第136話

「えっ? 村長……じゃなかった、子爵様から指名依頼?」

「はい、フェイス準男爵様。ワイズマン子爵様から指名依頼が入っております。お受けになられますか?」


 サンパレスの冒険者ギルドへ侯爵家からの依頼の完了を申告に行ったら、村長から俺に指名依頼の打診があったと、表情の乏しい二十代後半から三十代前半と思われる受付嬢に告げられた。

 いや、『嬢』と呼ぶにはちょっと年齢が……うおっ、殺気が! なんでわかった!? しかもボス猪人並の殺気とは、おそるべしサンパレスの受付嬢!


「え、えっと、内容は?」

「……詳細は開拓村でお話しされるそうです」


 ジト目で睨まれながら、内容について詳細を求める。見た目は悪くないんだけどな。

 この世界では結婚したら家庭に入る女性がほとんどだから、仕事をしているということはまだ独身……ぬおっ、さらに強い殺気が! まさか大爪熊並だと!? 何者だ、この受付嬢!? ごめんなさい!


「……依頼が出されたのが四日前ですので、あと六日以内に村までお越しくださいとのことですが……これは、無理ですね。ここから大森林の開拓村までは、どう急いでも十日以上かかります。指名を拒否されますか?」


 どうやら仕事はキッチリこなすタイプらしい。殺気を振りまきながらも説明を続けてくれる。怖いので睨まないでください。

 冒険者ギルドでは、指名依頼を拒否することができる。それに関するペナルティもない。じゃないと『俺の奴隷になれ』なんて依頼をする奴が出て来かねないし。

 もっとも、多くの場合で指名依頼は高報酬だったりするから、断る奴はあんまりいないらしい。

 ふむ、あと六日か。ドルトンに寄っても余裕だな。


「分かりました、受領するので手続きをお願いします」

「そうですね、いくら何でも……えっ?」


 お姉さんの殺気が霧散する。あ、今のちょっと呆けた顔はいいかも? 親しみやすそう。


「問題ないんで、受領手続きをお願いします」

「いんやオメ、オラの話聞いとっただか!? 無理っちゅうとるだよ!」

「うん、ちゃんと聞いてたよ。それよりお姉さん、言葉……」


 お姉さんの口から方言が飛び出す。方言女子だ。

 このお姉さんが固い印象なのは、方言が出ないように意識してたからかもしれない。田舎者って思われたくないんだろう。可愛いと思うけどな、方言女子。

 関西人なんて、何処に行っても関西弁なのに。大阪のおばちゃんなんて、国内どころかアメリカやオーストラリアでも関西弁で通すらしいからな。大阪のおばちゃんの前に国境は無意味だ。

 お姉さんのお里は俺の父ちゃん母ちゃんと同じところっぽい。どこだろ? お姉さんにはちょっと聞きづらいな。丁度いいから、村に着いたら父ちゃんに聞いてみよう。


「ッ!? んんっ、失礼しました。少々日程に問題があるようですが、本当にお受けになられますか?」

「うん、準備したらすぐに向かうよ」

「承知致しました。……お気をつけて」

「うん、お姉さんも地が出ないように気をつけてね」


 顔を赤くしつつ睨みつけるお姉さんを振り切って冒険者ギルドを後にする。むふふ、受付嬢にはいじられることが多いから、こういうのは新鮮だ。たまにはいいね!

 しかし、準備したらすぐに移動か。どうも最近、妙に忙しいな。ちょっとくらいのんびりしたいものだ。



 翌日は旅の準備とちょびっとの観光をし、翌々日の朝、俺たちの乗る船は一路ドルトンへと飛び立った。

 船が飛び立つとか、なんか日本語がおかしい気がするけど、気にしたら負けだ。飛空艇なんだよ、きっと。RPGだと中盤の終わりくらいで手に入るアレ。


 天気は快晴で、風も穏やかだ。眼下に広がる海には、イワシの群れを追い立てるイルカの群れが見える。のどかだなぁ。

 山村で育ったという子供たちも、大海原に大喜びだ。クリステラは相変わらずウーちゃんにしがみついている。


 南下する船の東には王国の海岸線、南と西はずっと海が続いている。

 大陸がここだけってことはないと思うから、きっとこの海の先には、まだ誰も見たことのない神秘があるんだろう。なかなかに心躍る話だ。

 この大陸を遊びつくしたら、海の向こうへ行ってみるのもいいな。



 旅立ったのが正月明けだったから、約四か月ぶりか。久しぶりに帰って来たドルトンの街は、以前より大分趣が変わっていた。ぶっちゃけ、人が増えている気がする。それもむさ苦しい男たちが。


「伯爵様がぁ、戦争から帰ってこられたのよぉ。一緒に行ってた冒険者たちも帰って来たからぁ、元に戻ったのぉ。元々ドルトンにはぁ、これくらいの冒険者がいたのよぉ」


 帰還の報告に冒険者ギルドへやってきた。タマラさんののんびりした口調も久しぶりだな。ドルトンに帰って来たって気がする。

 タマラさんは俺が準男爵になったことを知ってるけど、口調は以前のままだ。俺がそうお願いした。


 冒険者ギルドの中も、以前の二割増しくらい人が増えて男比率が上がってる。これが本来の姿なのか。正直、見苦しい。あんまり嬉しくない。

 後ろから飛んできた男を左手で叩いて下に落とし、右足の裏で左横に蹴り出す。


「ふーん。それってやっぱり、戦線が膠着してるから?」

「そうなのぉ。帝国が守りを固めちゃったからぁ、王国も一旦引いて立て直しをするみたいぃ。ノランでも政変があったみたいだからぁ、今のうちにって感じかしらぁ?」


 ほほう、もうノランの政変が伝わってるのか。国交が無いわりに情報が早いな。スパイでも潜り込ませてるのかね?

