第138話
開拓村へは、道中に十数匹程度の猪人の集落を見つけて殲滅したくらいで、特に何事もなく到着した。猪人肉は村へのお土産に追加だ。
メインのお土産は俺謹製の塩と海の魚の干物。どちらも内陸では手に入れ難いものだから、喜んでもらえるだろう。
今回の帰省にはクリステラとルカ、アーニャ、キッカが同行している。サマンサとデイジーは、まだドルトンに不慣れな子供たちのために残ってもらった。
いずれは子供たちだけであの館を管理してもらうつもりだけど、流石に二日ではまだ勝手がわからないだろう。
子供たちだけで管理するとなると、家事はもちろん、最低限の護身術も教えるべきかもしれない。なにしろ、この世界はとにかく弱者に厳しい。それは誰よりも子供たち自身が実感してるはず。
冒険者ギルドに護衛依頼を出すって方法もあるけど、自分の身は自分で守れた方がいい。折を見て戦闘訓練にも参加させてみようか。まずは基礎体力を付けるところからかな。
などと考えながら、平面製UFOもどきを村の入り口付近に降ろす。
今日の見張りはセージさんと……誰だ? どこかで見覚えがあるような……ああ、ボーダーセッツで買われてきた十一人の中にいた男の子か。まだ一年も経ってないのに、ずいぶんと背が伸びて肉付きも良くなってる。一瞬わからなかったよ。
ふたりともビックリして目を丸くしてたけど、中から出てきた俺を見て納得した顔に変わった。
そうだね。こんな変な物体も、俺が関係してるなら納得だね。自分でも理解してるから、怒ってないよ。
怒ってないよ?
「セージさん、ただいまーっ! 父ちゃんと母ちゃんは畑?」
「ああ、ビート、おかえり! グレンは見回りで森に入ってるよ。サフランは家にいるんじゃないかな? 後ろのみんなはお前の仲間か? ひとりは見覚えがあるな」
父ちゃんは森に入ってるのか。流石にひとりじゃないだろうけど、大森林の中にまで行動範囲が広がったんだな。これも身体強化のおかげか。危険も増えるから全部肯定は出来ないけど、できる事が増えたのは良い事だ。
「うん、そうだよ。村長から話があるって聞いて来たんだけど、村長はいる? いるなら、一度家に行ってから会いにいくって、連絡しといてもらえるかな?」
「わかった。ビーン、旦那様に連絡してきてくれ。ビート、通っていいぞ」
「わかった」
「うん、ありがとう」
ビーンって名前なのか。促された男の子が走っていく。かなり速い。気配も強めだから、きっと彼も身体強化が使えるようになったんだろう。
開拓村の戦力は順調に上がってるみたいだ。安全のためにはいいことだよね。いずれ修羅の国みたいになりそうで怖いけど。
身体強化を覚えないと、名前が貰えないとか……ないよね?
セージさんにお礼を言って村に入る。俺の後ろについてくるウーちゃんやクリステラたち、そして透明平面に乗せられて運ばれてる猪人肉や塩の樽を、セージさんは何事も無かったかのようにスルーしてくれる。
俺に関しては『ビートだからなんでもアリ』みたいな感じなんだろう。理解してくれててありがたいですよ。ええ。
今気が付いたけど、村を囲う柵が一回り広くなっている。以前の柵の残骸というか、名残りの杭が柵の内側に残ってる。上から見た時に若干の違和感があったんだけど、それは村が大きくなってたからか。理由が分かってスッキリだ。
村が広くなったとはいえ、流石に家の位置までは変わってなかった。大きさもそのままだ。なんかホッとする。母ちゃんは家の中にいるみたいだ。
「母ちゃん、ただいま! お土産買ってきたよ!」
玄関から声を掛けると、奥からバタバタと母ちゃんが走り出してきた。
「あんれまぁ、ビートでねぇか! おかえりぃ!」
「ただいま! ……母ちゃん、太った?」
「これっ! なんちゅうこと言うだ、この子は! 見りゃあ分かるべ!?」
久しぶりに会った母ちゃんは、ちょっとボリュームが増えていた。主に胴回りが、前方向に。
「え~っ! 赤ちゃん出来たの!?」
「まあっ! おめでとうございます、義母様!」
「「「おめでとうございます!」」」
「あれあれ、ありがとうね。
若干顔を赤らめながら、母ちゃんが皆にお礼を言う。
むう、相変わらずの謎方言だ。東北っぽいけどちょっと違う感じもするんだよな。そもそもこの国に東北なんてないから、マジで謎方言だ。聞いて育った俺ですら理解できないことがあるんだもんな。一体どこの言葉だ?
