第180話
「それじゃ、当面はここで生活していくことを目標にしてね。必要なものはひと通り揃ってるはずだけど、足りないものがあったら逐次報告して。あと、畑の用水路は水量が多いから、落ちて流されないように気を付けてね。それと、この町の周りは大森林っていう魔境だから、塀の外へは絶対に出ないこと。あそこの岩山にも近づかないで。分かった?」
「「「はい!」」」
「「「……」」」
運動場にする予定の文教エリアの空き地にニャンコたちを集め、指示と注意を与える。まだ戸惑いと不安はあるようだけど、概ね問題なく受け入れてくれてるみたいだ。
ここは魔境のど真ん中だけど、気候は温暖で安全も確保されている。町も畑も区画整備されてるし、生活に必要な道具や魔道具も揃ってる。
上下水道完備だから暑ければ水浴びもできるし、白壁の家は日差しを跳ね返して快適だ。概ね、ナーバルの集落より生活レベルは向上していると思う。
奴隷に落とされて、どんな非道な目に遭わされるかと不安に駆られてたら、以前より快適な環境での生活を指示されただけ。強制労働も監視もなし。さぞや拍子抜けしたことだろう。
虐待なんかしないよ? ネコ可愛がりはするかもだけど。
しかし、一部はまだ反抗的な態度をとっている。誰あろう、アーニャのパパとその取り巻きたちだ。奴隷契約の効果で反抗こそしてない(できない)けど、不満や不平を腹に抱えてるのは一目瞭然だ。
少し前までは王族とその補佐役として権威を振るってたのに、今は皆と同じ奴隷のひとりに過ぎない。特権階級としての優遇がなくなって、平民と同じレベルの生活だ。
真面目に働く。それは一般的には普通のことなんだけど、それまで楽してた奴らからすると環境の悪化と感じてしまう。不平や不満が出るのも無理はない。
でも、それは単なる我がままだ。いい歳したおっさん連中がダダを捏ねてるだけ。俺の奴隷になったからには、そんな甘えは許さない。皆同じ扱いにさせてもらう。モフモフは皆平等にモフモフなのだ。サボり魔は強制的に矯正させてもらう。
「どうも、あまり協力的じゃない人たちがいるみたいだね。言いたいことがあるなら話してよ。口に出さなきゃちゃんと伝わらないことくらい分かってるでしょ? 子供じゃないんだから」
「……なら言わせてもらおう。我らはまだ納得しておらん。誇り高きシーマ王家の血を引く我らが奴隷に落とされたことも、貴様のような子供に仕えることもな!」
ちょっと挑発気味に誘ってみたら、ねこじゃらしに飛びつくが如くアーニャパパが喰い付いてきた。ニャンコは誘われたら反応せずにはいられない生き物だからな。本能には抗えない。
「そのシーマ王家筆頭の女王候補であるアーニャは、僕の奴隷でいることに不満はないみたいだけど?」
「うみゃ。ボスは甲斐性も将来性もあるし、いろんなところへ連れて行ってくれていろんなお魚を食べさせてくれるみゃ。毛繕いも上手だし、時々非常識なことを除けば、なんにも不満はないみゃ」
お魚を食べるためにあちこち行ってるわけじゃないけどな。
俺の後ろに立っていたアーニャが、腰に両手をあてて胸を張る。世が世なら、この娘が女王だったのか……ゴロ寝して魚を食べてるところしか想像できない。ネコの国ならそれでいいのか? オサカナクッキー食べる?
例によって一言多いけど、俺も多少失礼なことを考えたから今回は見逃しておいてやろう。『後ろにこっそりキュウリ』の刑はまた今度だ。
「そ、それはっ……アナスタシア、お前には誇りというものg」
「しかも強くて賢いみゃ。一国の軍隊相手でも互角以上に戦えるし、商業ギルドからお呼びが掛かるくらい商売も上手だみゃ。ボスとしてこれ以上はないみゃ」
説得のためだろうけど、珍しくアーニャが俺を褒めている。
いつもゴロゴロダラダラしてるだけに見えても、仕事はキッチリこなすし、こういうときに適切な対応もできる。実は地頭の良い娘なんだよな。某大魔王並みに数字には弱いけど。
「一国の軍隊だと? そんな馬鹿な! 確かに魔法使いとしては優秀かもしれんが、不意を突かれさえしなければ我らとて遅れは取らん! 伊達や酔狂で鍛えてはおらんぞ!」
「なら、魔法無しでボスと勝負してみるといいみゃ。世界の広さを痛感するみゃ。ボス、構わないかみゃ?」
「うん、いいよ。もし僕に勝てたら『今後僕の命令を聞かなくてもいい』っていう命令を出してあげる。その代わり、僕が勝ったら絶対服従ね」
「ふんっ、望むところだ! 我らが王国復興のために磨き続けた牙の切れ味、とくと思い知るがよい!」
俺のやりたいことを察してるあたり、やっぱりアーニャは頭が良い。普段はネコを被ってるのか? いや、元々ネコだけれども。
