
ただ、その矢も火の玉で燃やされてる。マジで面倒だな、あの火の玉。
飛んできた火の玉を走って避けながら、次の投げナイフを懐から抜いて投げる。
俺とキッカの攻撃を迎撃してるせいで、お爺ちゃんは他の皆が避難するのを妨害できないでいる。
牽制は問題なく機能している。あとは俺とキッカが撤退するタイミングを計るだけだ。
投げナイフは、やっぱりちゃんと飛んで行く。
うん? ちょっと抵抗を感じる? 偽神ユミナの魔力が絡みついてる? あっ、解除された。
っ!!
なるほど、そういうことか!
「ルカ! ユミナのコアに火魔法!」
「っ! はいっ!」
迎撃に飛んできた火の玉を飛び込み前転で躱しながら、退避中のルカを呼び止めて魔法を撃ってもらう。その魔力の流れを気配察知で観察する。
ルカの指先から火の玉がコアに向かって飛び、それが中空でかき消されて霧散する。
「あらあら、申し訳ありません、解除されてしまいました!」
「いや、ありがとう! 助かったよ!」
これで確信が持てた。
確かに魔法は解除されたけど、魔力の流れは確認できた。魔法解除の仕組みについて目処が立った。おそらく間違いない。
走りながら次の投げナイフを抜いて投げる。偽神ユミナの魔力がまとわりつくけど、まだ解除はされない。お爺ちゃんの心臓へ一直線コースだ。
当然、お爺ちゃんはそれを火の玉で迎撃する。避けるには、お爺ちゃんは歳を取り過ぎている。そこまでの身体能力はない。
「ビート様っ!?」
俺に向かってくる火の玉。それを足を止めて見つめる。直撃コースだ。既に階段まで辿り着いてこちらの様子を窺っていたクリステラが悲鳴を上げる。
けど大丈夫、俺なら出来る!
「はぁっ!」
「なにぃっ!?」
俺の突き出した左手の手前、五センチほどの距離で火の玉が止まる。
よし、成功だ!
「返すよ」
俺の声と同時に、火の玉がお爺ちゃんに向かって飛んで行く。
「なっ!? ばっ、ユミナ!!」
お爺ちゃんに当たる寸前で火の玉がはじけ飛ぶ。解除されたか。まだ精度に修行の余地があるな。
「き、貴様、何をしたっ!? 魔法を反射しただと!? いや、ワシの魔法を奪ったのか!?」
「うん。もう僕にお爺ちゃんの魔法は通用しないよ。どうする?」
種を明かすと簡単な話で、理論的には魔法抵抗力を上げる方法と大きく変わらない。
術者から放たれた魔法は、半自律的に与えられた命令を実行している。
こういう表現だとちょっと分かりづらいけど、具体例を挙げると簡単だ。例えば、さっきの火の玉。
術者の魔力で構成された火の玉には『燃焼』と『直進』という命令が与えられていて、対象に当たるまでそれを継続するものと考えられる。
半自律的というのは、この命令は魔法発動時に与えられたもので、放たれて以降は術者の制御を離れているという事だ。
野球に例えて、『ボールを投げるまではカーブやストレートの回転を掛けられるけど、手から離れたらピッチャーに出来ることは無い』という比喩のほうが分かりやすいか。ボールは投げるときに与えられた回転(命令)に従って運動しているだけだ。
俺がやったのは、そのボールがキャッチャーミットに届く前にキャッチして投げ返してしまうという行為。
つまり、魔法を捕らえて与えられた命令を自分の魔力で上書きしたということ。
偽神ユミナは解除していただけだけど、俺は飛んでくる火の玉に与えられた『直進』という命令に『停止』という命令を上書きし、さらに逆方向への『直進』という命令を与えたわけだ。
「ぐぬぬぬ、まさかこれほどとは! これが異分子、神をも滅する化け物か! ならば、ユミナよ!」
お爺ちゃんが偽神ユミナに、なにやら命令する。しかし、偽神ユミナは応えない。何の反応も見せない。
「っ!? どうしたユミナ!? 応えろ! ワシに従え!」
「無駄だよ。僕に手の内を見せすぎたね。もう偽神ユミナはその権能を発揮できない」
「貴様が!? 何を、何をしたぁっ!?」
これも理屈は簡単だ。
部屋に満ちていた偽神ユミナの魔力。これは、いわば長い髪の毛が水中で広がっているようなものだ。その数本がお爺ちゃんや機械と繋がっていて、その力の制御や命令伝達に利用されていた。
だったら、その繋がりを遮ってしまえば、お爺ちゃんの命令はユミナに届かないはず。最初にやった平面でのお爺ちゃんの隔離は、あながち間違いじゃなかった。
