第135話

「ぐあぁあぁ~っ! やられたぁ~っ!」

「あはははっ! それっ、ズバァッ!」

「ぎゃあぁ~っ! おのれぇ~っ!」

「えいっ! ザクッ!」

「ぐえぇえぇ~っ、覚えておれぇ~っ!」

「あはははっ! もっとやって! もっともっと!」

「ウボアーッ!」

「あの、いつまで続けられますの?」


 俺とデイモン君の『勇者と魔王ごっこ』に、クリステラが待ったをかける。ふむ、そろそろお開きにするか。

 嬉しそうに尻尾を振りながら俺とデイモン君の周りをグルグル回ってたウーちゃんも『終わり?』という感じでこっちを見ている。

 いやぁ、久しぶりに子供と遊んだな。あとでバジルたちとも遊ぶか。


 デイモン君が抜いた竹光を見た瞬間、ここしばらく眠っていた俺の中の関西人が目を覚ましてしまった。すなわち『斬る動作をされたら、斬られたリアクションをせずにはいられない』という関西人の習性だ。

 これはもはや呪いと言ってもいい。やらずにはいられないのだ。猫の目の前で猫じゃらしを振るより反応率が高いだろう。人によっては『あ、今のなし! もう一回お願い』と、自分にダメ出しをしてやり直しを要求することがあるくらいだ。

 ちなみに『ピストルでパン』は、撃たれる派と避ける派、バリアで跳ね返す派などのバリエーションがあるけど、袈裟懸けの場合はほぼ確実に斬られてくれる。ただし、唐竹割りだと真剣白刃取りされることもある。

 仕方がないのだ、関西人だから。


「え~っ、もっと遊ぼうよ」

「デイモン坊ちゃま、準男爵閣下はこれから旦那様とのお約束がございます。お聞き分けくだされ」

「そうだぞデイモン。それにそろそろ作法の勉強の時間だろう? 部屋に戻って準備してきなさい」

「はーい。じゃあね、お姉しゃま、ビートお兄ちゃん! またあとで遊ぼうね!」


 デイモン君は手を振りながら走って屋敷へ戻っていった。

 うむ、久しぶりに元気な子供を見たな。やっぱり子供は元気なのが一番だ。


「フェイス閣下、御配慮ありがとうございます」

「ん? いやいや、元気で家族思いのいい子だね」


 アリストさんが俺に頭を下げる。

 何の事かというと、デイモン君が俺に剣を向けたことに対する俺の応対への感謝だ。


 竹光とはいえ、歴とした貴族に剣を向けたのだ。決闘と受け取られても文句は言えない。流れ次第では、家の名誉をかけた全面抗争に発展しないとも言い切れない。

 貴族のメンツだかなんだか知らないけど、そんな面倒臭いことはお断りだ。

 都合のいいことに、俺もまだ子供だ。ならばということで、デイモン君にはちびっ子勇者になってもらった。俺は大魔王。

 つまり、子供の遊びにしてしまったわけだ。それなら誰も面倒な対処をしなくて済む。

 六歳児の剣なんて避けるのは簡単だし、斬られるリアクションもお手のもの。

 オーバーリアクションを続けるうちにデイモン君も釣られて、目論見通り『勇者と魔王ごっこ』になった。ちょろい。

 まぁ、思った以上に喜んだデイモン君に、三十分以上も付き合わされたけど。子供のあのエネルギーはどこから湧きだしてるんだろうか。


 そんなわけで、大事おおごとにならないように収めた俺の対応に、次期ヒューゴー侯爵家当主であるアリストさんが頭を下げてくれたというわけだ。跡継ぎも大変だな。


「侯爵閣下をお待たせしてしまったかな? 行きましょうか」

「ははっ、ではこちらへ」


 今日の服装は、サマンサに仕立ててもらった濃緑の貴族風の平服だ。少し乱れたシャツの裾を直し、再びベンジャミンさんの案内で屋敷の中へと向かう。

 そういえば、かなりの広さがあるけど、ここはまだエントランスだった。他のお客が来なくてよかった。



「父上、ただいま戻りました。ご心配をおかけして申し訳ありません」

「うむ、よく戻ったな。体に異常はないか?」

「はい、問題ありません」

「そうか。話はあとで聞こう。今日は下がって休め」

「わかりました。失礼します」


 アリストさんとヒューゴー侯爵の会話だ。なんか固いな。全然親子っぽくない。貴族の親子ってこんなもんなのか? 村長と娘さんはもっとアットホームだったけどな。

 まぁ、そもそも村長があんまり貴族っぽくなかったんだけど。もっとはっきり言えば、村長っぽくもなかった。世紀末覇者って言われた方がしっくりくる。ぬうぅんっ!

