第137話

 温泉。

 日本人の心のオアシスは、約四十二度前後で身体を優しく包み込み癒してくれる。いや、今の俺は王国人だけど。


「はぁ~っ、やっぱ、大きいお風呂は気持ちいいなぁ」


 夕食後、館の庭に作られた露天風呂に、ウーちゃん以外の皆で入っている。当然ながら全裸だ。うむ、眼福。

 ウーちゃんはお風呂が苦手なようで、ひとりだけ脱衣所の足ふきマットの上で丸くなってる。水は平気なんだけどねぇ。


 子供たちは当初『僕たちが、一緒に、入るのは、恐れ多い、です』とか言ってたけど、皆で一緒に入るのがこの家の掟になってると言うと、恥ずかしがりながらも一緒に入ることを了承してくれた。

 温泉は怪我の療養にもいいからな。ゆっくり浸かって元気になってくれ。


「全くですわ。毎日こんなたっぷりとしたお湯に浸かれるなんて、実家でも考えられませんでしたわ」

「だよなぁ、王都の宿屋と違って湯船も広いし。ほら、脚を伸ばしても全然問題ないぜ」

「僕は、お風呂は、初めてです」

「(コクコク)」


 俺の隣でクリステラがほんのり上気した顔で相槌を打ち、サマンサが足先を伸ばして水面から上げる。脚の曲線を滴るお湯が艶めかしい。バジルとリリーの顔が赤いのは、温泉に浸かってるからだけじゃないだろう。


「ふみゃあぁ、もう無理だみゃぁ!」

「限界」

「あかんあかん、まだまだや。あと百は数えんと」

「うみゃぁ~」

「限界」


 一番お湯の温度が高い流れ込み口あたりでは、ネコ耳アーニャと笹穂耳キッカのミミミミコンビにサラサを加えた三人が、我慢比べみたいなことをしている。

 いや、オカンが子供をお風呂に浸からせているという感じか。のぼせないようにね。


 大きな浴槽は全員が入ってもまだ余裕がある。洗い場も広い。でも、身体を流すための桶や風呂椅子は、街の道具屋に三組しか置いてなかった。需要が無いらしい。そりゃそうか、この街に風呂のある家なんてほとんどないだろうし。

 だから現状では、湯船に入る前に体を洗う順番待ちが発生してしまっている。

 今、最後の三人であるルカとデイジー、キララが、体を洗い終えて湯船に入って来た。他にも空いているスペースがあるのに、ワザワザ俺の正面に。見せたいの? もちろん見るけど。ありがとう。


「はふぅ。お湯の中は極楽ですね。外に出たくなくなります。うふふ」

「暖かくて気持ちいいです」

「……至福(ブクブク)」


 ルカが湯船に入って吐息を漏らす。……うぬぅ、今日も絶賛浮いているな。湯の表面に立つ波紋を受けて、柔らかに波打ってらっしゃる。数多の書で語られた『お湯に浮く』というのは都市伝説ではなかったのだ。凄いぞ、ラ〇ュタは本当にあったんだ!

 一方のキララは……頑張れ、冒険の旅はまだ始まったばかりだ!

 ルカの隣に、同じく体を洗い終えたデイジーが座る。キララは半立ちの姿勢で上手く調整してるけど、デイジーはペタンと湯船の底に座り込んでいる。身体が小さいから口元までお湯に浸かってしまうけど、本人的には問題ないらしい。

 ルカのような浮袋はないんだから、溺れないように気を付けてね。


「……(ゲシゲシ)」


 無言のデイジーに足を蹴られた。顔に出てたかな? いやいや、俺的には小さい方が好みですよ?


「……(サスサス)」


 今度はつま先で撫でられた。もしかして思考を読まれてる!? デイジー、恐ろしい子!


「……何をなさってますの?」


 隣から冷気が流れてくる。おかしい、温泉に浸かっているのに寒気が! いや、むしろ怒気が! 瘴気が!


「え、え~っと、裸の付き合い?」

「もうっ! わたくしがすぐ傍にいるのですから、突くならわたくしのをどうぞ! さあ、いくらでも突いてくださいまし!」

「いや、胸を突き出さなくていいから!」

「あらあら、わたしの胸も突きますか?」

「み、皆さん、丸見え、ですっ!」

「(じぃーっ)」

「おっ? なんやおもろいことになってんなぁ? うちもまぜてぇな」

「うみゃあっ、もう限界だみゃブッ!?」

「……わ?(ブクブク)」

「うわっ、アーニャがこけた! デイジーも波で! ふたりとも大丈夫かよ!?」

「ワフッ!」

「きゃっ!? ウーちゃん、急に飛び込んで来ないでくださいまし!」

「あう、急にお風呂の中がいっぱいです!?」

「限界」


 皆で騒いでるのが楽しそうに見えたんだな。

 皆が一か所に集まって来たこともあって、一瞬でお風呂の中は大混乱だ。あっ、サマンサもこけた。


 あー、今日は平穏な一日だったなぁ。夕日も綺麗だ。明日は晴れそう。

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