第139話
ジャスミン姉ちゃんは村長の娘で、俺より六つ年上の十四歳。村では一番歳が近かったこともあって、よく一緒に遊んでいた。
世話をしてもらったというか、世話をしてたというか。
村長似の赤毛と好奇心旺盛な大きな眼が特徴の、村長、つまりお父さん大好きっ娘だ。将来は村長のような冒険者になるのが夢と言っていた。
俺が六歳のとき、十二歳になったジャスミン姉ちゃんは、村を継ぐための勉強ということで、王都の王立学園へと旅立って行った。
最初は村から離れたくないと駄々をこねていたけど、村長も学んだ学校と聞くと、アッサリ折れて意気揚々と旅立って行った。基本、単純な娘だった。
クリステラも通っていた王立学園は全寮制で、十二歳で入学し、十五歳になるまでの三年間学ぶ。
生徒の多くは貴族の子女だけど、何割かは裕福な平民の子もいる。将来のコネ作りのために送り込まれるらしい。
前世でも一部の大学はそんな感じだったな。東京のG大学なんか有名だ。
ジャスミン姉ちゃんは今年で三年目、冬になれば戻って来る予定だった。それが行方不明になったという……いや、畑作ってる場合じゃないでしょ!?
「大変じゃん!? 早く探しに行かなきゃ!」
「慌てるな、焦ってもどうにもならん。行方不明になったのは、もうひと月以上前の話だ」
「え」
「どうやら、俺がジャーキンの奴らに撃たれた話を聞いたらしくてな。仇討ちに行くと言って学園を飛び出したそうだ」
あぁ、ああ~っ。
ジャスミン姉ちゃんなら有り得そうだ。考えるより先に身体が動くタイプだからな。
多分、村長は命に別状ないって事も聞いたんだろう。だからお見舞いじゃなくて仇討ち。剣だけ持って飛び出す姿が目に浮かぶようだ。
「有り得そうな話ですわね。『赤薔薇の君』らしいというか」
クリステラがボソッと言ったのが聞こえて来た。赤薔薇の君?
「クリステラ、ジャスミン姉ちゃんを知ってるの?」
「あら、聞こえてしまいましたか。ええ、存じておりますわ。有名人でしたもの」
クリステラが言うには、ジャスミン姉ちゃんは学園でも有名人だったらしい。
というのも、入学当初から『英雄の娘』ということで注目を集めていて、それが気に食わなかった貴族のボンボンに決闘を挑まれるという事件があったのだそうだ。
そして、決闘なのに取り巻き数人を連れて挑んできたボンボンたちは、ジャスミン姉ちゃんに一太刀も与えられず返り討ちにされたのだとか。
そういえば、村長たちの訓練にもよく参加してたし、俺もよくチャンバラの相手をさせられてた。貴族のボンボン程度じゃ太刀打ちできるはずもない。
その時の鮮やかな立ち回りが一部の女子生徒に受け、赤い髪と真っすぐで情熱的な性格から『赤薔薇の君』と呼ばれて慕われるようになったのだとか。
でもあれは情熱的じゃなくて直情的なだけだと思う。単純ともいう。
「ひとりでいることが多かったわたくしと違って、彼女の周りにはいつも人が集まってましたの。羨ましかったですわ」
「う……」
そういえばクリステラは、田舎娘の工作のせいで学園内では孤立してたんだったな。つまりボッチ……学生だった頃のことには触れない方がよさそうだ。藪は極力つつかない。それが大人。アーニャでさえ目を逸らして何も言わない。
「そ、それでだな、王都の冒険者ギルドに登録して駅馬車に乗ったところまでは確認できたんだが、ブリンクストンの街以降の足取りが分からんのだ。まさかとは思うが……」
ブリンクストンはヒューゴー侯爵領の西の端にある港街で、その先はジャーキンとの国境があるレッドキャップ伯爵領だ。
その伯爵領の西の端にあるエルツ川が現在のジャーキンとの国境であり、戦争の最前線になっている。
エルツ川は川幅こそ五百メートルくらいあるけど、水深はそれほどでもないらしい。深い所でも二メートル程しかなく、流れも穏やか。場所を選べば歩いて渡ることができるそうだ。
とはいえ、今は川を挟んで軍が睨み合ってるから、渡河はかなり難しい。
しかし何事にも抜け道というものはあるもので、実は海からならまだ国境を越えることができたりする。一部の商人が船での交易を続けているのだ。実際、パーカーの街でもジャーキン産の桃が売られてたしな。
