第142話

「派閥……ですか」

「そうよぉ。ちゃんと自分の立ち位置は決めておかないと、搦め手を使ってくる古狸に化かされちゃうわよぉん」


 ドルトン伯爵から告げられたのは、王国における貴族間の力関係の話だった。

 人間が三人集まれば派閥ができるというから、貴族の世界でもそれはあって当たり前だ。日本の代議士なんて、大きな派閥である政党の中に、さらに個人を中心とした派閥を作るくらいだ。多分、この国の貴族も似たようなことをしてるんだろう。


「王国の派閥は大きく分けて三つあるわぁん。ひとつは、王家を中心に中央の力で国を引っ張って行こうっていう『王家派』。それとは逆に、地方領主の権限を拡充しようっていうのが『貴族派』。残りはどっちにもつかないし、どっちにもつくことがある『中立派』よぉん。今はこの中立派が一番多いけど、勢いがあるのは貴族派ねぇん」

「それは……王位継承があったからですか?」

「あらぁん、正解よぉん。やっぱり頭が良いのねぇん。話が早くて助かるわぁん」


 今の王様は、本来王位を継承する予定ではなかった人だ。当然、政治的な支持基盤なんてない。元々王家派だった貴族も、人物的な見極めができるまでは積極的に支持は出来ないってことだろう。

 さらにバカ王子ブランドンがクーデターを起こした際、王城に詰めていた少なくない数の貴族たちが殺害されている。有力者を排して、クーデター政権を運営しやすくするためだったんだろう。

 殺害された貴族は王城に詰めていたくらいだから、多くが王家派だったはずだ。

 ひとつの勢力が弱まれば、相対的に残りの勢力が強くなるのは自明の理。それで貴族派が強くなってるのか。あの脳筋国王も苦労してるんだな。


「それで、今日の本題と言うのは、自派閥への勧誘というわけですか?」

「ん~、近いけど、ちょっと違うわねぇん。ぶっちゃけると、他の派閥に行かないでっていうお願いかしらぁん」

「というと?」

「ビートちゃんはダンちゃんの寄り子ってことになってるでしょう? アタシもダンちゃんも王家派だからぁ、ビートちゃんも王家派って事になってるのよぉん」


 初耳だ。俺はいつのまにか王家派に属してたらしい。

 寄り子っていうのは、庇護下にある下位貴族の事だろう。ダンちゃんっていうのは村長のことだな。

 なるほど、俺は子爵である村長の子飼いと思われてるから、村長と同じ王家派に属していると看做みなされてるわけか。

 まぁ、間違いじゃない。他のよく知らない貴族よりは、村長のほうが信頼できる。その村長と王様は強敵ともだから村長は王家派、俺も王家派か。納得。


「伯爵閣下は王家派なんですね。地方領主なのに貴族派ではないんですか?」

「そうねぇん。でも、本当に辺境の領地だと、中央からの支援が無いとやっていけないのよぉん。アタシもダンちゃんも、辺境中の辺境の領主だから」


 ふむ、開発援助が無いと立ち行かない、か。どこの世界でもある話だ。

 この世界には魔物もいるし、戦争もある。過酷な環境にある地方領主が、独立性を保ったまま領地を維持しようと思うと、頼れるのは国だけということだな。

 ということは、貴族派っていうのは、ある程度安全で栄えている領地を持っている連中ってことか。羨ましいねぇ。


「なるほど。しかし、僕はまだ準男爵、大した力は持っておりません。そのような話をするには、少々気が早いのでは?」

「うふふっ。アナタ、自分の価値を分かってないわねぇん。今の貴族社会はアナタとダンちゃんを中心に動き始めてるのよぉん」


 なんですと? 俺と村長を中心に? なんで貴族たちが?

 聞けば、先のチトの街近郊でのジャーキン軍撃退が発端だそうだ。村長はその鮮やかな手並みを『流石は旋風ダンテス』って感じで再評価され、俺はその村長を助ける強力な固有魔法持ちということで貴族たちから注目されているらしい。

 その俺は、ドルトンではビッグ・ジョーや盗賊、海賊を討伐し、ギザンでは騎士団に潜む反逆者を暴き出した。今や村長と並んで、王国有数の戦力として話題になっているそうだ。マジか? いつの間に?

 俺と村長の活躍で息を吹き返した王家派だけど、それが嬉しくないのは貴族派だ。王城での発言権が落ちてるらしい。


 あっ、そのために村長を子爵に、俺を準男爵にしたのか、あの王様!

 王家派である村長が領地持ちの子爵になれば、その子飼いの俺は自動的に王家派だ。

 強力な魔法使いが王家派に加われば、貴族派の勢いを殺ぐことができる。

 いずれ俺は自力で準男爵になれただろうけど、それを王権で叙爵することで自分の手柄にしたな! そこまで考えての叙爵だとしたら、あの王様、意外と腹黒いな! 只の脳筋じゃなかったか!

 そんな俺には貴族派からの接触があるかもしれない。まだ子供で準男爵だから、脅しすかしで貴族派に引き込もうとする連中がいるかもしれない。その警告で王家派の伯爵が出て来たというのが、今回の呼び出しの真相だったようだ。

 村長はその辺の事、何も言ってなかったんだけどな。ジャスミン姉ちゃんのことでそれどころじゃなかったのか、それとも俺を信頼してのことか。……俺を御することを諦めてるからかもしれない。


「ビートちゃんにはずっとドルトンでお仕事して欲しいしねぇん。これからも仲良くしましょう?」


 『バチィッ!』という効果音が聞こえそうなウィンクが伯爵から飛んでくる。

 冒険者としては構わないけど、ソッチの方は勘弁して。

 いや、マジでマジで。

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