しかし、この俺がお兄ちゃんになるのか。実感わかないな。
けど、そういうことなら、食べ物のお土産は正解だった。沢山食べて元気な子供を産んで欲しい。石鹸も作って、出産後の衛生面も改善した方がいいな。うむ、戻ってきてよかった。
母ちゃんにお土産の猪人肉と魚の干物、塩の樽を渡し、荷物を一時的に置かせてもらってから村長の家に向かう。まずは依頼内容を確認しないと。
◇
「久しぶり、というほどでもないか。ひと月ぶりだな、ビート。また仲間が増えたのか?」
「うん、王都以来だね。そういえば、クリステラとアーニャ以外は初顔合わせかな? 海エルフのキッカと、家事担当のルカ、草原狼のウーちゃんだよ。他にあとふたり、ドルトンで留守番をしてもらってる子がいるけど、それはまた今度紹介するね」
「「「よろしくお願い致します」」」
練習したかのように声を揃えてお辞儀をするうちの女性陣。まさか、練習してるのか? クリステラがドヤ顔してるから、練習してたみたいだ。マジか!
「それで、僕に依頼があるって聞いたんだけど、どんな依頼?」
何事も無かったかのように、話の先を促す。動揺したら負けだ。何の勝負か分からないけど。
村長と話しているのは、村の集会所として使われている村長宅の板間だ。あ、もう子爵だから、子爵邸の会議室ってことになるのかな?
上座に村長がドカッと座り、向かいに俺がチョコンと座っている。ウーちゃんが俺の右隣に伏せて、頭を俺の膝に載せている。クリステラたちは俺の後ろに横一列だ。
村長の服装は、いつも通り革の服と革パンツの開拓村スタイルだ。俺も同じ様な服装。
ふたりとも貴族らしからぬ装いだけど、開拓村は全体がひとつの家族みたいなものだから、気取ったり見栄を張ったりする必要はない。
「それなんだがな……実はふたつある。というか、ふたつに増えてしまった」
珍しく、村長がバツの悪そうな顔で頭を掻きながらこぼす。ふむ、増えた頼み事は厄介なものらしい。冒険者の仕事なんて、いつも厄介な事ばかりだけど。
「まずひとつめなんだが、お前も知っての通り、オレは先のジャーキン軍撃退の戦功で子爵に任じられた。それで、以前に話した事を覚えているか?」
「えーっと、子爵に任じられたら、村の皆を奴隷から平民に開放して、農地を与えるって話?」
「そう、それだ。それで、昔からこの村にいる者は土地を与えて解放しようと思っている。それは変わらんのだが、そうすると去年買って来た子供たちが問題になる。あの子たちには、まだしばらくは俺の奴隷として働いてもらわねばならん」
ふむ、確かにな。父ちゃんたち古参の奴隷は、もう十年以上村長の奴隷として働いてきている。今までは意図的に解放されない道を選んでいただけで、すでに解放に十分な額を稼いでいると聞いている。その子供たちもずっと大人と一緒に働いてたから、解放できる目途が立っているそうだ。
でも、去年の秋に買われてきた子供たちは違う。まだまだ解放されるだけの働きをしていない。奴隷契約は、自分を買い戻せるだけの働きをしないと解除できないのだ。神様は融通が利かない。
「それで、早く解放してやれるように、農地を拡げて働いてもらおうと思ってな。幸い、子供たちは憶えが良くて、ほとんどが身体強化を使えるようになっている。かなり畑を拡げても問題ない。解放のときはにその農地の一部を与えるつもりだ」
なるほど、ビーン君も身体強化を覚えてたみたいだし、やっぱり子供の方が覚えが早いのかもしれない。
子供を働かせるっていうことに現代人的な俺は少々違和感を覚えないでもないけど、この国の常識的にはごく普通のことだ。そこは頑張ってもらおう。
っていうか、俺も働いてるし。働きに来てるし。
「じゃあ、僕の仕事はその農地の開墾?」
「まぁ、そういうことだな。これからすぐに取り掛からないと、秋の収穫に間に合わん。人力でやっていたのでは来年になってしまうからな。別にそこまで急がなくても構わない案件ではあるんだが、やはり若ければ若い程、人生はやり直しがし易い。できるだけ早く奴隷から解放してやりたいんだ。お前ならそれほど時間もかからないだろう」
うん、俺も心筋梗塞で死んで一回、奴隷解放で一回、都合二回人生をやり直してるから、それはよく分かるよ。凄くよく分かる。
王様に貰った領地は、東西がこの開拓村から東西にそれぞれ約二十リー(六十キロ)、南北が大森林の端、つまりこの開拓村近辺から北へ同じく約三十リー(九十キロ)だそうだ。つまり百二十×九十平方キロくらい。明確な境界線なんかないから、おおよそそのくらいの範囲らしい。なんて適当な。
ゆくゆくは領地全てを開拓するか住宅にしたいらしいけど、今は人が足りないから、とりあえずこの村周辺を重点的に開拓していきたいそうだ。
俺が耕すエリアはこの村の北側と西側で、それぞれサッカー場四面分くらい。
ついでに柵も作って欲しいってことだから、多く見積もって工期は五日くらいかな。耕すだけなら、明日一日でできそうだ。
ちなみに、この依頼の名目は『農地の開墾補助』で、カテゴリは『調達』。補助じゃなくて俺がメインだけどなー。
「まぁ、ひとつめの依頼はわかったよ。それで、もうひとつの依頼って何?」
村長は少し眉間に皺を寄せて、口元を引き締める。どうやら本当に厄介事みたいだ。
「娘が、ジャスミンが行方不明になった。探し出して、連れ帰って来て欲しい」
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