 一方、こちらのヒューゴー侯爵はとても貴族っぽい。痩せて骨が浮いている頬は大貴族の心労を忍ばせるし、口元の髭はキッチリ整えられて、几帳面な性格を窺わせる。

 茶色に近い金髪に青い目、高い鼻は、なるほど、アリストさんやクリステラとの血の繋がりを感じさせる。でも目つきは鋭くて、心の奥まで見通すような冷たい光を放っている。政治家というより、高級官僚っぽい。内務尚書のノースショア男爵と雰囲気が似てる。

 仕立てのいい臙脂色の貴族の平服に包まれた身体は百七十センチくらいで、それほど大柄ではない。でも、発せられる気配というか威圧感というか、そういった雰囲気は村長以上かもしれない。これが威厳ってやつかもな。

 王様もこんな感じだったけど、ちょっと質が違う気がする。例えるなら、王様は台風、侯爵は吹雪だろうか。同じ嵐でも熱量が違う感じ。常に冷静沈着な印象だ。


 この人が激高してクリステラを奴隷落ちに? 違和感が半端ない。何か裏がありそうだ。というか、あるに違いない。なんか厄介そう。


「貴公がフェイス準男爵殿か。私がヒューゴー侯爵家当主のクリストファー=ド=ヒューゴーだ。息子を連れ戻していただけたこと、感謝の言葉も無い」

「いえ、御子息のご奮闘あればこそです。礼を言われるほどの事ではありません。申し遅れました。わたくし、今回の依頼を受領致しました冒険者のビート=フェイスと申します。末席ながら貴族に名を連ねさせていただいております。お見知りおきを。こちらがこの度の依頼の報告書となります。ご確認ください」

「……ふむ、良くまとまっている。話には聞いていたが、お若いのに優秀ですな」

「恐縮です」


 日本人らしく謙遜しながら、今回の依頼の調査報告書を渡す。中身はアリストさん関連の事がメインで、あの謎の島や海賊の拠点壊滅なんかについてはボカシてある。依頼内容には関係ないからな。

 しかし、話には……か。お前の素性は調べてあるぞってか?

 情報ソースは多分冒険者ギルドだろう。侯爵ともなれば、冒険者ギルド内部に伝手のひとつくらいは持ってるはずだし。ま、別に構わないけど。


 侯爵の名前に『ド』が入っているのは、王家との血の繋がりがあるという意味だ。

 王国の侯爵家は、王家に嫁を出したり、あるいは王家から降嫁してきたりで少なからず王家と血の繋がりがある。末席に近いだろうけど、皇位継承権があるのだ。

 だから、アリストさんも正確にはアリスト=ド=ヒューゴーということになる。王位は基本的に男子継承だから、奴隷落ちしていなくてもクリステラには皇位継承権はない。クリステラ=ヒューゴーだ。


「ではこれを。今後も良しなに頼む」

「確かに。では本日はこれにて失礼いたします」


 侯爵から依頼の達成証明を受け取って応接室を後に……


「お、お父様!」


 応接室を出ようとしたとき、俺の後ろに控えていたクリステラが声を上げた。まぁ、そうなるよな。


「……何か用か?」

「あの、わたくし、その!」

「壮健そうでなによりだ。では準男爵殿、また」

「はっ、では。いくよ、クリステラ」

「……はい、ビート様」


 クリステラの腕を引いて部屋を出る。

 奴隷が貴族に直接話しかけるという不作法をしたのに、侯爵は何も咎めなかったな。ふむ。


 今のやりとりで確信した。やっぱり侯爵は、意図的にクリステラを奴隷へ落としている。しかも、ある程度の気遣いもある。じゃなければ『壮健そうでなにより』なんて言わないし、人のいいちょび髭奴隷商のところへも売らない。

 本当は買い戻すつもりだったのかもしれないな。その前に俺が買っちゃっただけで。

 買い戻すタイミングは……学園の卒業パーティが秋の終わりだったよな。その後に起こった出来事と言えば……王都でのクーデターか。侯爵はそれを知って……だとしても、奴隷にまで落とす必要はないような?

