第141話

「ちょっと待ってぇ、ビート君~。伯爵様がぁ、ビート君と話がしたいそうなのぉ。少し時間をもらえないかしらぁ?」


 色々と準備をするついでに、依頼でジャーキンに行くかもしれない旨を冒険者ギルドへ報告に来たら、タマラさんにそんなことを告げられた。

 そういえば、ドルトンの領主である伯爵様が前線から帰還してたんだっけ。俺も貴族の末席に名を連ねる身。むしろ、俺から挨拶に行かなければならなかったくらいだ。挨拶は社会人の常識です。

 あれ? そういえば俺、この街の領主である伯爵様のことを何も知らないな。


「うん、いいよ。でもタマラさん、伯爵様ってどんな人?」

「そうねぇ……ちょっと変わった方かしらぁ? 会えば分かるわぁ」


 タマラさんが、少し考えた後でそう答えた。


 俺、それ知ってる。


 身内の言う『ちょっと』は『すごく』という意味で、『会えば分かる』は『説明すると会いたくなくなる』人を紹介するときに使う言葉だ。つまり、相当の変人であることが予想される。うわぁ、会いたくねぇ。



「あらぁん! 可愛い坊やじゃないのぉ! いいわぁん、五年もすれば食べごろねぇん!」


 応接室で待つことしばし。

 ドアを開けて入って来るなり、その長身で細身の人物は俺を抱きしめ、頭に頬ずりをしながらそう言った。いや、五年じゃまだ未成年だから。


 目元には濃い青のアイシャドウ、頬には薄いピンクのチーク、唇には赤紫のルージュが塗られている。まつ毛も長い。彫りの深い顔と相まって、かなりケバい印象だ。

 ロングの銀髪を名古屋ギャルもかくやというくらいに盛り、真っ赤な足首まであるホルターネックドレスには際どいスリットが太ももまで走っている。めっちゃ派手だ。

 いやいや、そんなことはどうでもいい! 問題はこの人物が三十代前半のだってことだ。

 オッサンじゃん! オカマじゃん! ガチムチ系のホモ男さんじゃなくて、マジモンのニューハーフじゃん!!

 ひょっとして、この人が伯爵で冒険者ギルドの支配人!?


「伯爵、フェイス閣下が怯えておられます。落ち着いてください」

「あらぁん。アタシとしたことが、はしたないところを見せちゃったわねぇん。ごめんなさいねぇ。可愛い子を見るとつい我慢できなくてぇ。うふっ」


 あとから部屋に入って来たイメルダさんの声で、派手な見た目の男の人が俺から離れる。シナを作って体を捩る仕草が気持ち悪い。

 っていうか、ノドボトケ出てるし! やっぱりこの人が伯爵なのか! なんてこった!


「改めて、初めまして。アタシがこのドルトンを治める『バニィ=ドルトン』よぉ」

「違います」

「バニィ……」

「違います」

「んもう! イメルダのいけずぅ!」


 イメルダさんと伯爵様が、良く分からないやり取りをしている。相変わらず、仕事の時は真面目だな、イメルダさん。オナベでさえなければ……いや、他人の趣味にとやかく言うのはやめておこう。俺に被害があるわけじゃなし。


「初対面なんですから、ちゃんと自己紹介してください」

「んもう、しょうがないわねぇ。硬いのは身持ちだけでいいのに……オレがここの領主で冒険者ギルドの支配人『バーナード=ドルトン』だ。よろしくな」

「あ、えっと、初めまして、ビート=フェイスです。よろしくお願いします」


 後半だけ、大塚〇夫ばりのシブい声だった。こっちが地声か。ギャップがすげぇ。

 ちょっと躊躇しつつ、差し出された右手を握る。骨ばってるけど、硬くはない。鍛えてる手ではないな。っていうか、爪が磨かれてピカピカだ。


「親しみを込めて『バニィちゃん』って呼んでね。ビートちゃん」


 バチリと音が聞こえそうなウインクから、ハートマークが飛んでくる幻が見える。一応、頭を振って躱しておく。

 オカマの支配人にオナベの副支配人って、大丈夫かこの冒険者ギルド?