そしてジャーキンから王国へ、あるいは王国からジャーキンへ向かう船の多くが寄港するのが
つまり……
「もしかして、船に乗ってジャーキンに行っちゃった?」
「その可能性は否定できん。冒険者登録をしたようだから、護衛として商船に乗り込むことも可能だしな」
行動力だけは人一倍のジャスミン姉ちゃんだ。あり得るどころか、絶対ジャーキンに入国してると確信が持てる。
けど、もし帝国内で捕まったら、よくて捕虜、悪ければ奴隷で、最悪なら処刑だ。やっぱり、あまり悠長にはしてられない。できるだけ急いだほうがいい。
「分かった。畑は大急ぎで形だけ作るから、土づくりとかは皆でなんとかして。終わったらすぐにジャスミン姉ちゃんを探しに行くよ」
「すまん、このご時世では大っぴらにはできんのでな。悪いが、頼らせてくれ」
是非もない。戦争中に貴族の一人娘が敵国に潜入だなんて、利用してくれと言わんばかりだ。とても公にはできない。
村長自身が動くわけにもいかないから、身軽な俺が引き受けるのが最善だ。
まったく、あの鉄砲玉娘にも困ったもんだな。
◇
通常、原野を開墾するというのは、とんでもなく時間と労力が必要な作業だ。
まず表面の雑草や灌木を刈り、次に埋まっている岩や木の根を掘り起こし、その後硬くしまった土を掘り返し、更に腐葉土や堆肥を漉き込んで土を作り、そうしてようやく作物を育てられる畑になる。
現代日本のような土木機械や農作業器具はないから、当然全て人力だ。
いま村にある畑も、全てそうやって作られたものだ。いやはや、頭が下がる。父ちゃんたち、よく頑張ったなぁ。
「半日……いま村にある畑と同じ広さが、たった半日か。でたらめにも程があるな」
翌日。
俺は、村の北側の農地予定地を半日、正確には午前中で耕し終わった。全く自重せずに平面魔法を使いまくった結果だ。腕を組んで遠くを見つめる村長のつぶやきは聞こえなかったことにする。
鋭利なスクリュー状の平面を高速で回転させ、雑草も岩も灌木も、全てミリ単位にまで粉砕してやった。ここまで細切れにされたら、いくら雑草と言えどもう再生できまい。芋を育てるなら土は細かいほうがいいしな。
ついでにスライムが堆肥化してくれた村の古いトイレの土も漉き込んで、キッカの水魔法で軽く湿らせておいた。
たしか石灰も撒いたほうがいいんだっけ? 長年の雨で土が酸性になってるから、アルカリを加えて中和するとかなんとか。焼いた魔物の骨を砕いて撒けばいいかな?
まぁ、本格的な土作りは本職に任せればいいか。素人がやると取り返しがつかなくなりそうだ。
柵はまだだけど、大森林とは村を挟んで反対側だし、まだ何も植えられてないから荒らされることは無いはず。後回しで問題ないだろう。
「小川から畑の中に水路を引っ張ってあるけど、まだ土がむき出しだから。柵を作るときに一緒に板で押さえておくね」
「ああ、助かる」
「お昼からは西側に畑を作って、明日、明後日で柵を作っちゃうよ」
柵用の木材は父ちゃんたちが大森林から伐り出してきてくれている。昨日森に入ってたのも木材を伐り出すためだったらしい。結構な量だけど、身体強化を覚えた父ちゃんたちなら楽勝だったみたいだ。でたらめは父ちゃんだと思うな。
柵は、適当な太さの丸太を適当な間隔で二本ずつ地面に打ち込み、その杭の間に適当な太さの丸太を積み上げるだけだ。全て適当だけど、十分頑丈だから問題ない。丸太のまま使うから、乾燥させる必要もない。適当だけど適切だ。
「オレたちが半年以上かけて作った畑が、たった三日か。お前なら大森林の中にでも畑を切り開けそうだな」
ごめん。畑どころか、快適な
そういえば、戻ってきてからジョンのところへ行ってないな。ドルトンへ帰る前に寄ってみるか。
いろいろとやることが溜まってるなぁ。まぁ、順番に片付けていくしかないんだけど。
さて、それじゃもうひと仕事頑張るとしますかね。
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