 いや、既にクーデターが止められない状況だと判断した? 領地を守るために、バカ王子と田舎娘の心証を良くしようと?

 そもそも、あのクーデターには謎がひとつ残っている。誰が宮中工作をしたかだ。

 権力の無い田舎娘や、剣しか能のないバカ王子にそんなことができるはずがない。誰か有力な貴族が手を貸したはずなのだ。

 『もしかしたら侯爵が』とも考えたけど、それだとクリステラを奴隷落ちにする理由がない。既に味方なんだから、心証が悪いはずがない。

 クーデターを知った侯爵が、手を打てずに対処療法的な手段をとるしかなかった相手……


「ビート様、もう大丈夫ですわ。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「ん? いや、侯爵も怒ってなかったでしょ? 問題ないよ」


 おっと、考え事をしているうちにもう玄関だ。ウーちゃんがお座りして待っている。クリステラが声を掛けてくれなかったら、そのまま外へ出ていくところだった。

 帰りは馬車が出ないそうだから、俺とクリステラ、ウーちゃんは歩いて街まで戻らなければならない。少し遠いけど、クリステラの気持ちを整理するには丁度いいか。疲れたら飛べばいいし。


「……お父様は、ヒューゴー侯爵様は、もうわたくしのことを何とも思ってないのでしょうか?」


 玄関を出て門へ。さらに進んで長いブドウ畑の下り坂を歩いていると、俯いたクリステラが小さな声でボソリと言った。

 クリステラはお父さんというか、家族の事が好きなんだな。ちょっとフォローしておくか。


「それは無いね。クリステラの身を案じてる雰囲気があったし、僕の事を調べてるとも言ってた。心配してたのは間違いないよ」

「でもっ! なら、何故わたくしを奴隷に!?」

「んー、今は情報が足りないから推測でしかないんだけど、きっとヒューゴー侯爵家を守るために必要だったんだよ。家を守るための苦渋の決断ってところじゃないかな?」

「そんな! それならわたくしに一言くらいあっても!」

「クリステラは素直で隠し事ができないからね。知らない方が安全だと考えたんじゃないかな?」


 隠し事があると、すぐ顔に出るからな。もしクーデターの事を知ってたら、即座に感づかれて処分されてただろう。つくづく貴族に向いてないよな。


「なら、わたくしはお父様に嫌われてはおりませんですのね?」

「うん。僕の見た限りでは、普通にクリステラを案じてたと思うよ。体面を気遣ってあんまり表には出さないようにしてたみたいだけどね」

「そう、そうでしたの……良かった」


 ようやくクリステラの顔に、小さいけど笑顔が戻った。美人は笑顔が一番だ。

 ついでに、クリステラを奴隷にせざるを得なかったその理由についての推測も話しておく。


「そんなっ!? それでは、まだ王城にジャーキンの手先が潜んでいると言いますの!?」

「そう。それもそれなりの大物がね」

「ど、どうなさいますの!? 陛下にお伝えして対処していただきます!? それともわたくしたちで!?」

「んー、とりあえず放置かな」

「なっ!? よろしいんですの?」

「クーデターは失敗したし、神輿のブランドンももういないしね。戦局が大きくジャーキンに傾かない限り、動くことはないと思うよ」


 正直なところ、暗躍の証拠なんて残してないだろうから、もう打つ手がないっていうのが本音だ。ちょっと時間が経ち過ぎたな。まぁ、しょうがない。ここまでガッツリ国家レベルの陰謀に関わるなんて思ってなかったし。

 それに協力者が誰であろうと、大本のジャーキンを叩けば全て解決だ。このままで問題ない。


 さて、長かった調査依頼も、これでようやく完了だ。懐かしの我が家スウィートホームへ戻って、しばしの休息をとりますか。

 その後は諸悪の根源ジャーキンへのお仕置きツアーへいよいよ出発だ。

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