どのみち『一度は力を見せないと』とは思っていた。強い者に従うのは動物の本能だし、分かりやすい。力で屈服させれば、少しは大人しくなるだろう。前回は魔法で瞬殺だったから、負けた実感は薄かったみたいだしな。まともにやり合えば勝てると思っていても不思議じゃない。
『自分の方が強い、優れている』という感情は自信に繋がるけど、時に増長と傲慢の種にもなる。周囲に悪影響を出す前に取り除いておかないと、ブルーギルのように生態系を破壊してしまう。水際で阻止だ。
「さあ、では場所を作らなければなりませんわね!」
「あらあら。それじゃビート様に挑む方はこちら、見学なさる方はあちらへ集まってくださいね」
「はいはい、危ないから下がってやー。喉が渇いたら、うちが冷たい水出したるでー」
「暑いから、年寄りと子供は日陰に入るといいみゃ」
「アタイらより前に出るんじゃねぇぞー。弾かれた剣や槍が飛んできてケガするかもしれねぇからなー」
「……この線より後ろ(ゴリゴリ)」
クリステラたちが手際よく皆を誘導していく。あっという間に人が分かれて、バスケットコートくらいの空間ができる。
皆が優秀なのはいいんだけど、最近は全く俺の心配をしてくれないんだよなぁ……ちょっと寂しい。
もしかしたら、強くなることは孤独になることと同義なのかもしれない。かといって、弱いままで生きていけるほど世の中は甘くない。イヤなパラドックスだ。
うん? ああ、手が生暖かいと思ったらウーちゃんか。ありがとう、キミだけだよ俺の孤独を癒してくれるのは。
キミさえ居れば、俺はまだまだ頑張れる! ヒシッ、モフモフ……よし、モフ分を補給したところで、ひと仕事終わらせちゃいますかね。ウーちゃんも下がっててね。
俺に挑むのはアーニャパパを含めて四人。意外に少ない。
全員が中年から壮年の男性だ。それなりに鍛えているみたいで、弛んだ体つきの奴はいない。出来るかどうかはともかく、王国を取り戻すために鍛錬をしていたのは本当っぽい。
「旦那様、武器を、持って、きました」
「ありがとう、バジル。そこに置いておいて」
結局売らずに取っておいた彼らの武器を、バジルが馬車から持ってきてくれた。
剣と槍が数本ずつ、盾も少し。全部で十数キロの重さは子供には厳しいはずだけど、身体強化を覚えたバジルは軽々と抱えてきた。順調に育成が進んでいるようでなにより。
「さ、好きなのを使っていいよ。元々君らの物だから、負けた時に『武器に慣れてなかった』なんて言い訳しないでね?」
「むっ、誰がそのような恥知らずな真似をするか! そういう貴様はその腰の鉈と短剣で良いのか!? 『長さが足りなかったから負けた』などという言い訳は聞かんぞ!」
「えっ? 僕は武器なんか使わないよ。そのくらいの手加減はして欲しいでしょ? 大丈夫、文句なんて言わないから」
「な、なにぃ~っ、馬鹿にしおってっ!」
「武器は手に持ったね? それじゃ、僕にかすり傷のひとつでも付けられたらそちらの勝ち、そちらの全員が動けなくなったら僕の勝ちね。魔法も武器も使わないからケガの心配はしなくていいよ」
「ふ、ふざけおって! 最早我慢の限界だ! 目にもの見せてくれるわっ!!」
身体強化と気配察知は使うけどね。魔法じゃないから。
逆上したアーニャパパが、開始の合図も待たずに俺に斬りかかってくる。オーソドックスな袈裟懸けだ。なかなか良いスピードだけど、まだ常人レベルだな。うちの王様(剣聖)とは比べるべくもない。
もっとも、クリステラやアーニャの剣は既に王様に匹敵する速さだ。アーニャに至っては、すでに王様を越えてるかもしれない。その二人と訓練してる俺や仲間たちなら、この程度は余裕で対処できる。
「ほいっ」
「ぐあっ!?」
上半身を軽く捻るだけで剣を躱し、目の前を行き過ぎるアーニャパパの背中を押して突き転がす。アーニャパパは数回前転して離れていく。
「ふんっ!」
そこへ二人目のオッチャンが槍を突き入れてくる。いいタイミングとスピードだけど、やっぱり常人レベルだな。サマンサやデイジーに比べたら(以下略)。
「よっ」
「うわっ!?」
「ぬおっ!?」
これをギリギリのスウェーで見切り、目の前に突き出された槍の柄を掴む。引き込みながら左足をオッチャンの足にひっかけて転がすと、俺の後ろから斬りかかろうとしていたもうひとりのオッチャンが巻き込まれた。ふたりは絡みあいながら転がっていく。
「くっ、まだまだ!」
「はあっ!」
立ち直ったアーニャパパが、残った最後のオッチャンと同時に斬りかかってくる。ふたりとも上段からの振り下ろしだ。後ろにはさっきのオッチャンふたりが転がってるから、下がって避けることはできない。