 初対面こそ使徒との遭遇セカンドインパクトくらいの衝撃があったものの、その後は特に問題なく話が進んでいる。


「ホント、アタシがいない間に色々と問題を解決してもらっちゃって、凄く感謝してるのよぉん」

「いえ、僕は偶然居合わせただけで、その後は自分にできる事をしたまでです」

「うふふっ、『運が良かった』とは言わないのねぇん。謙遜してるようで、ちゃんと自分の実力を把握してるところは、もう上級冒険者の貫禄ねぇん」


 こういう場合、元日本人としては謙遜するのが普通なんだろうけど、あいにく俺はそうじゃない。

 ゲーム業界では多くの企業が成果主義で、俺の勤めていた会社も御多分に洩れずそうだった。

 そして成果主義というものは、自分の実力を自分で・・・周りに示さないと評価されないのだ。それも、実力通りに。自分を実力以上に大きく見せても後が続かず、結局は評価を落としてしまうから。

 つまり、客観的に自分を評価しそれを周囲にアピールすることが重要になってくる。

 これが結構面倒臭い。そんなクリエイティブじゃないことに時間を割くより自分のスキルを磨くことに時間を使いたいと言って、やる気のある人ほど早く辞めていってしまったりもする。それが成果主義だ。

 俺は、とにかくゲームを作ることが楽しかったから、そのためなら多少の面倒は苦にならなかった。

 けど、それが結果的にあんな死に方へと繋がったのだと思うと、やっぱり成果主義はダメなのかもしれない。裁量労働制は欠陥が多い。

 ともあれ、そんな前世がある俺だから、無意味に自分を過小評価したり過大評価したりはしない。

 色々と機会があったことについては運が良かった(?)とは思うけど、それを解決できたのは実力と皆のサポートあってのことだと思っている。運も実力のうちと言うけど、実力は運に左右されないものだ。


「で、ジャーキンに行くかもしれないんですってぇ?」

「はい、依頼内容は明かせないんですけど、その可能性が高いです」


 村長と相談して、ジャスミン姉ちゃん探しは冒険者ギルドを通さないことにした。俺がヒューゴー侯爵と接見して確信した、王国に潜伏しているスパイを警戒してのことだ。

 王国内では王家に次ぐ権力を持つ侯爵家が裏をかかれるくらいの相手だから、もしかしたら冒険者ギルドの極秘情報だって集められてるかもしれない。目の前のこの伯爵だって信用ならない。

 もし情報が洩れてジャスミン姉ちゃんがジャーキンに捕まり、人質にされたり無理やりジャーキンの貴族と結婚させられたりしたら、村長の立場が非常に危うくなってしまう。だから、敢えて冒険者ギルドを通さない私的な依頼ということにしたのだ。


「う~ん、冒険者がギルドを介さずに、個人で依頼を受けるのは困るのよねぇん」

「はい、わかってます。ですから今回は個人的な『お願い』ということで、無報酬で請け負っています」


 冒険者ギルドは、依頼者と冒険者の間を取り持つのが仕事だ。その依頼主と冒険者の間に問題が起こった場合、それを仲裁したり解決したりするのも業務のひとつになっている。

 その冒険者ギルドを介さずに依頼を受けた場合、当然ながらサポートを受けることはできない。もし貴族と揉めたりしても、味方になってはもらえない。

 しかし、今回は依頼主が村長だし、報酬も受け取らない。ジャスミン姉ちゃんが無事かどうかもわからない状況だから、生死問わず連れ帰ればいいという条件にもなっている。ちょっと薄情かもしれないけどそれは仕方がない。それでも揉める可能性は限りなく低いから、冒険者ギルドを介する必要はないというわけだ。


「はぁ~、そこまで分かってるならしょうがないわねぇん。出国についてはこっちで手続きしといてあげるわぁん」

「ありがとうございます」


 いちいちシナを作られるのが気持ち悪いけど、だんだん慣れてくるから人間って凄い。最初よりは大分抵抗が無くなった。

 そして、冷静になると見えてくることもある。

 ドルトン伯爵は武人ではない。細身だし、掌に剣ダコやマメが無かったから、まず間違いないだろう。

 でも戦える人だ。なぜなら魔法使いだから。

 その身に纏っている気配は、ジャーキンの名将である炎陣ロレンスにも引けをとらない程に濃く激しい赤い色をしている。かなり強い火の魔法使いだろう。この見た目に騙されると、痛いしっぺ返しを食らうことになる。