けど、いくら遮ろうとしても、魔法では発動させるたびに消されてしまう。さっきみたいに。確実に遮断するには、物理的に囲ってしまうしかない。けど、そんな道具を取りに行ってる余裕はない。
そこで俺は考えた。『魔法がダメなら魔力で遮っちゃえばいいんじゃない?』と。
そう思った俺は、この部屋に俺の魔力を充満させ、その魔力で偽神ユミナの魔力を押し込めた。多い魔力量にモノを言わせたごり押しともいう。
案の定、魔法は解除出来ても魔力を解除することはできなかったみたいで、俺の魔力はこの部屋に行き渡り、偽神ユミナの魔力をコア周辺のみに押し込めることに成功した。
能力的には魔力も解除出来そうなんだけど、そこは所詮道具でしかない偽の神、指示されてない事は出来なかったんだろう。
今はお爺ちゃんとも装置とも、コアは繋がっていない。だからお爺ちゃんの命令は届かないし、魔法の解除も強制隷属化も出来ない。
けど、偽神ユミナのコアは、今も周囲に魔力を放出しようと頑張っている。それを押し留めるのに俺も魔力を操作し続けているから、実は見た目ほど余裕はない。結構いっぱいいっぱいだ。
お爺ちゃんが俺に向かって火の玉を撃つ。さっきまでより二回りくらい小さい。これが偽神ユミナのブーストが無い、本来のお爺ちゃんの力なんだろう。
その火の玉を、またしても右手で止める。それを、今度は返さない。
火の玉が微細な火の粉に弾け、それが俺の
うん、できそうだと思って試したけど、ちゃんと出来た。
今の俺は魔法を奪い、魔素に還元し、自分の魔力にすることができる。魔力操作の新境地を開いた俺に、もう魔法攻撃は通用しない。
「魔法を、吸収しただと!? そ、そんなことが出来るはずがっ! 貴様、本当にヒトなのか!? この化け物め!」
「ひどい言いようだなぁ。皆、もう大丈夫だよ! 僕はユミナを押さえるので手いっぱいだから、お爺ちゃんの事は任せた! 処分は王様に任せるから、殺しちゃ駄目だよ!」
実際、あんまり余裕はない。なんとかコアを抑え込むので精一杯。
けど、お爺ちゃんさえどうにかしてしまえば、もう偽神ユミナは脅威じゃない。ただの装置だ。
「待ってました! 逃げ回るのは性に合わなかったのよ!」
「同じくみゃ! 追い回された鬱憤、晴らさせてもらうみゃ!」
ジャスミン姉ちゃんとアーニャが矢のような速度で駆け出していく。ふたりとも相当ストレスが溜まってたみたいだな。
「ぬおぉっ、寄るな、寄るなぁっ!」
苦し紛れにお爺ちゃんが火の玉を撃つけど、それらは全て分解され、俺の掌に吸い込まれていく。
偽神ユミナを押さえながらだから、実は結構きつい。久しぶりに全力を出してる気がする。
ゴガンッ!
アーニャに顔面を右拳で、ジャスミン姉ちゃんに鳩尾を左膝で打たれたお爺ちゃんが、五メートルほど吹き飛んでから数回後転する。その後はピクリとも動かない。気を失ったようだ。
……気を失ってるだけだよね? 死んでないよね?
「あらあら、これて終わりかしら?」
「アタイ、全然出番が無かったじゃん。まぁ、優先権はアーニャにあるだろうし、別にいいんだけど」
「……同感」
「いいえ、まだですわ! ここにガラハッドを置いておくと、またユミナを使って暴れ出すかもしれませんわ! 縛り上げて階下に連れて行きますわよ!」
俺が指示するまでもなく、クリステラが率先して事後処理を進めていく。やっぱり有能だよなぁ。普段のあの残念さはどこから出てくるんだろう?
「いや、もう大丈夫。縛るだけでいいよ。偽神ユミナはもういなくなったから」
近付けるようになればこっちのもの。装置から取り外したコアを左手で弄びながら俺が言う。
もうこの部屋に偽神ユミナの魔力は無い。偽神ユミナは死んだ。
あとは、お爺ちゃんと階下で寝てる連中を王様に引き渡すだけだ。十三人委員会やら反乱やらの後始末は王様がしてくれるだろう。
長らく続いたアーニャ誘拐未遂事件関連も、これでようやく終了かな? あっ、王様暗殺未遂事件もか。
やっと平和な日々が戻って来そうだ。
ほんと、長かったなぁ。
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