右からはアーニャパパ、左からはもうひとりのオッチャン。左右どちらかに避けられなくはないんだけど、それじゃ後に繋がらない。躱すだけで反撃にならない。というわけで、ここは前進一択だ。
振り下ろされる剣の下を低い姿勢で潜り抜け、オッチャンの懐へと潜り込む。オッチャンの右腕を抱え込みながら体を捻り、膝の力で腰に乗せたオッチャンの体を一気に跳ね上げる! 所謂一本背負いだ。オッチャンの体が綺麗に宙を舞う。
「ひっ!?」
「なんっ!?」
投げ飛ばされたオッチャンはアーニャパパにぶつかって、共々転がっていく。キャット地上三回転、今日はよくネコが転がる日だ。
「……すごい」
「(こくこく)」
「圧倒的」
「まるで大人と子供ですよ! いや、本当に大人と子供ですけど、大人と子供が逆ですよ!」
「ピーッ、パパつよーい!」
子供組にもいい勉強になってるかな? 身体強化を鍛えれば、このくらいの動きはあの子たちでもできるようになる。将来のためにも、しっかり見学してくれたまへ。
さて、それじゃもうちょっと子供たちにいいところを見せておこうかな。
「あれ、もう終わり? 確か、何か見せてくれるとか言ってたよね? 転がり上手なところだったっけ?」
「ぐぬぬぅ! まだだ、まだ小手調べに過ぎん! はぁっ!!」
軽く挑発すると、アーニャパパはまたも簡単に釣られてくれた。本当に素直だな。それじゃ、もうちょっと遊びますか。
避けて、押して、足を掛けて、投げて、掴んで、捻って、落とす。時々ネコだまし。
そうして三十分ほど経った頃には、オッチャン四人は地面に転がって荒い息をするだけになった。寝転がるネコたちってか?
全身汗だくで、あちこちに打ち身と擦り傷ができている。きっと明日……いや、明後日は青あざと筋肉痛で大変だろう。年を取ると何故か一日遅れて筋肉痛が来るからな。
俺もうっすらと汗を掻いている。もうお昼が近い。よく晴れてるし、今日も暑くなりそうだ。空が濃い。
「まだやる? あんまり遊んでる時間もないから、やるなら速攻で意識刈らせてもらうけど」
「ぜぇっ、ぜぇっ……っ、こ、こんなっ、馬鹿な……っ、ゲホゲホッ」
「「「……参りっ、ました……ぜぇっ、ぜぇっ……」」」
これだけ圧倒的な実力差を見せておけば、反抗的な連中も大人しくなるだろう。少なくとも表面的には。
本心から従えとは言わない。それは感情や思考を抑圧することだからな。どこぞの共産圏の国じゃあるまいし、無理に笑わせたり泣かせたりはしたくない。マスゲームは面白そうだけど。
「最初に行った挑発によって、ビート様は相手から正常な判断を奪ったのですわ。怒りに我を忘れさせ、大振りさせることで剣の軌道を単調に、体力を消費させやすくさせましたの。あのときのビート様の言動には全て意味があったんですのよ」
「それだけやないで。ビートはんは最初から投げを使うつもりで武器を抜かんかったんや。魔物相手でも人間相手でも武器を
「突き技っていうのはよ、腕が伸び切ったら動きが一瞬止まっちまうんだ。そこが隙になる。だから伸び切らないよう半足間合いを詰めるんだけどよ、坊ちゃんは上半身だけ前に置いて『もう間合いの中だ』って勘違いさせてたんだ。でも実は間合いには届いてなくて、届かせるために腕を伸ばし切って止まっちまったところを掴まれて、転がされちまってたんだよ」
「普段は安定してる重心も、何か動きがある時は不安定になっているの。剣を振り切って前のめりになっているときは、重心も前に動いてるのよ。そこを後ろから押してあげれば、簡単に重心が崩れて転んでしまうわ。それには大きな力は必要ない。その証拠に、ビート様は全然力を入れてなかったでしょ? あなたたちにもできるから頑張って覚えてね。うふふ」
「重さと速さは同じだけの力があるみゃ。身体が小さくて軽くても、速く動けば強い力になるみゃ。速く動くには、身体が小さい方が有利だみゃ。小さいことは必ずしも不利じゃない、ってボスが言ってたみゃ」
「……若が言ってた……我武者羅に突っ込むのは三流……二手三手先を考えて戦うのは二流……可能性の全てを考えて臨機応変に対応するのが一流……そして、望む結果に全てを導き、戦う前から勝っているのが超一流。……あそこが到達点。手本が目の前にあるのは幸せなこと」
ふと観客の方を見ると、クリステラたちがバジルたちに先ほどの戦いについて解説していた。その近くにいた観客も一緒に聞いている。……なんか、不発のボケを説明されてるみたいで、ちょっと恥ずかしい。
言ってることは間違ってないし、子供たちの育成が今の目標だからいいんだけど、なんか居たたまれない。細かすぎて伝わらない芸人ってこんな感じなのかなぁ。
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