第140話

 村が砦になった。

 いや、そんなつもりはなかった。畑の周りを囲う丸太柵を作るついでに古い村の柵も作り直したら、割と本格的な木造の砦のようになってしまっただけだ。

 丸太柵は高さ三メートルほどで、村をぐるりと囲んでいる。のぞき穴用にと開けた数か所の隙間が矢狭間のように見える。意図して作ったわけではないけれど、もちろん矢狭間としても使えるだろう。

 外部からの侵入阻止にと、杭とそれを支える丸太の上部は削って尖らせてある。逆茂木のようで、とても攻撃的な印象だ。


 ……うん、砦だな。堀があれば完璧。墨俣一夜城は実際には存在しなかったという説もあるけど、ダンテス砦は本当に一夜というか、半日で作られた。作っちゃった。藤吉郎を越えてしまった。


「……お前はどこの軍勢と戦うつもりなんだ」


 丸太柵を見上げる、両手を腰に当てた村長が呆れた声を漏らす。

 デザイナーの裁量に任せると、ときどきこういう予想の斜め上を行ってしまうことがある。こればかりは、クリエイターという生き物の本能だから仕方ない。


 なにはともあれ、これで村での仕事は終わり。

 この後は、一度ドルトンに戻ってから再度ヒューゴー侯爵領へ向かうことになる。それも大急ぎで。

 あ、その前にジョンの様子も見ておかないとな。


 久しぶりの帰郷なのに、全然ゆっくりできなかった。ジャスミン姉ちゃんを捕まえて戻ってきたら、今度こそのんびりしよう。


 俺、この仕事が終わったら村に帰ってのんびりするんだ。


 って、なんで出来ないフラグを立ててるんだ、俺!



 およそ半年ぶりの再会だったけど、ジョンは全くいつも通りだった。

 感情があるのは初遭遇の時に確認してるから、寂しさを感じないというわけでもないと思う。おそらく時間の感覚が俺たちとは違うんだろう。半年も十年も大差ないって感じ。

 寿命があるのかも疑わしい、ダンジョンという謎生命だ。俺たちのような限りある命の中で足掻く生き物とは違い、焦ったり急いだりする必要がないんだろう。羨ましいことだ。


 育成は順調なようだ。

 階層数は変わりないけど、面積はかなり広くなっている。以前はドーム球場一個分くらいだったのが、一・五個分くらいにまで拡張されている。半年弱しか経ってないのに凄い成長だ。

 一体どこからそんな魔力を手に入れたのかと思ってダンジョンコアと意志疎通してみたら、どうやら近隣に大きなホブゴブリンの群れが発生していたらしい。

 第一階層はジョンの(ときどき俺たちの)餌にする魔物の繁殖用の階層で、取り込んだ大森林の自然を改良したエリアだ。

 天井を支える柱からは水晶を通した外光が降り注ぎ、腐葉土の床には灌木と下生えが青々と茂っている。湧きだした地下水が小川を作り、仮初の大地を潤している。

 そこに生け捕りにしてきたジャイアントホーン(牛の魔物)を放ち育てている。要するに魔物牧場だ。

 俺たちが旅に出た後、その牧場にホブゴブリンが侵入し、ジャイアントホーンを狩るということが何度かあったらしい。別に育てるのはジャイアントホーンじゃなくてもいいんだけど、ホブゴブリンはよろしくない。

 繁殖力が強いのはいいんだけど、人間を襲うし魔石も小さい上に肉もマズイ。育てるメリットが全くない。

 猪人ならよかったんだけどな。あいつら、繁殖力が強くて肉も美味いから。

 そんなわけで、ジョンにはホブゴブリンを見かけたらすぐ処分するように指示してあったんだけど、どうやら結構大きな群れが生まれてたようで、かなりの数を処分することになったらしい。

 俺たちは大森林を留守にしてたし、大森林で活動できるくらい力のあるドルトンの冒険者たちもまだ帰ってきてなかったから、間引きが間に合ってなかったんだろう。大森林から溢れ出なくて良かった。グッジョブだ、ジョン!

 その処分したホブゴブリンどもから魔石を回収し、その魔力を使って階層を拡げたのだそうだ。ひとつひとつの魔石は小さくても、数が集まれば魔力量は大きいということだな。

 牧場としてはまだまだ小さいから、しばらくはこの調子で拡張していこう。どんどんジャイアントホーンを増やして、牛肉の安定供給だ。焼肉しゃぶしゃぶ食べ放題! いいね!

 ということで、ダンジョンについては概ね問題なしだ。


「ダンジョンが順調に育成されとるとか、ヒトにとってはエライ恐怖やけどな」

「脅威ではないのですから問題ありませんわ! それに、ビート様のなさることですもの!」

「ボスだからしょうがないみゃ」

「あらあら、それはしょうがないわね。うふふ」


 問題なし! ということで、ドルトンに帰ることにする。



「「「おかえりなさいませ、旦那様!(ペコリ)」」」


 ドルトンの屋敷に戻ると、子供たちが揃って出迎えてくれた。

 女の子たちは揃いのミニスカメイド服、バジルは黒のパンツとベストを着ている。ボーダーセッツの宿で使っている制服と同じデザインだ。子供に着せるとまるで学芸会のようで、とても微笑ましい。


「おかえり、坊ちゃん。どうだい、みんなで作ってみたんだ。かわいいだろ?」

「……手伝った」

「ただいま、サマンサ、デイジー。うん、いいね。皆可愛いよ」


 案の定、サマンサの仕事だった。

 子供たちに制服を着せるというのはとても良いアイデアだ。単に可愛いとか機能的というだけではない。他にはないデザインだから、俺の関係者ということが一目でわかる。


 冒険者として活動するにあたって心配なのは、やはり残して行く子供たちのことだ。

 日常生活に問題はなくても、ここは冒険者の街ドルトン、荒くれ者で溢れかえっている。子供だと、絡まれたり粗雑に扱われたりすることがあるかもしれない。

 しかし、俺の関係者だと知れ渡ればそれを抑止できる。なんと言っても、俺は準男爵様だ。貴族に手を出して不敬罪で処罰されるのは避けたいはず。

 それを知らしめるために、一目でわかる制服というアイテムはとても効率がいい。知らずに絡んでしまうことはあっても、知っていて絡んでくることは、まずあり得ない。制服の警官に絡むバカは、そうはいない。


「いいですわね。ビート様の使用人に相応しい出で立ちですわ」

「だろ? 街でも人気なんだぜ!」

「『首狩りネズミヴォーパルラット』の関係者っちゅうんが一目でわかるな」

「『首狩りネズミ』の名前を出せば、盗賊ギルドでも避けて通るみゃ」

「……効果抜群」


 あれ? 『貴族だから』じゃなくて『首狩りネズミだから』? 俺のふたつ名ってそこまで恐怖の代名詞なの?

 うーん、なんか釈然としないけど、子供たちの安全のためなら、まぁいいか。

 ……いいのか?

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