 国としては当たり前か。あの王様は油断ならないしな。

 そういえば、村長が村にいるってことは、村長も前線から引き揚げてきてるんだよな。子爵に陞爵されたから、色々と手続きとかもあっただろうしな。

 さっきとは別の男が床を滑って来る。今度は左の足の裏で受け止め、そのまま来た方向へ押し返す。


「ビート君~、あんまりやりすぎないようにぃ、彼女たちに言ってくれるぅ?」

「その必要はありませんわ! もう終わりましたので!」


 クリステラがパンパンと手を叩きながらカウンターにやってくる。続いて他の皆もゾロゾロと。その背後には、十人程の男たちが床に伸びてうめき声を上げている。


「まったく、少し街を空けただけでこんなに不埒者が増えるなんて、世の中乱れてますわね!」

「まぁ、戦争中やからなぁ。気ぃ立ってたんちゃう?」

「アタイらはともかく、子供らに絡むのは許せねぇよ!」

「ご、ごめん、なさい。僕たちの、せいで」

「(うるうる)」

「あらあら、あなたたちは悪くないのよ。悪いのはあの人たちなんだから」

「……天罰」


 まぁ、そういう事だ。戦争から帰って来たばかりで気が立ってる冒険者たちが、帰って来たばかりの俺たちに『ガキの来るところじゃねぇ』『子守よりも俺たちと遊ぼうぜ』という感じで絡んできたのを返り討ちにしただけだ。

 最初に絡んできたのはふたりだけだったのに、あれよあれよという間に十人くらいまで増えてしまった。しょうもない奴ほど群れるのは、どこの世界でも同じということか。


「どう? 普通の冒険者と対人戦をしてみた感想は?」


 今回、俺は手出しを控えて、皆に任せてみた。対人戦はあんまり機会がないからな。こういうイベントはいい訓練になる。


「歯ごたえなかったみゃ」

「訓練にもなりませんでしたわ。アーニャやデイジーならひとりで倒せていたのではありません?」

「……余裕」

「自信」

「お姉様たち、凄いです! 感動です!」


 ふむ。身体強化を使えるウチの女性陣は、見た目以上にスピードもパワーもあるからな。大森林の魔物と俺に鍛えられたウチの女性陣が、只の人間に後れを取るわけがないか。

 全員返り討ちだけど、もちろん誰も死んでない。せいぜい打ち身と捻挫くらいだろう。

 今回は相手が弱すぎたか。やっぱ身内で組手するしかないかな。贅沢な悩みだ。


「マジかよ、八つ星のボブがアッサリと……」

「討伐四つ星のカイルもだぜ。あいつら、この街じゃトップチームのひとつだったのによ」

「女に熨されたんじゃ、もうデカい顔はできねぇな。この街の勢力図が変わるかもしれねぇ。こりゃひと波乱ありそうだぜ」


 なんか厨房ヤンキーのような会話が聞こえる。

 やべぇ、やべぇよ。何がヤバいって、その会話をしているのが、三十代後半と見られるいい歳したオッサンふたりというところがヤバい。

 『大人になれよ、オッサンたち』と言いたいところだけど、多分本当にそういう勢力図があるんだろう。

 大人になれよ、ドルトンの街。マジやべぇよ。


「はいぃ、それじゃカギを返すわねぇ。改めてぇ、おかえりなさいぃ」

「うん、ただいま」


 なにはともあれ、無事ドルトンへ帰って来れた。やっぱり家が一番ね。



 久しぶりに帰って来た我が家だけど、タマラさんが手入れしてくれていただけあって埃などもなく、すぐに使えるようになっていた。さすが、出来る女は違う。


「さしあたって、部屋割りを決めないとね。悪いけど、しばらくはふたりでひと部屋を使ってね」


 そう、人数が増えたので、部屋数が足りなくなってしまったのだ。いずれ増築を頼んで従業員寮を作るつもりだけど、今は相部屋で凌いでもらうしかない。


「問題ありませんわ。なんなら、わたくしはビート様と同じ部屋でも構いませんでしてよ!」

「いや、それはアカン言うてるやん! いっつもベッドに潜り込んでるし、今更やけど」

「そうですね。それではまず、兄妹姉妹で相部屋にしましょう」

「アタイはいいぜ。それじゃ、お姉の方が荷物が少ないから、アタイの部屋にお姉の荷物を運ぼうぜ。空いたお姉の部屋をバジルたちに使ってもらおう」

「ありがとう、ございます」

「(ぺこり)」


 ふむ、二組はすぐに決まったな。やはり血の絆は強い。そうすると、あとひと部屋空けば解決か。


「ほんなら、うちがデイジーの部屋に移るわ。ふたりとも荷物少ないし身体もこんまいから、ベッドも一緒に使えばええやろ。うちの部屋にサラサとキララが入りぃ」

「……問題ない」

「感謝」

「ありがとうです!」


 あっさり決まったな。デイジーはひとり寝が寂しいからと言って、よくクリステラと一緒に俺のベッドへ潜り込んできていたから、一緒に寝てくれる人ができて良かったかもしれない。キッカは本当に面倒見がいいな。いい大阪オカンになれそうだ。


「よし、それじゃ早速荷物を移動させて。他の皆は足りないものを買い足しに行くよ」


 今日明日は子供たちがここで生活する準備をして、明後日は開拓村へ出発だ。なんとも慌ただしい。


 しかし、村長の依頼っていったいなんだろう? また何か厄介事か?

 なんとなく、嵐の予感。

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