 もしかしたら、この見た目も相手を油断させるための策略かもしれない。仮にも伯爵という上級貴族だ。そのくらいの手練手管を使ってきてもおかしくない。見た目で油断を誘うというのは、俺もよく使っている手段だし。俺の場合は、相手が勝手に子供だと油断してくれるだけなんだけど。


「それはそれとしてぇ……本業以外でも結構稼いでるみたいじゃなぁい?」


 ……きた。ここまでは様子見、ここからが呼び出された本題、貴族の駆け引きだ。気合を入れておかないと、ケツの毛まで毟られることになる。まだケツどころか、前すら生えてないけど。


「ええ、まぁ、それなりには」

「すごいわねぇ。ボーダーセッツの宿屋は大人気だそうじゃないの。強いだけじゃなくて商才もあるなんて、もう怖いものなしねぇ?」

「いえ、まだまだ若輩ですので……」


 流石は冒険者ギルドの支配人、ボーダーセッツの『湊の仔狗亭』のことは既に調査済みか。

 冒険者ギルドには通信の魔道具があるし、全国に支部がある。依頼を通して国内の情勢も調べられるし、仕事内容を考えると警察と探偵の側面も持っている。情報を集めるのはお手のものだ。

 そして、本来なら業務上の守秘義務で開示されないはずの個人情報も、支配人権限なら閲覧することが可能なんだろう。

 つまり、俺の国内での活動は全て知られていると思って間違いない。なんて面倒な相手だ。


「特に、商業ギルドが専売してる石鹸とシャンプー。あれって、ビートちゃんが開発したんでしょう? 凄いわねぇん。アタシも使わせてもらってるけど、もうアレが無いと生きていけないわぁん」

「御贔屓にしていただいてありがとうございます。でも、あれは商業ギルドと独占契約してますんで、製法はお教えできないんです」


 開発したのは俺じゃなくて前世の先人だけどな。けど、詳細なレシピは俺が調合して決めたから、俺が開発者と言えなくもない。

 ともかく、石鹸とシャンプーの利権に絡めないことについては釘を刺しておく。

 石鹸とシャンプーの製法については、俺も商業ギルドも他者に開示しないという条件で契約している。俺が無闇矢鱈に製法を広めてしまうと商業ギルドが儲からないし、商業ギルドが製法を第三者に売るとその第三者が売った分の利益が俺に還元されない。お互いに秘匿することで双方に利益が出る仕組みになっている。

 商業ギルドに至っては、生産に携わるのは奴隷だけにして秘密を守るという徹底ぶりだ。

 そんなわけで、その利権に他者が絡むことはできない。もしかしたらジャーキンの皇太子が既に石鹸を開発してるかもしれないけど、王国内ではまだ流通していない。しばらくはこの契約で大丈夫だろう。


「あらぁ、残念ねぇ。でも、ビートちゃんが個人で作って売る分には問題ないんでしょう?」

「ええ、まぁ。とはいえ、それほど大量には作れませんけど」


 ウソです。材料さえあれば商業ギルドより高品質なものを大量に生産できます。平面魔法さまさまです。実際、湊の仔狗亭の倉庫には、俺特製の石鹸とシャンプーがギッシリストックされてます。

 とはいえ、毎日大量の石鹸やシャンプーを作る羽目になるのは遠慮したい。なので、大きな商売にはできない程度しか生産できないと周囲には思っておいてもらいたい。他でもない、俺の自由のために。

 まぁ、湊の仔狗亭には大量に送ってるから、そこからバレそうな気もするな。今度から配送も自分でするか。クロネコならぬ灰ネズミ便。


「そうなのぉ? それじゃ依頼を出すから、アタシの分だけでも納品してもらえないかしらぁん? お願いねぇん」

「はぁ、ご依頼とあれば」


 なんだ? どうも話が見えないな。まさか、本当に挨拶やシャンプー納品の依頼だけで呼んだのか? だとしたら拍子抜けだけど、何事も無いならそれはそれでいいか。面倒事は無い方がいい。既に村長から重大な依頼を受けてる身でもあるしな。


「さてと。それじゃあ、そろそろ本題に入ろうかしらぁん」


 おおっと、ちょっと気を抜いた途端にこれだ。これだから貴族ってやつは油断ならない。さて、どんな無理難題を吹っかけてくるつもりなのやら。

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